長 崎 県

 ≪長崎市≫

住所  神社名 祭礼日 内容 備考
 ≪長崎市≫
  平成17年(2005)1/4、長崎市+西彼杵郡香焼町、野母崎町、三和町、外海町、伊王島町、高島町が合併。
  平成18年(2005)1/4、長崎市+西彼杵郡琴海町が合併。
上西山町18−15  諏訪神社 10/7〜9(毎年) 神輿3基 諏訪、森崎、住吉
山車23台
川船(油屋町、八坂町、東古川町、魚の町、船大工町、麹屋町、榎津町)唐人船(元船町、大黒町)御座船(築町、本古川町)阿蘭陀船(出島町、江戸町)宝船(鍛冶屋町)竜宮船(東浜町)御朱印船(本石灰町)祝い船(八幡町)龍船(西浜町)恵美須船(賑町)曳壇尻(新大工町)コッコデショ(樺島町)鯱太鼓(銀屋町)鯨の汐吹き(万屋町)
笠鉾40台 傘鉾はオランダ人の町であった出島町以外の79町全てにあったが、明治時代に廃された町、原爆の戦災、戦後の町統合などで減少し現在40基である。
神輿明治11年(1878)制作。平成27年(2015)9月13日、神輿修復清祓式。これは御鎮座390年記念として58年ぶりに神輿3基修復。
 以前の延宝4年(1676)制作の 諏訪、森崎、住吉の3基の神輿を福岡県柳川市の三島神社に70円で売却した。
【担ぎ物】
コッコデショ(樺島町)鯱太鼓(銀屋町
【曳き物】
川船(油屋町、八坂町、東古川町、魚の町、船大工町、麹屋町、榎津町(HP)

唐人船
(元船町、大黒町)
御座船
(築町、本古川町)
阿蘭陀船
(出島町、江戸町)
宝船
(鍛冶屋町)
竜宮(東浜町)
御朱印船(本石灰町)
祝い船
(八幡町)
龍船
(西浜町)
恵美須船
(賑町)
曳壇尻
(新大工町)
鯨の汐吹き
(万屋町)。
※ 昔は氏子町が79町あり、7年交替で13町ずつ奉仕した。今も7年毎の奉仕である。山車は船山車19台(川船7、唐人船2、御座船2、阿蘭陀船2、宝船、竜宮船、御朱印船、祝い船、龍船、恵美須船)、曳壇尻1台、太鼓台2台(コッコデショ、鯱太鼓)、鯨1台である。
 【奉納順】
平成10年をベースに年度順に書いた
 ≪別枠≫丸山町と寄合町は特別で隔年で1町ずつ奉納されていた。
丸山町本踊り。平成18年(2006)奉納。昭和40年(1965)以来41年ぶりに踊り町に参加。
 往古(明治25年〜昭和32年)は本踊りに段尻も出した。

寄合町
=昭和37年が最後の奉納。本踊り。
江戸町、魚の町、玉園町今博多籠町、古町、桜町、勝山町、玉江町
 【八尋会
江戸町
=阿蘭陀船。昭和58年(1983)以来。
大正期は「兵式経典」。陸軍兵隊(昭和2、9年)。兵隊ばやし(昭和30年)。それからは本踊り。

魚の町
(旧町名は今魚町)=川船。明治31年以来。
 小薩摩(明治24年)も出した。

玉園町(旧町名は上筑後町。昭和44年より新町名で参加)=筑後獅子踊り。安南(現・ベトナム)の獅子。昭和58年(1983)以来。
 昭和44年(1969)は本踊り。昭和51年(1976)は辞退。

今博多町=本踊り。

籠町=龍踊り。明和年間(1764〜)頃に蛇踊りが始まったと云われる。享保元年(1716)説もあり。戦後龍踊りと改称。伝統があるので青龍1頭のみ。
古町=昭和30年、本踊りが最後の奉納。

桜町=昭和8年、剣舞が最後の奉納。
 本踊り(大正15年)も出した。

勝山町=昭和15年、皇紀2600年祭が最後の奉納。
 剣舞(昭和8年)、大薩摩(大正15年)も出した。

玉江町
(埋め立てにより明治37年出来る)
=昭和5年、本踊りが最後の奉納。
本石灰町、船大工町万屋町桶屋町栄町、出来大工町、大井手町、八千代町
 【神清会】
本石灰町=御朱印船。昭和45年(1970)以来。
 以前は本踊り、神山車。樽神輿、本踊り奉納の年もあり。

船大工町
=川船。昭和52年(1977)新調。
明治期より川船奉納だが、昭和17年(1942)は川船囃子と傘鉾のもの出演。

万屋町⇒旧称は鍛冶屋町。その後本鍛冶屋町となり、俗称を万屋町だったので、延宝6年(1678)改名。
=鯨の潮吹き。毎回新調。体長6m。胴回り6m。
安永7年(1778)初めて奉納。台車は平成18年(2006)新調。以前のは100年以上使われた。
掛声は「ヨッシリヨイサ」。

桶屋町=本踊り。日本舞踊。昔は長崎検番が踊っていたらしい。

栄町
(酒屋町+袋町に合併で誕生)=阿蘭陀万歳。昭和52年(1977)以来。当時は阿蘭陀万才と記す。
長崎に漂流したオランダ人2人が、生計をたてるため三河万歳の真似をして正月に門付けをしながら踊っていると、教会の鐘が聞こえて、思わず故郷を思い出すという筋書き。
 以前は本踊り。また昭和31年(1956)には袋町、本紺屋町、酒屋町の3町が眼鏡橋町という町名で出場したこともあり。    
出来大工町=昭和45年、本踊りが最後の奉納。昭和10年、段尻出したこともある。

