熊 本 県

 ≪南部地方≫

八代地域⇒八代市、八代郡[氷川町]

芦北地域⇒水俣市、葦北郡[芦北町、津奈木町]

球磨地域⇒人吉市、球磨郡[あさぎり町、錦町、多良木町、湯前町、水上村、相良村、五木村、山江村、球磨村]

住所 神社名 祭礼日 内容 備考
 ■八代地域
 ≪八代市≫
  平成17年(2005)8/1、八代市+八代郡千丁町+鏡町+坂本村+東陽村+泉村が合併。
 ◎旧・八代市
妙見町 八代神社 11/22、23 神輿
亀蛇1台 出町
笠鉾9台 宮之町、本町、二之町、通町、紺屋町、中島町、徳渕町・渕原町、平河原町、塩屋町
細川忠興が八代に入城後、寛永13年(1636)に神輿を造らせ、豪壮な祭礼神幸行列を復興させた。忠興の没後、八代城に入城した松井興長が細川家の請祭りとして祭礼を引き継いだと伝えられ、松井直之晩年の元禄期、この神幸行列に百姓衆の奴・町衆の獅子・笠鉾・亀蛇などがお供するようになり、今日の豪華な祭礼神幸行列の原型が成立した。
亀蛇「出町」=長さ3m。幅2、2m。高さ2、5m。重さ約130kg。また顔の長さ0、88m。顔の幅0、55m。首の長さ1m。胴体の長さ2、5m。尾の長さ1m。しっぽの毛の長さ2m。明和・弘化時代に始まったと思われる。
 先代は市立博物館に展示。胴体は昭和15年制作。頭部は明治40年制作。
 【笠鉾】 町名、奉納出し物、現在の行政区、由緒、歴史の順。
宮之町「菊慈童」
=通町。戦前は消防組が運営。東組、西組に分かれ、交互に運営。
 菊慈童とは古代中国の皇帝のもとに仕えた少年で、ある山奥で菊の葉したたる水を飲んで仙人となり、700歳になっても子供のように若々しかったことを祝ったもの。
 墨書きで最も古いのは元文3年(1738)。そこでこの年創建と云われている。
明和元年(1764)〜弘化3年(1846)に再び製作か?。また嘉永7年(1854)に上層部、下層部の改造がされた。

本町「本蝶蕪」
=本町1、2丁目(1年交代)。以前は消防組が運営。
 笠鉾の上に本町の「本」という文字、「アゲハ蝶」そして「蕪」が飾られ、本町の商売繁盛と子孫の繁栄などを表している。
「八代紀行」の明和元年(1764)の条に記述されており既にあったことが分かる。 

二之町「蘇鉄」
=本町1丁目。蘇鉄は不老長寿と火除け、そして起死回生を祝う霊木とされ、優れた人物が現れ、土地や家門が繁栄する証として飾られる。
 「八代紀行」の明和元年(1764)の条に記述されており既にあったことが分かる。弘化年間(1846〜)以降は変化無し。 

通町「西王母」
=通町。西王母とは古代中国の神話の中で、崑崙山という西の果ての山に住み、不老長寿の薬を持っているとされている仙人で、人々の不老長寿を現している。
 延享元年(1744)の墨書きがあるので、この年に製作と思われる。また明和年間(1764〜)以降に再び製作または改造したらしい。
安政4年(1857)に大修復。 

紺屋町「猩々」
=本町1丁目。以前は消防組が運営。
 猩々は中国揚子江に住む想像上の動物で、どんなに汲んでも尽き無い酒壺を持ち、親孝行する者に褒美としてその酒壺を与えた。
「八代紀行」の明和元年(1764)の条に記述されており既にあったことが分かる。
ちなみに腕木の墨書きは安永5年(1776)とある。弘化年間(1846〜)に改造され現在に至る。

中島町「蜜柑」=本町1、2、3丁目。以前は中島町内会⇒中島町青少年笠鉾保存会(昭和51年〜)⇒中島町笠鉾保存会(平成3年11月〜)。
 蜜柑は1つ食べると千年も寿命が延びるというめでたい食べ物とされ、八代蜜柑は江戸期に細川家から宮中や将軍家へ、正月の献上品となっていた。
 墨書きで一番古いのが、蛇腹の宝暦3年(1753)で、手斧立とあるのでこの年創建と考えてよい。弘化年間(1846〜)以降にも改造され現在に至る。

