三 重 県

    ≪伊賀 ≫

      伊賀市、名張市

住所 神社名 例祭日 内容 備考

 ≪伊賀市≫ 
   平成16年(2004)11/1、上野市+阿山郡伊賀町、阿山町、島ヶ原村、大山田村+名賀郡青山町が合併し誕生。
 ◎旧・上野市
上野東町2929(三筋町) 菅原神社 10/23〜25 神輿  
楼車9台 魚町、東町、向島町、西町、新町、鍛冶町、福居町、中町、小玉町
廃絶 紺屋町
 ●23日
本町、二之町通りで、19時〜21時までだんじり展示。
 ●24日
鬼行列は三之町通りで13〜16時。だんじり巡行は本町、二之町通りで、13時〜16時、適時終了。19〜21時までだんじり宵山曳行。
 ●25日
9時に東御旅所出発。11時に西御旅所着。12時30分に西御旅所出発で15時に上野天神宮に到着。
 ◎楼車(だんじり)
魚町(紫鱗)
=紫鱗とは新鮮な魚を賛美する言い方で魚町に因んで名づけられた。長さ4、209m。屋根幅1、947m。高さ4、619m。
 屋根は唐破風。万力で屋根を楊降する。
 懸魚は菊花に飾り飾葉。
 柱:龍金具。「昇龍、降龍」。h
 天水引・4面は「雲龍図裏面丸龍図」。上水引・4面は「中国宮廷風景図」。
 前袖は「唐人八葉図」。右は「劉備玄徳」、左は「関羽、張飛」。
 胴幕も「唐人八葉図」。右は「黄石公、牡丹に孔雀、張良」、左は「鉄拐仙人、御鷹、蝦蟇仙人」。平成10年、天幕は雲龍文の刺繍。
 見送り幕は「繍鳳来仙境慶寿図」。平成10年、(有)祭礼懸装品研究所(京都)により復元新調。以前のは江戸期に中国渡来。
東町(桐本)=文政10年(1827)制作。世話人の千歳屋権三郎らが力を注ぎ、伊賀の仏師筒井儀兵衛らが制作したと記録が残る。
上野天神には境内に桐の大樹があるので名づけられる。
 屋根は唐破風。懐(前)雲に麒麟。 (後ろ)に波に犀。
 懸魚は菊花の透かし彫り。
 二階天井は金色の切細格子。松竹梅は後年描き加える。
 平成11年、飾り幕を復元新調。これは前幕2面、横幕2面、後幕の計5面。制作は(有)祭礼懸装品研究所(京都)。なおこのだんじりは水引幕をつけないのが他と違う。

 天水引・4面は「唐獅子牡丹図」。
 前袖、胴幕:「蘭亭曲水の宴図」。
向島町(鉄英剣鉾)=安政6年(1859)制作。長さ3、877m。屋根幅2、044m。高さ6、122m。
 屋根はてり破風。
 鉾先は「剣先麻紺、下網隠し、房」。
 前額は「探溟(たんめい)」=暗がりをさぐること。
 後額は「剪莽(せんぽう)」=草を刈ること。
 眼象は「梅鉢紋」。
 足元は「雲文の彫刻」。
 天水引・4面は「霊獣四季草花図」。上水引・4面は「波に鯉図」。下水引・4面は「角龍図」。
 前袖は「赤無地幕」。胴幕は「群賢図」。
 見送り幕は平成10年、京都祭禮懸装品研究所で復元新調。「鳳凰額群仙琴鶴図」。


 宝暦7年(1765)創建。当時は鉄英車と称した。
西町(花冠)=鼓を身につけて踊る鞨鼓舞の花冠にちなんで名づけられる。
 屋根は唐破風。柱六本。
 懸魚は牡丹の透かし彫り。
 天水引・4面は「四獣嘉果図」。上水引・4面は「蘭亭曲水の宴図」。下水引・4面は「毘沙門亀甲梅鉢図」。
江戸後期に製作されてから、長年使用されてきたが、平成20年度・21年度の2ヶ年にわたり、国・県・市の補助により、4面あるうちの前水引幕と二番前水引幕の復元新調が行われた。
 胴幕は渡邊南岳下絵「応挙十哲」。後幕は「天神牛老梅図」。

