栃 木 県

  ≪県央地方≫
    
   ■鹿沼地区⇒鹿沼市

   ■芳賀地区⇒真岡市、芳賀郡[市貝町、芳賀町、益子町、茂木町]

 
住所 神社名 祭礼日 内容 備考
 ■鹿沼地区
 ≪鹿沼市≫
  平成18年(2006)1/1、鹿沼市+上都賀郡粟野町が合併。
 ◎旧・鹿沼市
今宮町 今宮神社 10/2土日 神輿 あり
屋台27台 戸張町、御成橋町、銀座1丁目、銀座2丁目、天神町、上材木町、久保町、中田町、下田町、下横町、末広町、東末広町、仲町、麻芋町、石橋町、下材木町、 寺町、蓬莱町、鳥居跡町、上田町、文化橋町、朝日町、府中町、府所町、上野町、府所本町、泉町
今宮神社の例祭は10/2土日に行われ、氏子34町のうち屋台を持つ27町から毎年20台ほどの屋台が出る。
 【御巡幸】
明治11年(1878)に神輿が出来てから、御巡幸が行われた。
一番町の鉄棒を先頭に太鼓、大榊、猿田彦、鉾、獅子頭、侍、氏子代表、宮司、そして白丁に担がれた神輿が続く。
 【上組】 
戸張町(戸張町自治会)=黒漆塗彩色彫刻屋台。文政10年(1827)に始まり、同12年(1829)白木造彫刻屋台として制作。天保6年(1835)に脇障子などの彫物が加わる。弘化3年(1846)に塗り屋台に替える。安政5年(1858)飾金具をつけ完成。
平成8年、県・市の助成により屋根・破風・鬼板・懸魚の彩色修復。
大工は文政年間は政吉。弘化以降は福田卯三郎。
彫師は文政期は彫物屋清兵衛、天保6年(1835)追加。石塚直吉知興、直吉吉明親子。主な彫物図柄は「唐獅子、鷲、猿、波、花鳥」。
間口1.95m。奥行3.72m。高さ(箱棟上部まで)3.90m。
囃子は玉田囃子上組保存会。

御成橋町=黒漆塗彩色彫刻屋台。大正6年に花屋台(白木屋台)で制作。昭和10年頃に町内在住の石塚広次が彫物を取り付け、戦後彩色した。
平成14年に文化庁の助成にて車輌、屋根が全面修復。
 明治10年に番外で祭礼に参加するが、屋台を出したのは明治17年より。
花屋台制作後も、徳次郎門前(現宇都宮市)から彫刻屋台を借りるなどして付祭りに参加した。
囃子は玉田囃子下組保存会。

銀座2丁目
(旧称は上横町。昭和29年改称)=白木造彫刻屋台。安政4年(1857)8月制作。費用230両。大工は後藤音次郎。彫師は後藤音吉、磯部敬信、神山政五郎。
県・市の助成で、昭和63年、屋根と車輪。平成10年、彫刻他全面修復。
間口1.96m。奥行3.66m。高さ(箱棟上部まで)3.01m。
囃子は玉田囃子保存会玉流会。

天神町(天神町自治会)=白木造彫刻屋台。江戸期制作。彫師は磯部儀兵衛敬信と伝えられる。
昭和62年に屋根と台輪を修復。
平成13年に鬼板、懸魚、土台、柱が修復された。
間口1.96m。奥行3.66m。高さ(箱棟上部まで)3.97m。
囃子は天神町屋台囃子保存会。

上材木町
(上材木町自治会)=黒漆塗彩色彫刻屋台。文政11年(1828)制作。天保12年(1841)の屋台箱墨書きに石塚知興の刻印がある。平成8年県・市の助成で修復。
間口1.86m。奥行3.58m。高さ(箱棟上部まで)3.98m。
囃子は上材木町囃子連。

久保町
(久保町自治会)⇒屋台のまち中央公園屋台展示館に展示。
黒漆塗彩色彫刻屋台。屋台箱に文化9、10年(1812、3)の墨書きがあるのでその頃制作か。彫師は不詳。平成10年県・市の助成で修復。
間口1.91m。奥行3.64m。高さ(箱棟上部まで)3.86m。
囃子は引田囃子連。

