奈 良 県

  ≪高田地方≫

   大和高田市、御所市、香芝市、葛城市
   
北葛城郡〔河合町、上牧町、広陵町、王寺町〕

住所  神社名 祭礼日 内容 備考

 ≪大和高田市≫
三和町2−15  天神社 10/日祝(元・11) 神輿2基
地車3台 本町1丁目、市町、大和地車保存会
地車廃絶 東連合、市町3丁目、本町4丁目、旭町
本町1丁目(大和高田のだんじりHPへ)⇒地車小屋は高田サティの第2駐車場出入り口の向かい側。小屋の北面と西面はガラス張りで外から見ることが出来る。
=五枚板堺型。明治15年頃制作。大工は「大佐」。葛城市大畑(おばたけ)より購入。
大佐の「地車請取帳」の明治15〜25年の項に、「大和國葛下郡磐城村大字大畑 上田清二郎様」とある。
本町は1丁目〜7丁目まで分れており、昭和初期まで多くの丁に地車があったが、今は1丁目のみである。
大佐では唯一の五枚板地車。銘板は「細工人 住吉郡住吉村 大佐」。平成18年(2006)大下工務店で修復。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「櫛名田姫」。隣懸魚:「青龍」。
車板:「宝珠をつかむ青龍」。
枡合:「獅子」。
虹梁:正面は「雲」、左右は「獅子」。
 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「鷲に猿」。隣懸魚:「猿」。
車板:「鷲に虎」。
枡合:「獅子」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
幟台:「力士」。
幟差し:「獅子」。
脇障子:右は「平 敦盛」、左は「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」。
隅障子:「神功皇后と武内宿禰」。
勾欄:「富士の巻狩り」。
縁葛:「一ノ谷の合戦」。
土呂幕:正面は「司馬温公の瓶割り」、右は「平景清錣曳き」、左は「義経八艘飛び」、後ろは「那須与一扇の的」。
五枚板見送り:正面は「朝鮮の役(加藤清正の勇戦)」、右は「木村又蔵の勇戦」、左は「後藤又兵衛の勇戦」、右は「川中島の合戦」、左は「秀吉本陣 佐久間の乱入」。

 先代(初代)は三枚板形式だったらしい。
高田(旧・市町4丁目)⇒地車小屋は天神社境内にある。
=堺型。明治14年制作?。大工は木村源平。彫師は西村弥三郎。

 戦前の西町時代に3人で購入。肩背棒に西とある。購入先は堺より中古を購入と堺⇒田原本⇒西町と2説ある。
 その後、市町と相生町に分離。やがて市町4丁目の地車となるが、平成13年(2001)に10町連合の高田の地車と改称。
 
