栃 木 県


   ■那須地区⇒大田原市、那須塩原市、那須郡[那須町]

   ■南那須地区⇒那須烏山市、那珂川町 



住所 神社名 祭礼日 内容 備考
 ■那須地区
 ≪大田原市≫
  平成17年(2005)10/1、大田原市+那須郡黒羽町、湯津上村と合併。
 ◎旧・大田原市
山の手2−2039 大田原神社 4/3土日 屋台9台 栄町、上町、荒町、元町、寺町、大手町、下町、仲町、大久保町
9/3日曜
 【大田原市屋台まつり】(公式HPへ
主催は大田原市屋台まつり実行委員会。江戸時代に大田原神社の例大祭で大田原藩の神輿を奉納した7町内の当番町がひきまわしたのが起源と云われている。
土曜(宵まつり)=午後7時から市内中心地である金燈籠交差点に9台の屋台が集まり、お囃子の競演である「ぶっつけ」を行う。屋台同士をぎりぎりまで近づけて行うお囃子の競演は迫力満点です。
日曜(本まつり)=国道461号の金燈籠交差点から神明町交差点までをおまつり広場として9台の屋台の引き回しが行われる。午後6時から再び「ぶっつけ」が行われる。
栄町=昭和22年に花屋台を改造。大工は鈴木源一郎。彫師は神山寅吉。塗り。彫物図柄は花鳥 など。

上町
=嘉永2年(1849)9月制作。彫師は不詳。白木地。鬼板は龍。他の彫物図柄は花鳥、唐獅子、孔雀 など。
奥行き3.95m。高さ3.55m。間口2.1m。最近では平成18年(2006)修復。
 天保6年(1835)担ぎ屋台 通り囃子奉納とあり。

荒町=嘉永3年(1850)制作。元は山車。大工、彫師は不詳。塗り。鬼板は元・金泥塗り。彫物図柄は龍、花鳥 など。

元町=昭和55年頃、益子町より譲り受ける。
 
明治か大正の制作。大工、彫師は不詳。

寺町
=二代目。大正初期に花屋台として制作。大工は不詳。
昭和38年4/29に彫刻屋台に改造。彫師は森桂民。最近では平成4年2/15、鹿沼の乾木工所に修理してもらう。
白木地。彫物図柄は八岐の大蛇、大国主命養老の滝。
 先代は嘉永元年(1848)に茨城県美和村鷲子地区宿組に売却。その後花輪組へ。

大手町
=詳細不詳。

下町
=文政元年(1818)屋台新調。彫師は後藤正秀、後藤政治。塗り。彫物図柄は龍、牡丹、唐獅子、花鳥 など。

仲町
=江戸末期制作。大正8年の改修時に彫物追加。彫師は中尾萬太郎。塗り。彫物図柄は龍、花鳥 など。
 天保13年(1842)仲町年番、底抜け屋台、囃子奉納。
 嘉永7年(1854)仲町年番、屋台、手踊り奉納。

大久保町
=平成17年(2005)制作。大工は宇賀神久男(鹿沼市)。彫師は黒崎嘉門。(先代の彫刻は再利用し修復、補刻した)。車大工は乾木工所。
 ≪彫物図柄≫
前上段鬼板:「鳳凰に梅福仙人」(初代)。
前下段鬼板:「唐獅子に牡丹、籠彫りの鞠」。
前懸魚:「牡丹」。
後懸魚:「梅に錦鶏」(初代)。
後鬼板:「龍」。
脇障子:左右とも「鷹」。
欄干・前柱:「龍」。
内蹴込:「四匹の親子獅子」(初代)。
車隠:左右対で「四匹の親子獅子」(初代)。
内障子:左右対で「梅に錦鶏」(初代)。

 万延元年(1860)創建。大正9年焼失するも一部の彫刻は残る。
大工は不詳。彫師は三代目磯部儀兵衛。
 先代は昭和24年制作。大工は不詳。彫師は森 桂民。ただし焼け残った彫物を利用。