泉町白木造彫刻屋台。平成8年(1996)3月制作。大工は宇賀神久男。彫師は彫工嘉門(黒崎孝雄)。制作費約1、500万円。

平成17年(2005)蹴込、車隠しなどの彫物を追加。
鬼板は龍。懸魚は玄武。脇障子が素盞雄尊と花鳥。
囃子は下沢囃子保存会。
 【下組】 
仲町(仲町自治会)=白木造彫刻屋台。天保7年(1836)6月建造。彫師は後藤周二正秀。安政5年(1858)磯部儀兵衛が彫物を追加。県・市の助成で平成5年修復。屋台公園内の屋台展示収蔵庫で常時展示。
間口1.97m。奥行3.73m。高さ(箱棟上部まで)4.17m。
囃子は石川囃子連。
 文献の初見は安永9年(1780)で「萬度出し」と記されている。
 寛政6年(1794)に 踊り屋台の再造というかたちで、彫刻屋台が出来ている。

麻芋町
(麻芋町自治会)白木造彫刻屋台。安政4年(1857)6月完成。彫師は後藤音次郎。制作に3年、制作費242両と町内記録にあり。
間口1.96m。奥行3.70m。高さ(箱棟上部まで)3.96m。
平成8年県・市の助成で修復。平成14年に日本芸術文化再興事業の助成により高欄の修復が完了。
囃子は日吉囃子保存会。
 先代は文化15年(1818)制作。明治6年(1873)に白沢宿(河内町)に160円で売却。しかし金龍4匹は今も現屋台の高欄に飾られている。

石橋町(石橋町自治会)黒漆塗彩色彫刻屋台。文政年間(1809頃)の制作か?。彫師は神山政五郎と伝えられる。大正期に大出常吉・啓一郎親子により彫物が付け加えられた。屋根は銅板葺き。県・市の助成で平成4年全面改修。8年車輪新調。
間口2.00m。奥行3.73m。高さ(箱棟上部まで)3.89m。
囃子は見野囃子連。
 先代は文化4年(1807)の鹿沼宿大火の際に類焼。

下材木町
(下材木町自治会)黒漆塗彩色彫刻屋台。天保3年(1832)制作。彫師は磯部儀左衛門凡龍斎信秀。県・市の助成で平成5年修復。
脇障子の龍は金泥彩色に玉眼、鱗は青に緑、黒雲白波の中に左右に昇龍、降龍。
間口1.96m。奥行3.73m。高さ(箱棟上部まで)4.12m。
囃子は塩山お囃子保存会。

寺町=白木造彫刻屋台。昭和3年(1928)制作。大工は自町の半貫金太郎。53年に鹿沼の山口忠志により彫物が付け加わる。鬼板と懸魚の彫物は同氏が新しく制作。平成14年、文化庁の助成にて高欄の修復行う。
花屋台として今宮神社の付祭りに参加していたが、戦後2回ほど助谷(壬生町)の天棚彫物を借りて、彫刻屋台のかたちをとったこともあった。
囃子は上深津囃子保存会。
 先代は明治40年3/21の寺町大火により焼失。通称亀の子屋台と呼ばれた。
 大正6年に大芦から、10年には今市市文挾から屋台を借りた。

蓬莱町
=白木造彫刻屋台。昭和30年(1955)制作。大工は半貫文太郎(寺町)。新調時の彫物は油田町の旧家に収蔵されていた彫物を譲り受けたもので、上久我の神山政五郎(菊政)の作とも言われている。
平成4年より井波の笹川無門に彫刻を依頼し、高欄下の龍、脇障子の鷹、欄間の十二支など彫刻で屋台全体を飾り、平成11年完成した。
平成13年には、文化庁の助成にて車輌、屋根、平成15年は土台、柱、高欄の修復した。
囃子は上奈良部お囃子保存会。
 先代は制作時期は不詳だが、明治14年に付祭り参加の記録があるのでこの頃と思われる。明治40年3/21の寺町大火により同町は屋台と町内48戸中3戸を残して焼失。
 購入以前は加園、今市市大沢、今市市文挾、宇都宮市徳次郎から屋台を借りた。