大井手町=昭和24年、獅子舞が最後の奉納。
 また蛇踊り(昭和10年)、竹ん芸(明治18年)なども。川船(明治18、25、32、39年。大正10年)を奉納したこともある。

八千代町
=奉納したことが無いと思われる。
八幡町麹屋町、西浜町銀屋町五島町万才町興善町
 【七和会】
八幡町
=弓矢八幡祝い船。高さ4.5m。昭和60年以来。
 昭和53年(1978)までは山伏姿の剣舞・山伏道中。昭和60年(1985)から祝い船。平成5年(1993)からは祝い船に剣舞も加わる。
 今も先曳きに山伏道中。

麹屋町=川船。昭和39年以来。
 江戸期の奉納踊りは「お茶献上の大名行列」は総勢300人を越える通り物であった。
 剣舞(昭和11年)、祭人形車(昭和32年)の年もあった。以前は本踊り。

西浜町=龍船。長崎くんちで1番大きな船。長さ10.6m。高さ4m。背中は開いて舞台になり踊りを披露。舞台が閉じるとそこには漆塗りの花鳥図。掛声は「ヤーハー」。
本踊り。
 アニオー行列(明治19年)の年もあった。

銀屋町(HPへ)(平成19年1/9、昭和41年以来の元々の町名に復帰)鯱太鼓。昭和60年(1985)以来。
 文政2年(1819)初奉納。大正頃までは「大名行列」。昭和25年からは「本踊り」。

五島町(裏五島町+本五島町が合併して出来る)=龍踊り。平成12年(2000)以来。
 往古は唐人船。以前は本踊り。

万才町(昭和38年合同。本博多町、平戸町、大村町、万才町の全部;半分が外浦町;一部が木下町;ごく一部が樺島町、五島町)=本踊り。昭和53年以来。
 平成5年と12年は祭礼祝い長崎万歳。

興善町(昭和38年合同。新町、本興善寺町の全部;半分が引地町、豊後町、興善町、堀町)=本踊り。昭和60年(1985)以来。    
 明治、大正期は「小薩摩」奉納。その後辞退が続いた。
新大工町榎津町賑町、新橋町金屋町諏訪町、磨屋町、本紙屋町
 【常磐会】
新大工町
=曳壇尻。総檜造り。本漆塗り。昭和61年(1986)制作。長さ5m。明治34年以来。
また吟詠に合わせて袴姿の若い女性たちが詩舞「祝賀の詞」を披露する。
 川船(明治20年)奉納したこともある。その名残りで掛声も川船と同じ「あーよーいやさ」である。

榎津町(HPへ)=川船。昭和26年(1949)制作。長さ6m。明治期には出していた。
 本踊り、段尻(明治34年)奉納したこともある。

賑町
=恵美須船。長さ5、3m。高さ3、85m。男の子の“宝恵船”、女の子の“豊来船”の三隻が船団を組み大漁を祝う様を表す。昭和61年(1986)より始める。
 以前は唐獅子踊り(昭和40年)、本踊り(昭和47、54年)奉納したこともある。

新橋町=阿蘭陀万歳。昭和26年(1951)より。
 戦前は町検番の人が鄭成功の千里浜虎退治の踊り。

金屋町
=本踊り。戦後休止していたが、昭和61年より出している。「秋晴勢獅子諏訪祭日」。
 以前は小薩摩(明治34年)、獅子踊り(明治41年、大正5年)奉納したこともある。

諏訪町
=龍踊り。
明治19年以来。昭和32年、青龍に白龍、子龍(青)を加える。昭和61年(1986)、孫龍も誕生。
 本踊り(明治26、33年)奉納したこともある。
磨屋町=昭和26年、本踊りが最後の奉納。

本紙屋町
=昭和26年、蛇踊りが最後の奉納。
 また昭和5年は本踊り奉納。
元船町鍛冶屋町、油屋町上町筑後町、西古川町今籠町、中町
 【清明会】
元船町
=唐人船。昭和41年以来単独参加。
 以前(昭和26、33年)は大波止町(元船町+玉江町の合同)。ボサ様を神輿風に担ぎ、行列する出し物。

鍛冶屋町
(今鍛冶屋町+出来鍛冶屋町)=宝船と七福神。昭和27年以来。これは今鍛冶屋町の宝船を残した物。
 以前は本踊り。

油屋町
=川船。昭和48年(1973)より。
 以前は本踊り(鳴子を持った雀踊り)、剣舞など。

上町(旧町名は東中町。旧・小川、八百屋、東上、内中の4ヶ町の各一部も統合)=本踊り。昭和34年、大正13年以来の復活。
 以前は剣舞(昭和6、27年)、樽神輿(昭和34年)。

筑後町(旧町名は下筑後町)=龍踊り。青龍2頭、白龍1頭。昭和48年以来。
 本踊りは昭和54年。獅子踊りが多かった。

西古川町=櫓太鼓(平成6年)36年ぶりの復活で、「本踊り・櫓太鼓・相撲土俵入り・相撲甚句」奉納。

 明治・大正期は角力踊り。

今籠町(鍛冶屋町の一部)=本踊り。平成21年(2009)、57年ぶりの復活。前回は昭和27年(1952)以来。
 本踊り。
中町(旧・町名は西中町)=昭和6年、川船が最後の奉納。
東浜町築町八坂町銅座町馬町、広馬場町、梅香崎町
 【昭平会】
東浜町
=龍宮船。昭和49年(1974)以来。
 江戸期は白象を曳き、それに屋形船をつけたもの。