佐久山 温泉神社 10/10 屋台3台 上町、仲町、下町
南金丸1628 那須神社 3/初旬 永代々神楽
9/敬老の日 獅子舞、舞楽奉納、流鏑馬 子供相撲
練貫 熊野神社
薄葉 温泉神社
浅香 湯泉神社
寒井 三島神社
中野内1942 大宮温泉神社 4/15頃の土日 屋台1台
獅子舞 太々神楽
久野又獅子舞(久野又獅子舞保存会)=天正4年(1576)、大関高増が白旗城から黒羽城に本拠を移した際、地鎮祭をとり行い、高増自ら獅子頭をかぶり演じて、大関家の繁栄を祈願したとの伝承がある。
上石上1555 上石上温泉神社 10/上旬 城鍬舞
城鍬舞=県指定無形民俗文化財。天文12年(1543)9月、大田原城の竣工を祝う酒宴で、「藤兵衛」という農民が酔いに乗じて手にしていた鋤鍬を持ち、即興の舞を踊ったのが始まりと云われている。
城主大田原資清の興をひき、以来毎年正月藤兵衛らを城中に召して、これを演じさせた。
 以後何度か中断されたこともあったが、秋の豊作を祝い、現在では毎年10月上旬に石上小学校の児童や有志により温泉神社に奉納している。
 境内で、薄紅色の頭巾をかぶった形振を先頭に、調子を合わせて舞う様子は、城を築く人夫が働く光景を彷彿させ、なかでも形振の踊る様は「サッサッサァー」と呼びながら、あたかも人夫を励ましているかのようです。おしろいや口紅で化粧をした女の子12人が鍬のたたき手として華やかさを添える。
 【与一まつり】
源平屋島の戦いで扇の的を射落とした那須与一を称えるイベントで8/1金曜土曜の15:00〜21:30。市街地(荒町・上町・仲町・下町の商店街通り)で開催。主催は与一まつり実行委員会。
昼の部は勇壮な武者姿の与一武者行列、福原のもちつき唄、子供みこし、各商店会コーナーなどのイベント。武者行列は、甲冑姿の那須与一公をはじめとする勇壮な武将、女官そして市内の小学生が扮した子供武者などが通りを練り歩く。
夜の部の与一踊りは会場全体を使って流し踊りが繰り広げられる。