徳渕町・渕原町「恵比須」
=本町3、4丁目。以前は消防組⇒徳渕・渕原・蔵の前(三町内の輪番制)⇒徳渕・渕原(二町内の輪番制)⇒二町内の合同(平成元年〜)。
 「八代紀行」の明和元年(1764)の条に作り物が「桐に鳳凰」より「恵比須」に替えたと記述されており、また恵比須頂部の内部の墨書きに、明和元年(1764)に大工 三平次により作られたとされる。また明和年間(1764)〜弘化年間(1846)以前に作り物以外を新調したらしい。

平河原町「松」
=本町3丁目、同4丁目。以前は消防組⇒平河原町笠鉾会。
松は「相生の松」とも呼ばれ、夫婦ともに白髪が生えるまで長く、そして仲むつまじく暮らせることを願っている。
「八代紀行」の明和元年(1764)の条に記述されており既にあったことが分かる。ただ記述が「孔雀」とあり、屋根形状も八角とある。
 現存の部材の最古の墨書きは上層部の部材「六歌仙」にある文化2年(1850)である。そこでこの頃に作り替えられたと思われる。ちなみに現在の頂部の作り物は「松」。
屋根形状は六角である。

塩屋町
「迦陵頻伽(かりょうびんが=八幡町、北塩屋町、中塩屋町、東塩屋町。行政上は塩屋町、本町4丁目、西松江城町。以前は消防組⇒笠鉾組合⇒昭和61年設立した塩屋町笠鉾保存会が運営で当番制。
極楽にいる大変美しい鳥で、この世が極楽さながらの世界でありたいという願いを表す。
「八代紀行」の明和元年(1764)の条に記述されており既にあったことが分かる。但し笠(屋根)は六角4段と記されている。墨書きでは道具入れが最古で天明6年(1786)である。弘化3年(1864)の絵巻では屋根は六角三段である。そして現在は八角三段と変遷している。
 【行列の順序】
獅子、奴、木馬、鉄砲、毛槍、神馬、篭、神幸奉行、甲冑武者、大麻、大太鼓、神官、笠鉾菊慈童、阿須波神、猿田彦神、奏楽大太鼓、奏楽、四神旗、金幣、弓矢、対のお槍、御太刀、神輿、長刀、紫の翳、菅の翳、中傘、斎主、笠鉾本蝶蕪、笠鉾蘇鉄、笠鉾西王母、笠鉾猩々、笠鉾蜜柑、笠鉾恵比須、笠鉾松、笠鉾迦陵頻伽、亀蛇、飾り馬
竹原町2223 竹原神社 10/19 奉納相撲、子供相撲
豊原上町3011 豊葦原神社 10/15 例祭
二見本町695 二見神社 旧7/27 酒飲み祭り 神様(御諏訪さん)がお舟でお着きになり、これをお迎えした16人が毎年1回秋祭りで酒を飲むことから始まった
日奈久大坪町1917 日奈久阿蘇神社 10/15 子供相撲
日奈久上西町401 日奈久温泉神社 3/最終日曜 神輿、六郎太鼓奉納、各種演芸 日奈久温泉を発見した浜田六郎に感謝する祭り
11/15 演芸
 【日奈久温泉丑の湯祭り】
7/25、26、日奈久温泉で開催。主催は湯の里日奈久振興会。土用の丑の日に開催される「丑の湯祭り」は、日奈久温泉最大のお祭り。この日に入浴すると、「1回で1000回入浴したのと同じ効果がある」と言われている。
 ■前夜祭(25日)
会場は日奈久温泉神社イベント広場(桟敷席)。
壱番丑男(18:00〜。雨天中止)
参道大鳥居〜温泉神社境内までの競争(先着30名)。
抽選券付きうちわ配布(18:30〜)
丑の湯・太鼓フェスティバル(19:00〜。雨天の場合は日奈久中学校体育館)。
日奈久ひょっとこ踊り(21:30〜)。
 ■本祭(26日)
会場は日奈久温泉ばんべい湯(旧温泉センター)前。
神事(9:00)
神輿行列(9:50)
抽選券付きうちわ配布(18:00〜19:00)
丑の湯大綱引き。終了後に大抽選会。(19:00)
 【八代の郷土芸能】
植柳盆踊り
=県指定無形民俗文化財。8月14火の夜に植柳小学校の校庭で踊る。
 江戸時代初期頃から始まったものといわれ、踊り手は黒い頭巾で頭を覆い、白い着物に黒い帯を締め、白足袋に下駄を履く。
 この出立ちからお盆に帰ってくる精霊を思い浮かべることで「亡者踊り」とも呼ばれている。楽器を使わずに口説き歌に合わせて躍るところに特徴がある。
 ◎旧・千丁町
太牟田上土374−1 岩崎神社 4/15 神事、神輿、餅投げ、カラオケ大会 岩崎主馬守忠久公に感謝し、遺徳を偲ぶ祭り。
 【い草の里まつり】
10月第3日曜、い草の里公園(千丁町新牟田)にて開催。
歌謡ショー、い草みこし、子どもみこし、女性みこし、伝統芸能、抽選会など、多くのイベントが催される。
 【千丁の郷土芸能】
新牟田雅楽=市指定無形民俗文化財。新牟田雅楽保存会。明治12年より永年にわたり引き継がれ、八代妙見社、秋の大祭における神幸行列への参列や町の慰霊祭、種々の行事に参加し、郷土芸能として伝承されていまる。

