三 重 県

      ≪北勢地方≫

    四日市市、三重郡[菰野町、朝日町、川越町]

住所 神社名 祭礼日 内容 備考
 ≪四日市市≫
  平成15年(2005)2/7、四日市市+三重郡楠町が合併。
 ◎旧・四日市市
 ■中部地区
諏訪栄町22−38  諏訪神社 10/1土日 神輿
鯨船1隻 明神丸(南納屋町)
大入道1
小山車3
大名行列1
練り物1
※ 戦災で焼失する前は、大山車4台、小山車14台、鯨船3台、釣り物4組、大名行列2組、その他練り物3組と、合計30もの練り物が出た
21輌もの山車が曳かれてにぎわった。そのうち4輌は大山(津島や熱田の大山とはかなり形が異なる。)、14輌は小型の山車(からくり人形あり)、3輌は鯨船だった。昭和20年6/18の空襲により、大入道と鯨船1輌(明神丸)を残して焼失した。この2輌は、戦後再建された菅公の山車と一緒に、市民祭(大四日市祭)に曳き出されている。戦前の21輌の山車は次のものである。
 【昭和初期の練り物】
西町=大山。神輿の行列。道楽。舞楽の人形。四神の鉾。
北町
=大山、小山(露天の人形山)。からくりは“紅葉狩り”。

浜田町=大山。 
南町
=小山(名古屋型変形)。からくりは“浦島太郎”。
新田町=大山、小山(名古屋型変形)。からくりは“天の岩戸”。
堅町=小山(三層山車)。からくりは“唐子遊び”。 
西中町=小山(変形名古屋型、現在のものは名古屋型)。からくりは“司馬温公の甕破り”。
中新町=小山(露天の人形山)。からくりは“湯立神事”。  
四ツ谷新町=小山(名古屋型)。からくりは“石橋”。  
下新町=小山(露天の人形山)。からくりは“弁慶に牛若丸”。
新丁=小山(変形名古屋型、現在のものは名古屋型)。

蔵町=小山(露天の人形山)。からくりは“宇受賣命狸の腹鼓”。
中納屋町=小山(名古屋型)。からくりは“唐子遊び”。 
江田町小山(名古屋型変形)。からくりは“大黒天袋破り”。 
北納屋町(勢州丸)=鯨船。  
桶之町=大入道。現存。  
南納屋町(明神丸)鯨船。現存。
西袋町=小山(名古屋型)。からくりは“倭姫命田鶴愛撫の状”。 
東袋町(正一丸)鯨船。
 
比丘尼町=上りの大名行列。  久六町=下りの大名行列。 南浜田町=富士の巻狩り  東中町=釣物。  北条町=魚づくし。  浜町釣物。  上新町=釣物。  
神輿=弘化2年(1845)制作。昭和42年(1967)改修。西町が担当で、今も西町に保管されている。平成14年(2002)の諏訪神社御鎮座800年祭以来出ていない。
 【大四日市まつり】
昭和34年(1959)に行政や商工組織が企画運営する市民祭「四日市港まつり」が始まり。
昭和39年(1964)に大四日市祭りと名称変更。当時は市制記念日の8/1から四日市港開港記念日の8/4まで行われたが、現在は毎年8/1土日に開催。
初日(土曜)は「おどりの日」と題して市民参加の踊りなどを中心に、二日目(日曜)は「郷土の文化財と伝統芸能」と題して市内各地の祭礼行事を各年ごとのテーマに沿って紹介する構成。
元町(旧・比丘尼町)=大名行列。奴道中を披露。
戦前の道具類は菰野藩からの拝領品だったが、戦災で焼失し戦後復興。
四日市商店連合会。前は西中町=小山。平成2年(1990)再建。からくりは八代目玉屋庄兵衛の作で「司馬温公の甕破り」。
 初代は明治27年(1894)創建。

新町
=小山。菅公。文字書きのからくり人形山車。昭和27年(1952)再建。
 明治初期創建。

南浜田町
=富士の巻狩り

江戸時代の司馬江漢の日記の天明8年(1788)に「富士の巻き狩りを見物す」と記されている。

岩戸山(本町通り商店街新興組合)
=戦前は蔵町。小山(露天の人形山)。昭和63年(1988)復元新調。
からくりは“宇受賣命狸の腹鼓”。これは天女宇豆売命(あめのうずめのみこと)に化けていた狸が、本性を現し腹鼓を打ち睾丸を膨らませるというものである。