 かつて那須野が原ねぶた2台が出たが、最近は出ていないようだ。
 ◎旧・黒羽町
  黒羽地区(旧・黒羽町):川西地区(旧・黒羽向町、大豆田村、余瀬村、蜂巣村、檜木沢村、寒井村):須賀川地区(旧・須賀川村、須佐木村、雲岩寺村、川上村、南方村):両郷地区(旧・両郷村、中之内村、河原村、寺宿村、木佐美村、大久保村、久野又村、大輪村、川田村)からなる。
黒羽田町501 黒羽八雲神社 7/20 屋台1台 前田
花屋台は廃絶
黒羽田町区=江戸中期制作と思われる。大工は不詳。彫師は彫刻様式からみて白河か二本松近辺在住の彫刻師による作と思われる。間口1.84m。奥行き2.73m。棟高3.65m。総棟高3.85m。彫物は森桂民により修復。コマは平成8年(1996)鹿沼の乾木工所で修復。
彫物:
御拝柱は「昇龍・降龍」。正面欄間は「獅子に牡丹」。懸魚は「波に魚龍」。前面鬼板は「飛龍」。上段の鬼板には龍王を彫り、側面欄間は「牡丹」。裏面の懸魚は、「波に亀と蛇」。
大豆田 温泉神杜
寒井 三島神社
須賀川2039 鹿島神社 4/10頃の土日 花山車3台 上組、中組、下組 ※3台とも大正期の作
河原 愛宕神社 4/15頃の土日 花山車2台
 【芭蕉の里くろばね夏まつり】
8/15、御輿は黒羽向町市街。那珂川河川公園(烏山信用金庫黒羽支店裏手)では市民盆踊り大会や市民花火大会が実施される。主催はくろばね夏まつり実行委員会(黒羽商工会)。
御輿渡御[黒羽向町市街](16:00〜)、縁日屋台(17:00〜21:00)、市民盆踊大会(18:30〜20:00)、市民花火大会(20:00〜21:00)。
 ◎旧・湯津上村
  新宿、片府田、小船渡、佐良土、品川、狭原、中の原、蛭田、蛭畑、湯津上
佐良土 諏訪神社 8/27 相撲 7/21に簡易屋台1台出る?
中の原(南金丸) 那須神社
蛭田 八幡宮
蛭畑 温泉神社
湯津上430 笠石神社 3/15 例祭
 【湯津上の民俗芸能】
湯津上のダイモジ(大捻縄)引=国選択無形民俗文化財。本来は8/14実施。
佐良土の仲宿・田宿・古宿の3地区に伝承されてきた綱引き行事で、8/14の夜に当番宿の指定した道路上で当番宿と他の二宿の合同体とが対抗して引き合う。
この行事は、関東地方の千葉県北部から茨城県中南部にかけて広くみられる、盆の行事として綱を引いたり担いだりする行事の一例であり、その分布の最北端に位置する。
大捻縄引の起源については永正17年(1520)8月、那須資房と白河義永が沿いの縄釣台で合戦に及んだ際,箒川の崖で両軍が縄の引き合いをしたことが始まりとも伝えられている。
 この行事は,大縄づくりの担い手や資金不足等の問題により毎年は行われず、最近では5年ぶりに平成18年7月29日に、恒例イベントである
天狗王国夏まつりのなかに組み入れられて実施となった。

 ≪那須塩原市≫
    平成17年(2005)1/1、黒磯市+那須郡西那須野町+塩原町が合併。
 ◎旧・黒磯市
 ■黒磯地区
   上厚崎、下厚崎、黒磯、鳥野目、小結、豊浦、埼玉、東原、渡辺、共墾社
宮町3−34 黒磯神社 7/31 夜神輿渡御 太々神楽
10/10 神輿渡御
■天王祭
7/31=1茅の輪くぐり(18:00〜21:00)、神輿渡御(19:00〜20:30)、太々神楽(19:00〜20:00)。
■例大祭
10/10=献幣使参向。神輿を台車渡御。浦安の舞奉納。
下厚崎325 雷電神社 3/2日曜 獅子舞
下厚崎の獅子舞=元禄15年(1702)天災厄除けの神として奉納したのが始まりと伝えられている。獅子頭破損のため明治35年(1902)より奉納舞を中断したが、昭和11年(1936)に獅子頭を新調して復活。
 ■東那須野地区
   島方、大原間、東小屋、三本木、沼野田和、木曽畑中、下中野、上中野、沓掛、前弥六、北弥六、波立、中内、無栗屋、笹沼、上郷屋、鹿野崎、塩野崎、北和田、唐杉、上大塚新田、山中新田、佐野開墾
島方307
温泉神社
島方458 諏訪神社
大原間210 温泉神社
東小屋474−3 東那須野神社
下中野603 温泉神社
波立250 温泉神社
 ■鍋掛地区
   鍋掛、野間、越堀、寺子
鍋掛947 鍋掛神社
鍋掛1345 温泉神社
寺子643 八雲神社
寺子1108 温泉神社
 ■高林地区
   高林、箕輪、木綿畑、湯宮、鴫内、百、箭坪、板室、油井、細竹、西岩崎、亀山、洞島、青木開墾、戸田開墾
箕輪12 温泉神社
湯宮559 温泉神社
鴫内859 温泉神社
百村3089 温泉神社
板室583 温泉神社
 ◎旧・西那須野町
 ■狩野地区
   三島、南郷屋、石林、槻沢、高柳、西富山、井口、東遅沢、西遅沢、関根、東関根
三島5−336 三島神社 10/9、10 屋台1台
石林795 乃木神社
石林450 石林温泉神社
槻沢439 温泉神社
西富山210 温泉神社
井口261 天満宮
関根189 温泉神社
東関根413 湯泉神社
 ◎旧・塩原町
 ■塩原地区
   湯本塩原、上塩原、中塩原、下塩原
湯本塩原3 温泉神社
上塩原8 箒根神社
中塩原11 塩原八幡宮 9/8 塩原平家獅子舞
塩原平家獅子舞(中塩原平家保存会)=県指定無形民俗文化財。
関白流の一人立三匹獅子舞で正式には古代神獅子舞と呼ばれる。那須地区内において最も旧態を保持している獅子舞で、舞は「平庭」「巻よせ」「弓くぐり」3形式である。本県下に広く分布する一人立三匹獅子舞は、起源伝承に平家落人説を伴うものである。