鳥居跡(とりいど)町
=白木造彫刻屋台。昭和30年(1955)創建。大工は半貫金太郎(寺町)。昭和63年井波彫物協同組合により彫物が付け加わる。
囃子は下日向囃子保存会。
 付け祭りに参加したのは、大正10年からでこの時は久我の屋台を借りている。戦前、戦後3回ほど宇都宮市徳次郎町下町の屋台を借りた。
 【田町下組】 
銀座1丁目
(銀座1丁目自治会)⇒上横町の東が分離して東横町となり、明治7年に東(あずま)に嘉語をあてて吾妻町と改め、さらに昭和29年に銀座1丁目と改称した。
⇒屋台のまち中央公園屋台展示館に展示
=白木造彫刻黒漆塗屋台。文化11年(1814)制作。現在の彫物は天保3年(1832)〜安政2年(1855)にかけて付けられるも、判明する彫師は刻印より天保3年(1832)磯部儀左衛門凡龍斎信秀のみである。平成10年県・市の助成で改修。
間口1.76m。奥行3.12m。高さ(箱棟上部まで)3.77m。
囃子は赤羽根囃子保存会。

中田町
(中田町自治会)=白木造彫刻屋台。天保年間(1830年頃)制作。平成10年修復。この屋台は日露戦争後の不況時に日光の十字屋に売却され商品として陳列され、宇都宮市宮島町に売却。第一次世界大戦で好景気になり大正11年(1922)再び中田町に買い戻された。平成10年、県・市の助成で車輪、台輪の新調、屋根と柱の修理、彫刻の補修をする。
間口1.94m。奥行3.58m。高さ(箱棟上部まで)3.87m。
囃子は下栃窪囃子保存会。

下田町
(下田町屋台保存会)=白木造彫刻屋台。建造は安政2年(1855)7月の大工への手付金支出から始まり、10月より仕事始めるがすぐに中断。建造の大半は4年12月から5年5月までで、手間金は19両だった。
従来は脇障子の石塚吉明の刻印と下田町屋台図から文久2年(1862)6月制作と思われていた。
大工は茂八。彫師は石塚直吉吉明。県・市の助成にて、彫刻・破風・高欄などの修理が完了した。間口1.92m。奥行3.57m。高さ(箱棟上部まで)4.29m。
囃子は千渡囃子連。

下横町
(下横町自治会)=黒漆塗彩色彫刻屋台。文化年間(1804年頃)制作。県・市の助成により平成17年全面修復完了。
間口1.74m。奥行3.31m。高さ(箱棟上部まで)3.51m。
囃子は開運町お囃子会。

末広町
=白木造彫刻屋台。明治15年制作。彫刻は昭和23年頃に今市市手岡の天棚彫刻を2,500円で購入し取り付けたものである。平成13年、車輪、屋根の修復行う。
鬼板と懸魚は「牡丹と獅子」。で飾られ、柱飾りは「ぶどうとりす」。
囃子は茂呂囃子連。
 先代は小型屋台だったが、明治末期に上田町の屋台蔵に収蔵していた彫物類は上田町の屋台と共に焼失した。本体は自町内に保管してため無事。

東末広町
⇒昭和6年、末広町より分離し誕生。
=白木造彫刻屋台。昭和57年(1982)7月制作。大工は町内の元野勝三・五郎兄弟と日吉町の宇賀神久男。
最初の彫物は市内油田の旧家に収蔵の物を購入し取り付けたが、平成10年より井波の彫師の辻幹雄により高欄下の龍、欄間の十二支などの彫物が付け加えられ、12年には、今市の菅沼保により脇障子、方立が刻まれる。
17年には文化庁の補助で車輪が完成。
 囃子は上大久保囃子連保存会。