高田(10町連合)とは市町1〜4丁目、本町4〜7丁目、相生町1、2丁目の連合である。
 三枚板は「鎮西太郎為朝の剛弓」。残念ながら弓が折れている。
 枡合:【仙人】正面は「鉄拐仙人」、右は「蝦蟇仙人」、左は「剣に乗った仙人」。
 幕は昭和38年10月、総代で呉服屋の片岡嘉一郎さんの寄贈。
大和地車保存会=岸和田型。大工は伊勢屋由松。彫師は花岡龍蔵、高松彦四郎。
岸和田市大町より
平成12年(2000)4/2搬入。購入入魂式は5/5。経路は明治12年岸和田市北町新調⇒貝塚市沢⇒大町⇒大和地車保存会へ。
 ≪大屋根廻り≫ 
枡合:【賤ヶ岳の合戦】正面は「秀吉本陣佐久間の乱入」、右は「加藤清正山路将監討取り」、左は「福島市松の雄姿」。
虹梁:「中国列仙伝」。
勾欄:【三十六歌仙】正面は「大伴家持・山部赤人 等」、右は「平兼盛・阪上是則 等」、左は「藤原仲文・在原業平 等」。
 ≪小屋根廻り≫
枡合:【源平盛衰記】正面は「「家柄種永、光橋と舌戦」、右は「泉小次郎の勇戦」、左は「文覚捕まる?」。
大連子:【富士の巻狩り】正面は「曾我十郎の雄姿」、右は「鷺池平九郎大蛇退治」、左は「曾我五郎の雄姿」。
 ≪腰廻り≫
松良:【源平盛衰記】右は「源三位頼政の鵺退治」、左は「鞍馬山牛若丸修業の場」。
縁葛:正面は「鄭思遠虎養育」、右は「司馬温公瓶割り」、左は「闘鶏遊び」。
大連子:【源平盛衰記】正面は「五条坂合戦」、右は「曾我五郎の雄姿」、左は「義経宝剣を投げ入れる」。
小連子:【源平盛衰記】正面は「安宅の関弁慶義経徴打す」、右は「巴御前の雄姿」、左は「忠信碁盤投げ」。
土呂幕:【神話伝説】正面は「天の岩戸開き」、右は「神功皇后応神天皇平産す」、左は「天児屋根命神鏡」。
 ≪見送り廻り≫
見送り:「川中島合戦」。
 【地車廃絶】
宮元町(東連合)=11ヶ町より成る。東1〜4丁目、本郷1〜3丁目、高砂町1、2丁目、曙町1、2丁目である。
平成初期に某工務店に修理だしたところ、500万円くらいの見積もりだったらしい。代が替わりその金額では受けれないとばらした状態で帰ってきた。
そのため泣く泣く平成5年頃に焼却処分と言われていたが、実は屋根、コマは処分したものの、彫物が一式残っており、高田市役所に保管されていることが分かり、平成27年に美術展で公開された。


市町3丁目=元々は高田として曳いていたが、昭和50年代に手作りだんじり制作し独立。神社境内にブルーシートを巻いて置いていた。5年くらいは曳いていたが、維持出来なくなり休止となりやがて高田に復帰した。

旭町=堺型の地車で昭和30年頃に広陵町六道山(大塚)に売却と伝えられる。


本町4丁目=昭和20年代まであり。軽いので石を積んで曳いたと伝わる。

新町=大和型五枚板。明治10年代に作るが大正初期に富田林市五軒屋へ売却され現存。
片塩町15−33 石園坐多久虫玉神社
(竜王宮)
10/連休日曜(元・9 神幸祭 旧・県社
子供みこし 三倉堂
日之出東本町3−27 厳島神社 10/連休日曜 町内地車1台
根成柿614 天満神社 10/連休土曜(元・16 地車2台 根成柿、橿原市川西
7/7 地車1台 奥田
根成柿=堺型箱地車。明治期の作。大工不詳。彫師は彫又一門。

川西
=町内地車。  
奥田=住吉型三枚板型式。「大佐」の名地車。明治15年購入。戦前は宮入りしていたが、「蓮取り行事」が盛んになり7/7の所曳きのみ。
銘板は無いが、後柱に刻印で「細工人 住吉大佐」とある。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「梅福仙人」。
隣懸魚:「鷲」。
車板:「宝珠をつかむ青龍」。
枡合:「?」。
 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「長坂城の趙雲」。
隣懸魚:「?」。
枡合:「飛龍」。
 ≪腰廻り≫
幟台:「力士」。
幟差し:「獅子」。
脇障子:右は「平 敦盛」、左は「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」。
隅障子:「?」。
勾欄:「唐獅子」。
縁葛:「源平合戦」。
土呂幕:【源平合戦】右は「平景清錣曳き」、左は「平知盛の最期」、後ろは「富士の巻狩り 源頼朝と五郎丸」。
 ≪見送り廻り≫
三枚板:正面は「大巳貴命の龍退治」、右は「加藤清正の虎退治」、左は「飛龍退治」。