「平庭」は塩原八幡宮において、「巻よせ」は塩原八幡宮・妙雲寺両方において行なわれる。舞はお盆に妙雲寺、9月に塩原八幡宮でそれぞれ奉納される。
舞の構成は弓執り1人、大獅子1頭、太獅子1頭、牝獅子1頭、警護歌掛2人、警護笛掛2人である。
 【塩原温泉まつり】
9月中旬開催。山車6台。
大正天皇は皇太子時代の明治35年初めて塩原の地を訪ねられた。皇太子には塩原の雄大な自然と良質の温泉をたいそうお気に召されたため、後年福渡温泉の三島子爵家の別荘が皇室に歓上しされ「塩原御用邸」が誕生した。福渡温泉の地に御用邸をかまえられた皇太子は、毎年の夏を塩原で過ごされてこの地を深く愛されました。その後、塩原にゆかりの深い天皇が誕生し、大正4年11月4日の御大典に、村内の5地区(福渡・塩釜・畑下・門前・古町)が“山車”を仕立て、人形を飾り、お囃子に合わせて村を練り歩いた。その後、祭りは塩原温泉発展に寄与された“三恩人”、道路開発の功労者栃木県令三島通庸、「金色夜叉」の作者文豪尾崎紅葉・塩原紹介の「塩渓記勝」作者奥蘭田諸氏への感謝祭へと姿を変えた。さらに昭和38年には中塩原地区が加わり、6台の山車となる
 ■箒根地区
   関谷、金沢、宇津野、高阿津、上大貫、下大貫、下田野、折戸、蟇沼(ひきぬま)、遅野沢、上横林、横林、接骨木(にわとこ)
関谷128 八幡神社 山車1台
金沢1563 箒根神社
宇津野 嶽山箒根神社 11/23 梵天
下大貫1096 箒根神社
蟇沼741 温泉神社
横林178 温泉神社
接骨木209 温泉神社
※塩原町の山車は全て大正〜昭和初期に制作。

 ≪那須郡≫
 那須町
 ■那須地区
   寺子、高久、大島、漆塚、湯本、豊原
寺子乙4006−2 黒田原神社 11/3 稚児行列、泣き相撲
高久甲562 高久神社
高久乙1781 温泉神社
高久丙 八雲神社 7/3土曜 神輿 12時、黒田原消防署跡地(現役場駐車場)から神輿が出て地区内を練り歩く
高久丙 愛宕神社 4/3土曜&9/3日曜 獅子舞
北条の獅子舞北条獅子舞保存会)=町指定無形民俗文化財。往古は近郷の8つの村(北条、長南寺、小深堀、大深堀、藤塩、池田、広谷地、一ツ樅)で催されたというが、今は北条、一ツ樅にのみ伝承されている。
大島708 温泉神社
漆塚218 温泉神社
湯本182 温泉神社 10/8、9 例祭
豊原66 温泉神社
豊原丙1330 豊原神社
 ■芦野地区
  芦野、横岡、寄居、富岡
寄居1080 鹿島神社
寄居2082 玉津島神社
寄居2260 温泉神社
 ■伊王野地区
   伊王野、稲沢、簗瀬、沼野井、睦家、東岩崎、大和須、蓑沢、梓、大畑
伊王野1443 温泉神社 11/2、3 山車2台 上町、下町
上町=三輪屋台。大正初期までは、天棚に車輪を付けたような、大型の山車で、神武天皇が乗っていた。