銭太鼓=市指定無形民俗文化財。銭太鼓保存会によって伝承。
天明年間(1781〜1788)、八代地方は3年続きの大旱魃にみまわれた。そこで村の百姓たちは龍峯山に太鼓を持って登り、三日三晩願いを込めて雨乞い太鼓を打ち鳴らしました。
 満願の日、一天にわかにかき曇り盆を返すような大雨となり、村人も作物もようやく生気を取り戻した。
人々は、天の神に感謝し、一文銭を5〜6個入れた竹筒を振りながら舞い踊ったのが始まりと云われている。


女相撲
=市指定無形民俗文化財。千丁町古閑出。女相撲保存会によって伝承されている。随時に披露。
安政2年(1855)、二の丸八代新地の潮止め工事の時に、力士を集めて堤防を踏み固めさせたことから生まれたが、いつから女性が主役の「女相撲とり踊り」になったのかは不祥である。
 ◎旧・鏡町
鏡町鏡村1 印鑰神社 4/7(毎年) 神幸行列 鮒取り神事
鮒取り神事=市指定無形民俗文化財。第14代仲哀天皇(5世紀のはじめ)の頃、石川宿禰が九州平定のため、この地に来られた時悪天候で海が荒れ魚が捕れず地元の若者が「鏡ヶ池」に飛び込み鮒を献上し石川宿禰をもてなしたと言う故事にならう。
 印鑰神社大祭時に実施され、神幸行列のあと太鼓の合図とともに締め込み姿の若者が池に飛び込み鮒や鯉を取ったり、泥を見物人に投げたりする。
 その泥に当ると、無病息災に過ごせると云われている。取られた魚は、印鑰神社(祭神:石川宿禰)に献上される。
鏡町貝洲699 貝洲加藤神社 9/24 神幸行列 肥後大神楽、神馬、巫女舞、子供神輿、柔道大会 など
肥後大神楽=市指定無形民俗文化財。鏡町貝洲。野津手永惣庄屋「鹿子木量平」は、四百町新地の干拓を始める時に、工事が無事完成したならば城造りや干拓工事の名手であった加藤清正公の霊を新地に氏神様としてお迎えし、永久におまつりすることを誓いました。その四百町新地に引き続く七百町新地の干拓工事も無事終わり、清正公の霊は御祭神としてこの地に鎮座された。その神社の奉納として年3回の祭りのときに踊られている。
 【鏡の郷土芸能】
芝口大鞘節=市指定無形民俗文化財。文政4年(1821)の干拓のときに発祥したといわれる民謡を保存伝承している。
 芝口地区では「大鞘節」と呼んでいる。印鑰神社大祭奉納踊り・産業祭などに出演している。


芝口棒踊り=市指定無形民俗文化財。文政4年(1821)の干拓のときに芦北方面の人より伝授される。
 ◎旧・坂本村
坂本町久多良木675 久多良木神社 10/9 芸能奉納 臼太鼓踊り、棒踊り、相撲 など
各村が芸能奉納する。現在はカラオケ大会や踊りにわかに変わったが、以前は相撲や芸能を奉納した。
 【坂本の郷土芸能】
鮎帰地区雨乞い踊り=市指定無形民俗文化財。坂本町鮎帰地区で始まったと言われている雨乞い踊り。羽織姿で太鼓を持ちながら、鉦や笛、歌に合わせた踊りである。
元々氏神様への奉納の際や堂祭り、願立て、神事などで踊られていたが、次第に旱魃の時に、雨乞いをするために踊られるようになっていった。 