 西町に初めて武者車が出来たのは宝暦8年(1758)で、その後現在の形式になる。
新町(薙刀鉾)=天明3年(1783)創建と云われる。見送り幕の箱書きより。
 屋根は唐破風。
 懸魚は牡丹の透かし彫り。
 鉾先は薙刀。
 天水引・4面は「旭日に鳳凰麒麟図」。上水引・4面は綴織で「富士の裾野の巻狩り」。下水引・前面のみ「雲龍波濤図」。
 前袖は「雲龍波濤図」。
 胴幕:正面は「唐の聖人賢人に沓を捧ぐ」、右は「清流に松竹梅と雀」、左は「松竹梅に鷲。」。
 見送り幕は綴織で箱書きに天明3年と書かれているので、創建時の作と云われている。「唐人厳上に遊ぶ図」。 


 寛永年間(1624〜1643)に新しく出来た町で、当初は片原町の練物印を借りて参加。宝暦5年(1755)より専用の練物印を作り行列に参加した。
鍛冶町(二東)=旧称の二の東町の略。総戸数20軒あまりの1番小さい町。
 屋根は唐破風。懐に牡丹に唐獅子。
 鉾先は現在は無し。以前は月型。
 天水引・正面は緋羅紗「鳳凰と桐図」、あと3面は「御殿鷹図」。昭和54年、京都・井筒により、4面の全面修復。上水引・4面は堀西米中下絵「飲中八仙」。
 前幕は「白象唐子遊図」。平成17年(2005)復元新調。龍村美術織物の作。
 後幕は「龍虎」。
 胴幕は昭和57年修復「垣根に菊」。
 見送り幕は昭和37年、復元新調。「波濤雲龍図」。
以前のは中国明代(1368〜1644)の雲龍文綴織。祭礼期間中は町屋に展示。
福居町(三明)=日、月、星。天体の表現から名づけられた。
 屋根は唐破風。懐に菊葵の絵。
 格天井:「扇面花鳥図」。
 天水引・4面は貫名海屋下絵「雲龍図」。上水引4面は「三十六歌仙図」。下水引4面は「尾長鳥花文」、「紺地鳳凰唐草図」。
 胴幕・前幕・後幕は円山応挙下絵と云われている「竹に虎」。
 錺師は工藤延壽(津)。
中町(其神山)=宝暦9年(1759)創建。新古今和歌集の女流歌人小侍従(八幡宮別当職紀光清の女)に因んで名づけられた。
明治39年、「日露戦争戦勝記念」として上野城西大手門の柱を使って台車を改築した。
 屋根はてり破風。二重垂木。
 鉾先は「二葉葵」。
 天水引・4面は「群鳥飛翔図」。上水引・4面は「百花群芳図」。下水引・4面は「葵唐草図」。
 胴幕:平成元年、中国上海絲綢公司作。右は「陶淵明 帰去来の図」、左は「林和靖、山園小梅の図」。
 前幕:大雅堂定亮下絵。「山水に麒麟の刺繍」。
 後幕は「画龍天晴」。後袖幕左右は「鳳凰唐草図」。
 見送り幕は平成19年(2007)3月、復元新調。蒲エ村美術織物販売の作。「牡丹、孔雀、松、錦織」。高さ229cm。横82、5cm。制作費は約1000万円。
以前のは大正13年作。往古のはしるしの見送り幕で使われている。
小玉町(小蓑山)=芭蕉翁の銘吟にちなんで名づける。
 屋根は唐破風。
 眼象は「分銅(小玉)紋。足元に雲形の彫刻」。
 懸魚は雲に鶴の透かし彫り。
 天幕は緋羅紗地に刺繍「桐、鳳凰」。
 水引幕は森寛斎下絵「西園雅集」。
 胴幕は京都より購入。文久3年(1863)町内調べ。中山五嶺下絵「二十四孝」。右は「楊香」、左は「大舜」。
 前幕は緋羅紗「龍、亀」。
 見送り幕は「朝鮮通信使 清道旗図」。
 ●しるし
魚町(琴高仙人)=文化10年(1813)9月制作。
琴高(魚の別名)仙人が鯉に乗って水中に入ったという故事による。