下町
=四輪屋台。大正初期までは、天棚に車輪を付けたような、大型の山車で、武内宿禰が乗っていた。
稲沢151 温泉神社
沼野井1201 温泉神社
睦家26 愛宕神社
東岩崎697 十二所神社
大和須200 温泉神社
梓15−2 天神社
梓357 温泉神社
大畑184 近津神社
 ≪展示場≫
 【伊王野まつり伝承館】(紹介HPへ
那須郡那須町大字伊王野459。рO287−75−0577。9:00〜17:00。休館日は火曜日と年始(1/1〜3)。
道の駅に併設。伊王野温泉神社の秋の祭礼「伊王野まつり」で曳く山車を2台常設展示。展示室には明治期の古写真またスライド上映施設もあり、伊王野まつりの様子を録画したミニ映画を見ることも出来る。

 ■南那須地区
 ≪那須烏山市≫
  平成17年(2005)10/1、那須郡南那須町+烏山町が合併。
 ◎旧・南那須町
下川井 琴平神社 9/1日曜 屋台1台
熊田 熊野神社 10/中旬 熊田太々神楽  市指定無形民俗文化財
三箇273 三箇神社 9/1頃の日曜 例祭
月次 加茂神社 5/3日曜 梵天奉納
森田 厳島神社 8/下旬 獅子舞
 ◎旧・烏山町
中央 八雲神社 7/4金土日 屋台6台
小屋台6台
元田町、金井町、仲町、泉町、鍛冶町、日野町 …各町に小屋台あり
元田町=制作年、大工等不詳。御拝飾りは「鶴に鯉」で明治10年完成。

