京 都 府

〈南丹地方〉
 
    ≪亀岡市≫

住所  神社名 祭礼日 内容 備考
 ≪亀岡市≫
 ◎亀岡地区
上矢田町上垣内22    鍬山神社    10/23〜25(毎年)    神輿2基 八幡宮、鍬山宮
剣鉾2基
元・舁山3台    浦島山(呉服町)、蛭子山(塩屋町)、稲荷山(新町・旅籠町)
曳山8台 翁山鉾(三宅町)、難波山鉾(矢田町・京町・上矢田町)、高砂山鉾(柳町)、三輪山鉾(本町)、武内山鉾(紺屋町)、八幡山鉾(西町)羽衣山(東堅町・西堅町)、鍬山(北町)
船鉾 現存せず
亀岡祭(公式HPへ=府登録無形民俗文化財・市指定無形民俗文化財。鍬山神社の鍬山宮・八幡宮二社の例祭。口丹波の祇園祭とも呼ばれる。
 ≪亀岡祭の行事案内≫
◎23日(宵々山)
 朝より山建て、夕方より囃子開始
◎24日(宵宮)
 夕方より囃子開始
◎25日(本祭り)
 10:00〜12:00まで城下町巡行
八幡宮供舞は新町、塩屋町、柳町、本町、紺屋町、内丸町、南郷町、追分町、西町、北町、あさひヶ丘町、下矢田北地区、下矢田東地区、下矢田君塚、下矢田小石地区

鍬山宮=
供舞は三宅町、東竪町、西竪町、突抜町、横町、古世町、京町、呉服町、旅籠町、矢田町、上矢田町、第一中矢田町、第二中矢田町、中矢田グリーンタウン、南古世町、北世古町
翁山鉾(三宅町)=籤とらず。能、狂言の「三番叟」の人形が御神体。 高さ11.082m(屋根まで5.114m)。屋根幅2.729m。
文政12年(1829)に復活時に人形、見送り幕「鳳凰額八仙人図」、前掛幕「桃園の結義」、天幕、見送り房、御幣が整えられていた。現在の人形は昭和末の製作。車輪は直径145Cmの大車輪。

前懸幕:西陣大型綴錦「三国志桃園の結義図」文政12年(1829)制作。平成18年修復修理。
見送幕:西陣大型綴錦「鳳凰額八仙人図」。文政12年(1829。平成17年修復。
下水引幕:本緋沙羅地に本色羅紗及び手刺繍「雲龍の阿吽の図」。平成19年復元新調。
見送り幕下幕:李氏朝鮮毛綴織り「楼閣宮廷図李氏朝鮮毛綴」。19世紀の作。
天水引幕:本緋沙羅地に本色羅紗及び手刺繍「翁面(白色尉・黒色尉の面)図」。平成22年復元新調。
胴懸幕:「三色赤紺緑羅紗地」。平成17年復元新調。
網隠:平成6年新調。
羽衣山鉾(東堅町・西堅町)=謡曲「羽衣」の天女の舞姿と漁師を御神体にしている。高さ11m(屋根まで5.53m)。屋根幅3.3m。
平成14年、130年ぶりに復元新調。平成11年にまず、囃子方が復活。
懸装品は平成14年、町の人の手作り。


天明5年(1785)の行列帳に記録が残っている。復活以前は人形は東堅町・西堅町の両会議所に隔年で飾り山になっていた。
浦島山(呉服町)=平成5年、復活。浦島太郎が御神体。 高さ3.793m。屋根幅1.914m。
天明5年(1785)の行列帳に記録が残っている。
寛政7年(1795)に京に出て成功していた熊野忠兵衛が、水引と見送りを寄贈したという記録がある。胴幕は「玉取り獅子」。