東町(逆熨斗)
=昭和53年復興。渡邊萬吉画伯意匠及び設計。

向島町(日・月・扇)
=平成元年復活。渡邊萬吉画伯意匠及び命名。天神様は天の神で、日・月を運行される方。唐扇は中国に由来する采配の具である。

西町(鞨鼓)
=文久3年(1863)9月再調。昔、殿様の政冶を諌めるため、住民が太鼓を叩いていた。殿様の政冶がよければ諌めることがなく、太鼓の上に鶏が止まって、苔が生える様は世の中が平穏である。その故事を引用した。

新町(白楽天)=嘉永4年(1851)9月、京都東洞院佛光寺下ル町 萬人形細工司丸屋利兵衛 造と銘がある。
近年、松の木を添える白楽天像に形容を変え、衣装を新調した。
 胴幕は古代の高麗織。

鍛冶町(月鉾)=平成2年復活。濱邊萬吉画伯匠案による。

福居町(三明幟山)=頭、台座等は平成2年制作。
 以前は町名を大書きした緋幟で練り歩いたが、その後台車を作りだんじりの前を行くようになった。

中町(菊茲童)
=享和2年(1802)、菅公900年祭を機に作られたと云われている。
 見送り幕はだんじりの見送り幕だった。中国・明時代の官服を利用している。「群青、赤、黄、紫 等の真向きの龍の蝦夷錦」。

