邪馬台国五文字の謎 

倭人伝の一大率を手掛かりに史上初めて邪馬壱国名の意味と邪馬台国の成立過程を解き、その位置と女王の都発見里程に頼らぬその合理的論証が好評。

 

新に著名な森 浩一先生、古田 武彦先生のご推薦を頂き「邪馬台国五文字の謎」第刷が発売されました。これまでご支援頂いた皆様に感謝申し上げます。
‘木枯らし紋次郎’俳優 中村敦夫氏注目の新説=「邪馬台国の発祥地は壱岐」(月刊「一個人」2005.12)   

学者・著名人推薦 

 歴史推理小説 好評・3刷

角田彰男著 2003.7.23初版
2010.6.10.第3版発行
 B6判267P 定価1,890円 
壱岐国ルネサンス記念出版 
新ISBNー9784901398046
移動教室出版事業局 (東京)
電話03-3294-1200

" The Mystery of the Five Characters of Yamataikoku"           

アマゾン楽天ブックスなど ネット書店でもお求め頂けます。楽天ブックスでは'04.1月〜7月この部門ベストセラー1〜2位を保持しました)                

                                             

紹介・報道頂いた新聞 雑誌

更新日2016.4.28

毎日新聞(全国版)03.11.2
「今週の本棚」で紹介

読売新聞(全国版)04.7.26
「蓬莱紀行」で紹介

朝日新聞(埼玉版)04.4.22.
      ( 〃 ) 04.11.16

読売新聞(長崎版)03.10.25 

埼玉新聞 03.8.3

東京新聞(埼玉版)04.2.6

糸島新聞(前原市) 03.8.21

佐賀新聞 04.11.11

壱岐日々新聞 03.8.8

壱岐日報 03.10.21&04.10.21

東大新聞 03.10.21

阪大新聞 03.12.20

内航海運新聞 04.2.2

有明新報(福岡県)04.1.26

更埴新聞 04.3.7(長野県)

日刊スポーツ(東)04.2.20

歴史研究(04.5月号)

西日本新聞「D通信」05.11

五島新報(2011.5.28)五島市

  

*壱岐日々新聞と壱岐日報紙では本小説出版前の論文の段階から紹介戴きました。

   

参考 2009年3月31日までのカウンター数
 45597

 主人公 津田は松本清張のある一言から倭人伝解読のキーワードを得て”一 壱 伊 倭”の五文字の謎に挑む。逆転の発想と鮮やかな推理で次々と解かれる邪馬台国の謎。論証を小説仕立てで展開。執筆中に証拠となる壱岐の三種の神器が出土した奇跡の書。


お知らせ欄  随時更新してます。←クリック

    
学者・著名人 推薦のお言葉 (表紙帯文)      

     第3版に当たり上記の先生方より御推薦のお言葉を賜り光栄に存じます。ここに厚く感謝申し上げます。  
                                      日本ペンクラブ会員 角田 彰男                       

邪馬台国発見の決め手となる弥生の遺物や論点
 
出土品と論点を北部九州説と近畿説で比較しよう。

・壱岐・対馬ルート経由の先進文明を示す遺構や交易品
 (鉄器・交易港・貨泉など)

・軍事的優位性を示す鉄製武器の出土品(鉄剣・鉄鏃など)               

・漢、魏から舶来した銅鏡の出土品
 (漢式鏡・魏鏡など中国出土と同じ鏡)                        

・女王を象徴する宝玉類の出土(勾玉、管玉、腕輪、耳飾等)           

・金銀の出土(金製品、金印、銀印)                      

・絹(痕跡)の出土(倭の産物で魏からの下賜品でもある)               

・ 経済的優位性を示す遺構や出土品(鉄鍛冶工房、漁具、農具等)