 地車以前は神輿。今も善教寺に保管。
 【地車廃絶】
秋吉=大佐の「地車請取帳」の明治31〜34年の項に、「大和國高市郡秋吉村 辻本伊市様」とある。

萩之本=大佐の「地車請取帳」の明治15〜25年の項に、常門、萩之本が書かれている。両村は合併して一町になる。
明治初期には8ヶ村【出、西坊城、秋吉、奥田、吉井、根成柿、川西、萩之本】より13台の地車が出たが、一旦地車が廃絶になり川西の地車の彫物が明治43年に奉納になった。現在神社拝殿内に彫物7点が飾られている。1点は地車では無いが残りの6点は3台の地車より成っている。また最近は各神社に復社した。
西坊城 春日神社 10/16頃の日曜 町内地車
町内地車=平成初期に放火により神社と共に町内地車が焼失。すぐに町内地車制作。
 往古は地車あり。今も境内に往古の地車の彫物(三枚板)が飾られている。
また大佐の「地車請取帳」の明治15〜25年の項に「大和國高市郡天満村大字西坊丈村 吉本平八様 藤井庄五郎様」とある。
市場308 春日神社 10/連休の日曜 町内地車  
市場308 春日神社 10/17 例祭
藤森299 十二社神社 10/17 例祭
池尻305 池尻天神社 10/17 例祭
松塚868 厳島神社 10/14 当屋送り
今里町11−27 今里神社
土庫2丁目8−5 菅原神社 10/18 当屋送り
曽大根94 西宮神社 10/連休 町内地車1台
春日町2丁目6−40 春日神社
礒野町20−47 多久蟲玉神社
東中1丁目5−33 杵築神社
大中261 春日神社 10/連休(元・10) 子供神輿 太鼓
野口455 市杵島神社
池田592 天照皇太神社 10/連休 町内地車1台
大谷200 春日若宮神社
大谷222 八幡神社
岡崎45 春日神社
野口703 春日神社
池田136 春日若宮神社 10/連休 町内地車1台
蔵之宮町13−7 杵築神社 10/連休 町内地車1台
本郷町13−4 八幡神社
神楽2丁目224 春日神社 10/10 例祭
南本町7−17 春日神社
築山663 春日神社 10/11 子供神輿
有井325 天神社 10/10 例祭