鶴喰地区棒踊り=市指定無形民俗文化財。文政13年(1830)、鶴喰地区の観音堂建立にあたって奉納されたのが始まりとされている。
 当初は臼太鼓踊りと共に奉納されていたが、現在は棒踊りのみ伝わる。
 代々、地区の長男にしか伝承されず、門外不出とされてきたことから、昭和46年には一時途絶えたが、昭和58年に復活され、神社や観音堂の祭りに奉納されている。
 ◎旧・東陽村
北畑中 菅原神社 消防団員による宮相撲
河俣鶴 阿蘇神社 10/18 稚児舞い、小学生による宮相撲
 【東陽の郷土芸能】
坂より上棒踊り=市指定無形民俗文化財。河俣。源平合戦に敗れた平家の落人が坂より上地区に住みついて、村びとたちに農民の武術として教え、伝えたのが始まりといわれている。
 落人が亡くなった後、その死を惜しみ、花棒踊りを加えて村びとの平和を祈願して踊りはじめられた。
 ◎旧・泉村
泉町柿迫4830 柿迫神社 旧・6/15&11/15 岩奥神楽 県指定重要無形民俗文化財・市指定無形民俗文化財
岩奥神楽=明治43年頃甲佐町の神官赤星氏により伝授されたという。肥後神楽の流れをくむようだ。
踊りは式神楽(三座神楽)、真栄木(手草の舞)、剣弓、二剣、長幣(四すい)、宝剣、羽々天、神宜歌、四剣(八剣)、四方拝(前神楽)、国津(二天の舞)、地鎮の舞の12種類ある。
泉町葉木 葉木神社 旧・10/17 葉木神楽 市指定無形民俗文化財。24種の舞あり。
葉木神楽宮崎県の岩戸神楽をルーツとする。昔は33種類あったが、現在24種類残る。
泉町下岳 11/1日曜 本屋敷神楽 市指定無形民俗文化財
本屋敷神楽=市指定無形民俗文化財。11月第1日曜。天照大神の神話に因み、太鼓や笛、シンバルなどが奏でる音楽に合わせて、天岩戸が開き、朝日が差し込んだことを喜んで舞う。地元小学生が約6時間かけて奉納する。
泉町樅木 樅木神社 10/25 樅木神楽 市指定無形民俗文化財
泉町久連子70 久連子阿蘇神社 8/15&9/1&11/3 久連子の古代踊り 国選択・県指定無形民俗文化財
古代踊り=国選択・県指定無形民俗文化財。平家の落人達が都を偲んで舞い踊ったものと云われ、久連子鶏の黒い尾羽で飾った笠と袴姿で鐘や太鼓を鳴らしながら舞う。

 ≪八代郡≫
 氷川町
  平成17年(2005)10/1、八代郡竜北町+宮原町の合併で誕生。
 ◎旧・竜北町
鹿島字西の間 鹿島神社
高塚字笠松 高塚熊野座神社
 【竜北の郷土芸能】
雨乞い太鼓=町指定無形文化財。高塚乱橋地区に伝わる。江戸時代の大旱魃の際、水乞いのため農民たちがドラや太鼓を打ち鳴らして、恵みの雨を降らせようとしたものだと思われる。今ある太鼓は明治16年に作られたもので、直径が124cmもある。
 ◎旧・宮原町
宮原村492 三神社 10/13(毎年) 神幸行列   
亀1台 原田
三神宮が創建された応保元年(1161)から毎年10月13日に開催される。
獅子・神楽・神興・甲冑武者・奴・子供神輿・亀蛇などの神幸行列(三神宮〜商店街〜川原神社)が行われ、境内では、獅子舞・神楽・巫女神楽が奉納される。
神幸行列=獅子(雄、雌)、神馬(飾り馬)数頭、神輿、祭員(神楽・巫女・氏子総代役員等)、甲冑武者、亀1台。
亀(原田)=明治13年小川町出来町より購入。昭和55年原田の人たち総出で修理。その時に亀の衣装の胴巻きより祭典に奉納の幟旗が出てきて、それには文化7年出来町と書かれていた。
立神 熊野座神社 10/19 夜神楽奉納
 【宮原の郷土芸能】
早尾のすっきょん行事国選択無形民俗文化財。宮原町大字早尾に伝わる。
成人式の奇習で、大きな男性性器の模型が使われている点で、耳目を引き立てるが詳細は不祥である。