・その邪馬台国論の発展から
 前方後円墳の起源・原形・意味が導き出されるか。


お知らせ

2017.3. 14  壱岐市立一支国博物館が開館七周年を迎えました。壱岐の都が「海の都」であることを意味する

      原の辻遺跡のマスコット、海都くんも喜んでいます。

2016.4.23 コスモ石油中央研究所櫻樹会のセミナーで

      「日本古代史の謎」ー邪馬台国から稲荷山鉄剣までーの演題で講演をさせて頂きました。

2016.3.21 邪馬連発表会で「邪馬台国九州説から解ける前方後円墳の起源」を発表を致しまた。

2016.1.17 元昭和薬科大教授 故古田武彦先生のお別れ会が大阪府大で開かれました。

      お世話になった先生のご冥福をお祈り致して参りました。

2014.2.1 日本歴史(吉川弘文館)2月号に、古代文化を考える61号(大和の起源を解く)が目録掲載されました。

2013.12.06  対馬新聞で「古代文化を考える」63号発行のお知らせが掲載戴きました。

2013.11.16  巨匠 松本清張が考古学史上、難問中の難問、千古の謎と表現した
         
前方後円墳の起源を発見」(論文)12月上旬発行
        「古代文化を考える」63号 定価1000円(税別)に収録論文、他3編

2013.9.15 同志社大学名誉教授 森浩一先生のお別れの会が京都で開かれました。お世話になった先生のご冥福をお祈り

       致して参りました。
2013.3.22  壱岐市立一支国博物館開館三周年を祝う著者のメッセージが壱岐新報に掲載戴きました。

2012.5.18 「大和、やまと」名の起源を論文化しましたので短くコメントします。

ヤマト王権の「やまと・ヤマト・大和」名の起源は、倭人= 海人が壱岐の「原の辻」に海上の都=海都を置く一大国=壱岐が、山国九州に「一大率」(一大国の軍隊)を進攻・上陸させて博多の高祖山麓に建てた都に山の都の性格があることから山都とよばれるようになって発生したことに由来します。従って「やまと・大和」の発祥は海都と山都の対比によって生じた北部九州に固有の起源を有するものです。これはかつて著者が2003.3の壱岐「島の科学」誌の後書きでコメントしたことがヒントです。

2011.5.28 おかげさまで五島新報109号で書評を賜りました。有り難うございました。

2010.6.18 おかげさまで「邪馬台国五文字の謎」3刷が刊行されました。

 新たに森浩一先生、古田武彦先生より推薦のお言葉を賜りました。ここに謹んで御礼申し上げます。

2010.3.15 長崎新聞朝刊1面の博物館開館報道記事の中で私の感想が掲載されました。有り難うございました。
2010.3.14 壱岐市立「一支国博物館」開館記念式典の招待状を頂き「邪馬台国五文字の謎」著者として式典に出席させて

       頂きました。感無量でした。有り難うございました。

2009.11.26 日本ペンクラブ理事会において著者の入会が認められました。有り難うございました。

2009.7.10 「なかった-真実の歴史学-」6号にて古田武彦先生より本書名を紹介戴きました。有難うございました。

2008.7.2 本書名が「魅力ある九州の物語」冊子に映画化された「まぼろしの邪馬台国」と共に掲載されました。
2008.5.26  魅力ある九州の物語百選と提言〜九州の物語を活用した観光交流促進に向けて「邪馬台国伝説」の中で

おかげさまで「幻の邪馬台国」と共に「邪馬台国五文字の謎」書名が紹介戴きました。

 

2008.3.21  東京12チャンネル「みのもんたの歴史ミステリー」で邪馬台国導入部で拙著「邪馬台国五文字の謎」表紙

画面アップで放映されました。有難うございました。

2008.1.31 歴史推理小説「邪馬台国五文字の謎」が ベストテン入り!

‘07秋 実施された国土交通省九州運輸局・九州物語委員会の「九州の物語」を選ぶ東京・大阪・福岡三大都市2000人規模のアンケートで 8分野1204作品中、小説の分野(一般投票1260人)で、おかげさまで10位の成果を戴きました。(‘07.12.7 長崎新聞で一部報道. 九州物語委員会資料 小説上位15位より) *九州物語委員会(観光振興のため 筑紫哲也  南こうせつ 佐賀県知事などで構成)

    上位に入った小説
1位 島田洋七「佐賀のがばいばあちゃん」
2位 司馬遼太郎「街道を行く」
3位 宮崎康平 「まぼろしの邪馬台国」
4位 司馬遼太郎 「翔ぶが如く」
5位 松本清張  「点と線」
6位 さだまさし「精霊流し」
7位 さだまさし「解夏」

8位 五木寛之 「青春の門」
9位 林芙美子 「放浪記」
10位 角田彰男「邪馬台国五文字の謎」
11位 梶尾真治 「黄泉がえり」
12位 岩下俊作 「無法松の一生」
13位 夏目漱石 「草枕」
14位 赤川次郎「三毛猫ホームズの無人島」
15位 壇一雄  「火宅の人」

