大分県

    ≪豊前地方≫

    中津市、宇佐市

住所  神社名 祭礼日 内容 備考

 ≪中津市≫
  平成17年(2005)3/1、中津市+下毛郡三光村、本耶馬溪町、耶馬溪町、山国町が合併。
 ◎旧・中津市
二ノ丁1273−1 中津神社(上祇園) 7/20過ぎの金土日 神輿1基 新魚町が神輿を担ぐ。戦前は3基
祇園車7台 踊り車(京町、古魚町、諸町、新博多町、古博多町、片端町、殿町)
上祇園は昭和初期から輪番制度で、下祇園とは逆に、年々順序が繰り下がっていく。
京町=平成3年(1991)車上部新調。台車、彫物は先代のを利用。平成4年塗り完成。彫師は兵庫屋(大阪)。長さ4、84m。幅2、55m。高さ4m。
鬼板:「獅子噛」。懸魚:「鷲と猿」。
浄瑠璃棚:「龍と大鷲」。格天井:「龍」。
扁額:明治21年(1888)に古元氏より寄贈
 初代は玖珠町森祇園に売却。さらに同町塚脇に売却され現存せず。
 先代は明治24年(1891)制作。

古魚町
=大正10年(1921)制作。大工は諌山伊三郎、矢野又次郎。塗師は増田利夫。絵彫刻は玖渓。長さ5、05m。幅2、64m。高さ4、78m。
滋賀県長浜市の曳山を参考に建造。
 初代は福岡県豊前市魚町に売却。

諸町=三代目。明治24年(1891)制作。初代の部材も少し使用。長さ4、865m。幅2、49m。高さ4、05m。
正面欄間:「昇天玉龍」、左右欄間「竹林と二虎」、中欄間「雲海の鶴」。
前後軒先彫刻;「浮かし彫り五色」、浄瑠璃棚:「茂呂まち」

格天井の花と蝶の文様は町内在住だった亀井氏の作品で、絵師は浜田氏、棟梁は村上氏、塩田氏と記録されている。
扁額:「諸町」。作者は不詳。
 先代は福岡県豊前市八屋祇園の八幡町に売却されたとの説もある。

新博多町=三代目。昭和6年(1931)白木で制作。制作費は4,823円80銭。翌7年塗り完成。長さ4、91m。幅2、81m。高さ5、04m。
大工は堀川町の豊浦師と栄町の円入師。絵彫刻は楠本雲秀斎(豊前市三毛門)。
三方欄間:「龍」。
格天井:「鳩」。
軒先:「鳳凰」。
 先代は昭和7年(1932)玖珠郡玖珠町塚脇祗園に300円で売却。

古博多町
=三代目。明治28年(1895)制作。大工は賀来政市。長さ4、89m。幅2、61m。高さ4、67m。
中津祇園で最初の二階建ての祇園車。
 先代は宇佐市長洲祗園に売却。

片端町=明治28年(1895)制作。昭和3年(1927)二階車に改造。大工は佐甲光造。塗師は増田利夫。増田師は、小祝光専寺の彩色のため京都より来津し、そのまま片端町に永住した。
昭和3年(1928)二階車へ改造。
昭和62年500万円で改修&塗り替え。長さ5、05m。幅2、65m。高さ4、82m。 
欄間:「黒龍」。
腰板:「麒麟の透かし彫」。
後部軒下:「白鶴と仙人」。
 先代は福岡県豊前市下町に売却。

殿町
=大正10年より5年かけ制作。大工は村上辰治郎、田中乾造他6名。絵彫刻は楠本雲秀斎(豊前市三毛門)。塗師は増田利夫。長さ4、82m。幅2、64m。高さ4、61m。
浄瑠璃棚:「牛図彫刻衝立」。
 初代は福岡県豊前市前川町に売却。現存せず。
 【廃絶】
新魚町=昭和6年(1931)に宇佐市四日市の新町に売却。その後新調計画が何度出たが、戦争の混乱のため、やむなく中止された。
現在は中津神社の神輿を担いでいる。
竜王町447 闇無浜(くらなしはま)神社
(下祇園)
7/20過ぎの金土日 神輿 角木町が担ぐ。戦前は3基
祇園車5台 踊り車(堀川町、桜町、姫路町、竜王町)
船車(下正路町=天鳥丸)
 戦前まで、下祇園では古い祇園車ほど順序が後ろというしきたりがあった。
1番車=新浦(現在の龍王町)、2番車=船場町、3番車=米町、4番車=船町、5番車=堀川町、6番車=姫路町、7番車=塩町、8番車=桜町、9番車=豊後町、10番車=下正路町。
昭和24年に輪番制度が導入され、下正路の舟車が一番車(先車)で固定、以降、踊車が年々順序が前へ繰り上がり、二番車の翌年は最後尾という具合になっている。
堀川町=三代目。明治40年(1907)日露戦争戦勝祝いとして制作。材料費62円、町内の職人で制作。絵彫刻師は楠本雲秀斎。
欄間は先代より受け継ぐ。京都仏具町北小路在住山本房次郎の裏書がある。
長さ4、88m。幅2、665m。幅3、91m。
  初代は文政8年(1825)に藩主奥平昌高公より拝領。
  先代は慶応元年=明治元年(1868に)藩主奥平昌遭公より拝領するも、明治40年(1907)、欄間を残して福岡県田川に33円で売却。

