キィーン コォーン カァーン コォーン
ザワザワザワザワ……………
今日一日の公的な勉学の時間の終わりを告げる鐘が鳴り、解放された生徒達の息吹が校舎を包み込むように広がっていく。
むろん、真治たちも例外ではない。
早速わずかな文房具類をカバンに放り込んだ冬至と健介が教科書類を片している真治に声をかけた。
「なぁ、真治、何時ものゲーセンに新しいガンシューティングが入ったんだ。やりにいかないか?」
「ついでにどこかで腹ごしらえや!」
そんな2人に申し訳なさそうに真治は答えた。
「ごめん。今日は金曜日だし、買出ししとかないといけないんだ。だから…」
「あぁ、そうか、そういえば金曜だったな。じゃ、しょうがないか…」
真治の行動パターンを思い出し、納得する冬至と健介。
金曜日の買出しは真治が2人と知り合った頃からの習慣である。大家族である真治の家庭事情からもちろん買い物は欠かせないが、さすがに毎日と言うわけではなく、弥生とほぼ一日交代で買い物に出る。ただし、土曜、日曜はいろいろと家の仕事に追われるためにその分を買い込む目的で金曜日は常に真治が買い物担当なのであった。
「ごめん、来週にでも付き合うからさ。」
「ま、気にするな。真治のいない間に腕をあげとくさ。」
「そやそや、今度こそぎゃふん、いわしたるで。」
実はエアホッケーやガンシューティングなど反射神経を試されるゲームに関してはマニアの健介をしても真治の腕には一目置いている。複雑な動作や操作を伴うものに関してはそれほどでもない真治だが、反射的な行動と単純な動作でのゲームに関しては冬至も健介もめったに勝てたことが無いのである。実はそのときの真治の瞳の色が若干変わっていたりもするのであるが…。
「そういうわけだから、お先!」
「おう、また来週な!」
「じゃな!」
こうして、今日真治の向かう先は四龍区、真治の住む月宮町の駅前商店街であった。
一方、こちら真治よりも早く校舎を出ていた明日香と光も真治たちと同じような会話を交わしていた。
「ごめんね。今日の夕飯の分の買い物をしないといけないのよ。」
手を合わせてすまなそうに頭を下げる光に対して、まぁ、しょうがないかをいう顔の明日香。
その横を実に気になる会話を交わしながら歩いていく女生徒2人。明日香達よりも学年が上のようである。
「ね、今日金曜日よね。」
「そうなのよ!早く帰んなきゃ、私たちが着く前に来ちゃうわよ、真治君。」
「焦らなくても大丈夫よ。まだ、校舎から出てなかったみたいだもの。」
”真治君”のフレーズに耳がピクリと反応する明日香。
「今日は家庭科の実習でまた先生よりおいしいもの作った見たいだし(前話参照)、話題もあるんだから。」
「そうよね。家に寄りそうもなくても、声かけやすいしね。」
そんな話をしながら駅のほうに小走りに遠ざかっていく。どうやら話題に上っている”真治君”とは明日香の良く知る人物のようである。
「あの2人・・・」
「光!知ってるのあの2人組!」
光のつぶやきに即座に反応すると光の両肩を引っつかみ揺さぶりまくる。
「ちょ、ちょおおっと、あ、あすか、すとぉ〜〜っぷ」
「誰なの!?」
なんとか脱出すると、ふらふらしながら言葉をついだ。
「あの人たち、月宮駅前の商店街のお店でお手伝いしているところを見たことあるわ。」
「そう……………!!」
つぶやいたとたん、光の腕をとると脇にひっぱりこんで身を隠す明日香。
「な、なに、ふぐっく、ふぁくく::」
「シッ!黙って!」
光の口と腕を押さえ込み体を小さくして様子をうかがうその脇を、何も気付かずに真治がトコトコと通り過ぎていく。
「くっくっく、予定変更よ。」
「ふぁくくぁ、うぐくん、くぐぐぅ」(ジタバタジタバタ)
「考えたら、家の近所での真治の行動ってあんまり見たこと無かったわね。」
「ぁぁぅぃ、ぅぉぅぅ……」(パッタンパッタン)
「京香おばさまも、商店街で真治に会った時にまわりからいろいろ声がかかったって言ってたし。」
「…ぅ………ぁ………」(ピク……ピク……)
「さ、行くわよ、光!……って、あ、あら?」
洞木光、享年15歳、明日香の押さえ込みにより大河のふちをさまよっていた……
【世界重なりて】
碇真治の一日 〜 平日・放課後編 〜
四龍駅より区内線に乗り換えて、揺られること数十分。目に映る景色に緑の山並みが大きく飛び込んでくるここ、月宮駅の、バスロータリー側とは反対側にこの地域の人に親しまれている商店街が存在する。
真治が冬月の元に預けられたころから既に存在し、その店並は今もほとんど変わっていない。
従って、こちらに来て程無く家事を引き受けるようになった真治が買い物に来るのもこの商店街であり、このおよそ10年の年月を経て、既にまるで家族のような扱いを受けるほどに溶け込んでいるのである。