戦後3回ほど、旧今市(文挟など)の屋台を借り、今宮神社の付け祭に参加したこともある。
 【田町上組】 
上田町
(上田町自治会)白木造彫刻屋台。昭和28年(1953)制作。彫物は旧・屋台のうち焼失を免れたもの10種21枚を使った。銘として「文政5年6月」、「鹿沼上田町中 宇都宮大町後藤周次正秀」、「日光御五重塔彫物方棟梁後藤周次正秀」とあった。
 しかしながら、彫物の痛みが激しく平成2年より3年をかけ、彫工嘉門(黒崎孝雄)が模して彫った。5年6月に石塚知興作の脇障子も取り付けられた。
間口1.96m。奥行き3.75m。高さ(箱棟上部まで)3.98m。
囃子は上田町囃子保存会。
 先代は文政5年(1822)制作だが、明治末期に焼失。

文化橋町=白木造彫刻屋台。昭和33年(1958)制作。大工は半貫文太郎(寺町)。平成9年より彫物(鬼板、懸魚)が付け加わる。彫師は辻幹雄。
囃子は関白流囃子保存会。
 大正13年より今宮の付け祭りに参加。戦後は宇都宮より花屋台を借りたが、市制10周年を期し、花屋台制作。

朝日町=
白木造彫刻屋台。昭和29年宇都宮市宿郷町2丁目新調。平成元年(1989)購入。購入後、箱棟を新造し、車輪軸を前に移すなどの小改造をした。
囃子は朝日町囃子連。

府中町白木造彫刻屋台。平成2年(1990)9月創建。大工は修一建設。車大工は上材木町の乾木工所。
 かつて当番町の時は楡木から屋台を借りて済ましていたが、隣の府所町が屋台を建造したことにより建造に踏み切る。
囃子は樅山生鼓連。

府所本町
白木造彫刻屋台。平成5年(1993)8月入魂式。ただしそれに先立ち5月には府所町・府中町と共に、旧・下府所3町の屋台が勢揃いしている。
大工は修一建設(尾竹修一)。車大工は上材木町の乾木工所。8年台湾新竹市の彫師の鄭敏男により彫物(鬼板、懸魚)が付け加わる。

囃子は楡木寿町お囃子保存会。
 
付け祭りに初参加は昭和30年頃で、そのときは今市から屋台を借りた。その後、末広町から屋台を借りて参加したこともある。

府所町=
白木造彫刻屋台。昭和63年(1988)制作。大工は修一建設(宇賀神久男協力)。制作費1,060万円。平成9年彫物完成。彫師は井波(鬼板と懸魚)と台湾三義市の彫師(それ以外)。囃子は楡木日の出町囃子連。

上野町(うわのまち)
白木造彫刻屋台。昭和58年(1983)制作。大工は元野兄弟。総建造費830万円。
彫物は平成4年より始まり、平成10年に完全完成。彫師は彫工嘉門(黒崎孝雄)。鬼板は龍馬。

囃子は上野町祭囃子保存会翔囃連。
 大正10年より付け祭りに参加。
戦後になってからも借屋台や仮設山車などで参加したこともある。
 【協賛氏子町】
上組に睦町、今宮町、千手町。下組に万町、三幸町。田町下組に下田町1丁目。田町上組に貝島町がある。
楡木町 大杉神社 8/4土日(元・25) 山車1台 海運町
屋台2台 寿町、日乃出町
海運町(旧称・上町)=明治20年頃制作。現在は高欄付平屋根の単層であるが、かつては心柱を通して三層とし、高欄付上段には人形を飾った。長さ3m。幅1、8m。
寿町(旧称・中町)=以前は大型だが大正11年に小さめに改造。その際に台輪が回転出来るようにする。昭和27年に彫物補作。