見送幕:「寿老人鹿を愛する之躰」。
前懸幕:錦紺羅紗「金糸天晴といふ縫」。額縁猩々緋金糸縫。
胴懸幕:「玉取獅子図朝鮮毛綴胴掛」朝鮮毛綴李氏。
水引幕「繻珍錦「雲龍文繻珍錦水引」清朝(18世紀)。
稲荷山(新町・旅籠町)=元・舁き山。「稲荷神の倉稲魂」が御神体。 高さ4.1116m。屋根幅2.33m。
装束箱に寛延4年(1751)とあり、これが創建時期か。

前掛幕:平成11年(1999)復元新調。元は文久3年(1863)作。「浅葱地雲龍文様」。
胴懸幕:18世紀新調。朝鮮李朝の毛綴。「窓絵に対花瓶」、「窓絵岩に牡丹」、「文房具に蝶」。平成15年大修理。
見送り幕:京都・西陣綴錦の「虎に仙人図綴錦」。
蛭子山(塩屋町)=元・舁き山。釣り上げた鯛を抱いて笑う恵比寿像が御神体。 高さ3.925m。屋根幅2.7204m。
旧・胴幕に転用された水引幕の銘文から、寛延4年(1751)頃創建か?。

前掛幕:天保2年(1832)制作。昭和62年(1987)修理。紺羅紗地「宝」字切付刺繍。
見送幕:天保2年(1831)頃制作。昭和60年(1985)補修。絹と麻の綴織「蘭人図綴錦」。
見送下掛下部:18世紀新調。朝鮮毛綴半裁「五羽鶴図」。
胴幕:天保2年(1832)制作。昭和63年(1988)修理。緋羅紗「赤地金襴立継」。
 旧・胴幕は文化6年(1809)制作。紋綾「雲龍立湧文様紅白綿緞子」と天保2年(1831)制作。繻珍綿「緋羅紗・雲龍立湧文様繻珍綿」 
水引幕:昭和61年(1986)修理。金駒繍「緋羅紗地蔓柏紋刺繍」。
旧・水引裏布:寛延4年(1751)未年9月、未晒麻。
旧・下水引:天保2年(1831)、金駒繍「緋羅紗地蔓柏紋刺繍」。
武内山鉾(紺屋町)=武内宿禰が幼い応神天皇を抱いた姿が御神体。 高さ9.354m(屋根まで4.682m)。屋根幅2.64m。
胴幕の箱銘から、安永6年(1777)頃創建か?。また寛政11年(1799)の記録には三ッ車の記載がある。見送り幕は文化4年(1807)制作。中国清朝の皇族クラスが使用する絶品。
鉾の欄縁の箱銘には文政12年(1829)新調、蟷螂山町とあることから、祗園祭山鉾の旧材が用いられたが分かる。

前掛幕:享和3年(1803)京都西陣の作。「繻地雲龍図綴錦」。
見送幕:文化4年(1807)中国明朝17世紀末作。「雲龍宝散図繻珍錦」。

胴懸:安永6年(1777)朝鮮李朝18世紀の作。朝鮮毛綴「窓絵に対瓶図」、「四花瓶図」。
胴懸:安永6年(1777)朝鮮李朝18世紀の作。朝鮮毛綴「窓絵に四蝶の図」、「四対花瓶図」
後懸:安永6年(1777)朝鮮李朝18世紀の作。朝鮮毛綴。
袖幕:安永6年(1777)朝鮮李朝18世紀の作。朝鮮毛綴。
袖幕:安永6年(1777)朝鮮李朝18世紀の作。朝鮮毛綴「五羽鶴図」。

上水引:平成3年新調。唐花丸文様金襴。
 以前のは金地に漢詩文の綴織で亀岡の書家深海皆山の書。

二番水引:平成3年新調。赤地四宝文様金襴。
難波山鉾(矢田町・京町・上矢田町)=応神天皇が百済国から招いたとされる「王仁」が御神体。 高さ10.043m(屋根まで4.917m)。屋根幅2.64m。
欄縁の箱銘により、安永6年(1777)に舁山として製作。『引山記』によると、寛政11年(1799)より翌年にかけて山から曳山に改造。