中納屋町
=大入道。文化2年(1805)制作と云われる。4.5mの大入道が3m近く首を伸ばし、太い眉毛を動かし、目の色を変え、30cmもの舌を出す。
からくりの主要部分は疎開で戦災を免れる。昭和26年(1951)に復興。

明神丸(南納屋町)=鯨船。昭和22年(1947)制作。
先代も作った北納屋町在住の長谷川庄兵衛の作。 
 先代は戦災で焼失。ただし飾り物は疎開で助かる。  
八幡町11−5 八幡神社 8/14、15 石取祭車1台
京町18−28 八幡神社
鵜の森1−13−6 鵜森神社 10/10 例祭
陶栄町3−21 萬古神社
 ■海蔵(かいぞう)地区
東阿倉川540 海蔵神社
末永8−1 神明社
三ッ谷町7−5 多度神社
 ■塩浜地区
御薗町1−100 御薗神社 10/1〜3 石取祭車廃絶 塩浜本町
鯨船売却 新勢州丸
七ッ屋=平成26年(2014)に鯨船[新勢州丸]を本町通り商店街振興組合に譲渡。昭和34年より中断していた。諸道具・鯨船歌の伝承が残る。
鯨船は明治38年に四日市・北納屋町(勢州組)より購入して始まる。その後、昭和3年に地元の大工が楠町の船をモデルに作る。
磯津町 塩崎神社 9/22、23 鯨船1隻 大正丸(磯津町)
磯津鯨船保存会=鯨船は大正丸(磯津町)。伊勢市の(有)ゴーリキアイランドの作。
 大正初期に四日市・東袋町「正一丸」の船飾りなどを譲り受けて始まる。昭和39年から休止していたが、昭和62年に23年ぶりに復活した。平成15年より再び休止。
 ■富洲原地区
松原536 聖武天皇社 7/16頃の金土日 石取祭車5台 松一、松二、松三、松原東洋町、松原西元町
子供石取祭車 松原西元町
廃絶 松原宮町
松一(松原第一組)⇒松原本松町自治会・松原東八風町自治会・西八風町自治会・東松武町自治会・西松武町自治会の連合。
=昭和初期の大佐制作。彫物は昭和20年代に追加。彫師は小川光久。天幕は「夫婦虎」。
 先代は小型祭車。

松二(松原第二組)
⇒千歳町・錦町・新栄町により、昭和24年に祭車を新造し、松二として連合を組み祭礼に参加。現在は松原サニーハイツマンション自治会も参加。
=昭和24年(1949)創建。大工は森實。彫師は森晴鶴。天幕は「笹に真向き虎」。

松三(松原第三組)⇒緑町、東平町より成る。伊勢湾台風の頃に、平町を編入して松三に。その後、平町は東平町と西平町に分裂。東平町のみが、祭礼に参加。
=昭和20年代後半に緑町の祭車として新調。彫師は小川光久。天幕は「雲龍」。

松原東洋町=昭和20年代制作。東洋町は東洋紡績由来の商店街。現在は西平町も参加。

松原西元町⇒西元町は西町と元町が合併した自治会。現在は茶の水町も参加。
 昭和20年代後半に西元町として現在の祭車制作。
緑町自治会=現在は松原第3組に改組している。員弁地区に祭車を売却らしい。

松原宮町
=東洋紡績富田工場の社宅。東洋紡績富田工場の宮町社宅消滅により廃止され、天ガ須賀第1組に祭車を売却した。
天ヵ須賀3−1−1 住吉神社 8/14、15 石取祭車5台 第一組、第二組、第三組、第四組、住吉町
第一組⇒天ヵ須賀北町1区自治会・天ヵ須賀北町2区自治会・天ヵ須賀北町3区自治会・天ヵ須賀岩戸町自治会よりなる。
=廃止された旧東洋紡績富田工場の社宅で構成された松原宮町自治会の祭車を購入した。天ヵ須賀島崎町自治会も参加している。

