JH2CLV's Topics & Memorandam / February 2008

Feb 25. 2008 RFワールド創刊          
広告でRFワールド創刊の予告を見たが、何時か忘れていた所に東京の友人T氏から面白いとメール。行き付けの本屋さんへ打診するとCQ誌3月号と一緒に届いた。その編集タッチはまさにトラ技。巻末には「トランジスタ技術2008年3月号増刊」とある。RFと冠しながらもやっぱり、CQ誌とは趣を異にする。創刊号という事で随分と気合を感じる。「発刊の辞」に工学博士でアンテナ技研の佐藤源貞氏の寄稿、ケイラボラトリー代表の工学博士小西良弘氏の「発明の源泉を辿って」など、プロフェショナル向けの内容でまとめられている。特集「地上デジタル放送のテクノロジ解明は、優しく書いてあるが業務用設備の内容で一般アマチュアには馴染みが薄い。唯一分かり易いのは、デジタル用PAのリニアリティは、アマチュアSSB機の比ではなく、IMD=-50〜-60dBは当たり前という話。それもその筈、燐接は空けないチャンネルプランだから。更に帯域内でも同様の厳しさ。ページをめくるとどこかで見聞きした執筆陣。無線と実験の匂いがしないと思っていたら、ラジオチューナ用ICの解説とヘルツの実験の再現や依佐美送信所記念館への招待など中々楽しませてくれる。しかし無線と実験と運用も楽しむアマチュア無線の現実とはやや趣が異なる。

Feb 17-18/23-24. 2008 再び雪の福井          
2月16日、また会社の設備が雷でやられ同僚が武生の山中に出向した。福井市内では大した事無かったのだが雷サージの侵入で電話線のヒューズが飛び装置内のサージアブソーバが破裂する状況だった。経験と言うものは恐ろしいもので、様子を見るだけで大体の事が判ってしまうからスゴイ。新型避雷器設置等の対応をして下山したが吹き溜まりでは積雪が1m、上り口でも50cmはあったらしい。やれやれと思っていたら日没後、今度は美浜方面で雪による設備障害。安全第一を告げて送り出したが、さすがに雪の夜道は危険で腹まで浸かる雪を見て引き返す事になった。写真はその対応で出勤し18日早朝に帰宅途中のもの。福井国際交流会館前から西を見た風景。雪吊りなど格好だけじゃないのと思っていたが、見事にその役割を果たしており認識を新にした。昨晩からの雪は本格的なもので、福井市街でも30cm以上積った。しかしさすが雪国、皆さんは夜が明けると、何も慌てず淡々と除雪作業に勤しんでいた。これが東海方面だと大騒ぎになったり、怪我人が出たりするのだが・・・。1週後の23-24日も再び本格的な雪だったが、今度は雪と雷に強風が絡み大荒れの週末だった。この状況は何時まで続くのだろうか・・・春が待ち遠しい。

Feb 11. 2008 ローカルのOMを尋ねる          
福井に来て間もない昨年8月、14MHz/SSBで呼んで頂いた局がある。もの凄く強く直ぐローカル局と判ったがお話を伺うと目と鼻の先。道のりでも1.5Km程度で強い訳だぁと納得。それはJH9AUB森永氏。同僚のJA9LSZを良く知っていたり、JG1XLV荒井氏のサイトでシャックを紹介されていたりと、これは一度お邪魔しなければと思っていたのが、今日午前に実現。10時、実家の太田ポンカンをお土産に田原町方面へ自転車を走らせるとクランクアップタワーとANTを発見。ポケットに地図を忍ばせたがお呼びでなかった。しかしタワーやANTもさることながら、お屋敷のスペースに圧倒される。不細工な格好で恐縮と思いつつ玄関を開けるとGパン姿の森永氏が現れ一安心。応接間に案内されるやいきなりKWM-380とDRAKEのT/R-4シリーズの嵐。ご自慢のシャックへ移動するとKWM-2AやS-Lineに51S-1の他、ACOMのアンプやHENRYのコンソール型アンプが林立。TRCVは八重洲がお気に入りと見え歴代の名機がずらり。地下埋設のANT同軸やゼンハイザーMD421にグライコアンプ等こだわりが随所に。目の保養をさせて頂くと共に、森永氏の無線にテーマを求めようとする姿勢を感じる2時間だった。写真は奥様に撮影して頂いたツーショット。