見送り:昭和57年(1982)2月完成。190年ぶり新調。群鶴図表裂正絹綴錦。
見送り:寛政11年9月作。平成12年修復完了。富士山観瀑図刺繍。
高砂山鉾(柳町)=謡曲「高砂」の人形“尉と姥”が御神体。高さ9.453m(屋根まで4.84m)。屋根幅2.546m。
この人形道具箱に宝暦5年(1755)とあるがこの頃に舁山として作られた。文政8年(1825)に鉾に改修。
見送り(西陣製の大型の綴錦)、水引、前掛け等は改修時の文政8年(1825)新調。胴幕は中国・甘粛省で織られた毛織物。

前懸:文政8年(1825)制作。平成8年練直し。金駒話繍「縹羅紗地寿の字刺繍」。 
見送幕:文政8年(1825)制作。昭和59年裏返し仕立替え。「異国人図綴錦」。
見送下幕:平成10年制作。綾地錦「紅地牡丹唐草文様銀入錦」。
胴幕(2枚):文政8年(1825)制作。絨毯「蝶・蝙蝠・幾何華文様絨毯 三枚立継」。
袖幕(2枚):19世紀の清朝の作。文政8年(1825)新調。絨毯「蝶・華文様絨毯半裁」。

天水引(4枚):生地は19世紀の欧州。文政8年(1825)制作。平成6年修理。切付刺繍「緋羅紗地鳩兎文様切付」。
下水引(2枚):生地は19世紀の欧州。文政8年(1825)制作。唐撚繍 切付繍「緋羅紗地老人隠居図刺繍」。
二番水引:平成5年(1993)復元新調。金無地 平織り。
 以前のは文政8年(1825)制作。金無地 平織り。
網隠:生地は19世紀の欧州。文久4年(1864)制作。緋羅紗地鳩・兎文様切付。
三輪山鉾(本町)=大和の三輪山山麓の大神神社の祭神「大物主命」が御神体。 高さ11..243m(屋根まで5.535m)。
三ッ鳥居の箱書きから、寛延2年(1749)創建と思われる。天明元年(1781)、舁
山から曳山に改造。
人形は天明元年(1781)制作。平成15年修復。
改造の頃に購入の胴幕はイギリス製。見送りはインド製。

見送幕:天明元年(1781)、マカオ(18世紀)、大正10年修理。平成4年仕立て替え
駒使い繍「ビロード地クルス・鳥唐草文様刺繍」。
見送下幕:天明元年(1781)マカオ(18世紀)、綾地錦「紅地菊・龍丸唐草文様錦」。
見送下幕:江戸中〜後期、繻珍錦「紅地桐・鳳凰唐草文様繻珍錦」。
見送下幕:平成4年(1992)制作。
胴幕(二枚):英国ヴィクトリア朝(19世紀)、摺込捺染「黄羅紗地獅子と果実文様捺染」。 
袖幕(二枚):江戸後期、繻珍錦「紺地雲に龍丸宝散文様繻珍錦」。
前懸:文化2年(1805)、平成3年修理。綴織「鳳凰に唐子嬉遊図綴錦。
下水引(二枚):
清朝(18世紀)、平成5年修理唐撚繍 金駒繍「霊長文様刺繍・胸背繋」。 
二番水引:江戸後期の作。平成4年(1992)修復。紺地金襴。
 以前のは江戸後期の作。繻珍錦「紺地雲に龍丸宝散文様繻珍錦」。
天水引:生地は18世紀の欧州。天明元年(1781)作。唐撚繍切符「緋羅紗地天女奏楽図刺繍」。
網隠:19世紀の欧州。緋羅紗無地。
八幡山鉾(西町)⇒鉾蔵竣工式は平成17年(2005)10月23日。
=御神体は「八幡宮」。高さ11..578m(屋根までは4.532m)。屋根幅2.783m。
他の山鉾は制作年代が不詳だが、この山鉾だけが分かっている。「八幡山記」には宝暦13年(1763)9月、山を造営して八幡山号し奉ると記録にある。
天保12年(1841)曳山に改造。

