岩瀬順一の「授業をする際のヒント --- 数学編」


線型代数の初歩の講義では、初回から、行列と置換を平行して教えてはどうか

普通、行列の定義、連立一次方程式、逆行列と進んでから行列式にはいる。 その冒頭で、置換とその符号について話すことになる。 このとき、新しい概念、記号が一回の授業のうちに次々と現れるので、 面食らった学生がかなりいたようだ。 実際、終わったあと、かなりの学生が個別に質問にきた。

置換そのものは、特にむずかしい概念ではない。 一度にまとめて講義するのがいけないのではないか。

そこで思いついたのは、初回から、行列の話と平行して置換の話も教えては、 ということだ。 「置換の定義と積、逆元」 「共通の数をもたない巡回置換への分解、その形で表記された場合の積の計算」 「3次対称群の元を全部書きだし、群表を書くこと」 「巡回置換の互換への分解」 「ρ を一つの置換とするとき、 σ がn次対称群全体を走ると ρσ もn次対称群全体を走ること」 などを、少しずつ、講義の初めで教える。 それは十数分で終わるだろうから、そのあとは教科書通りに、 行列の定義から話すのだ。 こうすれば、一度にたくさんの新しい概念が出てくることがなくなる。 学生にとって学びやすいのではなかろうか。

2011-11-25 (5) 02:42:53 +0900


二変数関数の極大・極小・鞍点の判定は証明よりも実例を

文系の学生向けの共通教育科目の講義で、 二変数関数の極大・極小を教えたときの話である。 fx = fy = 0 がなりたつ点が極大・極小の候補である、 というところまでは容易に理解してもらえる。 しかし、極大・極小か、鞍点かの判定が、 「その点が原点だとしたら原点の近くで f は Ax2 + Bxy + Cy2 で近似されるので……」 と説明しても、ほとんど理解してもらえない。 その前に一変数の場合について、 文系の学生は高等学校で習ってきていないかと思われる、 「f′(x) = 0 の点で、 二次の導関数の値を見れば極大か極小かがわかる」 という話をしたのだが、それも反応がいま一つだった。

そこで、証明も説明もやめにして、 x2 + y2, - x2 - y2, x2 - y2 の三つの例を用いて、「極大でも極小でもない場合があるんだ」 ということを理解してもらうように切り替えた。 グラフの概形を書いて見せたり、 “等高線”を xy 平面に書いて見せたりすると、 この三つは理解してもらえる。 そこで、 「この例では fxxfyy - {fxy}2 の値がこれこれだが、ほかの場合でも同じ式で判定できることが知られている」 と説明するのである。

峠(とうげ)や、ジーパンを逆さに干したときの絵も書いて見せる。 そうすれば、それらを見たときにこのことを思い出してくれるかもしれないので。

2011-11-25 (5) 02:32:17 +0900


転倒数を利用し、互換の積への分解を飛ばして行列式を導入する

文系の学生向けの共通教育科目で、あみだくじと転倒数の話をした。 平行して理系の線型代数学を教えていたので、 以下のようにして、置換に深入りせずに行列式を定義し、 その性質を証明することができるのでは、と気がついた。 ただし、実際には試してはいない。

なお、あみだくじの話をして、 任意の置換はあみだくじで実現できること、 ある置換の転倒数はそれを実現するあみだくじの横棒の数と偶奇をともにすること、 を説明すれば、以下の三つの命題の証明はほぼ自明となる。 以下の導入法に意義があるとしたら、それは、 あみだくじの話をしなくても可能、という点にあろう。

定義 置換 σ に対し、 その転倒数を、 # { (i, j) | i < j かつ σ(i) > σ(j) } と定義する。これは Σj # { i | i < j かつ σ(i) > σ(j) } に等しい。 (# は集合の元の数を意味する記号とする。)

符号 sgn(σ) とは -1 を転倒数の数だけ掛け合わせた数、と定義すると、 任意の置換が互換の積に分解できることは証明せずに、 行列式が定義できる。 行列式の性質を証明するため、次の二つの命題を証明する。

命題1 σ を任意の置換、ρ を任意の互換とするとき、 σ の転倒数と ρσ の転倒数との差は奇数である。

証明:子どもが名簿順で一列に並んでいる。σ(i) を背の高さにたとえる。 転倒数は「自分の前にいる、自分より背の高い子の数……(*)」の総和に等しい。 互換 ρ を合成することは、子どものうちの二人の位置を入れ換えることである。 その二人のうち、前にいた子のほうが、後ろにいた子よりも背が低いとする。 二人の間にいる子のうち、背の高さが二人の中間である子が m 人、 二人よりも背の高い子が l 人とする。 その m 人は (*) が 1 増える。 前にいた子は (*) が m+l+1 増える。 後ろにいた子は (*) が l 減る。 よって全体では 2m+1 増える。 [Q.E.D.]

この命題により、 「任意の二行(あるいは二列)を入れ換えると行列式の値は符号だけが変わる」 が証明できる(と思う)。

命題2 σ を任意の置換とするとき、 σ-1 の転倒数は σ の転倒数に等しい。

証明 座標平面上に、(i, σ(i)) をプロットする。 これらの点のペアのうちで、結ぶ線分が右下がりのものの総数が σ の転倒数である。 σ-1 について同じことをしたものは、 これを直線 y = x に関して対称移動したものに等しい。以下略。 [Q.E.D.]

この命題により、 「転置行列の行列式の値は元の行列式の値に等しい」 が証明できる(と思う)。

次の命題は、行列式の性質の証明には不要と思われる。

命題3 σ と τ を任意の置換とするとき、 σ の転倒数と τ の転倒数との和と τσ の転倒数とは、偶奇をともにする。

証明 空間に、(i, σ(i), τσ(i)) をプロットする。 これらの点のペアを結ぶ線分を考える。

上の三つのうち、第二のものは、第一、第三ほど自明ではないことに注意。

i < j を満たすペア (i, j) を、次の四種類に分ける。

τσ(i) < τσ(j)τσ(i) > τσ(j)
σ(i) < σ(j)AB
σ(i) > σ(j)CD

σ の転倒数は #C + #D であり、 τ の転倒数は #B + #C である。(ここに上の第二の考察を使う。)

それらを加えたものは mod 2 で #B + #D に等しい。 これは τσ の転倒数であった。 [Q.E.D.]

2011-11-25 (5) 02:22:59 +0900


岩瀬順一 (IWASE Zjuñici)