 ≪香芝市≫
下田西1丁目9−3 鹿島神社 10/2土日 地車1台 堺型
大工は志紀の人。彫師は彫又三代目。しかし銘は初代。見送り:正面は「碇知盛」。
別所967 十二所神社 10/連休の日曜 地車1台 隔年。西暦奇数年。
狐井580 杵築神社 10/連休の日曜 町内地車1台  
良福寺777 杵築神社 10/17頃の日曜 町内地車1台
穴虫(二上) 山口神社 10/17頃の日曜 地車1台  
北今市6丁目488−3 戎神社 10/17頃の土日 町内地車2台  
平成3年(2001)1/15新調入魂式。河合工務店の作。
 先代は柏原市青谷へ。
鎌田683 天神社 10/17頃の日曜 地車1台 町内の大工の作
五位堂248 十二社神社 10/17頃の土曜 地車1台 13:00〜21:00。
上中 10/17頃の日曜 地車休止
上中=地車小屋は平成21年建造。この時に40数年ぶりに曳行されたが、祭礼では昭和39年頃を最後に曳行されていない。
2122 春日神社 10/中旬土曜 子供みこし
地車廃絶 明治27、8年頃に廃絶(二上村史)
尼寺2丁目185 厨神社 10/17頃の日曜 例祭
平野1045 杵築神社 9/23 子供だんじり1台 13:00〜18:00
逢坂831 山口神社 10/17頃の日曜 神輿3基 三社あるので神輿も3基
五ヶ所601 厳島神社 10/17頃の日曜 例祭
田尻353 三輪神社 10/17頃の日曜 例祭
穴虫3140 大坂山口神社 10/17頃の日曜 奉納相撲が有名だった
磯壁5丁目7−18 春日神社 10/17頃の日曜 地車廃絶 日露戦争の頃まで出した(二上村史)
瓦口1133 皇太神社 10/17頃の日曜 例祭
今泉582 志都美神社 9/10(毎年) 御渡り行事神楽
宵宮:神楽は18時〜。御渡り行事は20:00〜
関屋395 関屋八幡神社 10/17頃の日曜 神楽 明治の終わり頃まで王寺から芝居を雇った(二上村史)
 【真美ヶ丘夏まつり】
8月1土日の2日間、17:00〜21:00、観正山近隣公園で行われる。真美ヶ丘夏まつり実行委員会主催(真美ヶ丘自治会、広陵町馬見南3・4・5丁目自治会)。
第1回目はニュータウンがオープンした昭和60年(1985)の「ハッピーフェスタ」である。その後、同じニュータウンの広陵町馬見南の3自治会との共同イベントとして実施している。
子どもみこしパレード(山車タイプもあり)・香芝高校バトントワラーズ・子どもジャズダンス留学生の民俗衣装おどり・盆おどり・香芝市楽鼓の会(太鼓演奏)・ビンゴゲーム等
花火は日曜(20:45〜21:00)。
 【真美ヶ丘6・7丁目団地自治会秋祭り】
真美ヶ丘6・7丁目団地自治会主催。10/1日曜手作りの町内だんじりが出る。
 【西真美まつり
西真美自治会主催。10/下旬日曜。西真美自治会主催。平成21年で10回目。平成12年(2000)より始まったか?手作りの子どもみこし6基の巡行演芸大会、抽選大会、仮装行列。
 【白鳳台まつり
白鳳台自治会主催。10/最終日曜。平成17年で17回目。平成元年(1989)より始まったか?。手作り子どもみこしが町内巡行。
西穴虫、五位堂、畑、今泉などでも明治期は地車を出したというが今は町内地車に変わっている

 ≪葛城市≫ 
  平成16年(2004)10/1、北葛城郡當麻町+新庄町が合併して成立。
 ◎旧・當麻町
長尾471 長尾神社 10/16頃の土日 地車1台
長尾(長尾若獅子会HPへ)=社殿様。大正後期から昭和初期に南河内より竹内街道を牛に牽引させ数日がかりで移送。購入時期は明治40年生まれの長老が若者の頃の話から推定される。彫師は小松一門。
平成20年(2008)植山工務店で修復。彫物以外は新調なので新調と言い切ってもいいだろう。幕:
「唐獅子と牡丹」。
 【正面】
鬼板:「獅噛み」。
懸魚:「朱雀
」。
車板:「龍」。
木鼻:「阿吽の獅子」。
 【背面】
鬼板:「獅噛み」。
懸魚:「朱雀
」。
車板:「龍」。
摺出鼻:「鷲と猿」。
幟台:「獅子」。
 【側面】
見送り:左手前は「獅子と牡丹」、左奥は「龍」、右手前は「獅子と牡丹」、右奥は「龍」。
桝合:獅子と牡丹」。
土呂幕・台木:「波」。

 往古もあったが重たいので売却し一時途絶える。
当麻195 春日神社 10/17頃の土日 地車1台    
当麻=昭和天皇の御体験に合わせ某所より購入。
勝根219 春日若宮神社 10/17頃の土日 地車1台  
勝根=堺型。明治12年購入と聞く。
太田602 海積神社 10/17頃の土日 神輿
地車1台  
太田83 神明神社
太田=岸和田型。平成21年〔2009〕9/13、購入入魂式。購入時に金剛組で修復。また見送りの彫物足す。御堂製作所の作。
からくりの跡があるので明治36年以前の作と推定。
元々岸和田市内畑の一字が所有⇒春木の大政工務店⇒泉大津市南曽根(昭和40年頃購入)⇒泉大津市二田(昭和60年購入)⇒泉大津市池園町⇒個人(実は私)⇒奈良県葛城市太田。


