デジタルTVとアナログTVの映像時間軸は合っているか…NTSCバーストロックのユーザーに危機?(Dec 7. 2010)
動 機…同じ放送局なのに「地上アナログTVと地上デジタルTVのダウンコンバート(以下ダウンコン)出力のバースト信号周波数(3.57954…MHz)が一致しないのは何故」と知人から尋ねられた。
知人は、アナログ信号(NTSCコンポジット映像)からバースト信号を取り出し、それに位相ロックした基準クロックを生成しご自宅のシステムを駆動されている。
ちなみに周波数精度は、アナログは*E-11〜12でルビジウム源発振そのもの。ところがデジタルのダウンコン出力だと*E-7程度で4桁も精度が落ちるらしい。一般の水晶発振は*E-4〜5程度だからそれより大分精度は良い。
アナログ放送はアナログ信号がそのままリアルタイムで送られて来る。デジタル放送はハイビジョン・デジタル信号を送信側で圧縮、受信側で伸長されて再現したものをダウンコンしてNTSC信号にエンコードする、アナログ系から比べると「操作」が行われている。
さて近年のアナログ映像信号は、バースト信号と水平同期信号が位相管理(SCH)されている。したがって上記は同期信号でも同様で、オシロスコープでその状況を容易に表示・確認できる。
…アナログ放送と地上デジタル放送で、放送局側は同じ発振源なのに受像機出力のバースト周波数(同期周波数)が同じにならない理由を考える。

オシロスコープで比較…それでまず現状がどうかを自宅のTV受像機で確認してみた。デジタルにSHARP"LC20-AX5"、アナログにはSAMSUNG"14SR2"のTV受像機を用意し、それぞれのNTSC出力を波形モニターに入力し位相(周波数)ずれを見ることにした。 写真は作業風景、動画はアナログTVの映像出力でEXTトリガし、デジタルTVのダウンコン映像を表示させた様子。その結果以下の如き状況を確認した。


 @周波数はデジタル側がアナログより高い(デジタルの表示が左へ流れる)
 A水平同期信号が1TVライン(水平ライン1本分=63.55556μs/15.734264KHz)流れるのに要する時間は約37〜約42秒
 Bこの間をドリフトするがその範囲で安定している
 Cドリフトは動画と静止画で異なる
 D以上は各放送波で同じ傾向
 Eアナログを地元CATVにすると流れが早く約5.3秒(精度の問題)

という事で、お尋ねの通り周波数が異なっていた。なおデジタル側の周波数が高い事は新発見。
ここでこの37〜42秒/1TVラインのデータから周波数精度を考えてみる事にする…暫く考えてみたが以下でどうだろう。
*たとえば1周期ズレに40秒かかるデータを例にすると…ドリフト周波数(1s辺りの周期数)=1周期/40s=0.025Hz。
基準水平同期周波数との比=0.025Hz/15.734264KHz=1.59E-6。測定した37秒〜43秒は1.48〜1.72E-6に相当する。こりゃTCXO並みか…。
この数字は尋ねられた時の数字*E7〜8より悪いではないか。
てことは後述の如くメーカーによりアナログ映像のクロックや生成方法が違うためだろうか…。
ちなみに上記E項のCATVは1.2E-5で一桁精度が落ちる。

ハイビジョンではどうなっている… ダウンコン前のハイビジョン段階での精度が気になり、別の測定環境で測定を行った。
水平位相のズレを約6h観測(チューナー:マスプロDT400/D4出力)すると、水平同期(周期=29.66μs/周波数=33.716KHz)位相が0.75μs程度の範囲をドリフトした。
これを水平同期周波数に対する変化量に換算すると、(0.75μs/6hx60mx60s)/周期29.66μs=1.17E-6程度になる。ただしこれは6h間の±偏差のピーク値を基に算出した数字でなので、短期的または長期的に十分吟味する必要があろう。
後述するMPEG2の基準クロック精度は1/90KHz(1.11E-5)以内と規定されているようだが、測定方法の違いもありこんなものだろうかとも推測している。
長期的にみると周波数が変わる事はない(元の位置を中心にドリフトしている)と言われても、短期的には思った程の精度はないと言ったところだろうか。
この程度のドリフトは僅かなバッファメモリで吸収できるので、信号(映像・音声)処理上は大した負担にならない。

