やっぱり起こす

 このまま寝かせておくのも悪くはないけれど。

「それだとせっかく来た意味がないからね」

 呟きつつ、伸は思い切り腕を振り下ろした。がつんと痛そうな音が響いたが、伸の拳だとて痛いのだ。同情する余地はない。

 それでようやく目が覚めたらしい。ベッドに突っ伏した当麻は直後に、情けない表情で伸を見た。

「ひどいやん、伸……」
「一度で起きない君が悪い」

 どうも、殴ったのを誰だか確認しない辺りがひっかかりはしたが、気にしないことにする。ざっと辺りを見回して、伸はさっさと毛布を引き剥がしにかかった。

「さあ退いた、退いた。毛布、干しちゃうからね?」
「うー、せっかくの休日、もう少し寝かせてくれても良いと思うんだけどな」

 さっとばかり、寝汚く毛布にしがみつく当麻を一睨みする。不満そうに唇をとがらせるのを、内心おかしく思う。

「それは毎日良く働いている人間が言う科白だよ」
「良く働いているじゃないか」
「そうだっけ?」
「……伸ちゃん、冷たい」
「残念でした。もともと僕は冷たいの」

 他愛もない会話をして、料理洗濯もして。
 当麻といると、そんな、何でもないことがとても大切に感じられる。気がつかなかったものに気がつかされる。

「当麻、5分以内に起きないと、食事抜きにするからね?」
「そんな、殺生な」
「だったら早く起きる! ほらほら」
「うー……伸ちゃんの食事抜きはつらいしなぁ」
「だったら起きること。ほら、さっきからもう3分はたったよ?」

 腕時計を眺めて言う。ようやく時間のなさを自覚したか、当麻は焦って起き出した。

「起きた、起きた。起きたから、食事抜きなんて言わんだろ?」
「ま、合格としてあげようか。じゃ、顔洗っておいで」
「へーへー」

 おざなりな返事にきっと振り返ったところで、予想外のリアクションがあった。いつのまにか背後にまで移動していた当麻が、それを予測して待ちかまえていた。

 不覚にも、キスを奪われる。
 軽いものだったけれど。

「当麻!」
「ごちそうさま」

 すばやく腕の届かないところまで逃げた当麻は、手をひらひらさせながらドアの向こうに消えていく。

「馬鹿!」

 その背中に思い切りあかんべーして、不意に笑いがこみ上げてきた。

 なんて、素晴らしい休日。
 なんて、素敵な休日。

 日が穏やかに流れていく。ここには、伸が望んでいた生活があった。


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