 元々地車があったが、戦前に処分された。一説には若衆が勝手に売却したとも。
 平成元年、集会所建築に合わせて太鼓正製作の町内地車を購入し復活。現在は新庄へ。
竹内478 春日若宮神社 10/中旬(元・17) 地車1台
竹之内(たけのうち)=変形一枚屋根型。江戸末期制作〜明治初期制作と思われる。大工は不詳。彫工 相野伊造の銘あり。
平成27年(2015)2月8日、修復入魂式。文化庁認定 文化遺産を活かした地域活性化事業により池内工務店で修復。
射体の復元、彫刻の洗い・繕い など。
 近年は当麻・勝根・長尾・太田、竹之内の5町で10月17に近い日曜の14時30分から葛城市當麻庁舎駐車場で各町5台が集まってイベントを行っている。
南今市246 伊邪那岐神社 10/中旬(元・17) 町内地車1台 平成4年創建。太鼓正の作。 
兵家627 春日神社 10/17頃の土日 手作りだんじり1台  
大畑149 春日神社 10/17頃の土日 地車廃絶  
大佐の「地車請取帳」の明治15〜25年の項に、「大和國葛下郡磐城村大字大畑 上田清二郎様」とある。この地車は五枚板堺型で、現在は大和高田市本町1丁目に売却となる。今もコマが2つ神社拝殿の軒下にある。
新在家5 厳島神社 10/17頃の土日 例祭
染野691 二上神社 10/17頃の土日 例祭
八川339 市杵島神社 10/連休(元・17) 例祭
加守1044 加守神社 10/17頃の土日 手作りだんじり1台
木戸219 八幡神社 10/17頃の土日 例祭
尺土303 春日神社 10/17頃の土日 子供地車1台
今在家176 新宮大明神社 10/連休日曜(元・17) 子供みこし 子供会主催。午前中に行われる。午後は各種団体による模擬店。
 ◎旧・新庄町
新庄493 住吉神社 10/17頃の土日 子供太鼓台
地車廃絶 江戸後期よりあったが今は廃絶。彫物(車板)が拝殿正面に飾っている。
葛木68 御縣神社 10/17頃の土日 例祭
笛堂596 七社神社 10/17頃の土日 手作りだんじり1台  
新村(しむら) 愛宕神社 10/2日曜 手作りだんじり1台 昭和59年のわかくさ国体を記念して制作。
東室21 春日神社 10/17頃の土日 トラックだんじり1台  

弁之庄119−1

諸鍬神社 1/9 おんだ祭
10/2日曜 お渡り
地車廃絶  
おんだ祭=五穀豊穣を祈願して、古式にのっとりお田植えの神事を執り行う伝統行事。
お渡り=諸鍬神社(氏子は弁之庄、北道穂、中戸、南藤井、西室)の御神体を神輿に乗せ御旅所の西宮神社(北道穂)まで行き、夕方まで置かれる。夕方になると南道穂、新庄本町を通って諸鍬神社に帰る。最後は伊勢音頭を歌って終了する。
弁之庄=先代の地車は五枚板大和型。江戸末期か明治中期制作と思われる。千早赤阪村の二河原辺は大正初期に弁之庄より購入とされる。