*「邪馬台国五文字の謎」は上記15位の中で最新刊の本です。(2003年刊)
2007.12.7 長崎新聞によると国土交通省九州運輸局(九州物語委員会)による東京・大阪・福岡3大都市二千人アンケートの結果、「邪馬台国五文字の謎」がお陰様で8部門1200作品から書類審査で絞られた325作品中、上位15位内に入った模様です。司馬遼太郎「街道を行く」松本清張「点と線」 さだまさし「解夏」などの著名な先生方の作品に続き、人気作家 赤川次郎「三毛猫ホームズの無人島」作品と共に上位に入りましたので驚いております。(詳しい順位はまだ、判明していません。最終発表は2月以降と見られます)これまでご支援戴きました皆様に感謝申し上げます。 *九州物語委員会(観光促進のため、筑紫哲也 南こうせつ 佐木隆三、佐賀県知事など25名で構成。NHK毎日放送 西日本新聞なども委員を出している模様)
    
2007.9.11 宮崎康平著「
まぼろしの邪馬台国」が吉永小百合主演 堤幸彦監督 大石 静 脚本で東映映画化されます。公開は08.秋頃の予定。吉野ヶ里遺跡を舞台に古代ロケ。再び全国的に邪馬台国九州ブームが期待されます。美しい女王とともに倭人伝の原書写真版のクローズアップ画面を何回も映して欲しい。近頃の読者・視聴者はレベルが上がっていますから。                                        

2007.5.23 壱岐〜唐津新航路「エメラルドからつ」筆者乗船体験、
壱岐の平らな島影が薄くなった頃、唐津湾へ差しかかると北部九州の山々が眼前にそびえて迫り、山国九州が実感できました。これが邪馬台国名の邪馬(山=北部九州)の起源です。皆さん、一度は是非体験してみましょう。唐津行きフェリーに乗船したら、よく訳を話して前部デッキへの入場を許可して戴きましょう。この前部デッキでの観望は九州郵船KKの御好意です。

2007.4 祝!唐津東港〜壱岐・印通寺港 新航路誕生 新造船「エメラルド・からつ」が就航。
この
祝賀講演会で拙著「邪馬台国五文字の謎」が島興し本として紹介して戴きましたのでここに厚く御礼申し上げます。(5月より壱岐の大型観光売店で販売開始)

2007.3.1 井原鑓溝から王族の墓を続々と発掘 ー22基ー(通算37基)
弥生初の紫の粒玉を発見ー 詳しくは
王都発掘ニュース速報 ←クリックをどうぞ

2006.7.25 九州・大分の謎の伝説「炭焼小五郎」をアップ 謎解きはメニューへどうぞ

2006.6 平原女王墓出土全品国宝指定 

2006’6月3日
(土)
読売新聞中部版で拙著が紹介されました。
名古屋在住壱岐出身者の会の「ふるさと自慢」の記事中です。有り難うございました。

  2005.12.14”木枯らし紋次郎” 俳優 中村敦夫氏「邪馬台国壱岐発祥の新説」に注目!
    
05’12月雑誌「一個人」より1部転載記事をご覧ください。(KKベストセラーズ)
           ↑ここをクリック(中村敦夫様の許諾を戴き部分引用させて戴いております)
            ありがとうございました。

   2005.11.11西日本新聞「どんたく通信」(店長お薦めの一冊)
     05.11月号で本書紹介戴きました。御礼申上げます。

   2005.10.30著者講演会のお知らせ 2005’10月30日(日)1:30〜3:30
     テーマ「邪馬台国五文字の謎」 町立図書館視聴覚ホール(入場無料)
     お陰様で多数の方々のご参加を戴き盛況の内に終了いたしました。御礼申し上げます。                                 

2005.9.15秋の日本一周クルーズ 豪華客船「ぱしふぃっくびーなす」号船上講演会 秋の大阪〜壱岐クルーズ船内で壱岐語り部の会会長、占部英幸先生による「日本のルーツ古事記発祥の島・壱岐」と題する講演が行われ百名の方々が参加されました。同時に壱岐を取材して書き上げた歴史推理小説「邪馬台国五文字の謎」ー壱岐は邪馬台国発祥の島だったーの本を船内販売して頂ました。御礼申し上げます。

2005.2.18内行花文鏡片など出土 井原鑓溝遺跡より、大ニュースです
福岡県前原市から銅鏡などが発見されました。詳しくは上記HP王都発掘ニュースをご覧ください。