日乃出町(旧称・下町)=大正12年頃に制作。
上大久保 神船神社 旧6/14頃の土日 屋台1台 ※不定期。最近は平成6年に曳かれた
上大久保(西大芦)⇒屋台蔵は昭和57年に神社境内に建造。
=明治10年頃制作と云われている。明治34年、加園より購入。彫師は神山政五郎と伝えられる。鬼板の龍などは平成に黒崎孝雄師により足される。長さ2、97m。幅1、87m。高さ3、45m。
※屋台は、鹿沼市街地以外にも、西部の旧村に、若干の彫物をつけていた小型のものが存在していたが、現在は、上大久保の屋台を除いて姿を消してしまった
板荷3034 大杉神社 3/1土日 神輿
太鼓屋台1台
アンバ様は板荷の大杉神社(日枝神社)のことで、悪疫退散、地域内の安全の神、また水神として地元の信仰を集めている。祭りでは神輿が地域内を練り歩き、大天狗・小天狗が獅子を引き連れて家々を訪れ、悪魔払いと春の事触を行う。天狗が先導する神輿のあとには屋台が続き、その場で大杉囃子を様々に演じ分けて、祭りを盛り上げて歩く。
久野1076 小松神社 10/3日曜 松神社天下弌関白流獅子舞
松神社天下弌関白流獅子舞(久野関白流獅子連)=一人立三匹の獅子舞。文政10年(1827)伝来。演目は「平庭、笹かがり、弓くぐり」。
 ◎旧・上都賀郡粟野町
口粟野1737 口粟野神社 10/1土日(西暦奇数年) 屋台7台 下町、仲町、叶桑沢、新宿、上町、横町、中妻
口粟野 日渡路大杉神社 8/16 神輿
大杉神田踊り
 日渡路かんだ踊り=市指定無形民俗文化財。花笠をかぶり、両手に花笠を持って、口粟野大杉神社のお囃子「かんだ」にあわせて踊るもので、踊り子は、女性が大半。
大正時代には、時代の流れから存亡の危機があったものの羽山源七により消滅をまぬがれ、その後も、踊り子の娘たちが嫁にいってしまい、危うく絶える所を当時の大杉神社の神職大山晴視によって、地元のお嫁さんたちに伝えられ、以降、日渡路に嫁いだら、この踊りをならう習慣となり、伝承が続けられている。
入粟野 八坂神社 7/3日曜 屋台1台 出口・滝沢
昭和34年に屋台を改造して花屋台にした。
中粟野 八坂神社 8/16 屋台1台 菅沼・大栗。平成6年に30年ぶり復活
松崎 星宮神社 10/1日曜 屋台1台 平成15年に13年ぶり復活
下粕尾 星宮神社 10/25 屋台1台 平成2年に38年ぶり復活
上永野 八坂神社 7/10頃の日曜 屋台1台 境内に飾付け

 ≪芳賀地区≫
 ≪真岡市≫
  平成21年(2009)3/23、真岡市+芳賀郡二宮町を編入合併。
 ◎旧・真岡市
八坂神社 7/下旬の金土日 山車1台 並木町
屋台8台 田町、台町2台、泉町、寿町、旭町、桜町、市若
町神輿 多数
並木町⇒昭和51年、町発足。
=昭和59年(1984)制作。制作費1,355万円。大工は大木建設。彫物は台湾の華公司。人形は岩槻。  
田町=嘉永元年(1848)制作。昭和58年7月修復し復活。

台町
2台=共に昭和59年(1984)制作。彫刻屋台と囃子屋台。彫師は美和村の内田好近。
 昭和52年、10数年ぶりに屋台巡行復活。
 昭和55年、解体保存している彫刻を常磐町の子供屋台にとりつけ巡行。

泉町
(荒町1丁目)=昭和57年(1982)制作。町内有志により屋台と彫物制作。

寿町
(荒町2丁目)=昭和59年(1984)制作。彫師は台湾の黄郷陽。

旭町(荒町3丁目)=昭和59年(1984)制作。大工は伊勢崎市の宮神輿制作所。

桜町
(荒町4丁目)⇒昭和56年(1981)、泉町と旭町から分離し誕生。
=平成6年(1984)7月制作。大工は南那須町の北神堂(北条則夫)。彫師は美和村の内田好近。制作費約1,500万円。
 平成8年、6月彫物追加。
 始まりは昭和60年の子供神輿。平成元年、さくらみこし誕生。

