大分県

    ≪国東地方≫

    杵築市、国東市、豊後高田市、速見郡日出町、東国東郡姫島村

住所  神社名 祭礼日 内容 備考

 ≪杵築市≫
   平成17年(2005)10/1、杵築市+速見郡山香町+西国東郡大田村が合併。
南台(南杵築260) 飛松天神社 7/24、25 神幸祭
御所車(中町・本町)、花山車(広小路町)、梅山車(本町)、松山車(西新町)、飾山車(錦城)、段尻(谷町組・富新組) 
 杵築市誌によると、各町よりたくさんのお供廻りがあり、盛大な御神幸が行われる。現在は、夏の大祭(7月25日)当日に、杵築神社社地の御旅所までお下りする。天満社は元和(17世紀初頭)のころの創建で、祭礼が今のように盛んになったのは、宝永5年(1708)に御旅所が近松寺から城の鼻に替わってからである。
 御神幸は時代によってお供廻りに参加する町内の数や内容が一定ではないが、神輿を中心にして、前に荒神、鉾、大榊、お供櫃、大賽銭、太鼓、小賽銭[宮付き]及び氏子代表の区長が固め、後ろに神主、総代が続く。その一団の前に、先供として毛槍[魚町]、お鉄砲[六軒町]、随神[西町]、獅子駒[弓町と札の辻]、三種の神器[北祇園]、錦旗[南祇園]などが順に並んで歩き、一団の後ろに子供神輿[据場町]、早鷹天神神輿[宗近]、鯛神輿[少年剣道]、御所車[中町・本町]、花山車[広小路町]、梅山車[本町]、松山車[西新町]、飾山車[錦城区]などの山車が整然と並ぶ。
 このほか、段尻[谷町組・富新組]が演舞の都合で御神幸とは別行動で参加する。
奈多229 奈多社 4/6 御田植祭 旧・県社
宮司336 若宮八幡社 9/秋分の日 若宮楽 11:00〜仲秋祭神事、14:00〜若宮楽奉納
若宮楽=県指定無形民俗文化財。子供たちが腰簑、わらじばきで背には飾りの付いた幟を負い、胸の太鼓を叩きながら踊る楽。
守江1121 住吉社 神幸祭 住吉浜リゾートパーク内のゴルフ場を横切り御神幸する
守江1845 王子八幡社
船部765 若宮八幡社
野田(日野1962) 天田八幡社 10/25 岩戸神楽
出原(中301) 天神社
中1223 若八幡本社
片野87 宝財神社 10/20 神幸祭
八坂2100 阿蘇社 10/20 神幸祭 旧・郷社
東溝井(溝井1349) 天神社
新庄(日野1425) 天神社
狩宿2491 山神社
熊野1235 浪崎社 11/24 例祭
南下司(南杵築391) 貴布禰神社
岩谷1422 東山神社
五田(鴨川1405) 八坂神社
猪尾1454 八坂神社
熊野3115 熊野社
 ◎旧・速見郡山香町
山香町大字立石 立石天満社 8/初旬 山車1台 隔年。西暦偶数年
昭和3年6/10起工。7/16落成。大工は中津町の国分清治師 他。
山香町大字野原2254  八旗八幡神社 10/上旬 神輿
若宮八幡神社
山香町大字竜ヶ尾 水ヶ迫神社
 ◎旧・西国東郡大田村
大田上沓掛1693 白鬚田原神社 10/17、18 どぶろく祭り
九州では唯一国税庁よりどぶろくの製法を許されている白鬚田原神社の伝統行事。和銅3年(710)から続いている。
参拝者に無病息災と長寿の印として乳白色のどぶろくを無料で振る舞ったり、購入が出来る。
車で来た人も入れ物を持参すると、持ち帰りが可能。
また、「髭自慢コンクール」なども行われている。
●17日10:00〜10:30陣太鼓OTA、10:30〜11:30山香神楽、11:30〜12:00山香太鼓、12:00〜12:30草地おどり、12:30〜13:30俣水神楽、13:30〜14:00杵築城太鼓。
●18日10:00〜12:00髭自慢コンクール、10:00〜11:00神事、14:00〜16:00神幸祭(神輿)
大田俣水 歳神社 3/18 俚楽(神楽、獅子舞)
大田永松200 田原若宮神社 頭屋行事