北道穂=明治か大正期に廃絶。

中戸
=明治か大正期に廃絶。

南藤井
=明治か大正期に廃絶。

西室
=明治か大正期に廃絶。鎮守の春日神社には当時の彫物の獅噛み、車板2点、持送り2点の計5点が保存されている。
一般公開されていないが、上地車新報第31号には画像がある。
新町58 笛吹若宮神社 10/17頃の土日 地車廃絶  
大佐の「地車請取帳」の明治15〜25年の項に、「大和國忍海郡柳原之内大字新村 小走久市様 吉川様」とある。
林堂 地車廃絶   
大佐の「地車請取帳」の明治15〜25年の項に、「大和國忍海郡大字林堂 安川佐太郎様 安川清吉様」とある。
疋田402 調田坐一事尼古神社 10/17頃の土日 神輿 日曜
十二振提灯4基(土曜) 北疋田、南疋田、東和苑、フルール
地車廃絶 疋田
神輿渡行にて神輿は本郷北、本郷南、フルール、東和苑を巡幸し、疋田池横の御旅所で神事を行う。
疋田=かつて地車があったと伝わる。
柿本162 柿本神社 10/17頃の土日 例祭
北花内596 神明神社 10/17頃の土日 地車廃絶
南花内596 笛吹若宮神社 10/17頃の土日 地車廃絶
忍海322 角刺神社 10/2土日 提灯宮入り
宵宮に10垣内から十二振りの提灯を捧げ持ち、伊勢音頭を歌いながら宮入りする。
薑95 笛吹若宮神社 10/17頃の土日 例祭
南道穂192 竹生島神社 10/17頃の土日 提灯宮入り
大屋213 金村神社 10/17頃の土日 例祭
寺口1231 博西神社 10/17頃の土日 例祭
西辻222 西辻神社 10/17頃の土日 例祭
山田305
三神社 10/17頃の土日 例祭
脇田220 脇田神社 10/17頃の土日 例祭

 ≪御所市≫
宮前町  鴨都波神社 10/連休土日 神幸祭 神輿・子供だんじり・太鼓台
ススキ提灯約30基 ススキ提灯献灯行事は、県指定無形民俗文化財
 宵宮は19:00に約30基のススキ提灯が葛城公園に集まり、鴨都波神社まで巡行。最後に若衆会によるススキ提灯の練り回しも行なわれる。
 本宮は10:30に、子供樽神輿(2基)、子供神輿、子どもだんじり
中学生樽神輿(1基)・太鼓台(1台)・女性神輿、神輿が鴨都波神社を出発し新地・御国通り・戎町等を通り、葛城城公園で昼食、13:00より、御門町、大橋、代官町、西柏町を通り、15:30ごろ同神社へ環御する。
氏子は旧御所町と近隣の東松本、竹田、南十三、蛇穴、元町
柳原 地車廃絶  
大佐の「地車請取帳」の明治15〜25年の項に、「大和國忍海郡柳原村 嶋田喜十郎様 中嶋様」とある。
玉手 春日神社 地車廃絶   
大佐の「地車請取帳」の明治15〜25年の項に、「大和國葛上郡掖上村大字玉手村 西村清兵衛様」とある。
柏原字屋舗 神武天皇社 10/16頃の日曜 神輿、樽みこし

 ≪北葛城郡≫     
 河合町
川合99 廣瀬神社 2/11(毎年) 砂かけ祭り
10/3土日(元・17) 太鼓台2台 城古、市場 
砂かけ祭り=本社のお田植祭として、斎田を作り田植えの所作をする「田人」と参拝者が入り乱れて砂かけ合戦を始める。
この砂は雨になぞらえているもので、多く砂をかけるほど雨がよく降り豊作になると考えられている。

