━━━━ DOKI・DOKI ━━━━ 「それじゃあ、後お願いね。」 鮮やかな笑顔を残したナスティが、秀と当麻と征士を連れて出ていったのがPM1:00。 する事もない平和な午後を、俺は些か、複雑な気持ちで過ごしていた。 二人っきり、なんだぜ。 よりによって、伸と。 想い人と一つ屋根の下二人っきりなんて、男にとっては非常に緊張する時間だと……伸も男だったな。 まぁいいや。とにかく、一つ年上の俺の想い人は、俺の気持ちなんて気付いてない…のか、気付かないふりをしているのか。 可愛い顔して、華奢でしなやかな体して、俺は何時も、一人で調子を狂わされてばっかり。 判ってんのかよ、こら。 俺はお前に、惚れてんだぜ。 新聞に目を通す、何時もより少し大人っぽい横顔を、じっと見つめる。 外にはしとしと、しとしと、うざったくなるような雨が降っていた。 質問 ――― 想い人と二人っきりの時間が、昼から夜へと移っていく場合、心境の変化には、どんなものがあるでしょう?。 答え ――― ますます、危ない気持ちになる。 雨はどんどん強くなって、風もどんどん強くなって、迫ってくるのは少し遅めの大型台風。 ナスティから電話があったのは、数少ない警報も出つくした後で、帰れないからその辺のホテルに泊まってくる、とかなんとか。 つまる所、どーゆう事なんだよ、これは。 天は我に味方したか、たんにからかってるだけなのか? 後者だろーな、どうせ。 夕食は、ままごとみたいに、順調に。 伸のご飯は旨い。 でも、夜は長い。 すること無くって結局伸の姿を追ってばかりいるんだけど、しばらくしたら言われてしまった。 「どうしたの、遼?なんか、変だよ」 そのうち言われると思ったんだよ。 そりゃ何もしずに、ぼーっと伸の顔見つめてれば、変に思われるよな。 「ねぇ、遼?」 言葉と共に近付いてくる顔に、思わず、ドキ。 「顔、赤いよ?熱あるんじゃない?」 言って、ひっついてくる伸の額。 頬にそえられる、白い手。 「な、ないっ!だからさわんなっ!」 ドキドキして、おかしくなりそう。 「遼?」 尚も離れない手を振り払って、叫ぶ。 「離せよ!こっち来んな!!」 「遼!」 それでも離れない伸を突き飛ばす。 でないと気が変になりそう。 「あっち行けよ、伸!」 「………遼」 あ、しまった。 今の俺の行動にびっくりして、大きくなる伸の瞳、小さくなる声。 焦って、大きな声出しすぎた。 勢いよく振り払いすぎて、これじゃ本気で嫌がってるみたいだ。 「ごめんね、余計なこと言って」 し、伸、違うんだぞ。 「僕、もう寝るから、君も早くお風呂入って寝なよね、じゃあ」 あ…う。 そんな悲しそうな顔するなよ。 声にならない言葉。 遠ざかる伸の背中。 そのまま、二階に上がる足音。 どうしよう、失敗した。 だって、伸も悪いんだぞ。 いきなり、あんなに近付いて来るなんて……… 。 死ぬほど、ドキドキした。 そのまま、心臓が飛び出るかと思ったんだぞ。 白い手、やあらかかったけど。 どうしよう、これじゃ病気だ。 そのまま、抱きしめたくなった…。 どりあえず、悪いのは俺の方である。 と、いうことで、伸の部屋の前で悩むこと三十分。 ドアの厚さ、五センチくらい。 どうしても、開けられない、その先に行けない。 だってまた、あんな反応して、伸の事傷つけたらどうしよう。 きっと、伸の前に行くと、死ぬ程緊張する。 息が詰って、苦しくなる。 だけど………。 ええい、俺も男だ、こんなドアくらい。 ガチャ。 え?俺、まだ開けてないぞ。 「どうしたの、遼。三十分もそんな所につっ立って」 ……………伸。 がっくりと脱力して座り込んでしまった俺は、やっとの気力で言った。 「気付いてたんなら、もっと早くに開けてくれよ!」 「ごめん、なんか訳があるのかと思って」 これがわざとだったら、泣くからな、俺は! で、部屋の中。 詰るところ、さっきより狭い空間に、また、二人っきり。 「で、遼?僕に何か用があるんじゃなかったの?」 向かい合った二人の距離、1メートル。 