築町(築町HPへ=御座船。昭和7年、長崎港の警備を担った細川藩の御座船を模して作る。長さ5m。高さ4.5m。本踊りもする。

八坂町(現在は油屋町と鍛冶屋町に分割されたが、くんちでは八坂町で参加)=川船。明治36年より登場。車輪は日露戦争の砲台を流用した3輪で舵も付いている。
 往古は「小薩摩」。

銅座町=南蛮船。平成元年以来。
 明治43年(1910)踊町に加入。以前は段尻(昭和28、35、49年)。本踊り(昭和42年)。

馬町
=本踊り。平成15年(2008)、22年ぶりに復活。前回は昭和56年(1981)。
広馬場町=奉納はしたことが無いと思われる。

湊町(旧・梅香崎町)
=奉納はしたことが無いと思われる。平成19年に町名改称か?
樺島町東古川町大黒町本古川町出島町紺屋町小川町、伊勢町、八百屋町、炉粕町、恵美須町
 【北斗会】
樺島町
=コッコデショ。寛政11年(1799)以来コッコデシヨ奉納。

東古川町=川船。明治29年以来。
采振り2人と根曳16人が、踊り馬場で船を縦横無尽に引き回し、激流に翻弄される川船の様子を表現する。
 また本踊り(明治22年)、御座船(明治15年)の年もあり。

大黒町⇒中国船の船着き場として賑わった町。
=唐人船。本踊り。
 
昭和28年(1953)と38年(1963)は台場町と合同で駅前町と称して奉納した。

本古川町
⇒万屋町と古川町の一部である。
=御座船。
平成2年、岡田造船所の作。
 長崎くんち発祥の翌年から奉納している由緒ある踊り町。
 往古は軍船、虎船。
 大正14年と昭和7年(1932)は軍艦。
 先代は昭和29年制作。この時に杵屋和三八師により現在のお囃子が作られる。当時は本古川船と称し、御座船と名乗るのは。


出島町=阿蘭陀船。昭和28年(1953)創建。
阿蘭陀船の船上では子供のキャピタン2人とシンバルやドラム、ベルリラと呼ばれる鉄琴を囃子方の子供12人が奏でる。
子供を乗せた船を、根曳衆が曳きまわし、大海原を越えて長崎にやってきた船を表現する。
 以前はオランダ人の町なので参加しなかった。

紺屋町(明治8年、今紺屋町+中紺屋町の合併。行政上は諏訪町、麹屋町の一部)。
=本踊り。昭和29年以来。
 以前は大正15年以来川船を出していた。

小川町(こがわまち)⇒桜町、金屋町、恵美須町、上町の4町の一部。
=獅子踊。平成9年(1997)、64年ぶりに奉納。東長崎・中尾地区に伝わる中尾獅子浮立と唐子踊を同地区の保存会の協力を得て披露する。
 前回は昭和8年、コッコデショ。また明治44年、段尻。大正15年、本踊りもあった。
伊勢町=昭和36年、本踊りが最後の奉納。
 また昭和8年は剣舞。

八百屋町=昭和8年、曳物、本踊りが最後の奉納。
 また引段尻(明治30年、大正8、15年)。狐の曳物(明治44年)。子狐行列(明治37年)もある。

炉粕町=昭和8年、本踊りが最後の奉納。
 また大正8年は剣舞。

恵美須町=昭和8年、恵美須船が最後の奉納。
 また御座船(明治44年)もあった。

 【傘鉾】
傘鉾はオランダ人の町であった出島町以外の79町全てにあったが、明治時代に廃された町(堀町)、原爆の戦災、戦後の町統合などで減少したが、現在は44基ある
丸山町=平成18年(2006)復活。41年ぶりの出場。
 ダシは朱塗四方卓上、金色円板を立て、町名を群青にて彫記し卓の下に金色唐獅子香炉を置く。
 輪はビロード。
 垂幕は唐錦雲鶴の浮織。
江戸町=戦後復元。
 飾(ダシ)は松と紅葉をあしらい、白木の鳥居に鳩。
 輪は〆縄飾り。
 垂幕は塩瀬羽二重金糸にて三社紋刺繍。

魚の町
=天保7年(1836)製作。
 ダシは嘉永2年(1849)作。ビードロ細工の細工物。

 輪は蛇籠にさざれ石。
 幕は塩瀬三社紋織出。

園町=旧・上筑後町の物を使用。
 ダシは町名にちなんだ魚籠などのビードロ細工。
 輪は〆縄飾り。

 幕は前日は白地塩瀬に磯辺の松と岩、波の染物。後日は白地塩瀬に秋草の染物。

今博多
=昭和30年復元新調。
 飾(ダシ)は御幣に玉垣を配し奏楽用火炎釣太鼓に榊をあしらう。

 輪は〆縄飾り。
 垂幕は塩瀬にて亀甲形鶴の文様。

籠町収納箱には寛政3年の墨書き。
 ダシは龍囃子に使われる中国楽器。
 輪は白地に金糸の双龍。
 幕は白茶地に金糸龍文の織り出し。
本石灰町飾(ダシ)はひょうたんと朱印状。
 輪はコブラン織。
 垂幕は朱色の羽二重にアニオー行列を刺繍
 以前はダシは紅葉と火炎太鼓に町名。輪は〆縄飾り。
幕は塩瀬に糸錦で五色の金糸三社紋刺繍。