桜町=明治28年(1895)6月上旬制作。大工は滝川房造(宇島町)。
昭和11年6月に二階建てに改造。大工は小倉乙次郎、〃 光治(姫路町)。塗師は中島謙吾(舟町)。
平成22年、塗替え。修復。
長さ4、9m。幅2、64m。高さ4、68m。
 宝永4年(1707)創建。

姫路町
明治17年建造の車の改造を明治36年(1903)発起するも、日露戦争のために中断し、大正2年(1913)に再建を開始して大正3年(1914)6月22日完成。
昭和6年(1931)に二階建てに改造。大工、彫師は蒲田亀太郎。
昭和初期に二階建てに改造。平成5年修復。
扁額は寛政11年(1799)の作で、国学者である古表神社宮司の渡辺重名の筆。
長さ4、84m。幅2、55m。高さ4、52m。

龍王町=明治41年(1908)豊前市宇島より購入、大改修して翌年より参加。
昭和18年までは舟を乗せている舟車。昭和21年踊り車に改造。舟は歴史民俗資料館に保存。昭和58年大改修、塗り替え。
長さ4、05m。幅2、85m。高さ3、97m。


豊後町=御神殿車。昭和33年が最後の祭り。昭和45年に中津歴史民俗資料館で扁額、御神殿を保存となり、
昭和63年、豊後町の人々により仮組立をし、以後は中津市文化振興課の三保倉庫に収蔵されるが、
平成15年(2003)に展示山車として復元。平成22年(2010)青年会が発足した。

 豊後町の車は中津祇園史上最初の祇園車であり、現在の祇園車の原型と言われている。
天和3年(1683)、豊後町有志から「闇無浜神社の祇園社は京都の祇園社から勧請された由緒正しい祇園社です。私たちも京都の祇園にならって美麗な山車を出してはどうでしょうか」との発意があり、これに対しに当時の中津藩主である小笠原長胤公はこの事を許し、早速京都に山車を発注し、豊後町に与えた。このとき、長胤公は祇園車だけでなく、御神殿も同時に与えた。
車後上部の鳳凰の裏には安政4年(1857)の裏書が確認され、台輪や兜金などには明治44年(1911)に大規模な補修を行ったという記録もある。

下正路町=天鳥丸。御座船。天保3年(1832)船問屋の播磨屋代吉、紙屋仁左ェ門の寄進。長さ4、05m。高さ3、76m。   
 【廃絶
船場町
=下祇園二番車。
明治14年(1881)建造。昭和2年(1927)頃にに福岡県田川市番田町に売却するが、現存せず。


米町
=下祇園三番車。
明治19年(1886)制作。明治43年(1910)大改修。昭和58年が最後の祭礼参加。平成11年(1999)に解体。
しかしほとんどの部品が町内にて保管されているらしい。
 初代は天明元年(1783)建造。

船町
=下祇園四番車。
明治29年(1896)制作し、大正2年(1913)に修理。
昭和25年(1950)が最後の参加。昭和51年(1976)より数年間、福沢通りに組立展示していた。
そして平成11年(1999)に廃棄。
現在も、扁額などの部品は現存し、花鳥などが描かれた格天井は、中津大神宮社務所入り口にて再利用されている。

塩町
=下祇園七番車。昭和27年が最後の曳行。50万円で売却し定期預金の利息で、数年後に新調しようと役員たちは考えていたが諸事情で再建ならず。
福岡県田川郡川崎町へ売却。川崎町には塩町という町名はなかったが、わざわざ塩町に町名変更した。しかしながら数年後に火災に遭い焼失してしまい、町名も戻したという。