市若=平成9年(1987)6/29入魂式。真岡市職員互助会が管理。長さ4、84m。幅2、92m。高さ4、46m。
 【神輿】
並若、並若(並木町)、桜宮(桜町)、中八宮、泉若、若宮(泉町)、若宮(台町)、旭若
真岡中、真岡西中、真岡東中、山前中、大内中、中村中、亀山青少年健全育成会、両沼子供会、若神会、高勢会、新高会 など
※昭和59年から “真岡夏祭り”として市が主催。
小林 八坂神社 7/20頃の日曜 屋台1台
トラツク荷台の花屋台もあり
東大島 八坂神社 7/20頃の土日 屋台1台
トラツク荷台の花屋台と兼用
根本 八坂神社 7/20過ぎの日曜 屋台1台 休止中
トラツク荷台の花屋台
大前神社 屋台1台 神社に奉納。島お囃子保存会が管理
東郷937 大前神社 11/9、10 太々神楽
東郷943 大前恵比寿神社 12/10 例祭
中556 中村八幡宮 9/3日曜 流鏑馬
南高岡 鹿島神社
下籠谷 たかお神社 11/15 かつて神輿渡御
 ◎旧・芳賀郡二宮町
 ■久下田地区
 谷田貝、南長島、程島、境、石島、大根田、阿部品、下大曽
久下田1692 千代ヶ岡八幡宮 7/3連休 神輿 宮神輿と各町内の子供神輿が出る。
■宮出し(土曜)
神輿担ぎ出し[
千代ヶ岡八幡宮](7:00〜)
■夜渡御(日曜)
歩行者天国開始(16:00〜)、神輿渡御[御仮屋より出発](16:00〜)、神輿渡御[御仮屋へ到着](21:00)、歩行者天国終了(21:30〜)
■宮入り(月曜)

御仮屋出発[駅前どんとこい広場](5:30〜)、千代ヶ岡八幡宮お宮入り(8:00)
程島858 神明宮
境495 神明神社
石島557 十二所神社
石島646 我妻神社
石島676 鷲宮神社
大根田428 三日月神社
阿部品338 八幡神社
下大曽606 星宮神社
 ■長沼地区
  太田、堀込、大道泉、鷲巣村、西大島、上江連、古山、青田村、砂ヶ原、上谷貝、谷貝新田、上大曽
長沼1059 長沼八幡宮 4/15か前の日曜 太々神楽
鷲巣524 鷲宮神社
西大島278 星宮神社
上江連486 星宮神社
古山1300 星宮神社
砂ヶ原274 大杉神社
砂ヶ原525 天満宮
谷貝新田394 八幡宮
 ■物部地区
  物井、横田、高田、反町、根小屋、沖、鹿、桑野川、大和田、三谷、水戸部、阿部岡
物井2373 産宮神社
物井2582 星宮神社
横田581 星宮神社
冲51 大冲神社
鹿80 鹿神社
三谷487 たかお神社
大和田398 星宮神社
阿部岡384 三宮神社

 ≪芳賀郡≫ 
 市貝町
赤羽町裏 鹿嶋神社 3/15&11/23 例祭
市塙 日枝神社
続谷1054 くらお神社 10/最終土日 例祭
石下248−1 高お神社 10/4日曜 例祭
続谷夏祭り=7月中旬開催。夏祭りを楽しむ会主催。続谷公民館に舞台を設置し、模擬店用意。
消防団員が警備を兼ねて協力する中、子供たちが担ぐ神輿2基は午後3時に公民館を出発し、数百m離れた特別養護老人ホーム「杉の樹園」に到着。
その後、神輿は「ワッショイ、ワッショイ」の掛声とともに3時間かけて自治会内を練り歩いた。
 芳賀町
祖母井 祖母井神社 7/20以降の土日 宮神輿
子供神輿4基 上横町、西町、内町、代町
山車2台 西町、代町
屋台2台 上横町、内町
西町=高欄箱に明治23年の墨書きあるが、江戸末期制作と思われる。作者は不詳。宇都宮市大町より購入。
長さ4、01m。幅1、91m。高さ5、5m。

