友人とこんな話をした。
友人:「人魚姫って何で、海の泡になって消えちゃったんだっけ?」
人魚姫は、声と引き替えに足を手に入れた。
足は痛みを伴い、その上、王子の愛も手に入れられず、海の泡となって消えた。
「幸福の王子」の作家、オスカー・ワイルドの言葉。
「不幸とは2つある。望むものを手に入れる事が出来ない不幸と、手に入れたことによる不幸だ。」
人魚姫が欲しかったのは、王子の愛だ。
それを得るために声を犠牲にして人間の足を得た。
しかし、王子の愛は得られなかった。
つまり、彼女はどちらの不幸も背負ったのだ。
この物語で語られているのは、「自分の欲しいもののために何かを引き替え(犠牲)にしたとしても、それが手に入らないこともあるという教訓だ。」と私の友人は言った。
確かに、作家のアンデルセンも叶わぬ恋に心を引き裂かれるような思いをしていたという。
その経験がこの物語に反映されているのだ。
だとしたら、この物語は幼い子供が読むにしてはいささか夢がない話である。
シンデレラや白雪姫のように、「願えばいつかは叶う」という趣旨からすると明らかに毛色の違う童話だ。
現実考えて、そんなに簡単に願いなんか叶うもんじゃない。
いつの間にやら夢のない大人になったもんだ。
でも、現実ってそんなもんだ。
なんてね。
あなたは、望むものを手に入れるために何かを犠牲にすることは出来ますか?
そして犠牲を伴っても、その望むものを手に入れることができなかったときどうしますか?