中殿3丁目 貴船神社 11月下旬 かまぎ餅祭り
 【かまぎ餅祭り】
「鳩餅祭り」、「かます餅祭」とも称する。
「豊後風土記」や「豊前誌」にも記されている古い祭り。
昔、或る大飢饉の年、仲津郡中臣村宮より、白鳥(はと)の大群が口々に芋の苗をくわえて飛来した。ところがその苗が突然餅と化し飢えに苦しむ人々の食料となり、危機を救ったと伝えられる。以来毎冬、白鳥(はと)の餅奉献の祭祀が伝承されている。神事の後、餅を2俵の叺(かます)に入れ、裸の若者たちが競って餅をつかみ出し、拝殿や境内から参詣の人々に餅まきが行なわれ、最後に叺を屋根に投げ上げて神への感謝を表わす。
 神事終了後から餅まきまでの間は神楽が奉納される。
笠鉾=鶴市神社例祭にも登場。元々、担いでいたが今は台車で曳いている。水引幕は昭和33年8月の作。
萱津町2048 八幡大江神社 8/21 神幸祭 子供神輿3基
昭和初期までは藩主が寄進した16人担ぎの神輿3基で2日間に渡って賑わうが、現在は東堀端町・中ノ丁が1基、栄町・丸山町が1基の子供神輿に代わった。
相原字坂手前3218 鶴市神社 8/下旬の土日
神輿1基
傘鉾19台 相原、湯屋、永添、金手、上池永、下池永、東浜、宮夫、一ツ松、牛神、蠣瀬、大塚、中殿、島田、下宮永、上宮永、 北高瀬、南高瀬、満田
山国川の治水工事が難航し三口大井手堰を完成させるために地頭の湯屋弾正は自ら人柱になる決意を固めた。しかし弾正抜きでは堰の完成はかなうまいと考えた家臣の娘のお鶴は自分が人柱になることを申し出た。一度は申し出を断ったが、遂にこれを許可しお鶴(35歳)・市太郎(13歳)母子は神輿に乗り水の底に沈んで行き、この2人の霊を慰めるために、鶴市神社に祀られた。
 1基の神輿と19台の傘鉾が、約40kmの道のりを囃子にのって練り歩き、五穀豊穣を願うとともに2人の霊を慰める。
最終日には神輿の川渡りと花火大会がある。
今津 恵比須神社 9/8、9 笠鉾7台    
今津磯 恵比須神社 10/連休の土日 笠鉾1台   
犬丸 犬丸天満宮 10/2土日 笠鉾1台  
大名行列
大名行列は塩振、挟箱、毛槍、槍、鉄砲、弓、笠鉾、高張、幣帛、高張、神学、神輿から成る。
大貞209 大貞薦神社 9/3土日 神幸祭 神輿、笠鉾
神輿=国指定重要文化財である神門が再建された時に、当時の中津藩主細川忠興公が奉納。
土曜は19:00に御立ち、頓宮お着は22:00。
日曜は15:00に子供御輿と稚児行列。お還りは20:00、本社着御は22:00
植野 若旗神社 4/29&12/31 植野神楽
 ◎旧・三光村
三光白木95 斧立八幡神社 10/1日曜(隔年)
(元・9/8)
神幸祭 神輿
傘鉾4基 佐知、小袋、土田、臼木
子供神輿 諌山
神輿1基と傘鉾4台が、真坂地区と諌山地区を巡幸。各地区の入口では子供神輿や樽神輿が出迎える。
三光田口字八面山3567 箭山(ややま)神社 10/土日(元・20) 神幸祭 神輿3基
傘鉾4基 成恒、森山、西田口、東田口
千歳楽 平成8年、33年ぶりに復活
千歳楽慶長元年(1596)の旱魃の際に、箭山神社に雨乞いをし、豊作になった御礼に奉納したのが始まり。昭和38年より休止していたが、平成8年に33年ぶりに復活した。神幸祭において、巻物読み1人、稚児8人で奉納する。
 ◎旧・本耶馬溪町
本耶馬渓町西谷字要 皇太神社 1月下旬 甘酒祭り 境内でお神酒や甘酒、伝統料理の「こしょうころがし」などが振る舞われる
 【豊前国耶馬溪神楽】
屋形の宮大工が、下郷村の宮普請に行った時、その地方ですたれていた神楽の面や衣装などの一切を譲り受けて帰ったことから、東谷と屋形に伝えられている。
 ◎旧・耶馬溪町
耶馬溪町宮園363 雲八幡神社 7/28、29(毎年) 神輿
子供神輿
宮園楽 16時より奉納
神輿=平成18年(2006)12/12[水]、竣功清祓及び遷座祭。これは平成16年の台風18号災害で神社や神輿庫が大破したため
子供神輿 28日14時神社集合。神社⇒やすらぎ荘⇒下郷小学校神社
耶馬溪町大島 伊勢山大神社 9/21(毎年) 樋山路楽 16時より奉納
樋山路保存会による伝統芸能かっぱ楽が奉納。その後は、戸原神楽が奉納され、最後は、鬼が竹筒の中のアメやチョコレートを参拝者にまく。
耶馬溪町樋山路 二瀬天満宮 9/22(毎年) 二瀬楽 16時より奉納
 【かっぱ楽(かっぱ祭り)】
河童に扮した5、6歳の4人の男児を円の中心に、畳半分くらいの大うちわ(唐うちわ)を持った4人の青年が取り囲み、その周りを手槍、横笛、鉦、太鼓、チャンボシを持った総勢40余人の行列が、にぎやかに道楽を奏でながら境内に繰り込み円陣を描いて踊りぬく所作のお祭り。
 この行事は源氏に追われた平家の落人の霊魂が、河童となって農作物を荒らし、牛馬に災いをなし、さらには、水辺で遊ぶ子供たちの生命をも奪うことから、その河童の霊を慰めるため、楽を奏でて慰めたという河童封じの「楽」。この神事を氏神の神前に奉納して人畜の守護や厄払い、五穀豊穣を祈願する。
耶馬溪町平田字宮ノ馬場 城井八幡社 9/30 水神祭
10/1 神幸祭
水神祭=昭和11年より始まる。高幣、傘鉾、宮司、神輿の順で2ヶ所の高標を通って、神輿を社善の山国川の祓所に遷す。
神幸祭=高幣、塩振り、神輿、神輿、囃子、お供(氏子総代、宮司、氏子)の順。
傘鉾はかつて5基(八幡社、平田、多志田、冠石野、口ノ林)の5基だったが、昭和30年代から担ぎ手不足のため現在は八幡社1基のみ。
耶馬溪町大野 大野八幡神社 12/2(毎年) やんさ祭り
やんさ祭り応永元年(1394)鎌倉鶴ヶ岡八幡宮の神霊を勧請した際に、野中の若侍33人が鏡餅をついて神前に供えたのが始まりと云われている。33人に因んで3升3合3勺の餅米を、神官のお祓いを受けた白ふんどし一つの裸の若者達が「やんさやんさ」と声を掛けながら樫の杵棒で七臼半の餅をつく。
ついた餅は厄除けとして参拝者にも配られ、最後は臼を守る座元と倒そうとする氏子に分かれた壮烈な攻防戦がある。
耶馬溪町中畑 檜原山正平寺 4/2日曜 桧原マツ
 【檜原マツ】
英彦山六峰のほとんどは神仏分離で神社に代わりお寺として残っているのは檜原山正平寺だけである。
この檜原山正平寺で行われる神仏習合の御田植祭。山麓の中畑、上ノ川内、福土の3集落により継承。
お上りでは薙刀を持った白装束の僧兵を先頭に御輿3基が下宮から200m離れた本堂へ。
 ■時間
  10:00〜御輿お下り
  11:00〜法要
  13:00〜奥耶馬紅ひょっとこ衆
  13:30〜御輿お上り
  14:00〜お田植式
  15:00〜餅まき
 【耶馬溪ダム(耶馬溪湖)】
中津市耶馬溪町大島。昭和45年(1970)着工。昭和59年(1984)竣工。
水没した集落は大平、柿瀬など7集落。昭和52年(1977)11月に水没水没集落閉村式を行う。総面積:110ha、水没戸数:71戸、水没農地面積:34ha。
祭りでは神楽をしたと云われる。
 ◎旧・山国町
山国町中摩 亀岡八幡宮 9/中旬
(中摩仲秋祭)
神楽
白地楽 市指定無形文化財
白地楽カッパを封じ込む踊りで、元文2年(1737)が起源と伝えられる。囃子の音色に合わせ、カッパを表す赤装束の「中むらし」を取り囲むように、4名の「大団扇持ち」が大きな団扇をかざしながら力強く舞う。
山国町宇曽 貴船神社 7/31 子供相撲、神楽
山国町守実 大歳祖神社 9/1 例祭
山国町平小野 菅原神社 8/1 例祭
山国町溝部 菅原・若八幡・新宮・児屋根各神社 9/15 合同神幸祭
山国町槻木 槻木神社 9/5 例祭