船大工町=飾(ダシ)は檜板葺屋根型の上に上棟式具。
 輪は長崎くんち唯一の輪無し。
 垂幕は蝦夷錦。金襴緞子に牡丹唐獅子の模様。

万屋町
寛政年間の作。
 飾(ダシ)は平樽二組重ね鰹節七五三連。
 輪はビロード町名金刺繍文字。
 垂幕は「29尾の魚尽くし」。下絵は当時の紅毛画家の作。

桶屋町=安永元年(1772)3月作。長崎市有形文化財。
 飾(ダシ)のからくりは白象の鼻が動くと人形が鉦をならす。
 輪はビロード。
 垂幕は襦珍(しゅちん)。

栄町
=飾(ダシ)は源氏物語を描いた大きな貝合わせ。
 輪は黒ビロード。
 垂幕は白塩瀬羽二重に金糸の三社紋入り。

出来大工町
=休止中?。飾(ダシ)は白木の大々神楽の枠に鈴50かけ、台に町名を記し、枠と台を紅白の縮緬で結んでいる。正面に鳥居。裏に御幣。
 輪は〆縄飾り。

 垂幕は白地の塩瀬に神境の景。
八幡町=飾(ダシ)は朱塗りの矢立と弓2張。白鳩が三羽。
 輪は〆縄飾り。
 垂幕は高貴織友禅染「男山八幡の景」。

麹屋町=飾(ダシ)は献上梅、熨斗、麹蓋。
 輪は〆縄飾り。
 垂幕は綴織三社紋織出し。

西浜町=文化2年(1805)の作。
 飾(ダシ)は源氏物語絵具箱と秋の紅葉2株と白菊。
 輪は黒羅紗。金糸で町名を刺繍。
 垂幕は姑蘇十六景の絵と落款は来舶清人の克三王恭、雨徐溶の両氏。

銀屋町=文政3年(1820)、山本泰助長英の作とされる。
 飾(ダシ)は金色の出世鯉が水面より天に昇ろうとするところ。
 輪は黒のビロード。町名の文字は、銅版切抜文字純金焼付。
 幕は塩瀬に男浪を染め出し、金・銀のしぶきをつけている。

五島町=飾(ダシ)は二つの虫篭を中心に、菊とススキ。
 輪は黒ビロードに諏訪・森崎・住吉三社紋を金糸で刺繍。
 垂幕は日本三景と都菊の綴織の二種。

万才町=飾(ダシ)は北村西望氏(平和記念像の作者)の筆の「萬歳」の金文字をあしらった朱塗りの盃と神楽鈴を前に後ろに御幣。
 輪は黒ビロードで町名を金糸で刺繍。

 垂幕は塩瀬、金銀にて亀甲に鶴の模様を刺繍。

興善町=飾(ダシ)は八つ脚の台に烏帽子、神楽鈴をいただき、両側に紅葉。
 輪は〆縄飾り。

 幕は塩瀬、裾より緋の隈取り、上に五彩の雲、諏訪・森崎・住吉三社の紋を金糸で刺繍。
新大工町=飾(ダシ)は奈良の春日大社の鳥居に金色の春日燈篭を秋の紅葉の下に配し、燈篭献上を表したもの。
 輪は〆縄飾り。
 垂幕は白地の糸錦に金糸にて諏訪・森崎・住吉三社紋。

榎津町戦後、復元。
 飾(ダシ)は酒井彫雅堂(魚の町)の作。
白木八足に真薦を敷き、榊を合わせ金蒔絵三社紋の黒漆三宝に銀の御神酒瓶一対を並べ、白木の肴台に、注連縄飾りの海老を中にしてビードロ細工の双掛鯛を配す。
 輪は〆縄飾り。
 垂幕は平成4年、龍村美術織物作。地紋に三社紋を配した亀甲の上に流鏑馬装束に身を包んだ送馬模様を羽二重紅地錦織で表す。

賑町=昭和61年製作。
 飾(ダシ)はビードロの満珠。
 輪は黒のビロードに町名の金文字刺繍。
 垂幕は金糸青海波織出の地に金糸にて諏訪・森崎・住吉三社紋を織出糸錦。


新橋町=江戸後期の作。
 飾(ダシ)は福禄寿を意味して、(福)お多福の面を前にした香合、(禄)朱塗りの花台に鹿の香炉、(寿)台の下には霊芝を植えた盆栽。
 輪はビロードに町名を金刺繍。
 垂幕は朱塗の勾欄の雲の浮橋を塩瀬羽二重に金刺繍。

金屋町=昭和61年製作。
以前のは戦災で焼失。
 飾(ダシ)は老松の下に猿田彦の朱塗り面を上正面に据え、右に鉾、左に太刀、諏訪・森崎・住吉三社紋に白菊、背に御神号を拝す。
 輪は〆縄飾り。
 垂幕は西陣織、赤地雲立、粋金襴三丁織。

諏訪町
=飾(ダシ)は諏訪神社御紋の梶の葉に松と玉垣。
 輪は〆縄飾り。
 垂幕は寛政〜文化年間(1789〜1817)の作と思われ、市指定有形文化財。歌舞伎「本朝廿四考」謙信館奥庭狐火の段。
元船町=飾(ダシ)は平成7年作。崇福寺の龍宮門の前に千里眼と順風耳を配し、銀の波しぶきをあしらう。以前は大波止にあった鉄砲玉。
 輪はビロード。
 垂幕は萬才の文字を崩して亀甲形織出の都錦。

鍛冶屋町=旧・出来鍛冶屋町の傘鉾使用。
 飾(ダシ)のからくりは“白狐と三条小鍛冶”。
 輪は〆縄飾り。
 幕は前日は金地唐織七福神。後日は綴れ錦織三社紋。

油屋町=明治初年、大浦慶♀が寄進。これは元々油問屋のお慶さんがお茶の輸出で財を成し、志士に援助したことから、明治政府に感謝状を頂いたので、記念に京都で傘鉾作らせたものである。ところでお慶さんは勲章所望したが、女のため感謝状になったらしい。
 飾(ダシ)は白木の三宝の上に稲穂を配した長熨斗。熨斗おさえに金色の宝珠。
 輪は〆縄飾り。
 垂幕は前日は塩瀬に金糸にて三社紋刺繍。後日は真紅の塩瀬にて金糸にて波、日の出を刺繍。