小玉町(三社の託宣)=伊勢神宮、石清水八幡宮、春日大社の三社の神のお告げ。

(七福神の練物)=寛延4年(1751)に七福神の練物が出来た。現在は特別な年次のみ七福神の練物がしるし、だんじりと共に供奉する。
紺屋町=江戸期より舁山だんじり(つりだんじり、花山)を出していたが、明治35年(1902)4月の菅公千年大祭を最後に出なくなった。今でも水引幕(十二支図、緋羅紗地に刺繍4枚)と二番水引幕(扇面ちらし、刺繍、水引幕に付属4枚)が残っているらしい。
一之宮877 敢国神社 12/4、5 獅子神楽 敢國神社の獅子神楽は伊賀各地で行われている獅子神楽の原型
12月4日が神幸式。5日は例大祭。
西高倉1046 高倉神社 10/15 獅子神楽休止
西山2265 春日神社 10/15 獅子神楽
上神戸317 神戸神社 11/3 神楽 旧・郷社
治田4309 黒瀧神社 10/15 獅子神楽 東小場は活動、西小場は休止
蔵縄手353 田守神社 10/29 獅子神楽
小田町131 平井神社 8/1 団扇取り
長田2691−1 射手神社 10/13 神幸祭 先頭は御幣、駕輿丁講(大人神輿)、子供神輿 など。掛声は「ちょーさ、ちょーさ」。
三田2477 三田神社 8/1 団扇取り
諏訪1616 諏訪神社 7/3日曜 団扇取り 氏子は向山、上出、上広出、岩出、後出、下出北、下出南
下友生1042 友生神社
猪田5139 猪田神社 10/22 例祭
7/14 団扇取り
比自岐683 比自岐神社 7/4日曜 祇園祭
11/12 例祭
祇園祭=かつては旧暦6月14日、現在は7月4日曜。
華やかな祭り衣装の子供たちが太鼓を打ちながら祇園踊りを踊る。かつては雨乞いのためのかんこ踊りだったが、現在は祇園踊りとして継承されている。
祭り終了間際に、疫神払いのハナトリが行われ、奉納されたナや団扇を氏子たちが奪い合う。祭が終わるとそれを持ち帰り厄除けとする。
腰山上出837 飛龍神社
福川字小切264−2 八柱神社
上野愛宕町1830 愛宕神社
木興町8 桶子神社
守田町1190−1 八幡神社
大野木1052 菅原大邊神社 10/18 獅子神楽
法花2350 應感神社 1/6 御弓祭 前年中に男児が生まれた氏子か氏子の家に婿入りした男性が射手を務める。
岩倉410 春日神社
土橋752 波多岐神社 10/18 例祭
佐那具町596 府中神社 7/25 神輿2基 若宮八幡社より、明治42(1909)に府中神社と改称
団扇取り
服部町1158 小宮神社 10/9 例祭
荒木108 須智荒木神社 10/20 例祭
蓮池351 木代神社 12/15 例祭 木代神社はその昔は白髪明神祠と呼ばれていたが、明治40年に白山神社を初めとする蓮池の各神社が合祀され白髪神社と改名した。
予野194 花垣神社 10/18 例祭 氏地は予野、大滝、桂
白樫3638 岡八幡宮 4/中・下旬 流鏑馬 氏地は白樫、冶田。
10/15 獅子神楽
下郡591 猪田神社 10/28頃の日曜 例祭
 【高山ダム】
ダムの所在地は京都府相楽郡南山城村田山字ツルギ43である。昭和44年完成。冶田の水田12ha、民家37戸、小学校などが水没した。全体では京都府・奈良県の3県で196世帯が水没した。
 ◎旧・阿山郡伊賀町
川東 春日神社 4/16(毎年) お渡り 神輿
10/3日曜 獅子神楽
春祭り=御渡りがあり、御旅所では、獅子舞や3歳〜小学校入学までの7頭屋(7座)に属する家の男子による子供相撲の奉納。神社広場で中学生の奉納相撲がある。
山畑(やばた)481 勝手神社 10/2土日 勝手神社神事踊り 鞨鼓踊りのこと
奉納相撲 宵宮に行われる
勝手神社神事踊り=踊りに参加する人数は20名で、20種類の踊りがある。踊り手は、背中に「オチズイ」を付け、鞨鼓を肩からかけ、歌曲太鼓の音に調和して、古式ゆかしい服装を着て踊る。
柘植町2280 都美恵神社 1/4 山之神鍵引き
4/5(毎年) 子供神輿、獅子舞
かんこ踊り 岡林羯鼓踊保存会
子供神輿は昭和47年から始まった。11ヶ字の御旅所を順々にまわり、都美恵太鼓や獅子舞が奉納される。神社広場では子供相撲が奉納される。
下柘植2260 日置神社 4/10(毎年) 宮踊り 昭和51年、宮踊り保存会が結成され、かっこ踊りが下柘植・愛田の氏子により復活した。
新堂1192−2 神明神社 3/25 子供神輿、獅子舞 子供神輿の担ぎ手は小学生男子。神輿は4ヶ字を渡御し、御旅所では獅子舞が奉納される。神社で餅まきも行われる。
 【祇園祭(うちわ取り)
祇園まつりは、毎年7月20日に春日神社・神明神社で、7月24日に日置神社・都美恵神社で催される。花傘は割竹の先に団扇を結び付け、参詣者が五穀豊穣・家内安全を願い団扇を奪い合う。昔は花を付けていたが、戦後は材料の色紙が不足して団扇になった。
 【伊賀の郷土芸能】
めし喰い祭=倉部。江戸時代中期から倉部地区に伝わっている。毎年10月18日に村人が集会所に集まり、盛り飯を食べる神事。椀に盛られる飯の量は、箸の高さと決められている。