第二組⇒天ヵ須賀江戸町自治会・天ヵ須賀中町自治会よりなる。

第三組⇒天ヵ須賀寺町自治会・天ヵ須賀常磐町自治会よりなる。

第四組⇒天ヵ須賀本町自治会・天ヵ須賀南町自治会・天ヵ須賀港町自治会よりなる。

住吉町⇒住吉町自治会の単独保有なれど、新興住宅地の富洲園自治会・GS富洲原自治会・LM富洲原マンション自治会も参加している。。
富田一色町616 飛鳥神社 8/14、15 富田一色けんか祭り
富田一色けんか祭り=町内19町が北・中・南の3組に分かれ、直径1m、重さ100kgの鉦と長さ1m、直径60cmの太鼓を担いで神社に競い合って練りこむ勇壮な祭り。14日は練り歩き、15日は13時・14時・15時からメインのけんか祭り。
 ■富田(とみだ)地区
富田2−16−4 鳥出神社 8/14、15 (2年続けて1年休む) 鯨船4隻 神社丸(北島組)、神徳丸(中島組)、感応丸(南島組)、権現丸(古川町)
山車廃絶 富田南町
神社丸(北島組)⇒新町1区、新町2区、蛭子町、天神町、中川町、北魚町からなる。
=収納箱に嘉永6年(1853)とあり。

