岩瀬順一の「三宅敏恒「入門 線形代数」を使ってみて」

三宅敏恒「入門 線形代数」(培風館)は, 線形代数学の講義の際にお世話になっています。 気がついたことを書きます。

節末の問題には難しいのもあるので,学生には解くべき問題を伝える

たとえば,問題 1.2 の 7 番は巾零行列, 8 番は上三角行列の問題で,その上の問題とは難度がかなり異なる。

二つの行列がいつ等しいか,の定義がない

口頭で補えば問題なし。

クロネッカーのデルタ(4 ページ)は難しいようだ

ここで覚えなくても,特に困らない。

問題 1.1 の対称行列,交代行列はすぐには使わない

行列の積の定義の説明

数式で説明しなくても,次のようにすればよいようだ。

          |   3   1   0
          |   2   0  -1
          |  -1   4   1
----------|---------------
          |
2   1  -3 |   *
1  -5   2 |
          |

「上の計算用紙で「*」で示したところは, 左の 2, 1, -3 と,上の 3, 2, -1 から,内積をとる(ような)演算で計算する」。

こうすると,積の型がどうなるかも,自然とわかる。

行列の積をあのように定義する理由の説明

7 ページの,行列の積を,二家族が遠足に行く費用の例で説明しているところ。 かえってわかりにくくなる学生もいるようだ。

行列の積の性質の中の O, E は等しいとは限らない

8 ページの,積の性質。AE = EA = A, AO = O, OA = O とあるが, これらの E のサイズ,O の形は等しいとは限らない。

例題 1.2.1 で,自分自身との積が含まれるのか,微妙

積が定義されるものすべてについて,その積を求めるのだが, 正方行列について,自分自身との積が含まれるのかどうか,微妙である。

この問題は類題を中間試験に出しやすいが,その際には断りが必要。

1.3 の行列の分割は,必要になったらその時点で考えればよい

「どうしてこう分割するのですか」との質問が出ることがある, と同僚の先生から聞いた。

証明は,「よく見て考えて」に尽きるので, 必要になったところで考えればよいと思う。

行基本変形は次のように書かせると見やすい(かも)

21 ぺージ。 そこでは,「マル1 + マル3 × (-2)」ように数式の番号で書き, また,「いまどんな変形をしたか」と書いているが, 下のように矢印を用いて,また,「これからどんな変形をするか」 を書くほうが見やすいと思う。

-------
 * * *   ... × 2  

 * * *

 * * *
-------
 * * *   <--+
            |
 * * *      | いれかえ
            |
 * * *   <--+
-------
 * * *   ---+-+
            | |
 * * *   <--+ | 2 倍して足す
              |
 * * *   <----+ (-1) 倍して足す
-------

(実際には,矢印は曲線で書く。)

簡約な行列

23 ページ。

主成分は薄く丸で囲む,と決めるとわかりやすいようだ。

条件 III が,式で書いてあるのでややわかりにくい。 「主成分は右下がり(にならぶ)」でじゅうぶん通じるようだ。

行列の階数

26 ページ。「主成分の数」と説明できる。

行列の簡約化の一般形

28 ページ。これは見せないほうがよい。混乱するようだ。

連立一次方程式の解法

30 ページ。 どの変数を C1, C2 とおけばよいかの説明が, 「解答」の中に書かれている。 学生には, 「この部分は, 著者の先生がみなさんにおき方を説明するために書いてあるもので, 答案には書かなくて構いません」と説明する。

階数と,解の存在・唯一性の関係

31 ページ下と,32 ページ上である。 「これは覚えなくても実際の問題が解ければ心配ない」と説明する。

正則行列であるための,互いに同値な条件

34 ページ。「同値」の意味を説明をするようにしている。 行列式を習ったあとここに戻り, 「もう一つの同値な条件として det(A) ≠ 0 がつけ加わりました」 と言うようにしている。

置換

38 ページ。 ここは,新しい概念が次々と現れるので,むずかしく感じる学生が多い。 それ以前の箇所とは独立なので,授業の二週目から 「授業開始後の十数分間で置換の項目を毎週少しずつ説明」 「その残りの時間で行列を冒頭から説明」 とすると,進み具合が遅くなってよいようである。