川上の餅つき=町指定無形文化財。立神の川上地区。江戸時代の終わりごろ、山伏が困っていた時にこの地区の人が助けたのでそのお礼として教えたとも、某所より習い覚えたとも言われている。
西南戦争の時、餅つきに関する記録や道具類が焼失したため、文面は無いが、今日まで伝わっている。
 その踊りは10人ぐらいの男性が1個の臼の周りを飛び回る動作である。以前の衣装は棕櫚の皮などを纏っていたが、現在では浴衣に変わっている。
 雨乞いの行事に行われているが、慶事ごと(建物の落成祝いや道路の開通祝いなど)にも披露される。

 ■芦北地域
 ≪水俣市≫
八幡町3丁目3−1 浜八幡宮 4/18 奉納相撲
古城1−13−21 陣内阿蘇神社 4/19 奉納相撲
長野町3−1 水俣諏訪神社 4/20 奉納相撲
水俣三社祭り=水俣の三社である八幡神社、阿蘇神社、諏訪神社の祭りで、毎年4月中旬に開催される。当日は各商店街は歩行者天国となり、露店が開かれるほか、特設ステージでは郷土芸能大会などが繰り広げられる。また各神社でも奉納舞踊大会などの神賑が行われる。
塩浜町 塩釜神社 9/24 例祭
往時は当地で製塩を行っており、例祭日は塩田の労働に明け暮れていた人々も、この日は仕事を休み、ごちそうを持って境内で行われる相撲見物に出かけた。現在は、地元19区寄ろ会の皆さんが、年に一度の大祭に合わせて、境内で昔ながらの塩焚きを再現しています。できた塩は神社に奉納され、また地域の方々にも配られる。
丸島町 祇園神社 7/19 踊り
越小場53 住吉神社 10/21頃の日曜 奉納相撲
 【恋龍祭水俣みなと祭り】
 水俣の真夏の祭典で、毎年7月下旬に開催される。パレード、仮装、神輿などが出て、夜は海上花火、総踊りが繰り広げられる。
 昭和31年5/1、水俣港が国際貿易港に指定されたことを記念して、汐見町の金毘羅さんに航海安全を祈願する“みなとまつり”が始まり。
 やがて昭和61年に市民みんなが参加出来る祭りにしようと、水俣湾に浮かぶ恋路島の恋と龍山の名を取り“恋龍祭水俣みなと祭り”が始められた。
山の金毘羅さんが雨乞い太鼓の山車に乗り中尾山(龍山)より降りて来て汐見町の金毘羅さんと水俣駅にて出会うという設定である。

 ≪葦北郡≫
 芦北町
  平成17年(2005)1/1、芦北町+田浦町が合併。
 ◎旧・芦北町
宮崎255 湯浦諏訪神社 4/23 女相撲
花岡10 佐敷諏訪神社 4/27、28 神輿
27日は神輿、郷土芸能奉納。28日は九州選抜高校相撲選手権大会、赤ちゃん土俵入り
 ◎旧・田浦町
田浦1250 田浦阿蘇神社 11/18 神輿、郷土芸能奉納
小田浦字宮園 小田浦阿蘇神社 11/18 神輿
海浦字前田 海浦阿蘇神社 旧・9/21 神輿

 ■球磨地域
 ≪人吉市≫
上青井町118 青井阿蘇神社 10/3〜11 神幸式 おくんち
9日の御神幸行列がメイン。チリン旗を先頭に、獅子、御神宝、神輿、神馬、稚児などの長い行列が、人吉の中心市街地を練り歩く。
チリン旗=剣鉾のこと。九州では数少ない。往古は例祭日に一般民衆の境内立ち入りが許されず蓮池の周りだけを巡幸する静かな神事だったが、大正から昭和にかけてに現在の祭礼に変更した。この時に導入したと思われる。
井ノ口町949 井口八幡宮
下戸越町唐渡神1056 唐渡神社 11/25 例祭

 ≪球磨郡≫
 あさぎり町
岡原南62−3 岡原霧島神社 10/30 球磨神楽
須恵 須恵諏訪神社 球磨神楽
深田(下里791) 深田阿蘇神社 球磨神楽
上南3029 上村白髪神社 11/3 球磨神楽 子供みこし、弓道大会、球磨拳大会、子ども会による相撲大会
免田西1579 岡留熊野座神社 球磨神楽