邪馬台国の部屋 香川様より本書への高評を戴きました。
(高木彬光 古田武彦 安本美典 渡辺豊和の諸先生方の著書の次です)有り難うございました。

2004.11.25毎日出版文化賞受賞おめでとうございます。
拙著を推薦戴きました奥野正男先生が、この度 毎日出版文化賞を受賞されましたので皆様にお知らせ致します。
(受賞著書「神々の汚れた手」梓書院 刊 受賞式 04.11.25赤坂プリンスホテルにて)

     2004.7 NHK 文芸春秋等で有名な俳人、五島高資先生より本書を高評戴きました。御礼申上げます。          

2004.2.2 内航海運新聞で全国の航路で活躍される船舶関係者=海洋人の方々に紹介頂きましたことは、古代の海人が活躍する本書にとって光栄です。有り難うございました。

2003.8.29
壱岐日々新聞書籍ベスト5で本書が売上げ第1位を記録しました。
                    
 (壱岐、芦辺町 ブックスアシア店調べ)                                                          
2003.3「島の科学」創刊40周年記念号に「壱岐は邪馬台国発祥の島だったー新説」掲載さる 壱岐「島の科学」研究会発行「島の科学」創刊40周年記念号に私の上記論文が掲載されました。ありがとうございました。(この号は西日本新聞に紹介されました)追記ー邪馬台国の都はであることも論じました。(山都:海都)                                                
倭人伝と金印から現れる 一 壱 伊 倭 の「邪馬台国五文字の謎」
読みやすい歴史推理小説  角田彰男著 移動教室出版事業局 1800円+税
 
意外な謎解きと九州旅情が楽しめると好評 重版! 全国有名書店発売中!
「邪馬台国を科学する」HPが歴史推理小説化され邪馬台国五文字の謎の題で出版されました。これは副題「壱岐は邪馬台国発祥の島だった」が示す様に島興し行事「壱岐国ルネッサンス」を記念して出版された本です。正面から邪馬台国の謎解明をテーマにしています。この小説誕生のエピソードは、8月3日付け埼玉新聞紙上に詳しく紹介いただきました。内容から壱岐だけでなく対馬 五島列島 平戸島など松浦沿岸諸島 糸島 前原市 福岡の地域興しに役立つ可能性が高いものです。小説形式で読みやすく面白いと評判です。                                
 

 北部九州各島の島興しに本書の活用をご検討ください。将来は 海人の活躍した邪馬台国発祥の諸島巡りとして、対馬 壱岐 平戸 五島列島 松浦 西彼杵諸島を巡る観光クルーズも期待できるのではないでしょうか。この海域は美しい西海国立公園でもあり全国から多数の古代史ファンと島巡りファンの参加が期待できると思います。

 九州大学、故中山平次郎博士を始めとする諸先生方の研究成果を取り入れ、講談社「大字典」と諸橋「大漢和辞典」を活用し、倭人伝解読推理から「邪馬台国壱岐発祥 伊都首都」を解き明かした画期的な成果による史上初の推理小説です。

 

歴史推理小説「邪馬台国 五文字の謎」角田 彰男著

目次

一 三百年来の謎を解く ー逆転の発想ー
二 里程を使わず邪馬台国探しに挑戦       
三 倭人伝を解くキーワードの発見 ー三文字の謎ー       四 邪馬台国発祥の島 古代壱岐と国名の謎    
五 壱人の九州上陸 ー四番目の文字の推理ー    
六 「都地」という名の由来の謎         
七 女王の都を発見! ー五番目の文字の出現ー  
八 王都の失われた意味             
九 大陸から動乱の知らせ ー邪馬台国名の成立ー 
十 一万二千里の真実              
   
十一 倭人の故郷、対馬の旅 ー孔明の八陣の旗ー 
十二 対馬から壱岐の一大国へ          
十三 玄海の蓬来島を発見 ー壱岐「原の辻」ー  
十四 金印をもらったのは?           
十五 玄界灘に立つ龍の首            
十六 女王の鏡と神殿              
十七 消えた? 卑弥呼              
  
十八 謎かけ歌二首               
十九 水行十日、陸行一月            
二十 壱岐古老の語る投馬国の意味        
二一 古代を暗示する地名群 ー長崎ー      
二二 壱岐、壱岐、壱岐・・・・・・       
二三 重大な疑惑                
二四 天孫降臨                  