置換は写像なので,具体的イメージがわきづらい。 上の端に 1 から n までの数が書かれた穴があり, そこにボールを入れると,途中の管を通って, 下の端の 1 から n までの数が書かれた穴からボールが出てくる, という“おもちゃ”の絵を描くと, 積や逆置換を理解しやすくなると思う。

巡回置換の積への分解のところ。 普通,「共通な数のない巡回置換の積」に分解すると思う。 (重複があっても問題はないが。)

上に書いたように,毎回少しずつ置換の説明を進めるとし, 積は教えたが巡回置換はまだ,というところで問題 3.1 の 1 の (1), (2) をやってみた学生から, 答えにわからない形(巡回置換の積の形)が書いてある, と言われたことがある。

行列式

本格的な定義がむずかしすぎると判断した場合。

順序を変えて,先にサルスの方法を教える。 4 次以上の行列の場合, 「斜めに掛けて足したり引いたりするのではなく, 各行各列から一つずつ選んで掛けて足したり引いたりする」 と強調する。

行列式の性質は,教科書では証明がされているが, それは避けて,実例でこれらの性質が成り立つことを見る。 その際,教科書の例が使えるが, 歪対称性については,魔方陣が, すべての要素が異なるのでわかりやすいと思われる。

定理 3.3.4 は det(AB) = det(A)det(B) の証明でのみ使われるようなので, とばす。この式の証明もとばす。

その代わり,一次変換を定義し,面積・体積の拡大率が行列式, と教えると,この式の意味がわかりやすくなる。

余因子行列とクラーメルの公式

昔はとばしていたが,最近は一応説明する。 余因子行列を用いて逆行列を求める問題, クラーメルの公式で連立一次方程式を解く問題, を試験に出したこともある。

特別な形の行列式

ヴァンデルモンドの行列式を p107 で使うが, そこもとばしてしまうつもりなら,この節全体をとばしてしまう。

ベクトル空間

「線形空間」という用語も教える。

ベクトル空間の公理は,岩波数学辞典のとはやや異なる。

「部分空間」は,位相空間のそれを思わせるのでやや抵抗がある。 「部分ベクトル空間」か。 (英語 vector subspace を直訳すれば「ベクトル部分空間」だが。)

数ベクトルの一次独立,一次従属の判定

例題 4.2.1 である。 この「解答」のほとんどは,解答ではなく, なぜこれで解答になるのかの,著者から読者への説明である。 学生には,右の計算だけ書けばいいんだよ, とするほうが吉。

一次従属の定義の言い換え

定理 4.2.1 である。 これを教えたあとでは, 一次従属のほうが一次独立よりもわかりやすいかもしれない。

この次のページあたりから, 行列式のところまでの明快さと比べると, あまり教えやすくないような気がする。

ベクトルの一次独立な最大個数

節の名前からして,むずかしい。 例題 4.3.1 はよい計算問題で試験にも出しやすいと思うが, 解答が,上で述べた例題 4.2.1 と同様に, 学生が暗記してくるべきことではない。 このことは強調するが吉。

例題 4.4.1 も(若干)同様。

問題 4.3 の 1

よい計算問題だと思うが, 「r 個の1次独立なベクトルを前のほうから順に求めよ」 は意味がわかりにくい。

固有値と固有ベクトル

W(λ;T) という記号はわかりにくく思われやすい。

行列の対角化

週一コマ,15 週の授業でも,うまくやれば,対角化まで進める。 固有値・固有ベクトルの求め方を教え, 「固有ベクトルを並べたものを P とおけ」とする。 P-1P はもちろん単位行列になる。 間に A をはさむと,AP は P の各列を固有値倍したものになるから, P-1 を掛ければ対角線に固有値が並んだ対角行列になる, と,一応,理屈を説明することが可能である。

実対称行列の直交行列による対角化

これを教えると,実対称行列でない,単に直交化の問題を出しても, 正規直交化を試みる学生が現れる。


Iwase Zjuñici (岩瀬順一)