免田東

築地熊野神社 球磨神楽
皆越 皆越白髪神社 球磨神楽 中宮にあたる
 ●球磨神楽
国選択無形民俗文化財。秋例大祭前夜に奉納される神楽で、あさぎり町では須恵諏訪神社、岡原霧島神社、深田阿蘇神社、上(村)白髪神社、岡留熊野座神社、築地熊野神社、皆越白髪神社の7神社に奉納。三番神楽、棟方、笛揃、大幣など17番を伝承し、採物舞(とりものまい)という古風なもので、神懸かりの要素を強く持った神楽。

 【あさぎりの郷土芸能】
塚の脇虎踊り=町指定無形民俗文化財。上西 塚の脇で伝承。虎退治の踊り。虎、旗持ち、太鼓、六部、武士、唐団扇、太刀持ち、槍持ち、棒持ち、商人の役がある。
第1景は道踊りで鉦太鼓を打ちながら庭入りし、第2景は商人、六部の会話。第3景では武士が虎に襲われ虎を取逃がすが、六部の祈祷、村人の力を踊りで表現し虎退治が終結する珍しい踊り。


植深田臼太鼓踊り=町指定無形民俗文化財。球磨地方に伝わる球磨の臼太鼓踊りの一つ。深田東、植の里、深田の植深田・下里・庄屋の3地区に伝承。
頭・脇・関の役がありそれぞれに鉦打ちの子供が付添う。源平の戦いを表現するとされ、仮想敵は仮鬼と称し、同じく頭・脇・関役がある。平家の落人が昔を偲んで神の前で踊ったのが始まりと云われる。


久鹿の太鼓踊り=町指定無形民俗文化財。免田東、久鹿で伝承。
球磨地方に伝わる臼太鼓踊りのひとつで、起源は明らかでない。平家が壇ノ浦の合戦で敗北し、京都の生活を偲んで踊ったとも、また、人吉の元昌和尚(犬童氏)が日向国臼杵郡に伝わる太鼓踊りを西藍田に持ち帰って教えたものが各地に伝わったとも云われる。臼太鼓踊り、ガンガラ踊りの2種類がある。


九州相良古代踊り=町指定無形民俗文化財。二子地区に伝承。人吉藩主相良氏が踊りの名を命名したという。
球磨地方に伝わる太鼓踊りの一つで起源は明らかでないが、士気を高める目的で踊られたという。
踊りは、太鼓を抱き、リズミカルで躍動的なガンガラ踊り(左先、右先、もらし(間の手))である。二子地区では、継承活動として町行事で披露している。


才園太鼓踊り=町指定無形民俗文化財。永才才園地区に伝承。ガンガラ踊りという。起源については明らかでない。雨乞い、豊作祈願で踊られた。頭(カシラ)、脇(ワキ)、関(セキ)が一緒になり円形の一列になって踊る。唄は羅生門の歌詞で、「音に聞こえし羅生門 さて また聞こえし大江山 大江山と申するに 鬼人が住んでわざをなす・・・・」と唄う。現在では、妙見祭で披露されている。

草津山の棒踊り=町指定無形民俗文化財。草津山地区に伝承。隊列を組み、中央列は鎌と太刀を持ち、その左右列は棒を持ち唄に合わせて踊る。踊り歌には、地現流、鎌倉流、三八流があり、唄の変わる毎に踊りの動作も変わる。鹿児島県姶良郡出身の田中喜左衛門が、明治十年の西南戦争で、郷里に帰る事ができず草津山地区に数年逗留し姶良郡の棒踊りを伝えたという。

庄屋の猿踊り=町指定無形民俗文化財。庄屋地区に伝承。
竹と紙で作られた笠を被り、赤の股引を着用し、猿面を付けた親猿1人と多数の小猿によって構成。踊りは、唄に合わせて親猿が踊り、小猿がそれを真似て踊る。その仕草がひょうきんで喜劇的。所用時間10分。