神徳丸(中島組)
⇒本町、寺町からなる。
=艫の装飾金具に文久4年(1864)の年号が記されている。


感応丸(南島組)
南魚町、城町、片町、北納屋町、中納屋町、南納屋町からなる。

権現丸(古川町)
⇒東古川町、西古川町からなる。
南町=小学校の南隅に山車蔵があり、7月15日の町内の山の神祭りと富田夏祭りに山車を出した。からくりは鯛の中が割れて人形が出て踊った。昭和36年の伊勢湾台風で流失した。
現在は小学校ふれあいギャラリーにからくり人形が2体残っているのみ。
富田西町 八幡神社 8/14、15 石取祭車1台 富田西町
茂福町27−36 茂福(もちぶく)神社 8/14、15 石取祭車1台 茂福町
10/連休の土日 獅子舞 箕田流
北村町 若宮八幡宮 8/14、15 石取祭車1台 北村町
14日は町練り。15日は中央通りで揃え曳き。
富田西町(富田西町連合自治会)=西町第一自治会・西町第二自治会・西町第三東自治会・西町第三西自治会・西町第四自治会・西町第五自治会からなる。
=嘉永〜安政年間の作と思われる。大正11年(1922)に桑名市東舩馬町より購入。大工は山本甚蔵か?平成7年改修。
天幕は「鳳凰」。
安政4年(1857)より祭礼を行っていた。
茂福町⇒茂福町(茂福北ノ町自治会・茂福西ノ町自治会・茂福中ノ町自治会・茂福東ノ町自治会・茂福南ノ町第一自治会・茂福南ノ町第二自治会)と東茂福町(東茂福町第一自治会・東茂福町第二自治会)と大字茂福からなる。
=文政9年(1826)6月の墨書きあり。彫師は野々垣太兵衛、清兵衛、兵介の名あり。経路は桑名・三崎通西之組⇒赤須賀一番組⇒茂福町(大正12年)。
当初は四輪祭車。天保12年(1841)に額彫刻新調し、漆塗装がなされ、その時に三輪祭車に改造したと思われる。
 彫刻は三角は「雲龍」、太鼓掛は「龍」、持送りは「飛龍」、亀腹は「牡丹」、隅腕は「唐獅子」、額は「唐獅子牡丹」。
天幕は「緞子地竹雀連続模様」。織師・制作年不詳。
平成6年7/23大改修事業完成式典。棟梁は松田輝・松田敦司。塗師は音工業所(山本 旭・山本 実)。彫師は森 哲荘。鍛冶師は加藤 敬三。曲師は加藤新次。鉦師は中川正友。提灯師は大谷正兵衛。
北村⇒北村町第一自治会・北村町第二自治会・北村町第三自治会・北村町第四自治会・北村町第五自治会からなる。
=文政年間の作と伝えられる。大正10年(1921)頃に桑名市赤須賀五番組(現・赤須賀宮本町)より購入。平成6年修復。
 大正天皇御大典の大正4年(1915)に手作りの祭車を曳いたのが始まり。
富田北鵤町 伊賀留我神社 10月中旬 大太鼓 大太鼓・大鉦保存会
 ■常磐地区
松本5丁目6−20 松本神社 10/2日曜(元・14) 神輿 飾付け
樽みこし 神明松乃神社と松井須賀神社が合併して松本神社になった。
獅子舞
獅子舞=松本財産保存会の中に獅子舞保存会があったが、平成4年を最後に獅子舞の後継者がなく、その後活動が途切れている。
中川原2丁目 十一社大神 10/15 例祭
赤堀2−9−8 八阪神社 7/15&10/4、5 民謡踊りの奉納
久保田2丁目 窪田神社 10/12 例祭
伊倉2丁目 井具羅神社 10/13頃の日曜 例祭
大井手3丁目 八幡神社 10/15 例祭
 ■羽津地区
大宮町14−6 志氏神社 10/17前の日曜 獅子舞
羽津戌523 伊賀留我神社
 ■日永地区
海山道町1−62 海山道神社 10/3〜5 石取祭車廃絶
日永1−12−8 大宮神明社
日永4−5−7 日永神社 10/祝日 獅子舞、巫女舞
泊村825 白髭神社 10/連休日曜 手作り子供みこし13基 巫女舞
 ■四郷(よごう)地区
西日野町3085 日野神社
強飯つかみ廃絶 熊野群山に棲息する鳥類の生活を模写するという神事だった。この神事は大変危険なものだったらしく明治42年に廃止された。
八王子町370 吉田神社 7/3土曜 石取祭車1台
 ■内部地区
小古曽2−28−2 小許曽神社 10/1土曜 例祭
采女町2321−1 采女八幡社 10/祝日 子供みこし
采女町3267−3 豊富稲荷神社
波木町821 加富神社 10/14 例祭
北小松町1 小松神社
 ■川島地区
川島町1737 神明神社
川島町5661 川島神社
 ■神前地区
菅原町580 菅原神社
尾平町2994 神明神社
高角町507 神前神社 10/10 例祭
高角町2264 高角神田天白神社
寺方町254 若宮八幡社 獅子舞 山本流、椿岸神社獅子舞保存会
曽井町758 保曽井神社
 ■桜地区
桜町 八幡神社
智積町684 椿岸神社 10/10頃の日曜 獅子舞 山本流
 ■小山田地区
堂ヶ山町495 神明社
山田町2187 加富神社 3/9(祈年祭) 獅子舞
小山町1826 神明社
鹿間町449−1 久間田神社 7/20 久間田弁天踊り 雨乞い祭で、大きな太鼓を首に掛け、放り上げるように一回転させながら踊る
 ■県地区
平尾町2092−4 縣神社 10/2日曜(元・8)
上海老町759 衣比原御厨神明社 10/13
下海老町1657 御厨衣比原神社 10/8
 ■三重地区
山之一色町34 遠保神社
東坂部町518 刑部神社
西坂部町3653 江田神社 10/11 獅子舞 山本流
小杉町975 小杉神社
生桑町2024 生桑長松神社
 ■下野地区
山城町1042 櫻神社 石取祭車譲渡
朝明町512 石部神社 10/10 例祭 氏地は旧・下野村(中里、山城、北山、西大鐘、東大鐘、札場新田)
大鐘1556−4 太神社
 ■八郷地区
広永町1553 穂積神社 10/15 石取祭車流出
千代田町1050−2 鶴沢神社 10/10 石取祭車1台 昭和23年頃制作 
伊坂町1388 莵上耳利神社 10/10 石取祭車1台 昭和46年頃より休止
平津町1001 八幡神社 8/14 石取祭車1台 昭和35年頃より休止
山分町140−8 天満宮 8/1日曜午前中 石取祭車1台
山村町892 布自神社 10/10 例祭
中村町1697 能原神社 10/17頃の日曜 例祭
 ■大矢知地区
大矢知町2730 長倉神社 10月 獅子舞
江戸時代末期、村にコレラが流行したため、疫病よけとして鈴鹿の箕田に伝わる獅子舞をまねて始められ、その後豊作祈願もかねるようになった。
蒔田2−12−26 神明神社
松寺町3−6−33 御厨神明社 7/2土日 石取祭車1台
松寺町=昭和27年7月制作。鬼木は同市千代田町のものを譲り受けた。
下之宮町319 耳常神社 9/2土日 例祭
垂坂町1095 立阪神社 10月中旬 獅子舞
獅子舞=市指定無形民俗文化財。弘化元年(1854)に垂坂の麹組合と伊勢玉垣の麹組の間に争論があり、これに勝訴したのを祝って獅子舞を奉納したのを起源とすると云われる。
舞法は久久志弥(くくしみ)神社(鈴鹿市)に伝わる「箕田流(みたりゅう)である。
川北2−14−26 朝明神社
 ■河原田地区
河原田町3048 河原田神社 7/14頃の土曜日 石取祭車2台 南、北
川尻町2190 熊野神社 雅楽
大治田2−7−11 神明社
 ■保々地区
西村町2808 殖栗(えぐり)神社 10/9 子供みこし
市場町獅子舞
市場町獅子舞保存会=市指定無形民俗文化財。明治初期に山之一色村(現四日市市山之一色町)から習ったと伝えられ、久久志弥神社(鈴鹿市)に伝わる箕田流(みたりゅう)である。
 ■水沢地区
水沢町708 足見田神社 7/31(例年) お諏訪踊り
お諏訪踊り市指定無形文化財。花笠を付けた6人の若者が縞太鼓を首から笛や唄いに合わせて踊る。
水沢は水の便が悪くたびたび旱魃に悩まされていたが、当時の庄屋の辻久善が瀬戸用水や童子谷池などの工事をした。この久善の没後43年の享栄5年(1720)に礼踊りとして奉納したのが始まり。
水沢野田町 愛宕神社
 【獅子舞】
四日市市史(民俗編)によると、平成7年で休止中を含めると、39地区で奉納。その大半(35ヶ所)が山本流(椿大神社)、稲生流(伊奈富神社)、箕田流(久久志弥神社)、中戸流(都波岐加戸等神社)の4流派で共に鈴鹿市から伝えられる。