見送幕:江戸後期の作。平成8年修復。綴織「仙人書画図綴錦」

前懸:平成7年新調。刺繍「牡丹鳳凰図刺繍」。
 以前のは清朝(18世紀)、紗刺「牡丹鳳凰図刺繍」。
胴幕:平成6年新調。金入錦「紺地鳳凰踊桐文様金入錦」。 
 以前のは江戸後期の作。綾地錦「御簾に地紙文様綾地錦」。
天水引:平成10年新調。金襴「赤地法相華文様金襴」。
 以前のは江戸後期の作。金襴「赤地柘榴地文様」。
下水引(2枚):平成5年、金襴「紺地竹襷唐花文様金襴」。
 以前のは宝暦13年(1763)。繻子地金襴「紺地蜀江に額龍文様金襴」。
二番水引:平成5年新調。綴錦「岩に向い鳩紋綴」。
 以前は江戸後期の作。綴錦「岩に鳩図綴錦」。  
網隠:江戸後期の作。切付刺繍「緋羅紗時鳩文様切付」。 
鍬山(北町)=籤とらず。丹波の開拓神の「鍬山大明神」が御神体。平成17年(2005)9月19日、入魂式。曳山(鉾車をつけ)として200余年ぶりに復元新調。
大工は本体が亀岡市西町の吉一工務店(吉田一博)、車輪・車軸は岐阜県高山市の(有)八野大工(八野 明)。懸想品は川島織物。
復活に先立ち平成14年(2002)に200年ぶりに囃子が復活。15年に全7曲完成。
高さ11m(屋根までは5.485m)、屋根幅3.02m。
文化8年(1811)に胴掛幕の「黄羅紗地西洋花文様捺染」イギリスのヴィクトリア朝時代の毛織物、見送り、前掛、水引が新調。
弘化4年(1847)に幣房が、慶応元年(1865)には「北町」の額が寄贈。
見送り幕:縹地雲竜文様綴錦 文化8年(1811)新調。昭和63年改修。
水引幕:「鳳凰の図」3点。平成3年改修。
前幕:
綴織「仙人書画之図」。文化8年(1811)新調。平成元年補修。
旧・前掛:萌葱ビロード地に肉盛刺繍「樹下賢人読書の図」。江戸後期の作。
胴懸:「花籠と花瓶文様紋羅紗」。19世紀初頭、イギリスの作。

明和2年(1765)の「矢田祭礼行列帳」に曳山「明神山」の記載がある。
寛政11年(1779)頃に舁山に改修され鍬山として引き継がれる。
 【船鉾(樫船)】
平成26年(2014)10月5日発行の広報のキラリ亀岡 第618号には「矢田祠記別録坤」[亀岡文化資料館保管・寛政12年(1800)]や杉原家文書[亀岡文化資料館保管・天保2年(1830)]の古い記録に船鉾図が描かれている。船の形を基本に船体に水引・胴幕・赤浪幕を掛け、船頭付近に、「樫船」の目印旗が立ち、上部は屋形造りですが、揚巻をたらした簡単な構造となっている。この船鉾(樫船)は亀岡祭における山鉾の原型と考えられ、かつ現存しないため、まぼろしの山鉾とされている。
宇津根町東浦1 伊達神社 10/25 例祭
上矢田町東垣内 矢田天満宮 7/25 例祭
余部町天神又 八幡宮社 9/連休 神事、籤引き 氏子は余部町上条地区
余部町天神又46 天満宮社 7/25 子供神輿 氏子は余部町中条地区
余部町走田1 走田神社 10/25頃の日曜 神輿、子供神輿
余部町加塚16 伊達神社 7/23 神事
 ■保津地区
保津町立岩4
保津町宮ノ上21
請田神社
保津八幡宮
10/20、21 花傘8台
夜、請田神社から神霊をお迎えする4基の剣鋒と50数基の高張提灯の行列がある。平成15年、半世紀ぶりに花傘復活。
 ■篠地区
篠町篠八幡裏4 篠村八幡宮 10/25 例祭
放生会は9/3日曜で祭典、相撲大会、夜:千灯明、催し物。
篠町王子稲葉1 王子神社 10/25 例祭
篠町浄法寺土取54 粟島神社 9/3 奉納大踊り 現在は8月最終土曜に開催
篠町馬堀東垣内3 馬堀桑田神社 10/25(元・28) 例祭
篠町森山先34 村山神社 10/25 例祭
篠町山本北絛51 桑田神社 10/25 例祭
 【西つつじヶ丘夏まつり】
8/下旬、西つつじヶ丘自治会主催。地蔵盆の時、子供達が作った手作り子供みこしを町内の子供達が集まり担ぎ、町内を練り歩きながら祭会場へ行く。