 ≪宇佐市≫
  平成17年(2005)3/31、宇佐市+宇佐郡院内町、安心院町が合併。
南宇佐2859  宇佐八幡宮 7/27以降の金土日 神輿3基、樽みこし10基 夏越大祭(夏祭、ごじんじ)
10/3連休 神幸祭 仲秋祭(放生会)
 【夏越大祭(夏祭、ごじんじ)】
 三基の神輿が先陣争いをすることから、別名を「けんか祭」とも称する。
 金曜は上宮での祭典の後、本殿より三所の御神体が三基の神輿に乗り境内の頓宮(御仮屋)まで御神幸(お下り)される。
行列は、猿田彦を先頭に蝶・鳥・駒(小学生奉仕)の美しい衣装を付けた前陣と、一文字笠に裃を着けた供廻の人達と続く、宮司は輿に乗り、道ばやしの太鼓や笛を打鳴しながら300余人が神輿のお供をする。
 神輿が頓宮に着くと御神体が仮殿に移され、その横を斎庭に設けられた祓所に三本の川御幣を立て、その前で「菅貫(すがぬき)神事」という解縄串(ときなわぐし)による古式の祓い神事が行われ、国家安泰・五穀豊穣・万民息災などの祈念が込められる。
 土曜は10:00〜21:40は神輿パレード[若宮神輿や市内各地の神輿が、宇佐神宮の境内をかけ抜ける]・花火大会 など。
 日曜は三所の御神体は、頓宮で三日二夜ご滞在して、17:00に再び神輿に乗せられ、上宮本殿に還幸される。
 【最初の神輿】
奈良・東大寺の大仏が完成した天平勝宝元年(749)、東大寺へ宇佐宮の女禰宜・大神杜女が八幡神の神輿のお供をして、紫の輿に乗って平城京に入った。孝謙天皇や太上天皇(聖武天皇)をはじめ、多くの僧や百官諸氏が出迎えたという。宇佐から奈良まで、八幡神が輿に乗って行かれたので神輿と呼び、これが記録に残る御神輿の創始と言われる。
 【仲秋祭(放生会)
一の御殿神輿(八幡大神)が、浮殿(和間神社)まで渡御する。八幡宮を代表する祭典で、大隈日向隼人の霊を慰めるために、蜷や貝を海に放つ放生式が行われる。
 土曜は御発輦祭・御着輦祭。日曜は水神祭・塩屋祭・蜷饗祭・仲秋祭・放生式・夕御饌祭。月曜は朝御饌祭・御還幸祭・御還着祭が行われる。
長洲147 長洲神社 5/3〜5 神輿
山車4台
(全部は出ない)
上町車組、中町車組、中央車組、下町車組
上町車組=高さ4、7m。奥行き4、6m。幅2、3m。
東濱区=明治41年制作。宇島・天祥丸と同時に建造された双子の祇園車で同型、同寸法の祇園車。現在は小屋に解体保存。組立てれば巡行可能と聞く。