資料 新聞記事・後漢書・魏志倭人伝  
主な参考図書と取材地、情報入手先
    
*この歴史推理小説は、古田武彦先生、奥野正男先生のご教示と壱岐在住の支援者の方々のご協力を得て完成、出版されました。                        

参考にさせて戴いだいた主な書籍

古田武彦「『邪馬台国』はなかった」奥野正男「邪馬台国はここだ」遠山美都男「卑弥呼誕生」武光誠「邪馬台国が見えてきた」柳田康雄「伊都国を掘る」安本美典「季刊邪馬台国」森浩一「古代史の窓」半藤一利「昭和の巨人を語る」小林達夫「遺跡ガイド」 前田和美「つくし風土記」出口宗和「邪馬台国論争99の謎」大石武「八幡の島」 石原道博「魏志倭人伝」他多数                       

 

この本を読まれて個人グループで壱岐旅行ご希望の方のお問合せは、
占部英幸氏
(壱岐郷土史家)まで 

*占部氏は「邪馬台国五文字の謎」執筆協力・後援された方です。占部家には、8世紀初め古事記編纂前に壱岐から奈良へ招聘された神官卜部氏は御先祖との伝承が有ります。壱岐の月読神社をお守りしております。島の歴史・神話・観光情報が得られます。                                      

占部氏のホームページ「月読神社」ここをクリック

壱岐観光名所 歴史がよく判る「壱岐巡り」をどうぞご覧ください。   
今年も豪華客船による壱岐クルーズが行われます。詳細は、後日お知らせ致します。  

御礼
’03.9月16日から3日間開催された壱岐国ルネッサンスは晴天に恵まれ、両国の高僧、モンゴル大使、モンゴルテレビスタッフの参加と島内外からのべ200人以上の参加を得て成功しました。読売新聞、長崎新聞 、西日本新聞、毎日新聞、朝日新聞、壱岐島内各紙 それにNHK長崎などマスコミ各社(九州、地方版)により報道して頂きました。私も壱岐で元寇犠牲者敵味方の慰霊と世界平和の祈りを捧げてきました。壱岐ではおかげ様で私の本が百部以上売れました。             

長岡秀星画伯デザイン、壱岐国ルネッサンスポスターをご覧ください←ここをクリック!

   壱岐国ルネッサンスは心豊かに成功しました  ←クリック          
2004.3 この本の初回分の印税は、壱岐の島興しや九州国立博物館の建設募金等に寄付させて頂く所存です。ご理解ご協力いただいた皆様に感謝申し上げます。(九州国立博物館建設募金は04.3.31で終了となりましたので、とりあえず10口を募金致しました)

御 報 告   
*2004.10.12 本書執筆の初めての印税を
壱岐市「壱岐原の辻遺跡保存協議会」様へ寄付させて頂きました。今後の原の辻遺跡の発掘、保存に役立てて頂けることを願っております。(著者)、尚、壱岐市、原の辻保存協議会会長 須藤正人様より上記寄付への丁重なる礼状を戴きました。           

  参考 壱岐の島の特色   
   漁業と農業、観光の島。古事記に記された歴史の古い島。2004年3月から壱岐市となり、近年、
   豪華客船「飛鳥」や「ビーナス」「日本丸」が寄港するようになりその自然歴史文化が注目されています。
   修学旅行、臨海学校の西のメッカ。関西方面からたくさんの生徒さんがやってきます。         
   最近、高校の離島留学生制度(原の辻遺跡発掘体験、歴史文化コース)がスタートしました。       
     さらに数え上げれば                                   

壱岐は「春一番」名の発祥の地(郷ノ浦、元居公園に記念塔)

壱岐は麦焼酎発祥の地(麦焼酎は、適度に飲めば血栓を溶かすそうです) 

壱岐は住吉神社発祥の地 

壱岐は月読神社発祥の地      

壱岐は古事記発祥の地(古事記編纂前に対馬と壱岐から卜部氏15人が奈良朝へ招聘された。
神代の部を語ったと考えられる。稗田阿礼は壱岐系との説もある)               