金井町
=寛政8年(1769)。常陸美和村国鷲子の薄井武衛門の制作。平成元年の修理。御拝飾りは「神功皇后と武内宿禰」。

仲町
=明治37年(1904)制作。彫師は小林兵衛門(鷲子)。塗師は福村雅光 等。御拝飾りは「須佐之男命稲田姫を助けて八岐大蛇退治」。

泉町=明治41年(1908)制作。彫師は薄井貞良(鷲子)等。御拝飾りは「神武天皇と金鳶」。昭和30年御拝の塗り替え修復。

鍛冶町=明治34年着工。40年完成。大工は井上卯吉。彫師は小林兵衛門(鷲子)。塗師は佐藤為義 等。御拝飾りは「少彦名命大鷲退治」。

日野町(明治35年に鍛冶町より分離独立した町)=明治40年着工。大正元年完成。御拝飾り昭和62年改造では「牛若丸と烏天狗」
宮原578 宮原八幡宮 9/15 例祭
宮原八幡宮観世流太々神楽=市指定無形民俗文化財。開催日は不定期。
宮原八幡宮祠官斉藤松寿氏が、伊勢神宮権禰宜を数年勤め、明治17年(1884)退官の際、神楽の面20の他口伝、用具等を携えて帰郷し、斉藤主膳を師匠として伝承させました。後継者難のため一時中断されたが、昭和58年(1983)保存会を結成。舞は39場所あるが、全部舞うと2日かかるので、奉納は約2時間で惣礼舞、住吉舞、翁舞、稲田姫舞、八岐大蛇舞、素盞鳴舞、天寿舞、岩戸舞の8場を演じている。
向田 熊野神社
下境 稲積神社 8/4日曜 ささら獅子舞
下境ささら獅子舞=市指定無形民俗文化財。稲積神社に二百十日の前日(現:8月の第4日曜日)に風土安穏、五穀豊穣を祈願して奉納。下境の4つの組(上・西・下・尼寺)が輪番制で行っている。
天明3癸卯年(1783)10月、小林伊賀守(稲積神社神官)口伝の記録によれば、宝暦年間(1751〜63)、生魚佐衛門という者が茨城県水郷方面にあった佐々良獅子舞一行と共に那珂川を遡上して下境の郷につき、居を現在の尼寺、五峯山泉渓寺遺跡の隣地に定め、以降明治初期まで、生魚家が稲積神社(大明神)に奉納を続けてきたが、その後、生魚家より下境自治会へ移譲され伝承されている。
興田2319 日枝神社 10/3日曜 興野ささら獅子舞
興野ささら獅子舞=市指定無形民俗文化財。武茂城下に伝わった獅子舞の師匠武茂久治という人が、天保年間(1830〜43)その技を伝えたのが始まりと伝えられる。
獅子頭の一つに、銚子住人松永治助改め吉田平吉天保元年(1830)、他の一つに庚寅末年=天保元年(1830))上小瀬藤吉と墨書されています。以来興野上組(現上・中自治会)の4組が、毎年交代に日枝神社(山王山)の例祭に奉納している。舞は雌獅子、大獅子、中獅子が笛の音に合わせて、腰太鼓を打ちながら花かご、庭見、いねむり、入羽、みこ舞、その他十番を舞い、その間おかめ、ひょっとこの道化が興を添え、約40分で舞い終わる。この舞は当番組の小・中学生から選んで続けられている。

 ≪那須郡≫
 那珂川町
 平成17年(2005)10/1、那須郡馬頭町+小川町が合併。
 ◎旧・馬頭町
 ■馬頭地区
馬頭2576 静神社 5/1〜3
※“たけのこ祭り"と呼ばれ例年当番町が繰り出し、屋台の前で狂言を上演
人形山車1台(休止) 田町
小山車2台(毎年) 室町、南町
屋台4台 室町、南町、新町、田町
小屋台1台 新町
原則として毎年当番(4年間隔)に当たった町が屋台を出す。平成10年を規準にすると、南町⇒室町⇒新町⇒田町。但し町制30周年、40周年など10年ごとに全部揃う。
室町=明和2年(1765)にはすでにあり、当時は古町と称した。彫物は文化13年(1816)、文政12年(1829)にも取り付けられたが、大半は弘化2年(1845)の物である。明治34年の彩色は高田運平(宇都宮)。長さ3、45m。幅3、780m。内幅1、91m。高さ4、51m。

南町=明和2年(1765)にはすでにあり、大工はロ渕武右ェ門作と墨書があり、田野辺村の益渕武衛門と思われる。彫師は明和4年の墨書で大鐘宗助。平成8年、約3、500万円かけ修復。長さ3、15m。幅3、86m。内幅1、91m。高さ4、62m。

新町=大屋台⇒明和2年(1765)にはすでにあった。大工は向拝唐破風の墨書に大江戸本丁ロロとある。彫物は寛政5年(1793)頃に人形。次に天保14年(1843)に宇都宮の高田新吾が手がける。長さ3、922m。幅4、058m。内幅1、916m。高さ4、313m。
小屋台⇒平成5年制作。


田町
=大屋台⇒平成6年制作。大工は南那須町の北神堂(北条則夫)。彫師は内田好近(茨城県美和村鷲子)。制作費は約1、360万円。総経費約2、130万円。長さ3、472m。幅3、96m。内幅1、94m。高さ4、44m。
 先代は大正期の作で昭和60年頃まで出されていたが、老朽化のため出なくなった。

人形山車⇒大正期制作と思われる。昭和60年頃まで出されたが車輪故障で休止。
 【子供山車】
室町=大正期制作。人形はその都度作るが、最近はウルトラマン。子供会育成会が中心に毎年出される。