中濱大西区=大正元年制作。大工は豊後高田富貴の鹿野正信。彫師は墨書きより博多東中洲の近藤彫刻。
現在は個人宅で解体保存。老朽部品や欠品があるため組立は難しいと思われる。
祭りの最盛期には地区毎に7台の祇園車があったと云われる。現在は1台だけで全地区を巡行となり、特記としては祇園車の後ろからお茶や道具を運ぶ屋台がついて廻っているということである。
四日市1253 桜岡神社 9/中旬(元・25) 神輿
山車5台 川迫寺町、新町 、桜町 、本町 、上町
川迫寺町(川の上・寺町・南寺町)=詳細不詳。

新町(新町・東新町)昭和5、6年に中津市新魚町より購入。

桜町(横町)=現在は境内に展示するのみ。

本町(本町・寺山)=詳細不祥。

上町=踊り車。平成16年、山車の上部を新築。
 ◎旧・院内町
院内町恵良 恵良神社 10/4 例祭
院内町日岳 熊野神社 10/下旬 例祭
院内町日岳 日岳神社 4/15 日岳神楽
 【香下ダム】
院内町香下字。昭和49年(1974)着工。平成7年(1995)竣工。尾竹が水没。
 ◎旧・安心院(あじむ)町
安心院町下毛字三柱 三女神社 10/下旬 神楽
安心院町妻垣字大門203 妻垣神社 神楽
安心院町内川野 白山神社 神楽
町内各神社にて祭礼時に神楽が奉じられる。