柔らかな茶色の髪と、細い体。

 見事なまでに秀麗な微笑みと、時折見せる、さみしそうな横顔。

 ドキドキして、目が、離せなくなる。

 胸が苦しくなって、後ろから、抱き占めたくなる。

 真田遼、若干16歳。

 非人道的な、恋をしている。





━━━━ DOKI・DOKI ━━━━




「それじゃあ、後お願いね。」

 鮮やかな笑顔を残したナスティが、秀と当麻と征士を連れて出ていったのがPM1:00。
 する事もない平和な午後を、俺は些か、複雑な気持ちで過ごしていた。

     二人っきり、なんだぜ。
     よりによって、伸と。

 想い人と一つ屋根の下二人っきりなんて、男にとっては非常に緊張する時間だと……伸も男だったな。
 まぁいいや。とにかく、一つ年上の俺の想い人は、俺の気持ちなんて気付いてない…のか、気付かないふりをしているのか。
 可愛い顔して、華奢でしなやかな体して、俺は何時も、一人で調子を狂わされてばっかり。

     判ってんのかよ、こら。
     俺はお前に、惚れてんだぜ。


 新聞に目を通す、何時もより少し大人っぽい横顔を、じっと見つめる。
 外にはしとしと、しとしと、うざったくなるような雨が降っていた。







 質問 ――― 想い人と二人っきりの時間が、昼から夜へと移っていく場合、心境の変化には、どんなものがあるでしょう?。
 答え ――― ますます、危ない気持ちになる。
 
 雨はどんどん強くなって、風もどんどん強くなって、迫ってくるのは少し遅めの大型台風。
 ナスティから電話があったのは、数少ない警報も出つくした後で、帰れないからその辺のホテルに泊まってくる、とかなんとか。
 つまる所、どーゆう事なんだよ、これは。

     天は我に味方したか、たんにからかってるだけなのか?

     後者だろーな、どうせ。


 夕食は、ままごとみたいに、順調に。
 伸のご飯は旨い。
 でも、夜は長い。
 すること無くって結局伸の姿を追ってばかりいるんだけど、しばらくしたら言われてしまった。

「どうしたの、遼?なんか、変だよ」

 そのうち言われると思ったんだよ。
 そりゃ何もしずに、ぼーっと伸の顔見つめてれば、変に思われるよな。

「ねぇ、遼?」

 言葉と共に近付いてくる顔に、思わず、ドキ。

「顔、赤いよ?熱あるんじゃない?」

 言って、ひっついてくる伸の額。
 頬にそえられる、白い手。

「な、ないっ!だからさわんなっ!」

 ドキドキして、おかしくなりそう。

「遼?」

 尚も離れない手を振り払って、叫ぶ。

「離せよ!こっち来んな!!」

「遼!」

 それでも離れない伸を突き飛ばす。
 でないと気が変になりそう。

「あっち行けよ、伸!」

「………遼」

     あ、しまった。


 今の俺の行動にびっくりして、大きくなる伸の瞳、小さくなる声。
 焦って、大きな声出しすぎた。
 勢いよく振り払いすぎて、これじゃ本気で嫌がってるみたいだ。

「ごめんね、余計なこと言って」

     し、伸、違うんだぞ。


「僕、もう寝るから、君も早くお風呂入って寝なよね、じゃあ」

 あ…う。

     そんな悲しそうな顔するなよ。


 声にならない言葉。
 遠ざかる伸の背中。
 そのまま、二階に上がる足音。

     どうしよう、失敗した。
     だって、伸も悪いんだぞ。


 いきなり、あんなに近付いて来るなんて……… 。

     死ぬほど、ドキドキした。
     そのまま、心臓が飛び出るかと思ったんだぞ。
     白い手、やあらかかったけど。
     どうしよう、これじゃ病気だ。
     そのまま、抱きしめたくなった…。












 どりあえず、悪いのは俺の方である。
 と、いうことで、伸の部屋の前で悩むこと三十分。
 ドアの厚さ、五センチくらい。
 どうしても、開けられない、その先に行けない。
 だってまた、あんな反応して、伸の事傷つけたらどうしよう。
 きっと、伸の前に行くと、死ぬ程緊張する。 
 息が詰って、苦しくなる。
 だけど………。

     ええい、俺も男だ、こんなドアくらい。


 ガチャ。
 え?俺、まだ開けてないぞ。

「どうしたの、遼。三十分もそんな所につっ立って」

 ……………伸。
 がっくりと脱力して座り込んでしまった俺は、やっとの気力で言った。

「気付いてたんなら、もっと早くに開けてくれよ!」

「ごめん、なんか訳があるのかと思って」

     これがわざとだったら、泣くからな、俺は!