 ≪国東市≫
  平成18年(2006)3/1、東国東郡国見町+国東町+武蔵町+安岐町が合併して誕生。
 ◎旧・国見町
国見町伊美2710 別宮社 10/13〜15 子供山車1台  
流鏑馬
8/16〜20(4年に1度) 神舞行事 山口県指定無形民俗文化財
 【神舞(かんまい)行事】
 仁和2年(886)8月、豊後伊美郷の人々が山城国石清水八幡宮より分霊を奉持しての帰りに、嵐に遭い祝島三浦湾に漂着した。当時この地には三軒の民家があり生活は苦しかったが、彼らは一行を心からもてなした。その御礼に五穀の種を分け与えたところ、島の生活が豊かになったので島民は毎年8月に伊美別宮社に「お種戻し」と称して島から別宮社に毎年参拝するようになった。そして4年毎に伊美別宮社から20余名の神職、里楽師を迎え、本島を斎場として神恩感謝の合同祭事を行うようになった。これが神舞神事の起源と伝わる。
 神舞では三隻の神船を中心に櫂伝馬船等、百余隻に及ぶ大漁旗で飾った奉迎船が織りなす、勇壮な入船・出船の海上神事が行われ、古式豊かに三十三種類の神楽舞が新調の苫で小屋掛けされた仮神殿で奉納され、最終日の20日には神職らを見送る出船神事がある。
国見町岐部 岐部神社 6月中旬 子供獅子舞 獅子と鬼に扮した子供たちが五穀豊穣を祈念して舞う
10/連休 子供獅子舞
国見町竹田津 武多都神社 10月上旬 岩戸神楽 天徳3年に火の田において神楽を奉納し、ご神霊を慰めたのが始まり。
国見町櫛来3707 岩倉社 10/14(毎年) ケベス祭り
 【ケベス祭り】
国記録選択無形民俗文化財新暦10月14日の夜行われる火祭りで、かつては旧暦14日に行われていた。
奇祭として知られる。祭りの起源や、ケベスという語源がはっきりしないことや(一説には蹴火須が転訛したとも)、ケベスになる人は一度見たら忘れられない奇妙なお面をかぶっているからである。女人禁制が今でもしっかり守られていることと(準備は調理以外すべて男の手による)、「火を混ぜてはならない」ことが厳密に守られていること。祭りの準備中は、その地区の人たちは、よその地区の人が調理したものを食べることは許されないし、逆に他人に調理したものを差し上げることもできない。また夫婦はこの間、性交も禁じられる
櫛来地区の10の組が順番で当場となる。当場になった組では、祭り行事に詳しい長老を世話人に選び、その指揮をもとにケぺス祭を執行する。

 ●日程
  7日までに
神主の「吊りくじ」によって、お神養へのお供えを調える役、お神養の介、杜氏(甘酒作りの役)、杜氏自介を選ぶ。火祭り用のシダ束二百把位準備する。神穂屋を当場元の家の座敷戸口の軒下に造る。高さ七尺余、巾、奥行各3尺余の大きさで、中に2段の棚を作る。この棚の上部にを神穂屋を祀り、下部にお供えを置く。
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午前七時 宮下り(お宮から当場元へ)
お神養、小旗、太鼓、笛、手拍子、神導様、せいろ、御供檀、三方、神宮、大世話人、当場組一同の順で先導のお神養が榊の葉で湖水をまいて道を清め、宮から当場元まで下り、神導様を神穂星に祀る。
この目から祀りが終わるまでお神養は、毎朝潮?きをし、当場の者は火をまぜない。
午後、当場元の車で杜氏と介が甘酒を作りこむ。
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祭用の注連縄、薦等を作り、所定の場所に掲げる。
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午前中野菜の取り立てを行う。
午後全員揃って身を清めるため海に潮かきに行き、そのあと当場元に於いて神官の祝伺の後、お供用の餅つきを始める。餅は鏡餅、おくつがた、おなわものと三種頚のもので全部で斗位つく。
餅つき終了後、ケベスを神官の「吊りくじ」で決める。