南町
=大正初期制作。人形は平成12年買い替え。子供会育成会が中心に毎年出される。
健武2302 健武山神社
矢又 鷲子山上神社 4/3 例祭
 ■西武茂地区
久那瀬1883 津島神社 7/最終土日 踊り屋台2台 上組、下組
上組(川崎、深見内、渋内、細沢)=小屋台。新町の子供屋台を明治30年に星保三郎氏が購入し寄贈したものである。かつて屋台道具箱入箱に天保3年2月と書かれていたらしい。彫物は明治30年に薄井良之介により取り付けられる。車輪故障に付き曳けない。

下組
(舟場、永畑、和台、関沢)=小屋台。南町の子供屋台を購入。明治期の作。昭和3年11月に土台を改修。長さ3、23m。幅2、6m。内幅0、98m。高さ3、15m。
松野 二荒山神社
北向田 向田神社
 ■大内地区
大内字宮脇1878 戸隠神社 10/19頃の土日
(4年毎。平成15年)
山車2台 仲組、上組
屋台1台 下組
仲組(上木戸組、下木戸組、加倉組、岡組、左生組)
=昭和3年(1928)11/10新調入魂式。制作費498円16銭。大工は桑野一男。彫師は内田金次郎。人形の題材はそのときどき。長さ5、45m。幅2、69m。内幅1、91m。高さ3、67m。
 先代は天保14年に花車新調とされる。その後一部を加え花屋台とし、明治26年に彫刻を加え、塗替えを行い当番祭典を行った。
 しかしながら、大正8年4/27午後1時30分頃、大内小学校校舎増築落成祝賀式(校舎増築は3/31完成)に打ちあげられた花火で38戸、77棟を焼失した大火が起こり、屋台の部材、彫刻の大部分を焼失した。

上組
(大畑上組、大畑下組、光崎組)
=昭和3年(1928)新調。昭和58年修復。経費148万円。その時の大工は岡正冶。塗師は岡平。人形の題材はそのときどき。長さ5、470m。幅2、89m。内幅1、72m。高さ3、56m。
 先代の創建は不詳なれど、仲組同様に焼失した。
下組(馬坂、大平、仲平、海道平、高田、滝沢、脇郷(玉山)、仲郷、重郎内)=文久元年(1861)9月完成。彫師は鹿沼の石塚直吉吉明と息子喜代松吉勝。長さ2、52m。幅1、45m。高さ3、79m。
 ■大山田地区
大山田下郷1390 篠尾神社 4/15
(最近では平成14年)
踊り屋台2台 町組、中組
火事で焼失 新宿組、下組
町組=中屋台。新町より明治期に購入。修復並びに大幕新調は昭和27年。平成11年以降毎年出す。長さ4、68m。幅3、06m。内幅1、61m。高さ3、99m。
 豊祭帳には天保10年9月屋台修復の記載あり。

中組(間越・中之内)=明治期に茨城県鷲子より購入。当番年(6年毎に出す)が、昭和59年以降曳かれていない。
新宿組=中屋台。大正12年の火災で土台の部材を焼失。彫刻の一部が残存。平成9年、公民館新築を機に一室に収納されている。彫刻の書き付けは無いが、江戸末期の作と思われる。

下組(石神、今中、幌付、大川内、高手、赤土)=中屋台。昭和24年の火災で土台の部材を焼失。彫刻の大半は残存。
小砂1558 示現神社
 ◎旧・小川町
 【町民まつり】
毎年、天王祭と合わせて(7/3土日)山車2台が出る。この山車は町が所有し、町民に貸出し。
小川660 小川温泉神社 7/中旬(元・16) 天王祭
10/29 例祭
白久639 白久神社
 ≪展示場≫
 【山あげ会館】
那須烏山市金井2−5−26。 0287−84−1977。9:00〜16:00。休館日:火曜(月曜が祝日の場合は翌日)、年末年始(12月29日〜1月3日)
入館料は大人250円、小中学生100円。
館内は山あげ祭に使う屋台が常時3台ある大ホール、本物の5/1のミニチュア屋台が8分間で祭を再現するコーナーと続き、ここでは人間そっくりのロボットが、訛りまじりで講釈する。