壱岐は玄海の宝来島 ー古来から宝の島の伝承があるー

壱岐は一島で4紙も新聞が発行されている文化の地  

壱岐は長崎県、弥生の埋蔵文化センター建設予定地 

壱岐の「うに飯」は日本一との評判。 

壱岐の内海湾の日の出は「日本」国名の起源となったとの説あり。

壱岐は離島には珍しい温泉の湧く島 

壱岐は「天一柱」(あめのひとつはしら)と言われ国生み神話で御柱があったとされる島         

壱岐は邪馬台国発祥の島 その証拠に紀元前の”一大国”の王都 「原の辻」遺跡がある。 

                                                                                                    

小説の元になったHP紹介(イントロダクション) 

「邪馬台国を科学する」

  この新説は2002年4月「壱岐日々新聞」に紹介頂き、11月からは16回に渡り「壱岐日報」紙上に連載頂きました。(文末写真)更に西日本新聞に紹介いただいた「島の科学」40号にも掲載いただきました。また、私の「邪馬壱国壱岐発祥、伊都首都説」発表後わずか三ヶ月にして、この新説を裏付けるかのように7月、壱岐、一大国の都趾,原の辻遺跡より三種の宝器(鏡、剣、勾玉)が発見されました。(2002年7月25日朝刊各紙一斉報道)

                                   起 2002.4.7  更新 2003.7.23

金印漢委奴国王の画期的新解釈 前人未到の推理成果!
三百年来の謎 魏志倭人伝の解読に成功!
「邪馬壱国壱岐発祥・伊都首都説」ー伊都は倭の女王 卑弥呼の都だったー

ヒルベルトの公理法を用いて里程に関係なく邪馬台国の位置を発見! 邪馬台国は北部九州だった!
壱岐は邪馬台国発祥の島! ついに邪馬台国発見に成功!
       一大国は北部九州の数百島を束ねる一大海上王都だった

1年間に渡り当HPをごらん頂き有難うございました。この度このHP上での詳しい内容は推理小説形式で出版されました。私の新説を元に書かれたこの本は03’壱岐国ルネッサンス記念小説です。 推理小説形式を採っているので金印と文献、遺跡に基づいた推理の様子が面白く判りやすく読めると好評です。この小説の元になった倭人伝解読の一端を下記に簡単に紹介致します。  2003.7.23

これまで長い間、邪馬台国の謎が解けなかった理由
戦後、科学的な歴史研究がスタートして六十年。邪馬台国はもっと早く発見されてしかるべきでした。それが成されなかった原因は、次の3つの重大な思いこみ、誤認があったからです。それは端的に言えば貴重な
金印や魏志倭人伝刊本(現存最古の正伝)を記述通りに読まないという誤りを犯していたからです。
1 国宝の金印文「漢委奴国王」を書いてあるとおりに読まなかった。
 
古代日本は倭国だから委は倭の誤記、または倭の略字だろうという思いこみがあった。西暦57年、正式授与の金印文字なのでを書いてあるとおりに忠実にと読むべきだった。「カンナ国王」あるいは「カンド国王」「カンヌ国王」と。倭の字は委からつくられたものである。根拠「倭もとまた委に作る」(経典釈文)人に従い、委の声、詩に曰く、周道倭遅」(説文)だから金印が作られた時には、まだ倭の字は成立していなかったと考えられる。我が国の古文書に「大委国」の表記も発見されている。自分の国名を書くのに略字を使うはずはない。これからも古代の日本は「委」国(イ国)だったと言える。             

2 一大国を一支国の誤記とした。                
 
壱岐のような小島に「一大国」のような大の字を使った名前が付くはずがない。後年の他の史書には「一支国」とあるから、倭人伝では陳寿は書き間違ったのだろうと。しかし、正伝刊本には確かに「一大国」とあるのだから書いてある通りに読むべきだ。そうすれば一大率を一大国が置いたことがすぐに読みとれ、邪馬台国の謎を解く手がかりが得られたはずだ。           

3 邪馬壱国でなくで邪馬台国であるという思いこみ。       
 古代は大和が国の始まりだから、邪馬台ならヤマトと読めるので壱は台の誤りだろう。後年の他の史書も邪馬台国とあるから邪馬台国が正しいと。しかし、現存する倭人伝の正伝書(刊本、写本)はすべて邪馬壱国と書いてあるのだから、それを尊重すべきだ。倭人伝原書の資料吟味をして偽書という証拠がないのだから、まず、その記述を尊重すべきだ。倭人伝正伝刊本の記述を後代の史書や資料価値の低い逸文などを根拠に改ざんしてはならない。

 「一大国」の秘密に挑戦して生まれた「邪馬台国 五文字の謎」(歴史推理小説)

