JH2CLV's Topics & Memorandam
April 2025

Apr 15, 2025 木生りスルガエレガント出荷

Apr 13, 2025 サイレントキーのOM宅で遺品引り
友人の友人OMがサイレントキーになられ、遺品の引き取りを打診された。無線部屋の外に、そこかしこに収納されていた部材や工具に図書。自分も含めてよくあるアマチュア無線家のパターンだ。雨の中、8時に家を出てR1バイパスを飛ばすと、9時過ぎには目的地掛川の合流地点に到着。友人と合流後OM宅を訪ね奥様にご挨拶。事前に送られてきた写真を見て、当初はメーカー製の半導体アンプと自作真空管アンプ、そしてANTチューナーくらいかなぁと思っていたが、運び出しが始まると出る出る。OMも実験や製作がお好きだった様で、樹脂パッケージに収まった部品や工具などが続々と出て来た。奥様も、知らない場所に丁寧に収容されていて驚かれたそうだ。何とか運び出し軽ワゴンに積み込む(写真)。最後にお茶を頂きながらOMを偲んだ。初対面にも関わらず、会話が弾み楽しい時間を過ごさせて頂いた。おまけに奥様からお土産を頂戴する気の使い様に恐縮する。11時頃帰路に就き、帰宅は丁度お昼だった。友人と奥様との会話で、自分たちもそう遠くない将来、似たようなことが必ず来るんだよなぁと苦笑したことを思い出している。

Apr 11, 2025 草刈の日々…汁見谷ゆら早生に着花
出荷を控え、週間天気を眺めながら早目に舞台のスルガエレガントを収穫した。昨日までに終了したが、今朝は後拾いで舞台を往復したり、出荷コンテナとパレットを共選場へ取りに行くなどで時間が過ぎる。週明け選果を行い16日予定の出荷に備える。その作業に前後して、月初めからミカン畑の草刈りを小出しに行っている。オンマウスは4月4日、田んぼの草刈りの様子。この園地は3反近くあるため、1日8時間の作業で2日を要する。体調も気にしながらテキトウに時間を作り、短時間の複数回作業で対応している。このため未だ南端の1/5程度が残っている。その最中、同様に汁見谷の草も気になり本日午後から刈りを始めた。青島老木が中心の南側を済ませてから、先月も刈ったハウス内を再び刈り込む。ハウスの上部は破れ傘状態だが、雨水の落ちない部分もあるため土壌が一様にならない。このため、刈った 後に水を撒き堆肥を入れる予定で何袋か運び込んだ。すると、いきなり写真のゆら早生に着いた白い蕾が目に飛び込んで来た(青袋は堆肥)。破れ傘と言ってもある程度は温室の体を成しているので、普通の露地より生育が早いのは分かっているが「それにしても」だった。一部成長の早い蕾は開花したり、花弁が落下している。屋敷のゆら早生はやっと新芽が出て来た段階だと言うのに…。

Apr 7-9, 2025 スルガエレガント本格収穫
連日舞台のスルガエレガントの収穫を行っている。カミサンが午前中蜂場の作業があるため、午前中は1人体制で、午後から2人体制の収穫を3日繰り返しようやく修了した。作業時間も、体調を気遣い1日6時間を超えることはない。以前ならカミサンと2人で2日もあれば十分だったが、様変わりした。終了は凡そ3トンほどで、コンテナにすると毎日50杯×3日の収穫になる。これらは選果して来週以降にJA出荷する。例年だと大寒前に収穫して貯蔵し、4月上旬に出荷していたが、大型扇風機による冷気の淀み解消作戦が功を奏し、今年から木生りのままの冬越しが実現した。酸が殆ど抜け、まろやかな味に仕上がっている。舞台以外に西谷津の段々畑にも木生りのスルガエレガントと川野甘夏が2トンほどあり、こちらは受注時に必要数の収穫を繰り返す作業を7月初旬まで行う。写真はモノラックの荷台に積んだ初切りのスルガエレガント。オンマウスはモノラックに2段積みにしたスルガエレガントと作業中のカミサン。亡くなった親父が「スルガエレガントを植えたい!」と言ってから15年ほど経過する。多い木だと1本で100kgの果を生らす程に成長した。