 14日夜
神官やトウバ(当場)など二十数人とともに海での潔斎から始まる。社殿では神官がケベス面に祝詞を上げ神霊を面に迎え、「ケベスどん」が面を着けると、神官が「勝」の呪文をその背に書き、気合を入れるとケベスどんが神そのものとなる。境内には山積みされた柴に火が入り、太鼓や笛、鉦の楽が奏でられ、ケベスや神官などの行列が境内を回り始める。そのうち火を獲得しようとするケベスと、遮るトウバの若者たちの攻防が続き、そしてついにケベスが火を獲得し、燃え盛る火を掻きまぜながらまき散らすと、今度はトウバも一緒になり、火のついた柴を持って境内を駆け巡り、参拝者の尻を叩きながら容赦なく火の粉を浴びせる。
でも火の粉がかかると無病息災とか…

神事があって、宮司がケベスドンに決まった男にその面をかぶせる。そして背中をドンと叩くと、そのときからケベスは乗り移る。
境内ではトウバと呼ばれる男たちが十数人、盛大に火を焚いて待ち構えており、ケベスドンは次々と棒でかれらと戦うのだ。ときには燃え盛る火に突っ込んでいくこともある。対戦しているときの独特の足さばきが見ものである。
 ◎旧・国東町
国東町鶴川 桜八幡社 7/30〜8/1(毎年) 段尻(踊り車)1台 夏越大祭
国東町田深 田深天満社 7/25(毎年) お練り行列 武者行列
お練り行列=大名行列を真似て江戸時代に始まったと云われ、現在では田深お練り保存会や田深文化財愛護少年団が継承している。
 前夜祭では、野外で映画の上映。
 16:30頃、神輿を先導して子供から大人までの武者行列が天満社を出発。立て札のある場所で「ヤットコセ」、「ヤーマカセ」などと声を掛けながら、毛槍や鉾を振りかざしてお練りを披露する。
国東町北江 厳島神社 旧・6/16 ホーエン
 ◎旧・武蔵町
武蔵町手野 八坂神社 旧暦6/14、15(隔年) 山車1台  
武蔵町古市 住吉社 旧暦6/29、30 神輿1基
山車1台 休止
武蔵町内田 白石神社 7/15&12/15 神輿1基
武蔵町三井寺 椿八幡宮 7/25&10/20 神輿1基
武蔵町吉広字美婦 楽庭八幡社 7/4日曜(元・旧6/13)  吉弘楽 天下泰平・五穀豊穣・虫祈祷のために行われる太鼓踊りの一つ。10時と14時の2回行われる。
 ◎旧・安岐町
安岐町朝来 弁分八坂神社 旧暦6/15 段尻(踊り車)1台  
安岐町下原 加茂神社 旧暦6/29、30 段尻(コンチキチとも言う)1台 休止
安岐町下原 住吉社(加茂神社の境内社) /26 川舟祭り
川舟祭=江戸期に、港を中心に当時の船主や商人たちによって始められた、航海安全・大漁・商売繁盛を祈願した住吉社の夏祭り。
満潮の始まる19時、海上より、神輿を乗せた川舟が、先導する漕舟や、槙を炊いている篝火舟など7隻を従えて満潮に乗り、安岐川河口を遡って、真っ赤な炎と共に、川舟神幸が始まる。篝火船からは、勇壮な締め込み姿の男たちが水しぶきを上げて川に飛びこむ。

 川舟神幸が終った後は、お練りの若衆の毛槍組が、湊商店街を練り歩く。
安岐町瀬戸田 焼畑八幡宮 7/30&11/23 神輿
安岐町糸永 八坂神社 10/18 神輿
 【見立て細工(みたてざいく)】
7月下旬に小川(こがわ)商店街で行われる。旧暦の七夕祭りの一環として古くから行われてきた。その年の出来事を貝殻や空き缶などを利用して人形や造形物を作成展示し、七夕飾りと共に商店街を飾る。夜は子供みこしや舞踊、ステージイベントやお楽しみ抽選会などで盛り上がる。