 ◎旧・阿山郡阿山町
馬場951 陽夫多(やふた)神社 4/20 例祭 羯鼓踊り、餅まき、少年剣道大会
8/1 本祭 神幸式、願之山踊り、花傘取り
羯鼓踊り=寛永年問に始まるとされ、大江にあった火明神社の境内で夏祭り旧暦6月14日に行われていたが、明治40年に陽夫多神社に合祀されてからは春祭り4月20日に行われる。
農耕の予祝神事としてはじまる民俗行事の一つで旱魃の時には雨乞い踊り、平穏なときには豊年踊りとして行われる。
踊り子は頭に山鳥の尾 背中にオチズイと呼ばれる飾りを付け前には羯鼓を下げ踊り歌と太鼓ホラ貝の音にあわせて羯鼓を叩きながら踊る。
本祭の宵宮早朝に長さ35mの大幟が各字氏子中から7基奉納される。
願之山踊り=元禄元年より始まる。踊りは青年の大踊りと男の子の小踊りに分れ、太鼓を乗せた屋形が綱で引っばられ、踊り子は「ゲーニモサーニ」の囃子歌にあわせ太鼓を打ちながら境内を何度も往来する。
槙山3237 真木山神社 4/18 能楽
東湯舟1025 手力神社 10/17(毎年) 奉納花火 手力神社は三大上忍の一人藤林長門守の氏神。火の忍術を得意とした長門守が花火を奉納したのが始まりといわれており、伊賀地域で一番遅い奉納花火である。
石川2291 穴石神社 4/16 例祭
玉瀧7609 玉瀧神社 4/6 例祭
音羽618 佐々神社 12/10 例祭
中友田962 鞆田神社 4/15 例祭
丸柱1545 諏訪神社 10/2日曜 例祭
 ◎旧・阿山郡島ヶ原村
中村(島ヶ原4689) 鵜宮神社 11/3(元・12/20) 神輿2基、子供神輿
獅子舞 島ヶ原獅子神楽保存会
獅子神楽=島ヶ原獅子神楽保存会。同市一之宮の敢国神社より享保年間(1716〜35)に伝わったとされる。四頭の獅子がある。

 ◎旧・阿山郡大山田村
平田699 植木神社 7/最終土日 神輿2基  
楼車3台 東町、中町、西町
神輿2基あり。1基は宮本の平田地区がかつぎ、もう1基は1年ずつ持ち回り。
上阿波2665 葦神社
下阿波879 阿波神社 旧・郷社
甲野1301 鳥坂神社 10/16 獅子舞
坂下519 酒解神社 12/3 獅子神楽

 ◎旧・名賀郡青山町
種生1278 種生神社 10/最終土日曜 神輿
船楼車1台  
獅子神楽 種生獅子神楽
御神幸は、獅子神楽を先頭に、神輿、こたつき、相撲旗、氏子の行列、だんじり、馬駆けの順で100メートル先のお旅所まで3往復練り歩く。
阿保1555 大村神社 11/2、3 大鯰の花車 神輿
獅子舞3 西宮本保存会青年部、阿保東部区、別府区
宵宮は19:00〜より三地区の獅子舞保存会地元保存会による獅子舞の奉納。
本宮は11:00より祭典。12:15より湯神楽、12:30より餅まきを行ったあと、13:00より神輿・大なまずの花車が出発する。
勝地1855 勝山愛宕神社 9月中旬 獅子舞 獅子神楽奉賛会
霧生2587 鹿嶋神社 11/3 獅子舞 獅子神楽保存会、別府獅子舞保存会、柏尾獅子神楽保存会
高尾4514 天満神社 11/3 獅子舞 獅子舞保存会
老川219 若宮神社 11/3 獅子舞 若宮獅子舞保存会
老川1103−2 伊賀東照宮 4/17 例祭
奥鹿野1104 八柱神社 11/3 獅子舞 八柱神社獅子神楽奉賛会
北山1427 比々岐神社 11/3 獅子舞