Apr 6, 2025 春の施餓鬼と法話…長野からの訪問者
菩提寺の保福寺で春施餓鬼と併せて法話会が行われた。法話会は昨年から4回続ける約束事になっている。春施餓鬼は春彼岸に合わせて行われていたが、4年間は4月の法話会と同時に行われる。法話が先に行われ、福山市弘宗寺住職の水野布教師が担当された。お金で買えるもの変えないもの、短時間で分かるもの分からないもの・・・、「こんなもの しあわせなんて 〇〇〇〇〇」の〇に言葉を入れてみなさいとする宿題を頂戴した。もう少し日常を見つめ直し、足るを知りなさいと言うことか。写真は法話が終り、施餓鬼の祭りが始まった様子。和尚・大和尚・地元和尚・布教師のお経に合わせ、祭壇で米と水を捧げる。本堂はストーブ撤去直後で寒かったが、50名超の参加があり盛況だった。
ところでこの日の午後、長野から後輩のS君が家族とやって来た。実は静岡県西部に所用があり、3日前から静岡に来ていたらしい。なので、未明からNGのETCトラブルの影響は受けなかった様だ。この日に合わせ、リクエストのあったスルガエレガントを前日収穫しておいた。車の空きスペースに詰め込み持ち帰って貰った。写真は自宅前で談笑しながらくつろぐS君家族とカミサン。

Apr 5, 2025 JA9ZQ生駒OMサイレントキー
昨日の朝、鯖江市在住の福井時代の友人M氏から電話があった。朝から何だろうと思って電話に出たら、あの「越前太郎」ことJA9ZQ生駒氏の訃報を伝えるものだった。3月28日に逝去されたと伺い、一瞬絶句だった。ついこないだ7MHzで交信した記憶を辿りログをチェックすると2017年9月1日だった。7年半前のことだった。時の過ぎるのは早い。福井単身赴任時代には、幾度もお宅へお邪魔し、無線談義をしたものだった。極め付けは、GPSロックの実験をしている最中、PLL用ICの話になり、氏のお気に入りのデバイスを即答で教えて貰った。それ以来自分もそのICのファンになり手元に置いている。写真は2008年9月1日にお邪魔した時撮影した、生駒氏越しのシャック。およそアマチュア用と呼べる機械は一切なく、業務用か軍用で固められたシャックは驚き以外の何物でもなかった。ヤマ勘のメンテナンスではなく、ハードウェア図面から始まる氏の拘りは凄まじい。別室には、何処から入手したのだろうかと思わせる、原文のマニュアルや資料等の蔵書が所狭しと並んでいた。その日は、とても太刀打ちできるモノではないと、帰路に就いたことを覚えている。昨日の内に氏と親交のあった「那須次郎」氏へ訃報を伝え、Facebookのメッセージのやり取りで生駒氏を偲んだ。ご冥福をお祈りする。

