![]() |
アイボールに主眼を置いたハムフェアだった。いきなりJA1KAWのPLCビラまきに「ご苦労様!」。KDDIのDish運用を実現したJH1KRCは初対面だが、幾年も前からやり取りがありそんな気がしなかった。JACOMのJH1MLPとも初対面だったがこちらも同様。JA1TGC他トップガンの皆さんとは時々オンエアでもQSO頂いている。その中でJA1PYPが取引先の部長さんと分かり仰天。JA2QXYは不参加で人質に彼のLBアンプ基板をGet。昨年5月御殿場でお世話になったJA1OND/JA1BRK/JA1HGY他FEDXPの皆さんは揃いのTシャツで相変わらず。JA1RJUにはEME免許が無事下りた事を報告。高岡のJA9JXは南極初交信を再現させ話題だったが声も響き元気。TMCのJA1ADDは痩せられた様だが元気そう。同JA1ORYとは小林無線談義、別れ際展示中のAS-80のチラシを頂く。FRラボJA3FRは帽子がお似合いでEHアンテナとコリンズのレストア談義。平群クラブJA3BEQからはGS-35BのソケットをGet。他多くの方とお逢いし、名札に気付かれた方からも声。大変嬉しい事だとつくづく・・・無線ってコミュニケーションだなぁって。皆さんのハムフェアは如何だったでしょうか。写真は会場の様子。オンマウスはゲットした品々。 |
![]() |
この8月16日と17日は全国的に大変な猛暑で、多治見市と熊谷市では何と40.9度を記録、74年振りに記録更新となった。地球温暖化が叫ばれて久しいが、今まで記録更新に至らなかったのは何か理由があるのだろうか・・・或いはそんなに単純な話ではないのか。 それで帰省先の静岡市清水区山切の実家でもどの位の気温を示すか興味があり、玄関横の温度計を注視する事になった。最高温度計なる便利なものはないので、13時前後に幾度か足を運び写真撮影する事にした。写真は16日13時27分に撮影したもので、何と約38.5度を示している。子供の頃の記憶では、35度を超えた位が最高と記憶しているから、この数字はただ事ではない。 この暑さは翌17日も続き、何と39度を示した。前述の多治見市では再び40度超の40.8度を記録した。 この温度では何もやる気も起きず、冷えたビールをあおって高校野球TV中継観戦をするのが精一杯。17日は第3試合と言うこともあるが、静岡代表の常葉菊川高校の代打同点3ランやサヨナラ勝ちも手伝い、多少は暑さを忘れさせてくれる日であった。オンマウスはそれでも体力をつけようと家族で尋ねた静岡市駿河区の鰻の石橋店内。 |
![]() |
朝カミサンからメールが届いた。苦労して撮影したと言うコメント付きで、シジミチョウの写真が添付されていた。乱舞していたらしいが携帯カメラに収まったのはこの一匹だけ。そう言えば昨日もメールが来ていたなぁと探すとこちらにはアブラゼミが添付。散歩中に背中にとまったらしく、弱っていたのか簡単に捕まえられたらしい。写真はそれらを合成したもの。 静岡では7月の中旬からクマゼミが泣き出すが、今年の福井は日照時間が例年の半分程度しかなく中々セミが鳴かなかった。それで7月も終わりに近い頃、さくら通りの桜木で鳴いているセミを発見。最初はアブラゼミかと思っていたが、どうも鳴き声が違う。近寄って見ると何とニィニィゼミだった。 田舎では、昭和40年頃まで一番捕まえやすいセミで、昆虫採集の登竜門だった。要するに一番数が多かった。農薬の影響で巷から姿を消し、今では高級セミになってしまった。最後にニィニィゼミを捕まえたのは昭和の終わり、清水興津川上流の西里キャンプ場・・・いや違う2年前に単身アパートに迷い込んだ1匹がいた。ニィニィはヒグラシやツクツクボウシ同様に捕まえ難いセミに変わってしまった。何れにせよ昆虫採取は夏休みの風物詩だ。 |
以前から行ってみようと思っていた所に国見岳(標高656m)がある。20年前の1987年、仕事で同僚と上り仮設ヘリ追尾基地を作った事がある。その同僚は札幌から駆けつけた人間で、道中にあった竹薮を生まれて初めて見たと言って興奮していた事を思い出したりする。しかしそれが何処だったかは良く分からない。当時の山頂には何も無かった記憶があるが、現在は風力発電設備や無線基地局、アマチュア無線用リピーター基地、それに福井市の国見岳森林公園がある。キャンプ場と管理事務所(写真)があり複数の家族連れがキャンプを楽しんでいた。食堂があったので尋ね牛丼を作ってもらった。美味しかった。管理人のM氏とY氏に作って頂いたのだが、食後話を聞かせて頂き名刺まで頂戴した。9月23日は「923=クニミ」と言う事でタレントを呼びディスクジョッキーをやるらしい。11月〜3月は雪のため施設は閉じてしまうとの事。2つの登頂ルートがあるが、福井から来るルートが最も早いとの事だった。食事後20年前の面影が無いか付近を散策したが、随分様子が変わっており当時仕事をした場所は見つける事が出来なかった。所要時間は車で登頂に約1時間、下山は40分程度であった。 |
![]() |