代町
明治29年制作。作者は不詳。人形は神武天皇。明治43年(1910)宇都宮市上河原町より475円で購入。
上横町=長さ3、18m。幅1、63m。高さ2、95m。明治初期の作。作者は不詳。
 宇都宮市伝馬町より購入。

内町=長さ3、365m。幅1、63m。高さ3、62m。明治中期の作。作者は不詳。

 大正7年(1918)8/8、田野村東田井より40円で購入。
上稲毛田 星宮神社 7/2土曜 屋台1台
稲毛田1520−1 八坂神社 8/2 神輿
トラツク荷台の花屋台。 屋台2台廃絶(戦前まであり)
太々神楽
芳志戸 星宮神社
東高橋 高橋神社 11/18 例祭 東高橋村の鎮守
西高橋 行事神社 子供相撲 往古は有志、青年などが祭礼相撲を奉納した
下高根沢4079 安住神社 11/22、23 例祭
東水沼 十二所神社 11/22、23 例祭
西水沼1723 天満宮 11/22、23 太々神楽、御神馬奉納神事、子供相撲
八ツ木862 諏訪神社 10/29 例祭
 益子町
益子1685−1(田町) 鹿島神社 7/24、25 山車1台 城内
屋台3台 内町、新町、田町
かつて西明寺、道祖土、一の沢にも屋台があった
城内=昭和59年頃制作。
 先代もあり。

内町
=黒漆塗彩色彫刻屋台。唐破風造り単層屋台。宇都宮市新石町より明治13年(1880)頃に購入。江戸末期制作。大工は高田仲右ェ門。
 彫刻は正面は龍、鬼板と懸魚は龍、脇障子は獅子に牡丹。

新町
=黒漆塗の彩色彫刻屋台。平成15年(2003)7月復元新調。大工は宇賀神。車輪は乾。
彫物は鬼板が丸彫で飛龍。脇障子は菊と上下に龍が彫ってあり、飾り金具も豪華である。「
 先代は文化14年(1817)宇都宮市押切町新調。明治13年(1880)購入。 
平成11年(1999)7/28、火災で焼失。

田町
=黒漆塗彩色彫刻屋台。文政9年(1826)?制作。明治15年(1882)頃に宇都宮市日野町より購入。大工は高田仲右ェ衛門。
彫刻は正面に獅子、鬼板には丸彫の獅子、脇障子に鳳凰、障子に梅、懸魚に牡丹、高欄間下に飛龍。
山本 八坂神社 7/28(3年毎) 屋台2台 原、松本
かつて本郷にも屋台があった
原=宇都宮市某町新調。「天保十二年丑十月」の墨書きあり。明治29年(1896)水橋村西高橋から白木の形で購入し、明治43年(1910)頃、福島県白河市の職人によって現在のように彩色された。