Apr 3, 2025 退院後初の通院検査で通常生活OKに…雨の中托鉢の行
昨日4月2日14時過ぎ、退院してから初めての検査で県総を訪ねた。運転は危ないとか言うのでカミサン運転の軽ワゴンの助手席に座った。最近の病院システムは、診察券をキカイに入れると、その日の予定がプリントアウトされ、それに従って病院内を移動することになっている。待ち時間を極力減らすために、各セクション間の調整が行われていて、昔の様に無駄にする時間が考慮されている。先ず採血を行い、続いてCTスキャンを行い、担当医の診断を受けた。順調に回復しており、通常の生活をしてもOKになった。予想はしていたが嬉しい。次の通院を6月24日と決めた。支払いを行い処方箋を地元の薬局へFAXし今日の予定を終えた。自由の身になった祝いでもないが、県総入口前にある喫茶店で一息つき帰路に就いた。
ところで今日3日、週末にお寺で行われる法話会の準備をしていたカミサンから電話があった。本日托鉢の行が地区内を通るからと…。小銭を用意して、托鉢を意識しながら車庫の整理を始めていた。10分程経つと、奥のお寺から出た修行僧の皆さん10名程が当住宅街を通り抜けて行った。先頭の修行僧に小銭をお渡ししたが、間隔をおいて次から次に現れる修行僧の皆さんは手を合わせてただ送るのみになってしまった。これで良かったのだろうか。雨で地面が湿る寒い午前、中々風情のある光景だった。

Apr 1, 2025 14年7ヶ月振りのQSO…ようやく修了の確定申告
先日訪ねて来た友人はHamで、ログ検索したら2006年9月16日の交信(144MHz/SSB)が最後だった。ほぼ14年7ヶ月も交信していなかった。アイボールに至ってはもっと長い筈だ。別れ際、144MHzは運用可能なので是非交信しようと約束した。彼の家と当地の間には山が連なり、自宅間の交信は難しい。それで今朝、ローカルのOMと51MHz/FMで交信中、リモートシャックからの電波を確認をして貰おうとメインch(145MHz/FM)でオンエアしたら、何とその友人がいきなり呼んできてビックリ。リポート交換のみで再会を誓い終了したが、余りにもタイミングが良くて大慌てだった。
ところ遅延中の確定申告。本日カミサンに資料を託し税務署を往復して貰う。遅れた理由を説明し、後は集計したデータを入れて行けばOKと踏んでいた。ところが、還付金がマイナスになったと言われ、作成したDATAファイルをスマホへ転送して貰い持ち帰って来た。何か気付いたら追加してくれと言う話らしい。それを聞いて一瞬「なにぃ!」だったが、満期の年金が戻って来たり心当たりがある。DATAファイルをPCへ取り込み、未入力項目を複数見つけ追加。何とか数万まで押し戻し決着。ファイルを保存しコピーを取り、カードリーダー認証を行い、e-TaxへDATAファイルを転送。一件落着となったのは21時頃だった。来年は余裕をもってやろう。

Mar 31, 2025 佐野川温泉へ赴く
寒さがぶり返している。このところ連日8℃台の気温が続いている。この日も曇天で寒く、9時頃からパラパラして晩には雨になった。家の中も灯りを点けないと暗くて生活が出来ない状態。カミサンが気を使ってか気分転換なのか、10時頃になって温泉に行こうと宣言。やることは山ほどあるが、気分転換でその宣言に便乗した。車の運転はするなと言うので、カミサンに任せ軽ワゴンの助手席で余り刺激を与えない様に話を合わせる。中部横断道を北上し、富沢ICから下道に降り、富士川を東側へ渡って下ると、トンネルを抜けたところに佐野川の橋があり、超えてから上流方向へ走る。自宅から30分も掛からないで到着。休みの日とバッティングしたりして、随分久し振りの感じだ。マネージャのオジサンもチョッと老けた感じがしたが、アンタも同じだとカミサンに言われ笑った。温泉周辺の山々には山桜が咲き、今が最盛期だと説明があった。11時半頃から入浴を始めたが、カミサンからタオルを受け取るのを失念、完璧な丸腰で湯につかっていると、前を呼ばれタオルが届くハプニング…笑っちゃう。昼食は食堂で毎度おなじみのメニューを注文。13時半には現地を発ち、来た道を戻ると14時過ぎには自宅に戻った。何とものどかな日帰り温泉行脚だった。退院後の治療に十分効果があったような気がする。明日から4月だと言うのに、この寒さは一体何なんだろう。晩は旧隣組の報徳の寄合だったが、治療に専念するため欠席を伝えた。