上町=
旧・東上町の傘鉾使用。
 飾(ダシ)は白木の八つ足の上に烏帽子、鈴、前に諏訪社由緒。後ろに榊に金幣。
 輪はビロード。
 垂幕は塩瀬羽二重二重に旭に雲の曙模様入り。

筑後町=戦後の作。
 輪は〆縄飾り。金、銀、藍、白の玉を配し、鹿の角と草薙の剣を置いてある。
 垂幕は赤地塩瀬に銀糸の波に金糸の鯛散らす。

西古川町
=飾(ダシ)は相撲に関わる軍配、弓取りの弓、相撲故事の巻物を飾る。
 輪はビロードに町名。
 垂幕は白地潮瀬に金糸で諏訪・森崎・住吉三社紋を刺繍。


今籠町=飾(ダシ)は平成21年(2009)、57年ぶりの復活に合わせ新調。
 垂幕は波と朝焼けの刺繍。
 以前のは明治35年頃の制作。垂れの一部のみ保存。垂れは当初同町の菅原天満宮で保管されていたが、昭和60年代に区画整理で天満宮の建物が撤去されてからは町内会長が代々、引き継いできた。
東浜町=寛政9年(1797)京都の広川某の記した「長崎見聞録」に記されている。
 飾(ダシ)は蜃気楼潮吹き蛤。
 輪は黒ビードロ。
 垂幕は緋の塩瀬に金糸の青海波織出。

築町=飾(ダシ)は満月と三日月を7年毎に替えている。
 輪はビロード。

 垂幕は明治43年、京都・神坂雪佳下絵。紅白光琳菊を織り出した綴織。

八坂町
=飾(ダシ)は八坂社をあらわす白木の鳥居を中心に松に紅葉。
 輪は〆縄飾り。
 垂幕は白地塩瀬に金糸にて三社紋刺繍。

銅座町=昭和49年製作。
 飾(ダシ)は銅製の燈篭に松と秋の紅葉。
 輪は〆縄飾り。
 垂幕は金銀糸で波涛図に三社紋。

馬町=弘化年間
作の墨書きあり。
 飾(ダシ)は馬具。
 輪は黒ビロード。
 垂
幕はシュチンに萬字くずし地紋に柏・雲の織出。
樺島町=昭和57年新調。
 飾(ダシ)は諏訪社をあらわす御幣を中心に前後に猿田彦の赤・青の二面と両側に榊。
 輪は〆縄飾り。
 垂幕は塩瀬に磯辺の松と岩、波の染物。

東古川町
=飾(ダシ)は中央に魚籠を置き、後ろに櫂を建て、ビロード製の投網をかけ、その左右に芦と川骨を植えている。
 輪は蛇龍。
 垂幕は濃納戸地に宝尽くし、荒格子の織出し、緞子。

大黒町⇒昭和28年と36年は駅前町という名前で出場・
=飾(ダシ)は町名にちなんだ大黒様の持物の小槌や白ネズミ。
 輪は平成9年の作でビロードの輪に手刺繍金糸文字。以前は〆縄飾り。
 垂幕は平成9年、龍村美術織物の作。「唐人船」。以前は緋色塩瀬に魚尽くし。

本古川町=大正7年制作。
 飾(ダシ)は町名古川の川を皮と読み替え皮を使った太鼓を中心に、龍笛(横笛)、小鼓などの楽器の他に、扇子、烏帽子などが置かれている。。
 輪は〆縄飾り。
 垂幕は全体に散りばめた楓や紅葉を背景に三匹の獅子が描かれた火焔太鼓、笙、琴、ヒチリキ、鞨鼓、鳥甲など雅楽にまつわる楽器、諸道具。

出島町
=昭和28年創建。中山文孝の意匠。熊井定の作。
 ダシは出島より輸入された天文航海用具、洋書など。
 輪はビロード。
金文字で出島(DECIMA)。
 垂幕は阿蘭陀船と波、雲。