浜ノ上臼太鼓踊り=町指定無形民俗文化財。須恵、浜の上地区に伝承。現在、休止中。
旧相良藩の武道奨励と士気鼓舞のため、源平合戦の再現、農民の五穀豊穣の祈願だとする説がある。太鼓、鉦打ち、仮鬼で構成される。
 多良木町
多良木281 多良木菅原神社
奥野 白木神社 11/15 例祭  
久米1098 久米熊野座神社 11/4 例祭
黒肥地1278 王宮神社(黒肥地神宮) 4/3&11/9 例祭
槻木716 槻木菅原神社 11/24 球磨神楽
多良木281 恵比須神社 10/20、21(毎年) 大人神輿9基、子供みこし6基
 【多良木の郷土芸能】
臼太鼓踊り=県指定無形民俗文化財。中原、青木、伏間田。十五夜踊りが風流化したものが起源とされています。
江戸時代の人吉藩主によって、武道奨励・士気鼓舞のため踊られていたと伝わり、内容は源平合戦等を表現したものである。


太鼓踊り=町指定無形民俗文化財。葛沢、東光寺、上槻木。
背中に「からいもん」と呼
ばれる矢旗を背負って踊る。
元々は念仏踊りで旧暦の8月15日に十五夜行事として踊られていた。宮崎地方から伝えられたとされ、明治の頃にはすでに踊られていた。


大久保の棒踊り=町指定無形民俗文化財。3列縦隊で踊るこの踊りは、両側が6尺棒を持ち、真ん中が鎌を持つ。江戸時代後期から明治初め頃、八代市高田の踊りを受け継いだと言われている。
 錦町
木本神宮 12/1日曜 例祭
木上西字加茂2294 加茂神社
平野 平野神社
 湯前町
5131−11 安牧神社
下城3280−1 里宮神社 旧・3/16&11/15 神輿 太鼓踊り、浅鹿野棒踊り
どっこい祭=県内第二の高山、市房山 (1、772m)の中腹、球磨郡水上村湯山に鎮座する市房山神社の遥拝所を移したもので、祭は山岳信仰の古式を伝えて、前夜、球磨地方全域から道者と称せられる登拝者がお岳参りを行い、上り下りに「お岳ご参詣ドッコイ、お岳参りというて家を出たが、お岳名付けてじつは気慰みよえやードッコイ」とたう。祭当日、神輿が里宮を出て町内を巡行するが、ここでも駕與丁が「お岳ご参詣ドッコイ…」の歌を歌うので、どっこい祭と呼ばれる。球磨地方の民俗芸能の棒曲や太鼓曲も奉納される。
 【湯前の郷土芸能】
浅鹿野棒踊り=町指定無形民俗文化財。明治38年頃、多良木町前原より林田芳太郎氏が習い伝えたと云われている。
 五木村
甲2997−39 五木阿蘇神社 10/15 例祭
平成16年、川辺川ダムにより水没予定地の三社、旧頭地の下手地区の東俣阿蘇神社、旧頭地の久領地区の西俣阿蘇神社、清楽の白木神社を合祀した。
 球磨村
一勝地淋 柴立姫神社 旧・3/4 例祭
神瀬堤岩戸 岩戸熊野座神社 4/3 例祭
神瀬乙4 神瀬住吉神社 11/9 例祭
一勝地甲421 一勝地阿蘇神社 11/9 例祭
大瀬 大瀬阿蘇神社 11/12 例祭
渡阿蘇神社 11/15 例祭
 相良村
晴山 北嶽神社 9/23 ひひ踊り
ひひ踊り=古くから伝わる「ひひ退治」の伝説を、戦後、晴山出身の作家小山勝清が演劇として上演。その後途絶えるが、勝清の子女、小山ナヲエが中心となって新しく創作し、昭和57年11月の初申日(猿祭り)に30年ぶりに復活。その後は毎年、秋の大祭で奉納されている。
川辺 雨宮神社 12/2日曜 子供神輿 永江臼太鼓踊り
柳瀬 十島菅原神社 11/23 例祭
 水上村
湯山 一の宮神社 9/15 子供神輿 球磨神楽、相撲
江代 白水神社 9/23 白水神楽
岩野3053 岩野霧島神社 11/3 球磨神楽
湯山 茂間ヶ崎神社 12/14 球磨神楽
湯山1426 市房山神宮 12/14、15 球磨神楽
 山江村
山田甲1514 山田大王神社 11/4 例祭
万江甲18 万江阿蘇神社 11/10 神楽

 ★展示場
八代市立博物館
未来の森ミュージアム
西松江城町12−35 0965(34)5555 10:00〜〜1700 妙見祭祭礼神幸行列人形模型、亀蛇展示。