カ行の k が濁音になると g になる、などはほかのつづり方と同じであるが、 サ行、タ行になると違いが出てくる。
日本式は
清音 | 濁音 | 例 |
---|---|---|
s | z | sake -> amazake |
t | d | tikai -> madikai |
訓令式は
清音 | 濁音 | 例 |
---|---|---|
s | z | sake -> amazake |
t | tikai -> mazikai | |
d | take -> saodake |
新日本式では
清音 | 濁音 | 例 |
---|---|---|
s | z | sake -> amazake |
c | cikai -> mazikai | |
t | d | take -> saodake |
注意: 連濁の規則が簡単になったのは新日本式ローマ字のつづり方をあのように決めた 「結果」であり、 連濁の規則を簡単にするためにあのつづり方を決めたのではない、 ということには十分に注意を払わなければならない。
新日本式ローマ字の表で、w の行以外の空いているところには、 本来、 日本語の話し手なら容易に発音できるのだが和語や漢語では使われない音があてはまる。 いわゆる「特殊音」である。
ta タ | ti ティ | tu トゥ | te テ | to ト | tya テャ | tyu テュ | tyo テョ |
ca ツァ | ci チ | cu ツ | ce ツェ | co ツォ | cya チャ | cyu チュ | cyo チョ |
da ダ | di ディ | du ドゥ | de デ | do ド | dya デャ | dyu デュ | dyo デョ |
ti はどのような音になるかと考える際には、 「ka : ki = ta : ti」という比例式を考えるとよい。 その音は ta の音を、“ka の音が ki の音に変わるように”変えたもの、であるから、 母音は ki の母音と似ており、 子音は ta の子音と比べて舌が上あごにつく位置はやや後ろ、とわかる。 それは、「ティー」や、「チーム」を「ティーム」と言った場合の「ティ」である。 (英語の [ti] とは異なり、母音を発音する際に舌の中ほどが上に盛り上がって、 きしれた音が出る。)
tu は「トゥ」と書かれる音。 英語の to を(日本語として)「トゥー」と発音するときに使われる。
di は「ディープ」などの「ディ」である。
du は「ドゥ」と書かれる音。 英語の do を(日本語として)「ドゥー」と発音するときに使われる。
dyu は「デューク」などの「デュ」である。 dya, dyo はこれにならえば「デャ」「デョ」となるはずだが、あまり使われない。 英語に近い音がないせいもあろう。
tya, tyu, tyo はそれらから考えて「テャ」「テュ」「テョ」となる。 「テュ」は、英語の tuba を(日本語として)「チューバ」でなく「テューバ」 と発音するときに使われる。
c の行は、 s の行の音の前に [t] をつけたものであったことから考えるとわかりやすい。 ca は「おとっつぁん」の「ツァ」、 ce は「ツェッペリン」の「ツェ」、 co は「ごちそうさま」のなまった「ごっつぉーさま」の「ツォ」である。
これら以外の特殊音「スィ」「ズィ」などは、 日本語の音の表の空いているところにはいるのではないから、 全く別の種類の音と考えるべきであろう。 w の行は全く取り上げなかったが、 「ウィ」「ウェ」「ウォ」は wi, we, wo ととらえられるかも知れない。
付:エ段の拗音、 「ye イェ」「kye キェ」「sye シェ」「cye チェ」「nye ニェ」 「hye ヒェ」「mye ミェ」「rye リェ」 「gye ギェ」「zye ジェ」「bye ビェ」「pye ピェ」は新日本式に限らず、 つづることができよう。 それに「tye ティェ」「dye ディェ」も加えることができようか。 (この二つのカナがきはかなり苦しい。)
注意: 多くの特殊音を表すことができたのは新日本式ローマ字のつづり方をあのように決めた 「結果」であり、 特殊音を表すためにあのようなつづり方を決めたのではない、 ということには十分に注意を払わなければならない。