松本京都新調で、船で那珂川を経由して茂木で陸揚げされ、大八車で当地に運ばれたと伝えられる。
七井 八雲神社 7/15〜17 人形山車1台 仲町。昭和47年頃まで繰り出し
人形山車1台 下町・後町
下町・後町=江戸から明治初期建造。平成24年(2013)7/6、復元の御披露目。3年かけて鹿沼市の業者により修復。高さ5.1m。幅3.2m。長さ3.5m。
明治17年(1884)県庁新設祝賀の図に描かれた今泉村の山車で
、昭和初期にかけ下町の有志が譲り受け、2日かけ運んだという。1960年の雹被害で農家が大打撃を受け祭りは中止。以来、下町後町公民館の倉庫で長年眠っていたが、53年ぶりに復活。
長堤914 長堤八幡神社 10/2日曜 長堤太々神楽 旧・郷社
長堤太々神楽(長堤八幡神社宮比講)=明治期に真岡の大前神社の太々神楽を習得した。 八幡宮での神事終了後に神楽の上演が行われる。まず神主による祝詞奏上に続いて弊舞(初座)が行われ、宮比講の代表者が幣束を持って神楽殿の四方を祓い清めるが、この舞の時には面をつけない。その後、五行の舞、イザナギ・イザナミの舞、猿田彦の舞、悪鬼の舞、天狐白狐の舞、ホッキョの舞、鬼女の舞、事代の舞、ウズメの舞、天の岩戸の舞が行われる。毎年必ずしも全ての舞を上演するとは限らず、五行の舞、イザナギ・イザナミの舞、天狐白狐の舞(餅をまく)、鬼女の舞、事代の舞(餅をまく)、岩戸の舞(餅をまく)を中心に行われる。
上大羽 綱神社 11/2日曜 太々神楽
綱神社太々神楽(綱神社太々神楽保存会)=文政年間に田中長兵衛を中心に村人たちが、現・茨城県築西市(旧協和町)の小栗内外神宮伝承の神楽を習得したことによる。終戦後保存会は後継者難によって一時中断していたが、地域の婦人たちが保存会に参加して継承してきた。昭和50年代後半には、氏子の子弟が笛、太鼓の演奏と舞を受け継いで現在に至っている。
さらに平成10年には大羽小学校に伝統芸能クラブが発足したことから保存会が指導にあたって、現在では小中学生が秋の例大祭に奉納しているほか、町の生涯学習振興大会での披露、神社庁芳賀支部創立60周年には益子町代表として出演するなどの実績を残している。舞の順序は、初座、五行の舞、恵比寿大黒の舞、天狐白狐の舞、岩戸の舞が主体となる。
 茂木町
藤縄 御嶽神社 7/25以降の土日 神輿
屋台2台 上砂田、下砂田
茂木1069 八雲神社 7/25以降の土日 神輿
屋台7台 上横町、下横町、大町、仲町、上ノ町、上新町、下新町
上横町=大正〜昭和初期制作。

下横町=彩色彫刻屋台。文化12年(1815)、宇都宮市宮島町建造。

大町
=万延元年(1860)制作。彫師は佐野の立川芳冶。

仲町
=大正〜昭和初期制作。

上ノ町=大正〜昭和初期制作。

上新町
=大正〜昭和初期制作。

下新町
=大正〜昭和初期制作。
深沢下 八坂神社 屋台廃絶 深沢下の甲・乙にも昭和30年頃まで、各1台の屋台があった
 【ふるさと茂木まつり】
茂木祇園祭に合わせて開催で昭和61年より開催。八雲神社・御嶽神社の9台の屋台、子供みこしパレード、花火がある。主催はふるさと茂木まつり運営委員会。

 ≪展示場≫
 【屋台のまち中央公園
鹿沼市銀座一丁目1870−1。 0289―60―2507。9:00〜17:00。定休日は月曜。祝日の翌日(月曜が祝日の場合は翌日休み)。12日28日〜1月4日)
彫刻屋台を3台を常設展示する彫刻屋台展示館、「鹿沼の三名園」のひとつを復元した掬翠園、郷土の物産品を展示販売する観光物産館からなる。
彫刻屋台展示館は3台の屋台(銀座一丁目、久保町、銀座二丁目)を常設展示し、音や映像で鹿沼の秋祭りや屋台の歴史を紹介する。
ここの入館料は一般400円、大・高校生300円、小・中学生200円。
 【木のふるさと伝統工芸館】
鹿沼市麻芋町1556−1。 0289−64−6131。9:00〜17:00。定休日は月曜。(月曜が祝日の場合は翌日休み)。12日28日〜1月4日。入館料は無料。
石橋町彫刻屋台とともに、建具、組子等、鹿沼の伝統工芸品を展示。
 【仲町屋台公園】
鹿沼市仲町1610−1。п@無し。9:00〜17:00。定休日は月曜。(月曜が祝日の場合は翌日休み)。12日28日〜1月4日。入館料は無料。
仲町屋台の収納展示。