 で、部屋の中。
 詰るところ、さっきより狭い空間に、また、二人っきり。

「で、遼?僕に何か用があるんじゃなかったの?」

 向かい合った二人の距離、1メートル。

「う、うん、そうなんだけど…」

 うつ向いたまま。俺はまた、言葉が出てこない。
 伸、さっきのこと、怒ってる、のかな?
 それとも、あんまし気にしてないんだろうか。
 あんなにいつも見つめてるのに、こんなに何も判らない。
 怒ってるのか、そうじゃないのか、こんな時、どうやって話をきりだしたらいいのか、それすらも判らない。

「遼?」

 だまりこんだ俺に、不思議そうな伸の声。

「遼、どうしたの?もしかして、さっき僕が言った事、まだ怒ってる?」

「あ、ち、違う…」

「ごめんね、僕、根が世話好きにできてるみたいで、すぐ人のことに口出しするから………。嫌だったら、言ってね」

 うつむいて、謝ってくれる伸。
 ち、違うだろ。
 誤りに来たのは、俺の方じゃないか。

「違う!伸、俺が言いに来たのは、そんな事じゃなくって、全く逆のことで、しんが、伸がせっかく気を使ってくれたのに、冷たくあたっちゃって、でも、それは別に伸が嫌いとかいうんじゃなくて、」

 だ〜〜〜〜〜〜〜!!!

     な、何を言ってるんだ俺は!
     なんか墓穴掘ってるような気がしてきたぞ。


「だから、その、ごめん!」

 何だかよくわかんなくなって、ここまで言い終えた時に見た伸は、驚いたような顔をしていた。
 それから少し笑って、一歩近付いた二人の距離、三十センチ。

「ねぇ、じゃあ遼、一つだけ聞かせてね」

 分かった。なんでもするから、そんなに顔を近づけるなよ。

「遼、僕のこと、好き?」

 ひ〜〜〜〜〜〜〜〜!!

     な、何でそんなこといきなり聞くんだよ〜。


「ねぇ、遼?」

 う、あ〜〜〜〜〜〜〜。

 鼻血ふきそう。

「………うん」

 それでも、ここで言わねば男がすたると。
 真っ赤になって、言った言葉。
 何故かクスクスと、伸の笑い声。

「ありがと。僕も遼の事、大好きだよ」

 伸はこう言いながら、それでもまだ笑ってる。

     なんだよ。
     人の気も知らないで…


「笑うなよ、こら」

「だって遼、本当に耳まで真っ赤になってるんだもん」

     だって俺、本当に緊張してんだぞ。


 それでも伸はいつまでも笑ってる訳で、そんな伸を見てたら、なんかもう緊張とかどうでも良くなってきてしまった。
 取り合えず、伸の笑い声は軽やかで、可愛くって…。

 あ。

「伸、言っても良いか?」

「なに、遼?」

「俺、お前にキスしたい」

「……どうしたの?いきなり積極的じゃない」

「うん。今決めた。俺もうお前に関しては、考えたりとか、緊張したりとかやめにする」

 とかなんとか言いながら、実はまた口から飛び出しそうな位、ドキドキいってる俺の心臓。
 伸は笑うのを止めて、真っすぐ俺を見て、答える。

「いいよ」

 止まった時間。
 再帰不能の俺の心臓。
 そっとひきよせた細い体。

     誰でもいいから、今この願いを、叶えて欲しい。
     このまま時間が、止まればいいのに・・・。










 取り合えず、取り合えず、取り合えず。
 伸は、俺の隣で眠ってる。
 けど、断じて言っとくけど、あれ以上のことはしてないぞ。
 あれだけだって死ぬかと思ったのに、それ以上のことなんて出来る訳ないじゃないか。

     けど、まぁいいや。
     取り合えず、今は幸せ。


 俺の隣に伸がいて、伸の考えてる事はやっぱりまだ良くわからないけど、俺のこと大好きだって、そう言ってくれたからもういいや。
 一人で空回りしてた俺の想いは、行き場を見つけた筈。


 柔らかな茶色の髪と、細い体。

 取り合えず今は、この腕の中。









        <おまけ>

     しばらくして。
     ようやく眠った遼の気配に、伸がゆっくりと起き上がる。
     実のところ、伸は、全然眠ってないんである。

    「まーったく、甘いんだよね、遼は」

     言われなくても、遼の気持ちは、とうに知っている。
     ただ、彼の方から何か言い出すのを、待っているだけ。

    「今更僕がそんな綺麗な身体してるわけ、ないのにね」

     まだまだあどけない遼の寝顔にキスして、また布団に潜り込む。

       大好きだよ、遼。
       この身も心も、とうの昔に、総て君に捧げているから……。

       早く、気付いてね。


     でないと、他の奴にとられたって、知らないからね!






<fin>    




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