 ■河原林地区
河原林町河原尻才ノ本22 日吉神社 10/22頃の日曜 神輿
河原林町勝林島大渕4 若宮神社 10/21 神輿廃絶 かつては御旅所まで出御したが、災いのため石鳥居付近に埋める
競馬廃絶 江戸期には盛んだった
 ■千歳地区
千歳町国分南山ノロ1 愛宕神社 10/21 例祭 以前は競馬、巫女による湯立の舞があった
千歳町千歳出雲無番地 出雲大神宮 4/18(毎年) 鎮花祭 11:30〜より出雲風流花踊奉納
10/21 舞、居合道の奉納
鎮花祭(出雲風流花踊り)=府指定無形民俗文化財。長禄3年(1459)の『出雲大神宮文書』によると、「雨悦風流」が行われていた事が知られ「任先規」とある点、同年以前より雨乞い神事があったと思われる。
明和4年(1767)には大旱魃がおこり、花踊だけではなく、様々な装束に身を包んだ練物が行われ、雨乞いを祈願した。
その様相を現代に残すのが『丹州馬治(馬路)村花踊練物番附』で、過去最大の練物であった。
この時の装束は「京都室町さわら木町ゑちご屋」から借り受けた事が記されており、行列の最後列に花踊の集団「花笠人数三百十五人」と、その規模の大きさを呈しています。
この版木は現存しており、花踊に用いられる太鼓の皮にも刷られている。