 ≪豊後高田市≫
  平成17年(2005)3/1、豊後高田市+西国東郡真玉町、香々地町が合併。
 ◎旧・豊後高田市
御玉1 若宮八幡神社 11/中旬 神輿 旧・県社
永保4年(1084)に始められ日本三大裸祭の一つとして著名である。
初日と最終日の夕方、「陸組」に担がれた神輿は、締め込み姿の「川組」へと渡されます。神輿は冷たい桂川へと入り、川の中を練り歩きながら対岸の下宮へと渡されます。
 【ホーランエンヤ】
県選択無形民俗文化財。1月上旬。1999までは元日に開催して新年を祝っていた。
豊後高田が島原領であった頃、年貢米を島原や大坂蔵屋敷へ回送船で運んでいた人々は、航海の安全祈願とお礼参りのために、旧暦正月2日の朝、小舟に満艦飾を施し、(現在は市長や県会議員、ミス高田などが乗り込む。)それに13人の若者が裸になり、鉢巻きを締め、真っ白な褌に腹帯を巻き、片舷6丁立ての12丁の櫓で、桂川を勇壮に漕ぎ上がり、若宮八幡宮に参詣する。ホーランエンヤは、その行事が現在に伝わったものである。
 宝来船が9:30、桂川右岸の玉津地区磯町の桂川右岸を出発。約300m下流の金毘羅宮に参拝後、約1km上流の若宮八幡神社を目指して川を遡った。「ホーランエンヤ、エンヤサノサッサ」の掛声とともに、締め込み姿の若者13人が力強く櫓(ろ)をこいだ。
また岸へ近づくと観客めがけ、船上から紅白の縁起餅がまかれ、両岸から祝い酒などの祝儀が差し出されると、川幅100mほどの川をジグザグに船を進ませ、祝儀を受け取るために若者は次々と川に飛び込む。
 ◎香々地町
香々地町香々地字塩屋3596 別宮八幡社 10/14、15 神幸祭
お舟 八幡丸
神楽
流鏑馬廃絶
 ◎真玉町
真玉町西真玉 真玉八幡社 10/24、25 神幸祭
お舟 平成4年より休止
真玉町浜 熊野神社 9月 例祭
真玉町臼野 粟島神社 旧・3/3 例祭
真玉町小林 粟島神社 4/5 例祭
真玉町上黒土 身濯神社 10/15 神幸祭休止 昭和38年頃から御神幸が中止され、神輿が倉庫に閉じ込められている。
真玉町中黒土 身濯神社
真玉町下黒土 身濯神社
上黒土字影平(黒土4475)と中黒土字岩屋(黒土1480)の身濯神社から下黒土字大堂(黒土588)へ神幸があり、1泊してからお上りが行われていたが、過疎化のため昭和38年頃から御神幸が中止され、神輿が倉庫に閉じ込められている。

 ≪速見郡≫
 日出町
藤原 横津神社 /8 藤原岩戸神楽、餅まき
北大神 逵の堂愛宕神社 /24(固定) 神楽
豊岡3061 大山積神社 10/1日曜(元・8) 例祭
豊岡 八津島神社 10/10頃の日曜 津島神楽、辻間楽
2831−1 日出若宮神社 10/14、15(固定) 海上渡御 毛槍、神楽、カラオケ大会

 ≪東国東郡≫
 姫島村
2064 大帯八幡社 10/連休の土曜 お舟 八幡丸
八幡丸=平成2年(1990)制作。大工は亀太郎の6代目の子孫の船大工の木野村益由。
 創建は慶応年間に杵築藩の御座船八幡丸を建造した木野村亀太郎がその雛形として奉納。
1〜4区(本村)、4区(松原)、5区(大海)、6区(稲積・金・両瀬)などの6地区が毎年交替で船曳きを行う。
5118 比賣語曾社

 ★展示場     
きつき城下町資料館 杵築市大字南杵築193−1 09786−2−5750 9:00〜17:00 “御所車を常設展示”