 邪馬台国はどこにあったか。300年前から今日まで謎です。日本古代史上最大の謎に私はあるキーワードから挑戦してみました。それは、魏志倭人伝の「一大率(いちだいそつ)」の一(イチ、イ)です。すると、意外なことにイチ、イが、次々と五つも連なって現れ、女王国の謎は、次々に解けていったのです。まるで推理小説のように、いや、それ以上に、正しく「事実は小説より奇なり」でした。                

 きっかけは、松本清張氏の「一大率を置いたのは誰か」という一言です。(一大率=軍を率いた検察役人)定説では邪馬台国です。しかし私は倭人伝の文脈から素直に「一大国」と仮定してみました。これは、かつてない試みであり逆転の発想でもあります。通常は考えられない。何といっても一大国(壱岐)は小島でそんな力があるはずがない。しかし、みれば見る程、朝鮮交易ルート上、一大国の重要性は高い。私は初め邪馬台国が一大国を征服し、そこに一大率を置いたのかなと思いました。その瞬間、閃いたものがあった。「倭人伝」の原文では「邪馬壱国」だ!と。すると、ここまでで「一大率」と「一大国」と「邪馬壱国」の「一」(イチ)が三つ揃った。これは、偶然ではないと感じた。もしかすると邪馬壱国の発祥は、壱岐かもしれないと思い、謎ときが面白くなった。                                            

さあ、この謎解きはどう展開していったでしょう。倭人伝片手に対馬、壱岐、福岡前原を旅して調べたポイントを列記すると、                                           

1、一大国=壱岐と対馬は、単なる小国でも交易中継だけの小島でもなかった。その古代の真の姿は?

2、一大率は、なぜ女王国以北に置かれたのか。その意味と真の役割とは。             

3、邪馬壱国の呼び名の意味画期的新説)ーその成立の経過と陳寿が倭人伝に記載した訳ー

4、邪馬台国=女王国と倭国の関係は? そして倭の女王卑弥呼と倭王の関係は?         

5、志賀島の金印はなぜ倭王でなく委奴国王に授けられたか。後漢書の「極南界」の正しい理解から金印授与の理由が明らかに。金印と邪馬壱国の関係は?新解釈)               

6、邪馬壱国の王都はどこか。倭の女王の都は「天下を治める大王の都」の発見         
 その都跡からは、比類なき大銅鏡「内行花文鏡」と剣 勾玉 それに数千個のおびただしい宝玉類 多数の弥生の鉄器類、漢式鏡が出土している。この規模は当時の日本一。まさしく倭国、邪馬台国の大倭王の都にふさわしい。
倭人伝からこの発見を可能にした講談社「大字典」諸橋「大漢和辞典」の威力とは?                              

7、邪馬壱国の呼び方は魏滅亡後、なぜ邪馬台国に変わったか。                 

8、全面的に解けた一、、壱、伊、の五文字の謎(画期的推理 *委と倭は中国側の命名国名

9、壱岐古老の語る投馬国名の意味とその意外な位置                     
 投馬国五万戸の分析 ー古代の家族形態と住居の制約から解く

10、福岡市西区の不弥国跡にはなぜ、今も壱岐、壱岐、壱岐・・・と壱岐の地名だらけなのか。   

11、遺跡から判る貴重な弥生の「三種の神器」のルーツ ー九州大学 中山平次郎博士の業績ー   

12、2002.7.25 壱岐に現れた有力な証拠ー原の辻遺跡「銅鏡 剣 勾玉」           

13、解読不可能とされた倭人伝を解いた意外な成果ー天孫降臨のその真実が明らかにー      

          読売新聞(長崎版)に紹介して戴きました 2003.10.25

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壱岐日々新聞02.4.19号と壱岐日報 (連載は02.11.6より16回)の写真(著者撮影)

      本小説は上掲島内紙への投稿から連載へと発展したことに力を得て誕生しました。

 倭人伝解読の成果を現地に確かめようと主人公 津田教授は松井助手と対馬、壱岐、福岡の旅に出る。そこで二人が見たものは? 最後に現れる壱岐の有力な証拠「三種の神器」とは?                                

詳しくは、推理小説形式で謎解きがわかりやすく書かれた「邪馬台国 五文字の謎」を全国書店でお買いあげの上、史上初めて倭人伝解読推理に成功した主人公 津田の活躍をご覧ください。          

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