Feb 9-10. 2008 一ヶ月振りの帰省          
9日、朝5時半に起床し車で帰省しようとした。ところが車のガラスが凍結。氷を削り取り何とか視界を確保して出発すると丁度6時。路面の凍結を心配しながら車を走らせたが、問題なく北陸道を南下。米原まで凡そ1時間、名古屋で2時間、清水まで丁度4時間を要した。知人の床屋で散髪して帰宅するとお昼だった。午後は清水区興津地区寒桜祭りがあると言う事で、カミサンとカミサンのご両親とで覗きに行く。この日の清水は曇天で寒い。にも関わらず、興津のコミュニティーセンター広場にはステージや模擬店が作られ、多くのお客さんで賑わっていた。その後果樹研究場(独立行政法人、昔の柑橘試験場)まで歩き、場内の見学と寒桜を見物する。こういう所に来ると、郷土の友人知人に出会うから面白い。何人かとお会いし世間話に花が咲いた。カミサンはその向きの達人でやたらと話が広がっていくので感心する。寒い午後だったが興津のミカン山から臨む、今はR1バイパスだが、昔砂浜だった清見潟の絶景が蘇ってくる。明治の政治家がこの地に別荘を建てた事でもその風光明媚さが分かる。写真は実家に持ち帰りデータを取るLBアンプ。オンマウスは10日、帰省時の東名豊橋付近のスナップ。道路脇に前夜に降った雪が残る。

Feb 4. 2008 ポンカンにダイダイ届く          
昨日実家のカミサンに頼んだ太田ポンカンが夜届いた。実家の出荷作業もピークを過ぎて、残っているのは殆どが自家食用の様だが、開けてみるとそれなりの出来で、店に並べても可笑しくは無い物ばかりだった。摘み取ったのは昨年12月中旬と思われるが、元々ポンカンは晩柑橘なので、貯蔵して2ヶ月過ぎたこの季節になると甘味も色も濃くなっていて美味しい。全部は食べきれないので同僚などにお裾分けして静岡清水の太田ポンカンを宣伝したりしている。
さて今回は思いがけない柑橘が同梱されていた。意識して写真の中央に集めたが分かるだろうか?。ダイダイが5個入っていた。カミサンのメールには、これでダイダイ風呂にせよと!記してあった。実家にダイダイの木が1本あり、実を毎年正月のお飾りなどに使っている。それ以外の使途はダイダイ風呂。皮膚にダイダイの脂がしみ込みクリームを塗ったような効果が有る。北陸での単身生活を気遣う贈り物だ。ダイダイのヘタは大変頑強に出来ている。他の柑橘とは違うのでここを見れば本物かどうか区別出来る。写真は太田ポンカンの上に置いたダイダイ5個。オンマウスはダイダイのヘタアップ。違いが分かるだろうか?。さて今夜はダイダイ風呂で温まる事にしよう!。

Feb 2. 2008 不動明王の節分祭・・・丸かぶり寿司          
1月の終わり、郵便受けに節分会豆まきの案内が入っていた。署名には鼻欠地蔵安置所・大乗院とあった。一体何処でやるんだろうと思いつつも、転勤族には関係ないかと軽く考えていた。ところが本日午後、近くのスーパーへ向う途中、赤地に白文字で書かれたお祭りののぼりを多数発見。大通りを挟んでスーパー側に渡るとそこにはのぼりが無い。て事は住まいと同じ町内?。スーパーの帰りに1本北側の道を帰ってみるとあった!。ここだったのか・・・アパートからは50m程しか離れていない。レジ袋を片手に、賽銭を投げ安全祈願。本堂では近所の方が三々五々集まり、順番に名前を呼ばれ祈祷の儀式が始まっていた。その模様が拡声器で外に実況されている。本堂正面のお宅では、何と丸かぶり寿司が売られている。この地方では節分=丸かぶり寿司となるのか?。そう言えばスーパーに普通の寿司が全く置いてなかったが、その理由が始めて分かった。実はレジ袋には、何も考えずに買った丸かぶり寿司が潜んでいた。写真は福井市宝永2丁目の掘端不動常福院。しかしおかしいぞ、案内に記されていたのは鼻欠地蔵安置所・大乗院なのだ・・・近くにあるのだろうか。オンマウスはスーパーで買った福豆付の丸かぶり寿司。