 この踊りは明治16年の大旱魃で途絶えるが、大正13年(1924)復活した。現在はこの貴重な民俗行事は千歳町の有志により伝承されている。
千歳町千歳堂ノ下38 天満宮神社 8/25 丹波音頭で大踊り
千歳町平松神地47 八幡宮社 10/3日曜(元・21) 例祭
 ■馬路地区
馬路町池尻68 池尻天満宮 4/3 子供神輿
萬燈祭 曳山、子供神輿
萬燈祭=菅原道真公の没後50年ごとに営まれる。江戸時代は仏式の萬燈会と呼ばれていたが、明治以降は萬燈祭と変わった。明治35年の萬燈祭の後、次の50年が待ちきれず中間の25年目に当る昭和2年の半萬燈祭が取り組まれた。最近では平成14年(2002)に萬燈祭が行われ、大きな梅の木で飾った曳山、子供神輿が出た。
馬路町月読16 小川月神社 10/16 例祭 例祭に1年間に誕生した子供全員の祈祷をする慣例がある。
馬路町流川1 八幡宮社 9/15 例祭
 ■旭地区
旭町今峠4 松尾神社 4/16 雅楽、浦安の舞
旭町経塚1 天照皇大神社 10/21 神幸祭
旭町宮ノ元23 梅田神社 10/21 神輿
 ■吉川地区
吉川町吉田後代62 稲荷神社 10/25頃の日曜 子供みこし、車太鼓
 【佐伯灯籠】
佐伯灯籠は、鎌倉初期から伝わる夏祭りで稗田野・御霊・若宮・河阿(かわくま)の四社合同祭典の夏祭りで、稲作を表す5基の神灯籠とみこし、佐伯灯籠保存会による人形浄瑠璃の台灯籠が祭りを彩ることから、「灯籠祭り」として親しまれてきた。
稗田野町佐伯垣内亦1 稗田野神社 8/14 佐伯灯籠
10/23(毎年) 浦安の舞 11:00より拝殿にて奉納
稗田野町佐伯斎ノ神41 御霊神社 8/14 佐伯灯籠
稗田野町佐伯出山地46 若宮神社 8/14 佐伯灯籠
稗田野町柿花宮ノ奥8 河阿神社 8/14 佐伯灯籠
 14時から稗田野神社で神事が営まれ、15時に灯籠や神輿などの行列が御霊神社へ向けて出発。同神社で「御玉移し」等の神事があり、大松明に点火されて、その後トラックに神輿、太鼓、灯籠を乗せて各町内を巡行して、20時頃から稗田野神社で合同祭典が行われる。
22時からの「太鼓掛け」は、太鼓に神輿が衝突して乗り上げ、横倒しになりながら太鼓打ちは足を踏ん張って耐え、バチをさばき続ける。太鼓掛けは、和合により豊作を祈る祭事となっている。

「灯籠追い」は境内で神輿が五基の灯籠を追う行事であり、「灯籠吊り」は本殿の上に吊った灯籠の下で伊勢音頭を歌うなど諸行事が繰り広げられ、23時30分過ぎに祭典終了。
稗田野町芦ノ山宮ノ下27−1 春日神社 12/5 湯立神事廃絶 大正期廃絶
稗田野町太田狐塚52 八幡神社 9/14 例祭
 ■大井地区
大井町並河1−3−25 大井神社 10/16(毎年) 神幸祭 氏子神輿1基、子供神輿11基神輿、馬12頭と総勢200名近くの行列がある。
浦安の舞。宮司、稚児、氏子による武者などが12頭の馬に乗り、境内馬場を巡行する。
貞観8年(866)から昭和初期まで続いていた「駆け馬神事」は、競馬こそ取り止めになっているものの、その儀式は古式のまま今も行われている。
大井町並河1−7−17 天皇神社 9/17 宮相撲、湯立の舞廃絶
大井町小金岐1−9−34 八幡宮社 9/15 例祭
大井町小金岐北浦1 八幡神社 10/15 例祭
大井町土田3−24−1 夜苗神社 10/24 神事
大井町並河見付1−1 八幡宮社 9/15 神事
  
 ■千代川地区
千代川町小川1−6−1 月讀神社 10/21 例祭
千代川町小林北ン田108 天満宮社 10/21 例祭
千代川町川関宮ノ前20 宮垣神社 10/21 例祭
千代川町北ノ庄鳴滝42 岩城神社 10/20頃の日曜 湯立神事
千代川町高野林高野畑1 大原神社 10/21 神事
千代川町千原安田1 藤越神社 10/21 神事
千代川町拝田甲岩47 八幡神社 9/15 神事
千代川町湯井西筋1 松尾神社 10/21 神事