「う、うん、そうなんだけど…」 うつ向いたまま。俺はまた、言葉が出てこない。 伸、さっきのこと、怒ってる、のかな? それとも、あんまし気にしてないんだろうか。 あんなにいつも見つめてるのに、こんなに何も判らない。 怒ってるのか、そうじゃないのか、こんな時、どうやって話をきりだしたらいいのか、それすらも判らない。 「遼?」 だまりこんだ俺に、不思議そうな伸の声。 「遼、どうしたの?もしかして、さっき僕が言った事、まだ怒ってる?」 「あ、ち、違う…」 「ごめんね、僕、根が世話好きにできてるみたいで、すぐ人のことに口出しするから………。嫌だったら、言ってね」 うつむいて、謝ってくれる伸。 ち、違うだろ。 誤りに来たのは、俺の方じゃないか。 「違う!伸、俺が言いに来たのは、そんな事じゃなくって、全く逆のことで、しんが、伸がせっかく気を使ってくれたのに、冷たくあたっちゃって、でも、それは別に伸が嫌いとかいうんじゃなくて、」 だ〜〜〜〜〜〜〜!!! な、何を言ってるんだ俺は! なんか墓穴掘ってるような気がしてきたぞ。 「だから、その、ごめん!」 何だかよくわかんなくなって、ここまで言い終えた時に見た伸は、驚いたような顔をしていた。 それから少し笑って、一歩近付いた二人の距離、三十センチ。 「ねぇ、じゃあ遼、一つだけ聞かせてね」 分かった。なんでもするから、そんなに顔を近づけるなよ。 「遼、僕のこと、好き?」 ひ〜〜〜〜〜〜〜〜!! な、何でそんなこといきなり聞くんだよ〜。 「ねぇ、遼?」 う、あ〜〜〜〜〜〜〜。 鼻血ふきそう。 「………うん」 それでも、ここで言わねば男がすたると。 真っ赤になって、言った言葉。 何故かクスクスと、伸の笑い声。 「ありがと。僕も遼の事、大好きだよ」 伸はこう言いながら、それでもまだ笑ってる。 なんだよ。 人の気も知らないで… 「笑うなよ、こら」 「だって遼、本当に耳まで真っ赤になってるんだもん」 だって俺、本当に緊張してんだぞ。 それでも伸はいつまでも笑ってる訳で、そんな伸を見てたら、なんかもう緊張とかどうでも良くなってきてしまった。 取り合えず、伸の笑い声は軽やかで、可愛くって…。 あ。 「伸、言っても良いか?」 「なに、遼?」 「俺、お前にキスしたい」 「……どうしたの?いきなり積極的じゃない」 「うん。今決めた。俺もうお前に関しては、考えたりとか、緊張したりとかやめにする」 とかなんとか言いながら、実はまた口から飛び出しそうな位、ドキドキいってる俺の心臓。 伸は笑うのを止めて、真っすぐ俺を見て、答える。 「いいよ」 止まった時間。 再帰不能の俺の心臓。 そっとひきよせた細い体。 誰でもいいから、今この願いを、叶えて欲しい。 このまま時間が、止まればいいのに・・・。 取り合えず、取り合えず、取り合えず。 伸は、俺の隣で眠ってる。 けど、断じて言っとくけど、あれ以上のことはしてないぞ。 あれだけだって死ぬかと思ったのに、それ以上のことなんて出来る訳ないじゃないか。 けど、まぁいいや。 取り合えず、今は幸せ。 俺の隣に伸がいて、伸の考えてる事はやっぱりまだ良くわからないけど、俺のこと大好きだって、そう言ってくれたからもういいや。 一人で空回りしてた俺の想いは、行き場を見つけた筈。 柔らかな茶色の髪と、細い体。 取り合えず今は、この腕の中。 <おまけ> しばらくして。 ようやく眠った遼の気配に、伸がゆっくりと起き上がる。 実のところ、伸は、全然眠ってないんである。 「まーったく、甘いんだよね、遼は」 言われなくても、遼の気持ちは、とうに知っている。 ただ、彼の方から何か言い出すのを、待っているだけ。 「今更僕がそんな綺麗な身体してるわけ、ないのにね」 まだまだあどけない遼の寝顔にキスして、また布団に潜り込む。 大好きだよ、遼。 この身も心も、とうの昔に、総て君に捧げているから……。 早く、気付いてね。 でないと、他の奴にとられたって、知らないからね! <fin> |