ズレる理由を推測…課題のズレは、地上デジタル放送で採用しているMPEG2方式に起因するものである。
アナログではビデオ信号(バースト信号)がそのままの形で家庭の受像機に届き、ほぼリアルタイム(バースト信号は間欠なので)でクロック発振器をロックすることが出来る。しかしデジタルになると様相はガラリと変わり複雑な処理に圧倒され、調べだすと分からない事ばかりを発見する。

MPEG2は圧縮伸長されるTSデータでありパケット伝送される。送信側と受信側の同期は、パケット内に付加されるPCR(Program Clock Reference …100ms以下の間隔で送られる規定)により受像機内の27MHz基準発振器をロックし、これが映像・音声・制御回路を駆動することで成立している。
クロック精度(分解能)は前述の通り規格で1/90KHzとある。これは精度より現実的な映像処理(再現)に主眼を置いた結果と思われる。もとより「十分過ぎる精度は不要」と言うことだろうか。また映像と音声間の同期は、パケットに付加されたタイムスタンプによる調相処理を併せて行っている。

ところで放送内容によりデータ量に変動があると、PCRの伝送間隔にドリフトを生み基準クロックを揺るがす可能性もある…これは動画と静止画の違いによるドリフト量の関係を監視していると感じるが思い込みだろうか。
ダウンコンバートされNTSCをエンコードする段階のタイミングは、基準クロックにロックする手法や別個に発振器を用意する場合、はたまたつじつま合わせのNTSCもどきエンコーダなどメーカー各社様々で調べてみないと良く分からない。

したがって今回の疑問は…以下の様に結論付けたい。
 @デジタル放送には、アナログ放送の様なリアルタイム性が無い
 A地上デジタル受像機内の基準クロック生成段階で、その方式上すでに短期の精度が落ちている(長期では安定)
 Bダウンコン時にもそれは引き継がれ、場合によってはNTSCエンコード時の影響(独自のクロックや生成手法)も加味される

ちなみに精度を阻害する要因とし以下が考えられる。
 @PCRジッタ
 A送られてくるPCRの精度
 B番組の切り替わりによるPCRの不連続
 CTV受像機の個性

いずれにしても…アナログ放送は2011年7月24日までに停波する。デジタルTVのアナログ出力を基準クロックやその他目的に使用している向きには危機的状況と思える。ルビジウム級の精度を継続するには、生成方法の見直しやGPSロック等への転換が必要である。
TV受像機やメーカーによる違いは、それぞれの環境で調査する必要があろう。
右の動画は、オシロスコープの替わりにNTSCベクトルスコープで両者を比較したもの。目にも止まらぬ速さでカラーバーストと色信号が回転するが位相差が減少すると回転速度が低下する。ルビジウム級ならバーストが静止するかゆっくりと回転する程だから、ルビジウム級より何桁も精度が落ちている事が容易に想像できる。

余 談…ところで、アナログ・デジタル対応TV受像機でアナログ放送を受信した時はどうなのだろうか。最終出力までアナログ処理なのだろうか?或いは途中デジタル処理が入るのだろうか・・・。それをLC20-AX5で試すと、アナログ受信時モニター出力には映像無しの同期信号しか現れなかった。アナログ出力が出てしかるべきと思ったが、これはメーカー各社により違うものなのかどうか興味がわく。
上掲の動画、かつて家庭ではこのような奇麗な波形を見ることは出来なかった。まるでシグナルジェネレータだ。デジタルTVならではの効用とは言え実に感慨深い。 デジタルTVは良いところも悪いところも同梱されている。次元を複数に変えて評価する必要があると率直な印象を持った。