紺屋町
=飾(ダシ)は楽人の用具である笙とその前に秋の紅葉2株。
 輪は〆縄飾り。
 垂
幕は五色糸錦に三社紋織出。

小川町=平成16年(2004)新調し、昭和8年以来71年ぶりに復活。
塩瀬緋色、ぼかし、流水は織出し。三社紋、楓、蛇籠、葦、岩、二尾の鯉を長崎刺繍で配している。
 【傘鉾廃絶】
 ※廃絶した傘鉾の解説、写真は“長崎くんち” 伝統文化を明日へ伝える写真集 に詳しく載っている。
明治42年以後出演無し=今鍛冶屋町
昭和3年以後出演無し=浦五島町
昭和5年以後出演無し=本紙屋町、今町、磨屋町、玉江町、大村町、金屋町
昭和6年以後出演無し=東中町、西中町、下筑後町、豊後町、万才町、外浦町
昭和7年以後出演無し=今下町
昭和8年以後出演無し=内中町、勝山町、桜町、恵美須町、八百屋町、炉粕町、台場町
昭和9年以後出演無し=本紺屋町、本興善町、材木町
昭和10年以後出演無し=袋町(現在は長崎市立博物館に寄贈)
昭和11年以後出演無し=船津町、平戸町、本博多町
昭和16年以後出演無し=興善町
昭和17年以後出演無し=引地町
昭和23年以後出演無し=本大工町
昭和24年以後出演無し=大井手町
昭和35年以後出演無し=木下町、銅座町
昭和36年以後出演無し=西上町、伊勢町
 【こんな傘鉾も】
眼鏡橋町(袋町+酒屋町)=昭和31年以降は出なくなった。
大波止町(元船町+玉江町)=昭和26年、33年のみ。
新豊後町(新町+豊後町)=昭和34年、1回きり。
 ※特別参加奉納踊り
昭和27年、諏訪町の「蛇踊り」が踊町の当番ではなかったが、要望により、奉納踊りの最後に参加したことに始まる。
この場合、正式の奉納では無いので、傘鉾を出さず町旗を先頭に踊りのみ。
 【郷(さと)くんち】
 諏訪神社の「長崎くんち」が終わるといよいよ長崎「郷(さと)くんち」が始まる。(正確には2ヶ所は先にくんちをしているが)
 旧・市内34地区で「郷(さと)くんち」と呼ばれる秋祭りが行われ、市内のどこかで賑やかな祭り太鼓、囃子が響きわたる。
そして11月初旬頃まで、各地区で郷土芸能が繰り広げられる。
中尾 大山神社 9/15(固定) 中尾獅子浮流
神の島207 神の島池之神社    9/23 例祭
住吉町13−6 住吉神社 10/連休 子供みこし2基
コッコデショ   
コッコデショ=平成13年制作。長さ6m。高さ4、5m。重さ350kg。
滑石6−1−11 滑石太神宮 10/10頃の日曜 龍踊り
田上1−6−7 田上稲荷神社 10/中旬土曜 例祭
若宮 若宮稲荷神社 10/14、15 竹ン芸 市無形文化財
竹ン芸=白装束に狐のお面をつけた二人の若者が竹によじのぼって芸をする
大崎570・571 賀茂神社 10/15、16 例祭
若草町2−1 城山八幡神社 10/2土日(元・17) 神輿 城山くんち
■宵宮:(14:00〜16:00)芸能奉納:民謡、剣舞、のど自慢 など
■本宮:(9:40〜13:30)神輿、(14:00〜15:00)子供相撲
伊勢町2−14(飽の浦 伊勢宮神社 10/16、17 神輿 平成9年より休止?
大浦(相生町10−1) 大浦諏訪神社 10/3土日 神幸祭
コッコデショ廃絶 北大浦小学校
奉納踊り 自治会の持ち回り
北大浦小学校=例年、コッコデショを奉納していたが、平成18年(2006)廃校になり終焉となる。
坂本2−5−6 山王神社
公式HPへ
10/17(毎年) 子供神輿 雨天中止
奉納踊り 5年毎の持ち回り
 ■浦上くんち
(10:00〜)例祭
(13:00〜)子供神輿巡幸
(17:00〜)奉納踊り:5年毎。坂本山王自治会・松山町
(20:20〜)餅まき
(20:30〜)福引き抽選会
浦上くんちは5年毎の奉納踊り。平成16年はが努めた。浜口町自治会』『岩川町東部自治会』『長崎大学』『瓊浦高校』『ルンビニー幼稚園』『山王保育園』
深堀町5−177 深堀神社 10/17 例祭
水の浦 湊明神神社 10/17 例祭
城山町2−373(立岩) 立岩神社 10/17 例祭
矢上町322 矢上神社 10/17(固定) コッコデショ 矢上町コッコデショ保存会
田之浦本浮立 田之浦本浮立保存会
11地区中2地区が奉納町はコッコデショ。馬場は面浮立。
コッコデショ=矢上町コッコデショ保存会。寛永11年の矢上宮日から奉納が始まったと伝えられており、以来、雨乞いや慶事や矢上くんちに奉納される。輪番で4年に1度廻ってくる。
田之浦本浮立4年に1回の輪番で奉納だが、昭和30年代までは毎年奉納していた。
丸山町2−22 梅園天満宮 11/2土日 神幸祭 子供神輿、女神輿、花魁道中
戸石町1669 戸石神社 10/17 例祭
畝刈町298 熱田神社 10/17 例祭
三重町1934 皇大神宮神社 10/3日曜 三重くんち 5年毎の輪番
馬場=馬場浮立。明治後期に、佐賀県より三重村馬場地区に伝えられたと云われている。

角上(すみあげ)=角上蛇踊り。保存団体は角・角上蛇踊保存会なので2年連続見れる。

(すみ)=角蛇踊り。

東上(ひがしあげ)=角上面浮立。明治30年代に佐賀県藤津郡旧多良村瀬戸郷から伝えられた。
行列順:幟11本→役員→太鼓→笛→鉦→かけ打ち→4列縦隊で入場。

浮立笛:ホウガンドウ(道行)→マツビョウシ(ヒャーガキ)→キョク→カンタン。
4曲で踊って、ホウガンドウで退場する。

崎上(さきあげ)=崎上浮立。雨乞い、五穀豊穣を祈願して行われるもので、明治27年頃北高来郡田結村(現飯盛町)から伝授された。
笛・大太鼓・鉦に合わせて、ササラ(幼稚園児〜小学2年生)を先頭に踊子(シャグマ)が小太鼓を打ち鳴らし、踊りながら入場する。芸能の中心は、シャグマの本踊り、大太鼓の岡崎打ち太鼓踊り、大太鼓の月の輪太鼓踊り等で構成されている。
戸町2−2−24 戸町神社 10/19 神幸祭 奉納踊り
手熊 白髭神社 10/19 例祭
淵町8−1(稲佐) 淵神社 10/20、21 例祭
岩屋町798 岩屋神社 10/23 例祭
茂木町234 裳着神社 10/23 神幸祭
網場町1−1 日見天満神社 10/24 奉納踊り
福田本町1246 福田天満神社 10/25(毎年) 子供神輿2基
神輿が大浜、小浦、舟津、本町御旅所を廻る。
向町314 式見乙宮神社 10/29(毎年) コッコデショ
女角力 陸上女ペーロン
式見くんち=旧・式見村の16地区が8年ごとの輪番制で奉納。雨が降ると式見中学校体育館で披露。
鍬踊獅子舞保存会=8年に1度奉納。四杖町。
下浜・下向=式見女角力(式見女角力保存会)。下浜地区、下向地区の住民で組織し、会長のもと太鼓・笛・行司・呼出・横綱・弓取りなどの伝統を生かしている。
 