 ■東別院地区
東別院町東掛一アン6 春日神社 10/3日曜 子供神輿
東別院町南掛中山43−1 素盞雄神社 10/2日曜 樽みこしを曳く 夜はカラオケ大会
東別院町大野檜用11−1 小瀧神社 10/3日曜 神事
東別院町栢原才ノ下18 天満宮神社 10/2日曜 子供神輿 昭和62年創建。
子供神輿=昭和62年創建。神輿の巡幸路は片道2、5kmで三ヶ所に御旅所があり、子供が少ないので消防団の加勢を受けながら、片道は担ぎ片道は車で一時間数十分の巡幸をする。
東別院町鎌倉見立1 鎌倉神社 10/2日曜 神事
東別院町神原 徳神社 10/3日曜 神事
東別院町湯谷岳山78 玉依神社 10/2日曜 神事
 ■西別院地区
西別院町柚原北谷1 多吉神社 10/3日曜 神事
西別院町犬甘野宮ノ谷5 松尾神社 10/3日曜 神事
西別院町大槻並畑見1 素盞鳴神社 10/3日曜 神事
西別院町万願寺前ノ垣内46 大宮神社 10/3日曜 神事
西別院町笑路西ノ畑14 素盞鳴神社 10/3日曜 神事
西別院町神地高ノ山19−4 白髭神社 10/3日曜 神事
 ■曽我部地区
曽我部町穴太宮垣内1 小幡神社 10/22 子供神輿
曽我部町穴太宮垣内8 神明社 10/22 子供神輿
曽我部町犬飼北山4 天満宮社 8/25 子供神輿 浦安の舞、盆踊り、余興(カラオケ大会)
曽我部町春日部上曽我谷64−1 春日神社 12/17 神事
曽我部町寺蛇谷1 與能神社 10/22頃の日曜 神幸祭 氏子は春日部、中、寺、法貴、犬飼、川上(南条・西条・重利)
行列は大榊・太鼓・猿田彦・金幣・白幣・社旗・楯・矛・日旗・月旗・弓・太刀・唐櫃・宮司・鍵箱・神輿
曽我部町寺蛇谷1 天満宮社 /25 例祭
曽我部町岩山8 八幡宮社 9/15 盆踊り、くじ引き 奉納相撲廃絶
曽我部町南条中荒水代4 若宮神社 /3 例祭
曽我部町西条丙中垣内1-1 八幡宮社 /15 例祭
曽我部町法貴岩ヶ窪1-1 國狹槌神社 5/5 例祭
 ■宮前地区
宮前町宮川神尾山2 宮川神社 10/17 神輿
宮前町神前東条1の乙 素盞鳴神社 7/7 例祭
宮前町神前障子1 佐々尾神社 10/17 子供みこし
宮前町神前馬谷27の乙 琴平神社 9/10 奉納相撲
宮前町猪倉宮ノ下55 篠葉神社 10/3日曜 手作り子供樽みこし 昭和55年より始まる
 ■本梅地区
本梅町井手西山6 出雲神社 10/連休(元・16) 子供神輿1基
本梅町小向5の乙 八幡宮 9/連休 例祭
本梅町中野堀釜1 廣峯神社 10/連休(元・16) 子供みこし5基
本梅町東加舎深田37 屋磨内神社 10/連休 神輿
本梅町西加舎森ノ上18 加舎神社 10/連休土日(元・16) 神輿
本梅町平松西山38 菅原神社 8/25 丹波踊り
 ■東本梅地区
東本梅町中野南垣内34 八幡神社 10/17 例祭
東本梅町松熊外羽16 惶根神社 10/17 例祭
東本梅町赤熊湯屋尻1−1 日慈谷神社 10/17 例祭
東本梅町大内上条18 大内神社 9/初旬 樽みこし カラオケ大会
 ■畑野地区
畑野町千ヶ畑西山1−11 西山神社 10/3日曜 例祭 戦前は湯立行事があった
1/3 年振り祭 地域から選ばれた六人衆の掛声に合わせ、その年の恵方に向かって「ワッハッハ」と初笑いをし豊作を祈願するお祭り。
7/14 湯立神楽
畑野町土ヶ畑東26 八幡宮社 10/3日曜 例祭 氏子は必ず参拝し、寿司、にしめ、お餅などを持ち寄り稲作、その他種々の話し合いの場となる