砂かけは1回3分ほどで5分休憩で6、7回行われる。終われば早苗植え。餅まきがある。
城古四方が唐破風の太鼓台。明治期に三郷町の龍田大社氏地より購入と伝わる。

市場=五段の布団太鼓。
長楽84 春日神社 10/最終土日(元・18) 地車休止
長楽=江戸後期の作か?。小屋の中の幣には明治12年と書かれている。大工は不詳。彫師は芦高妻三郎、彫又一門。御大典の後は25年ぶりに地車を出したと言われる。昭和28年?これ以来地車は休止。
穴闇1091 春日神社 10/3月曜(元・18) 神事 氏子は穴闇、西穴闇
池部215 天神社 10/最終日曜(元・17) 太鼓台が出たこともあり
山ノ坊533 熊野神社 10/17 湯立神楽
佐味田837 春日神社 10/17前の日曜 地車廃絶 大正の頃まであった
大輪田2055 春日神社 10/20 提灯台(大輪田) 氏子は大輪田、城内
薬井363 春日若宮神社 10/25頃の日曜 子供神輿
薬井の聞取りでは昭和60年に町役場より各大字に子供神輿を配ったと言うが?
 上牧町
南上牧(=中筋出作。上牧408) 智照神社 10/17 子供神輿
単層太鼓台廃絶 戦後、解体処分
三軒屋(上牧2614) 春日神社 9/12 例祭
北上牧(上牧4179) 貴船神社 10/16頃の土曜 町内地車
下牧512 伊邪那岐神社 10/16 例祭
 広陵町
 ■馬見(西部)地区
大塚 武内於神社 10/16頃の土曜 地車
大塚=堺型箱地車。大正か昭和初期に大和高田の天神社氏地より購入。大工は不詳。彫師は彫又。
六道山(大塚529) 天照皇大神社 10/2日曜 地車廃絶
子供地車1台
安部733 穂雷神社 10/15頃の土日
(2、3年毎)
地車1台 彫師は服部清七。
平尾529 八幡神社 10/15頃の土曜
(2、3年毎)
地車1台
平尾⇒地車小屋は境内。
=堺型箱地車。制作年、大工は不詳。彫師は彫又一門。小屋根車板に彫師 大和住 芦高盛貞の刻印あり。
ただし小屋根車板は後付けで他の地車のを利用。
平尾242 天照皇大神社 10/16頃の土曜
(2、3年毎)
地車2台
疋相151 春日神社 10/2土曜(元9・/27) 地車1台(堺型) 彫師は彫又。 
疋相=堺型箱地車。制作年、大工は不詳。彫師は彫又一門。
笠53 八島神社 10/15頃の土曜
(2、3年毎)
地車1台
=堺型箱地車。江戸末期の作。大工は堺の地車大工と思われる。彫師は服部清七。
平成24年(2012)、梶内だんじり店で修復。洗い・締め直し、猫木など老朽化した部材の交換、台木のかさ上げ、錺金物の再メッキ、彫物の欠け継ぎなどが行われた。
大垣内(三吉143) 厳島神社 10/中旬(元・24) 地車1台
大垣内=制作年、大工は不詳。彫師は服部清七。
赤部(三吉634) 菅原神社 10/2日曜 地車1台
赤部=制作年、大工は不祥。彫師は相野伊兵衛の鑿跡ににているという説もあるが?。
斎音寺(三吉361) 記三上神社 10/28 地車廃絶
斎音寺=第二室戸台風で小屋ごと倒壊したと聞くが?。
三吉328 讃岐神社
 ■瀬南(中南部)地区
南郷1007 熊野三柱神社 10/2日曜 太鼓正のリース地車? 合同か?
南郷1225 山王神社 10/2日曜 例祭
南郷1242 三十八柱神社 10/2日曜 例祭
古寺343 八坂神社
 ■百済(東部)地区
百済1168 春日若宮神社 10/16 神輿
地車廃絶
大佐の「地車請取帳」に「大和 くた良 地車壱本 売渡シ申候 此代金 〆三百十五円也 右之通御座候 明治十二年卯八月売渡シ」とある。
広瀬313 八皇子神社
広瀬813 天神社
 ■箸尾(北部)地区
弁財天399 櫛玉比女命神社 10/31、11/1 地車4台 弁財天、南、萱野、的場
戦前までは雨乞いに地車を利用した。日照りが続くと、各大字の若者が夜中に地車を持ってきて毎日鐘や太鼓を叩いて祈願し、雨が降ると地車をきれいに飾って持ち帰った。
弁財天=社殿様。明治期に堺方面より購入か。大工は芦高妻三郎。彫師は不詳。
当地区は宮本のため差別化のため、大きな勾欄や屋根を社殿様に改造。