明治38年頃、女相撲が式見村に巡業に来た時、日露戦争凱旋祝賀会に下郷(下浜、下向自治会)の出し物として、当時の娘たちが女力士に踊りを教えてもらい、下郷の「角力取り踊り」として出演したのが始まりである。

上中・下中=へらへら踊り(へらへら踊保存会)。昭和初期に旧・三重村(現・長崎市三重町)から伝承された踊りである。
ある所の殿様の娘が、一つも笑わないので、ある時、この姫を笑わせた者にはホービ(賞金)をやると触れを出した。村民達は、知恵をしぼって遂に笑わせた。それがへラヘラ踊りである。
笛・大鼓・歌い方(女性)・ヘラへラ踊の順で入場して踊る。
お多福の面・日の丸扇子・赤色の腰巻・ピンクやブルーの半天・赤布で頬被り・黄色の前掛け等々で踊る。


荒毛・上方=婦人会の踊り。

松崎・大崎=松崎は2010年に安珍清姫を披露。

相川・見崎=月の輪太鼓(相川町月の輪太鼓保存会)。大太鼓、自狐踊り、月の輪太鼓、岡崎太鼓、笛、鉦打ちからなる浮立である。

園田(木場)・田舎=園田町は式見木場浮立。田舎は舞踊を奉納。

中通・鼻崎=中通(四杖町)は鍬踊獅子舞(鍬踊獅子舞保存会)。明治後期に式見村田舎郷中通に伝承され、日清・日露戦役の戦勝祝賀行事の余興に出演したのが始まりと云われる。
鍬踊は、笛・太鼓・鉦・鍬踊子・獅子の順で踊りながら入場する。鍬踊は、子供から大人まで37名で編成し、歌い、手拍子で踊る。獅子舞は、二人一組と駒使い4名で、笛・太鼓・鉦が鳴るのと同時に演技し牡丹の花を狂い食いする様を表現する。
鼻崎はガタ荷い・白鳥節を奉納。

向・里陸上女ペーロン陸上女ペーロン保存会。8年に1度奉納。向地区自治会で保存会を組織。昭和30年始まる。
コッコデショ=里が奉納。寛政8年(1796)暴風雨で式見港に避難した堺の船乗りにより伝わる。昭和8年に長崎くんちに小川町の奉納踊として出場したこともある。
古賀町1614 八幡神社 10/29 例祭
横尾 10/最終日曜 横尾だんじり 横尾郷土芸能保存会
平成9年、「だんじり保存会」結成。戦前は「山引き」といい、高さ5〜6mの山車を曳いていたが、戦後昭和25年頃より中絶した。平成17年、だんじり建造。
小ヶ倉町2丁目15 小ヶ倉神社 11/3(元・10/29) 鯨船、川船
獅子舞 小ヶ倉獅子舞保存会
小ヶ倉町(1丁目上揚、1丁目中、2丁目、3丁目の4自治会が持ち回りで奉納。

1丁目上揚=小ヶ倉獅子舞。
鉦に元治元年(1864)5月と銘があり、この頃には奉納されていたと思われる。この獅子舞は、幕末から昭和27年まで長崎くんちの下筑後町の奉納踊として出演していた。