日本式・訓令式ではタ行の子音字はすべて t であるが、 新日本式では ta ci cu te to と t と c とが入り混じる。 これは新日本式が正しくないことを示すのではないか、と考える人もあろう。
しかし、どの方式でもワ行は wa i u e o となり、w が現れたり消えたりする。 ヤ行に活用する動詞は(口語には)ないが、 「燃える」「燃やす」は「焦げる」「焦がす」と同じく自動詞・他動詞の組であり、 moeru-moyasu, kogeru-kogasu と書いてみれば、 e が ya に変わるのは ge が ga に変わるのと同じ、とわかり、 やはりヤ行は ya i yu e yo のようにつづらなければならないことがわかる。
これからわかるように、タ行で t と c とが現れるのは 「そうなっているのだからしかたがない」と考えるべきである。
日本式・訓令式は五十音図が規則的になるよう決めたものである。 そのため、 それらを支持する人が新日本式ローマ字を見るとその根底がゆるがされるような気がして、 反対したくなるのかもしれない。 なお、私は、日本式ローマ字を考えた人は、 サ行が同一の子音でつづられるべきであることを直感的に見抜いた点において、 偉大だと考えている。
ヘボン式は、日本語を“英語の耳”で聞き、近似音で写したものといえる。 サを sa とするのにシを shi とするのはそのためである。 彼らには日本語の音が英語でそのようにつづられる音と似て聞こえるのである。 それらの子音は彼らには違って聞こえるが、ナとニの子音は同一に聞こえる。 そこでそれらは同一の子音字を用いて書く。 (ここで「日本語」と「英語」を入れ換えてみると、 ヘボン式ローマ字は「ジス・イズ・ア・ペン」 のようなカタカナ書き英語にあたることがわかる。 ただ、英語のほうが音の種類が多いので、 日本語の元の音がわからないことがない、というだけである。)
新日本式は、特定の言語の音にとらわれずに、 多くの言語の音を聞き慣れている耳で日本語の音を聞いて考え出されたものなので、 特定の外国語を前提としない。 そのため、 日本語を母語とするわれわれが日本語をローマ字で表記するのに適しているし、 国際的でもあるのである。 (ci, cu が「チ」「ツ」 であることは広く知らせなければわかってもらえようがないのは当然であるが。)
ほかのローマ字つづり方では「金曜日」は kin'yôbi のように書く。 kinyôbi では「キニョービ」になってしまうからだが、 新日本式ローマ字では「n を次の y と切って発音する」のではなく、 「『ン』はナ行の子音とは別物」と考えるらしい。 それを徹底すれば、「ン」は n ではなく別の文字、 たとえば ñ で表すことになり、それならアポストロフは不要になるが、 常にそう書くのはわずらわしいので、 母音字や y の前にくるときだけ ñ と書く、 というのが服部四郎氏の主張である。
「ン」が、ナ行の子音と別の音素であるという根拠は、私にはわからなかった。
服部四郎氏によれば促音は一つの独立した音素であり、 スモール・キャピタルの Q, すなわち Q で表す。 しかし、実際につづるときは、 ほかのローマ字の習慣に従って、次の子音字を繰り返して書くことで表す。 ただし、ヘボン式には detchi のような例外があったが、 新日本式ではそれは設けず、decci と書く。
私自身は、「促音は常に q で表す」と決めてはどうかと思う。 日本人は促音を「っ」という単一の文字で書くことになれているし、 子音字を重ねることでは書けない「あっ」も、「aq」と書くことができて便利である。 駅名の「青山一丁目」は Aoyama Iqcyôme となるが、 q が促音であることを知らない人が(たとえば) イクチョーメのように読んでもそれほど通じにくい音にはならないという意味で、 国際的な慣例に反してはいないと思う。
新日本式、日本式、訓令式では文字 j を使わない。 j は i を子音として使うために i から分かれてできた文字だから、 y の代わりに j を使うことも考えられる。 文字の幅が文字によって異なる活字・フォントの場合、 j のほうが y よりも細いので便利である。 ヘボン式の「ジ」「ジャ」「ジュ」「ジョ」と間違われる可能性がないとは言えないが、 少し読めばすぐにわかると思う。