=広陵型。大工、彫師は不詳。修理の時に、文久と墨書き出てきたらしい。
平成24年4月8日、修復入魂式。金剛組による。

萱野=広陵型。特に言伝えは無い。

的場=広陵型。明治期に堺方面より購入したと言伝えあり。平成22年、金剛組で修復。
大野90 天神社 10/20 子供樽みこし
大場215 厳島神社 10/31 地車廃絶 戦時中に廃絶。
沢905 春日神社 10月 余興
中210 八幡神社
寺戸322 八坂神社

 王寺町
本町2丁目39−3 片岡神社 10/4土日(元・25) 手作り地車6台
平成20年より10/25より前で一番近い土日に変更。土曜の18時に神社前のグランドに集合する。
張井=神輿を台車に乗せて曳く。

井戸
=1つ屋根の手作りだんじり。平成初期の作。
 
先代は王寺町に寄贈。

門前
=提灯台。昭和28年創建。谷、本家の寄贈。

白瓜
=神輿を台車に乗せて曳く。

池ノ原
=提灯台。

大田口
=提灯台。
久度4丁目9−1 久度神社 10/4土日(元・26) 神輿
町内地車10台
 以前神社に聞取りすると、土曜の16:00〜19:00頃に手作りだんじりが出る。12自治会全て(連合含む)がだんじりを出して17時より18時かけて宮入りし、19時には終わった。収納場所は神社近くのガレージ。氏子は東大塚、御幸、東御幸、花山、御園、古松、在原、リーベル、多聞、古寺などと仰った。
 平成22年(2010)訪問するが、宮入り順は在原、御幸、小松、花山、東御幸、東王塚、多聞、御園の8地区で宮入り順は1番の在原が翌年は宮入り最後の順番だそうである。
花山は12時より曳いていたが、他町は15時集合とか17時集合とか18時の宮入りだけが目的のようである。運行は町会と子供会でしている。
掛声は一例として花山は「わっしょいわっしょい。花山わっしょい。元気出して曳こう。声出して曳こう」 など旧来の奈良の掛声である。
在原=九度2丁目。大和川より2筋の道の南側。昭和56年創建。太鼓正の作。祭りを始めたのが一番遅かったので作りがいい。

御幸
=中央公民館周辺。鉦に昭和52年、福岡美術店寄贈とあり。この年の作か?なお田口若者中と書かれていた。

小松
大和川より2筋の道の北側。奈良沿い。

花山=
大和川より2筋の道の北側。大阪沿い。

東御幸
=王寺コミュニテ周辺。昭和50年頃の作と思われる。
 以前は樽みこし。

東王塚=最東部。


多聞
=王寺湯周辺。提灯には多聞・玉井・本町と書かれている。これは3地区合同で出していたからだが、本町は駅前再開発で無くなり、玉井は人口少ないとのこと。
35年くらい前に制作と言われるで、昭和50年頃の作と思われる。
 以前は担ぎ。

御園=宮本。
古寺=JR沿い。3年くらい前より出なくなったと聞く。平成18年が最後か?
畠田5丁目12−1 火幡神社 10/3土日(元・22) 単層太鼓台3台 山上、小黒(おぐろ)、送迎(ひるめ)
三年に一度と聞くが?
山上=一枚屋根担いだんじり。制作年、大工不詳。彫師は西岡徳次冶郎。

小黒(おぐろ)
=一枚屋根担いだんじり。制作年、大工不詳。彫師は長谷川亀造。

送迎(ひるめ)
=一枚屋根担いだんじり。制作年、大工不詳、彫師は長谷川亀造。拝懸魚に刻銘あり。
藤井3丁目468−1 八幡神社 10/4土日 例祭
町内地車休止
藤井=町内地車休止。往古は一枚屋根担いだんじり。
舟戸2丁目4189 舟戸神社 10/4土日(元・26) 太鼓台