1丁目中
=舞踊奉納。以前は龍踊。

2丁目
=鯨船。平成11年、当番町の時に23年ぶりに鯨の潮吹きを奉納。

3丁目
=川船。
三和町 大山祇神社 11/3 神賑、浮立奉納 土井首くんち
平山町447 天満神社 11/3 大名行列
立神町189 桜谷神社 11/3 例祭
西泊町45 天満神社 11/3 例祭
木鉢町557 木鉢神社 11/3 神輿
北浦町1758イ 大山祇神社 11/3 北浦獅子踊俵かたげ踊
獅子踊(北浦獅子踊俵かたげ踊保存会)=宝暦年間(1751〜64)に始まったと云われているが、踊りに使われている鉦には、享保3年(1718)の刻印がある。
上西山町150 松ノ森神社 11/25 例祭
中川町2−9−21 中川八幡神社 9/15 例祭
東琴平町1丁目16−1 伊都岐島神社 11/10 例祭
青山町20−10 川内神社 9/12 例祭
栄町6−12 長崎大神宮神社 10/17 例祭
坂本−26−56 山王神社 10/17 子供神輿2基 山王神、皇大神宮
 ◎旧・香焼町
もともとは、香焼島、蔭ノ尾島の二つの島からなっていたが、昭和17年の埋立てによりひとつの島となり、明治以後、石炭と造船産業が栄え最盛期(戦時中)の人口は2万人を超えた。しかし、造船(昭和30年)、石炭(昭和39年)がともに消滅し、沈滞化したので、長崎県が昭和41年から46年に香焼深堀間の臨海工業用埋立を行い、長崎半島と陸続きになった。
香焼町1061 岩立神社 10/17 例祭
 【横島(よこしま)
面積は0.002km2。周囲は約8km。人口は0人。明治初期には東西330m、南北61mだったが、今や島の大半は海に沈んでしまい東西2つの岩礁が海面に顔を覗かせている。
1897年に出炭を開始。最盛期には120戸、約700人が住み、小学校、病院もあったが、1920年に廃坑となり、島の埋立地の石垣を撤去したことから、1965年頃から島自体も沈下し海に侵食されはじめた。
 ◎旧・三和町
       ⇒為石(ためいし)、蚊焼(かやき)、川原(かわはら)
為石町1963 為石神社 7/中旬 為石祇園祭 祇園太鼓
蚊焼町2096 歳神社 9/15 例祭  
川原町306 川原住吉神社 9/28、29 川原くんち
 ◎旧・野母崎町
高浜町3963 八幡神社 9/23 宮相撲 
日ノ山(野母町3311) 熊野神社 旧・9/16、17 神幸祭 獅子舞
日ノ山神社より熊野神社へ獅子舞の先導で神輿が下り、おこもりをする。かつては宮相撲をした。
 【樺島(かばしま)
面積は2、2km2。周囲は約8km。人口は830人。昭和61年1/10、開通の樺島大橋(227m)で本土とつながる。
野母崎町樺島町126 熊野神社 10/連休(元・9/19) 神輿 樺島の氏神
脇岬町1944−1 脇岬神社 8/15 例祭
 ◎旧・外海町
       ⇒神浦:池島、口福、上道徳、下道徳、江川、丸尾、北大中尾、上大中尾、扇山、夏井、向、上大野、下大野
        黒崎:赤首、西出津、東出津、新牧野、上黒崎、下黒崎、永田
神浦江川町816 神浦神社 9/中旬
(元・8/15)
神幸祭 神浦くんち。旧・郷社
行列は箒、露払い、道具、笛、締太鼓、神鏡、神輿、お供え物の順で町を練り歩く。
扇山町1155 琴平神社 旧・10/10 例祭
向町10 事代主神社 4/16 例祭
下大野町2232 大野神社 旧・9/19 例祭
下黒崎町1464 柏木神社 旧・9/19 神輿
永田町3231−2 天満神社
 【池島(いけしま)】
面積は0.9km2。周囲は4km。最高地点は115m。人口は157人(2016年)。
半農半漁の島だったが、
昭和27年、炭鉱が出来て石炭最盛期の1970年には人口約7700人。
池島町下大久保1567−乙 池島神社 旧・9/16 子供みこし
 ◎旧・伊王島町
 【伊王島】
面積は2、18km2。周囲は12、2km。人口は701人(2017年)。北側は伊王島、南側は沖之島20〜30mほどの瀬戸を挟んで2つの島に分かれているが、3本の橋が架かり、自由に往来が出来る。そこで両方合わせて伊王島と呼ばれている。
伊王島町大字伊王島町492 白鬚神社 10/10頃の日曜 子供神輿
子供神輿=平成6年購入し復活。京都市上京区・木村装束店の作。103万7000円。
 初代は記録が無いが、昭和20年代後半〜30年代前半に氏子大工諸氏の作の手作り神輿を出していた。
 ◎旧・高島町
 【高島(たかしま)】
高島地区は、長崎港の南西約14、5kmの洋上に浮かぶ高島をはじめ、端島(軍艦島)、中ノ島、飛島の4つの島からなり、高島だけが有人島。

面積は1.34km2。周囲は6.4km。最高地点は115m。人口は458人(2013年)。石炭最盛期の昭和40年代初めには18000人以上の人口があった。
高島町2490 高島神社 4/3 神輿  
 【端島(はしま)】
面積は0.06km2。周囲は1.2km。無人島。別名は軍艦島。
石炭最盛期の昭和30年代には5000人以上の人口あり。昭和49年(1974)1/15、閉山となり4/20に無人島となる。
神社は端島神社、金比羅神社があった。

金比羅神社祭礼は4/3、山まつりの日で神輿、稚児行列、花魁行列があった。
 ◎旧・琴海町
       ⇒形上(かたがみ)、西海(にしうみ)、長浦(ながうら)、戸根(とね)、戸根原(とねはら)、村松(むらまつ)、大平(おおひら)、尾戸(おど)
琴海形上町1905 三輪神社 9/18 例祭
琴海形上町1260−ロ 塩竃大山祇神社 9/9 例祭
琴海町西海郷1906 香取神社 9/18 例祭
琴海町長浦郷840 三社大神社 9/18 例祭
琴海町戸根郷1262 阿蘇神社 9/15 例祭
琴海町村松郷498 豊島神社 9/18 例祭
琴海町尾戸郷1933 八幡神社 8/15 例祭
琴海町尾戸郷333 住吉神社 9/18 例祭
 【鵜瀬島(うせじま)】
面積は0.25km2。周囲は4km。人口は34人。琴海尾戸郷。橋が架かっているので陸続きになっているが、対岸とは10mくらいしかない。

 ★ 展示場     
 【グラバー園】
長崎市南山手町8−1。 095−822−8223。開館は8:30〜17:00。年中無休。入館料:大人600円。
“市中から移築復元された由緒ある洋館が点在し、最後にある“長崎伝統芸能館(くんち資料館)”公式HPへには長崎くんちの山車を展示している"
 【長崎市高島石炭資料館】
長崎市高島町2706−8。рO95−896−3110。開館:9:00〜17:00。入館:無料。
昭和63年9月28日設立。
この石炭資料館は、昭和63年に設置して以来、炭坑の貴重な石炭資料を保存・展示しており、さらに、平成16年12月7日にリニューアルオープンした。
2階に高島の民具、化石資料、神輿、獅子舞、炭坑組合等記念品が展示されており、大は端島(軍艦島)小は高島の神輿である。