 ≪名張市≫
 ■名張地区
平尾3319 宇流富志祢神社 10/4土日 神輿 あり
楼車(だんじり)1台 本町
楼車廃絶 新町、上本町、中町
太鼓台4台 元町、松崎町、新町、栄町
※昔は中町、東町、上本町もあった
子供神輿 多数
獅子舞 休止
本町=古式石川型外ゴマ。文化・文政(1804〜29)の頃の作。大工は富田林・新堂村の大工か?。彫師は美濃村権左衛門。大正10年頃に大和高田より購入。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:前は「朱雀」、後ろは「菊花」。
車板:「司馬温公の瓶割り」。
枡合:上段は「龍」、下段は「二十四孝」。
 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「菊花」。
車板:「海女の珠取り」。
枡合:「青海波、二十四孝」。

 先代もあった。
新町=文化11年(1814)上野市向島町新調。安政6年(1859)頃に譲り受ける。現在はお旅所の愛宕神社境内に収納。水引幕も現存。

上本町=神社の倉庫に解体保存?。見送幕現存。

中町=総彫刻だったが、戦後2万円で売却と伝わる。
元町=4台の中で一番大きい。紅白3段。平成18年頃よりお休み。

松崎町
=昭和57年(1982)制作。2代目。太鼓正の作。5段屋根で紅白の布団。
 初代は昭和25年処分される。つなぎとして昭和30年代より子供みこし登場。

栄町
=昭和54年(1979)9月新調。太鼓正の作。5段屋根。

新町=平成18年(2006)新調。太鼓正の作。5段屋根。本宮は14時まで練る。
 先代は平成17年12/30の火災で子供神輿と共に焼失。大正末期創建だった。
※昔は旧町内には 8台の太鼓台があったらしい。東町、中町、上本町にはあった。
 ≪各区の練物≫
 
戦後、獅子行列、武者行列、鹿行列などの練物が誕生するが、少子化のため途絶える町も出て来た。

平尾区
=宮神輿。宮本なので若者が担ぐ。子供みこしもあり。


新町区=鎮守は愛宕神社。太鼓台あり。
 子供みこしは昭和50年より登場。平成17年12/30の火災で太鼓台と共に焼失。現・子供みこしより大きかった。
現・子供みこしは平成18年(2006)新調。岐阜県の業者の作。制作費約150万円。高さ102センチ、幅66センチ、重さ40キロ。


東町区=子供みこし。

本町区=だんじりあり。子供みこしは平成20年制作。

上本町区=子供みこし、樽みこし。

栄町区=太鼓台、子供樽みこし。

鍛治町区=七福神の巡行と舞い。鎮守は蛭子神社。

丸の内区=子供みこし。鎮守の寿栄神社(例祭日は7/18)にも出す。昭和11年新調。
 かつては神馬。

上八区=小型神輿。昭和30年頃、長瀬祐太郎氏の寄贈。

柳原区=猿田彦と子供みこし(昭和27年創建)。

松崎区=太鼓台あり。かつては鹿行列。
鍜冶町区=七福神踊り。戦後道具が破損し途絶える。

榊町区=子供の獅子行列。少子化のため休止。

中町区=子供みこし。

南町区
=獅子舞。平成19年より途絶える。

朝日町区=獅子舞。平成になってから出していない。
※日本最東限の布団太鼓が出る
丸之内54−5 寿栄神社 7/18 子供みこし 宇流富志祢神社例大祭にも出す。
鍛治町97 蛭子神社 2/8 八日戎(はまぐり祭) 七福神の舞の奉納
 ■美旗地区
新田1087 美波多神社 11/2、3 獅子舞 獅子神楽保存会
東田原 津島神社 7/2日曜 祇園祭 うちわまき
南古山 若一神社 11/2、3 獅子舞 南古山獅子舞保存会
桔梗ヶ丘3番町4−43−35 鹿島宮 5/5 餅まき
 ■蔵持地区
蔵持町原出376 春日神社 10/3土日 獅子神楽 獅子頭3。式典、巫女舞、獅子舞
大屋戸62 杉谷神社 10/20頃の土日 獅子舞 大屋戸、短野
氏子は大屋戸、短野、狭田、夏秋、下三谷
大屋戸=大屋戸獅子神楽保存会。明治期に始まる。

