岩瀬順一の「新日本式ローマ字の原理」

新日本式ローマ字の一番の特徴は、「チ」「ツ」を ci, cu とつづることであろう。 その原理については 服部四郎「新版 音韻論と正書法 --- 新日本式つづり方の提唱 ---」 (大修館書店、1979 年)を読むのが一番であるが、 この本はいわば論文集であり、 また、新日本式ローマ字の説明だけを目的としたものではない。 そのため、専門外の私は理解するのにだいぶ時間がかかった。 本稿は、新日本式ローマ字について、 厳密さは求めずに、私が理解したやり方で、 多くの人に理解してもらえるよう手短に説明するものである。

§1 音素とは

「ナ」を na, 「ニ」を ni と書くことは日本式・訓令式・ヘボン式に共通であるが、 「ナ」の子音と「ニ」の子音は全く同じではない。 「ナ」の子音は舌先が上の歯茎の裏あたりにつくのに対し、 「ニ」の子音は舌の中ほどが上あごの中ほどにつく。 「カ」と「キ」の子音についても、注意深く観察すると違いに気づく。

では、これらを同じ文字で書くのはまちがいかというと、そうではない。 「ナ」と「ニ」、「カ」と「キ」で子音の発音が違うのは母音の違いのせいだ、 とみなすことができる。 日本語のイ段の母音は、舌の中ほどをかなり盛り上げて発音する。 子音が微妙に違ってくるのはそのためだ、と考えるのである。 こうして個々の音から微小な差を取り除くと、抽象化した概念に至る。 それが「音素」である。

つまり、

と考えるのである。

そして、 同一の音素を同一の文字で書くローマ字つづりが最も使いやすい、 と考える。 これが新日本式ローマ字の原理である。

§2 「チ」「ツ」を ci, cu とつづることについて

「シ」の子音と「ス」の子音とは同じ音素 /s/ であるとみなせるそうだ。 私はこれをきちんと説明することができない。 ただ、 英語の she を日本語の「シー」で代用しては正しい発音が得られないことから、 「シ」の子音を必ずしも「サ スセソ」の子音と別物と考えなくてもよいように思う、 という消極的な支持ができるだけである。

仮にこれが正しいとしてみよう。

発音記号にはきわめて精密なものから概略的なものまであるそうだが、 英語の発音記号を類似の日本語の音にあてはめるという概略的なものを用いれば、 「シ」「ス」は [∫i], [su] となる。 これらの前に [t] をつけ [t∫i], [tsu] とすれば「チ」「ツ」になる。 すなわち「シ」「ス」の子音を同一の音素とみなした以上、 「チ」「ツ」の子音も同一の音素とみなすべきであることがわかった。 それを仮に /c/ としよう。

一方、「サシスセソ」の子音を有声音にし、 その前に [d] をつければ「ザジズゼゾ」となる。 よって「ジ」の子音も「ザ ズゼゾ」の子音と同一の音素であることがわかった。 これを /z/ と書く。

「タ  テト」、「ダ  デド」の子音はそれぞれ明らかに同じ音素であり、 それぞれ /t/, /d/ と書かれる。

残る疑問は、/t/ と /c/ は実は同じものではあるまいか、ということである。 もしもそうなら、「タチツテト」の子音は同一の音素である。 よって、それらの子音を有声音に変えた「ダジズデド」 の子音も同一の音素となる。 「ダ」の子音は /d/ であり、「ジ」の子音は /z/ であった。 すると /d/ と /z/ とが同じものということになるが、 「ダ」と「ザ」は明らかに違う。 これは矛盾。よって /t/ と /c/ とは別物である。

以上から、 「シ」を si とつづるなら「チ」「ツ」は ci, cu とつづるべきである、 ということがわかった。


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