 ◎旧・三重郡楠町
楠町南五味塚896 南御見束神社 10/2土日 鯨舟1台 龍神丸
龍神丸=昭和52年(1977)制作。南楠鯨船保存会で運営。
 江戸末期から年中行事として行われていたと云われる。当時は伝馬船のような小さな船で、操作する人も少数であったものが明治13年に大網という組織ができ、その人たちが主体となり神社に奉納する祭り行事として次第に盛んになった。
 明治期に四日市市南納屋町より明神丸と備品(飾り)を金7000円と酒10本、米2斗で譲ってもらったと伝えられる。この船を合祀された「龍宮様」に因み、龍神丸と名付ける。

現在は鳥羽市の海の博物館が所蔵。
楠町北五味塚1 楠郷総社神明社 10/2土日 神輿、子供みこし6基
日曜8:00に氏子である北五味塚、小倉、丑之新田、吉崎、北一色、南川の各字の代表と北五味塚地区の6町の子供みこしと北楠保存会の神輿が集まる。祭事の後、それぞれの町に戻り練る。
北楠保存会の神輿は北五味塚地区はもちろん北一色の自治会長宅の前にも行く。17:00に全ての神輿は神社に宮入りを果たし終了する。
神輿=北楠保存会。昭和39年購入。浅草・南部屋五郎右衛門の作。平成15年、同社で修復。
 昭和36年頃に小型の神輿を名古屋の店で購入したのが始まり。同時にフォード車の台車を提灯や花で飾り花山車として曳いた。
子供みこし6基=西町1区、西町2区、中町、南町、北町、東町に各1基所有。
小倉=鎮守は土御前神明社だった。平成16年までは宝くじ協会の一般コミュニティー助成金で子供神輿を購入し小倉地区を練っている。
青年団解散するまでの昭和30年代までは宮跡地で秋祭りに3日3晩夜通しの豊年踊りをしていた。

丑之新田=小倉から分かれた新田。丑之神明社が鎮守だった。現在は児童公園に幟を立てるくらいである。
昭和40年代までは春祭り、秋祭りは幟を立て太鼓を叩いて親戚を呼んで御馳走をした。

吉崎=鎮守は吉崎神明社だった。秋の例祭日に公民館前広場に幟を立て、提灯を吊るして太鼓を叩く。

北一色=鎮守は北一稲荷社だった。宮跡地に5班の組交代で幟を立て、町から餅を配る。
秋祭りには北五味塚の大人神輿が来て自治会長宅の前で練られる。

南川=鎮守の瓜生神明社が合祀されてからは町内で幟を立て太鼓を叩いている。
楠町本郷830−1 楠村神社 3/3土日&10/体育の日 湯の花神事
獅子舞休止 平成8年までは奉納。後継者難で休止。
湯の花神事=春と秋2回行われる。釜には天明4年(1784)の文字が刻まれている。