短野=獅子神楽保存会。2001年に15年ぶりに復活。雌雄の二頭舞い。
 ■薦原地区
薦生214 中山神社 10月 例祭
西田原2900 春日神社
八幡 正八幡宮 1/14頃 弓引き祭 10人衆が鬼と書かれた的に弓を引く。
鵜山 八柱神社
家野 稲荷神社
葛尾 八柱神社
 ■錦生地区
安部田1942 鹿高神社
黒田1176 勝手神社 11/2、3 獅子舞 黒田神楽獅子保存会、氏子委員会、神楽保存会
宵宮の19:30に、一の提灯に黒田、結馬、井手の3町が集合し、勝手神社の神主を先頭に皆で「ねんど、ねんど、わーい」と言いながら神社までお渡りする。
矢川691 春日神社 11/2、3 獅子舞 矢川やまびこ会
上三谷字向田134−2 白山神社
龍口696 白山神社
 ■箕曲地区
夏見2162 積田神社 11/2、3 獅子神楽 夏見青年会
夏見3375−1 一宮神社
箕曲中村821 箕曲神社 10/最終土日 獅子舞 中村獅子保存会
瀬古口277 稲荷神社 10/最終土日 獅子舞 瀬古口獅子保存会
青蓮寺948 国津神社
中知山 市杵島神社 11/2、3 獅子舞 獅子神楽保存会
中知山 八柱神社
 ■比奈知地区
上比奈知81 国津神社 11/2、3 獅子舞 上比奈知獅子保存会
下比奈知2092 名居神社 11/2、3 獅子舞 下比奈知獅子保存会
滝之原599 国津神社
滝之原 八幡神社 1/9(毎年) 若子祭り 前年生まれの子供の成長、悪霊の退治と豊作と安全を祈る。わざと的を外す
 ■国津地区
布生1120 国津神社 10/25頃の土日 獅子神楽 國津神社獅子舞保存会
浦安の舞
長瀬1454 国津神社 10/最終日曜 例祭
上長瀬2284 上長瀬国津神社
奈垣 国津神社
 ■赤目地区
赤目町丈六324 八幡神社 11/2、3 獅子舞 赤目町壇神楽保存会
赤目町柏原464 勝手神社 11/2、3 獅子舞 柏原神楽会
赤目町星川485 八幡神社
赤目町長坂106 天満神社
赤目町長坂751 津島神社
赤目町一ノ井474 春日神社
赤目町相楽361−1 相楽神社
 【比奈知ダム(ひなち湖)】
昭和57年(1982)3月着工。平成10年(1998)竣工。比奈知地区の内、20戸が水没。

 ★展示場
 【伊賀上野だんじり会館】
伊賀市丸之内144−2。пF 0595−24−4400。9:00〜17:00。
“実物の楼車3台展示や鬼行列を展示” 4月3日曜(年によっては2)には楼車、しるしの入替え。午前中に3町搬出。午後に3町搬入。
 【阿山ふるさと資料館
伊賀市大字川合字焼尾3376-12。休館。
阿山ふるさとの森公園は5万平方メートルの敷地の中に、3000平方メートルの芝生広場を有するステージ、アウトドア施設、研修施設があり、この中に、阿山ふるさと資料館があった。
旧阿山町から出土した埋蔵文化財、及び、民俗資料を展示。また古くから伝わるまつりを紹介するコーナーもあり、旧阿山町の歴史風土がわかる施設だったが、平成23年3月末で休館になった。