 ≪三重郡≫
 菰野町
永井338 井手神社 10/10 石取祭車1台
菰野2770 広幡神社 10/1金土日 例祭
石取祭車2台 庄部なかよし町、東町土方公山車保存会
氏子は旧・菰野村で13自治会(南瀬古・谷・東町東部・中部・西部・藩内・中町・本町・庄部・きよみず・川原町・松尾・柳林)ある。
広幡神社から庄部御旅所(田光2063)まで神輿渡御が行われる。この神輿渡御には、区内の稚児や大人の楽人、神興の担ぎ手、それに自治会の会長、組長が弓張り提灯をもって行列に参加する。
2台の石取祭車[庄部なかよし会、東町土方公山車保存会]、藩内の子供神興などが、町を練り歩く。
田光字城山2063 多比鹿神社 10/14 例祭 若者の楽人が笛や笙、篳篥、太鼓で雅楽を演じ、それに合わせて小学生の女の子が舞いを奉納
宿野220−2 稲荷神社
大強原2904 鵜川原神社 10/2日曜 相撲大会 氏子6地区
吉沢嘉例踊り
吉澤嘉例踊り町指定無形文化財。当番年の6年に一度奉納。平成22年奉納。菰野藩の家紋入りの陣笠を被り、大太鼓を胸に抱えた踊り手二人が向かい合って引っ付けた太鼓を打ち鳴らしながら舞を披露。その周りでは、ひょっとこの面を頭の横にかぶった二人が、大きなうちわをあおぎながら踊るように動いて、ほら貝や笛、鉦の音とともに祭りを盛りあげる。
竹成1918 八坂神社
小島1688 耳常神社 10/14 例祭
杉谷1899 熊野神社 嘉例踊り
田口2404 福王神社 4/14&秋 天狗
田口新田500 神明社
切畑579 伎留太神社
千草2851 千種神社
榊275 榊神社
嘉例踊り=江戸期菰野藩主は嘉例踊りを好み、大いに奨励したため、領下16ヶ村の村々では宮守りの連中が踊りを伝承してきた。毎年夏祭りには踊り手が城内に繰込み藩主の面前で披露するのが慣わしになっていた。また菰野藩の記録では明和6年(1769)6月、文政6年(1823)7月に雨乞踊りを八幡宮へ奉納している。
稲作地帯の村では踊りが雨乞神事と一体のものであることからどの村でも伝承されていたが、明治末の神社の合祀にはじまり、その後の時代の急激な変化により多くの村では廃絶状態となり、杉谷と吉沢のみがかろうじて継承されている。
 【僧兵まつり】
平成22年で41回目を迎えるので昭和44年頃より開催か?。10月初旬に開催。場所は三岳寺〜御在所ロープウエイ広場。主催は僧兵まつり実行委員会、湯の山温泉協会。
天台宗の三岳寺が湯の山に建てられたのは、大同2年(807)と伝えられているが、永禄11年(1568)織田信長の伊勢進攻によってこの三岳寺も他の天台宗寺院と同じく焼討ちにあったが、そのときに勇敢に戦った僧兵たちの勇姿をあらわしている。

メインの火炎みこしは、17:30に三岳寺でお祓いを受け、重さ約600kg・約100本の松明を僧兵姿の男衆達が担ぎ上げ、寺から温泉街を通りロープウェイ乗り場まで約一時間かけて降りていく。
 また御輿は火の粉が激しく飛び散りるので、道中ではびしょびしょになるくらいに水をかけてもらう。
 朝日町
縄生(なお)2645 苗代神社 10/5 例祭 旧・郷社
小向1573−3 小向神社 8/13 八王子祭り 火をつけた松明でたたきあう
柿2567 井後神社 10/17 例祭
 川越町
豊田一色1233 神明神社 7/最終土日 石取祭車1台  
明治15年桑名市北本町新調。大正6年頃に購入。平成元年7月に改修。牧野鴻一の作。天幕は「鏡嗣子」。
豊田180 八十積椋神社 7/3土日(元・16) 石取祭車3台 豊田、豊田天神町A
石取祭車廃絶 南福崎
豊田=昭和9年に城南村大字安永(現・桑名市安永)より購入。
 先代は天神町にて現存。 豊田が日露戦争奉祝により石取を行った時、大塚寛太郎が桑名方面より購入とされる。

天神町
=昭和9年に豊田より購入。
高松1011 高松八幡神社 8/14 “足あげ祭”
8/14の盆の晩に小学生が松明を担ぎ、青年は大太鼓と鉦を叩いて八幡神社まで参道を練り歩く。境内中央に設けられた「しんばしら」の周りを火の点いた松明を青年が持って跳び歩く。
当新田72 神明神社 10/17 例祭
北福崎160 北福崎八幡神社 10/17 例祭
南福崎773 神明社 10/17 例祭
埋縄980 移田神社 10/16 例祭