まぁ、小学生低学年の自分の息子・娘もしくは孫ほどの歳の真治がほぼ毎日買い物篭を抱えてえっちらおっちら買い物をしていれば、人情に厚い商店街の人たちが放って置くわけが無い。あっという間に人気者である。
最初はかなり戸惑った感のあった真治だったが、やがていろいろと世話を焼かれることによってあれこれと話をするようになり、商店街の人々のみならず、買い物に訪れる主婦の団欒の輪に加わるまでに成長してしまっていた。
<1件目 八百屋の八百政>
「よぉ、しん坊!今日は遅かったじゃねえか。」
威勢のいい掛け声と共に野球帽を前後逆にしてかぶった八百政のおやじさんが店先に立った真治を見つけて声をかけた。
「こんにちわ。おじさん。もう学校が始まったから、これからはまたこの時間帯になると思いますよ。」
「お、そういやそうか。家の佐織もさっき帰ってきたばっかりだな。」
と、奥から2人の女性が声を聞きつけたか、店に出てきた。
「お、しんちゃん、聞いたよ!また、家庭科の先生を泣かせたんだって!」
と、ちょっとぽっちゃりとした体格の緑のエプロンをつけた女性。そして、
「いらっしゃい、真治君。今日も海野先生が泣きまわってたからすぐわかったわ。ね、今回は何の勝負だったの?」
先程明日香たちの脇を通り抜けた2人の女生徒のうちの一人、長い髪を首の後ろあたりで1つ留めしてやはり緑のエプロンをつけた橘 佐織である。
「ちょっと、橘のおばさんも、佐織さんも、そんな話広めないでくださいよ〜。なんか、最近家の近所でもそのこと言われたりするんですから。」
「あはは、そうかい?でも、事実なんだろ。今度のお料理会ではそれを作ってもらおうかね。」
「そうよ、ね、どんなもの作ったの?お姉さんに教えてよ。」
楽しそうに詰め寄ってくる2人に、これは今回の話も広まっちゃうんだろうなぁ、と思いつつ、
「今回はプリンですよ。料理会でやるにも、お菓子関係はまだまだ由利子さんの方がうまいと思いますけど。」
「あらあら、謙遜しちゃって。しんちゃんのお菓子は商店街のお子様達には大人気なんだから。この子だってこの前のクッキー、私の見ていない間にほとんど食べちゃって。」
「ちょっと、お母さん!変なこと言わないでよ!真治君も信じちゃ駄目だからね!」
「あらあら、見栄張っちゃって……。」
「お母さん!!」
この後、少し世間話をしたあと、キャベツ1玉、玉ねぎ5つ、キュウリ3本、ニンジン3本、大根1本を購入。
<2件目 スーパー大徳>
ここのスーパーはこの商店街内での共存のために、牛乳などの乳製品、調味料、インスタント製品、冷凍食品などが売られている。
「今日は卵が安かったんだよな。あと、醤油がなくなりそうだったけ。」
入り口で買い物篭をとると、自宅の台所の調味料の具合を思い出しながら必要なものを籠に入れていく。
卵ワンケースと牛乳も2本籠に詰め込むとレジに移動、会計をすまして外にでると、そこで声がかかった。
「あら、真治君。こんにちわ。」
「あ、秋子さん。」
ビニールの買い物袋を下げた女性がちょうど店に入ろうとしていたようであった。
「今日は真治君が買い物の日ですか。」
「あ、はい、今日は金曜日だし、明日明後日の分も買っておかないといけなので。」
「そう、大変ね。」
「いえ、そうでもないですよ。それより、この前はピロシキの作り方、ありがとうございました。おかげで家のみんなに喜んでもらえました。」
「あらあら。お役に立てたようでよかったわ。」
長い髪を一本の三つ編みにして前に流している落ち着いた感じのこの女性。実は真治の料理の先生である。
もともと、周りの料理を教えてくれるような人のいなかった真治だったが、この商店街でいろいろな人と話している中、真治の料理の質問に丁寧に答えてくれたのが、この秋子さんなのであった。
そして、その話の輪に他の主婦たちも加わり、いろいろと料理談義に華を咲かせるようになり、「どうせなら皆でお料理会をしましょう。」というわけで、月に2回、商店街の一角に位置する喫茶店”ブロッサム”でお料理会が開かれるようになったのである。
家庭料理は秋子さんが、お菓子関係はこの喫茶”ブロッサム”の店長、由利子さんが主に担当している。まれに、変わった料理の覚えたメンバーや、真治が担当することもあった。
「なんか、弥生ちゃんとかもお世話になってるみたいですし、今後ともよろしくお願いします。」
「ふふ、2人とも筋がいいから私たちももうすぐ抜かれちゃうかもしれないわね。」
「そんなこと無いですよ。まだまだ、秋子さんにも、由利子さんにもかないません。」
「あらぁ、真治君に秋子さん。こんなところで何のお話?」
そんな話をしている2人を見つけて、買い物途中の顔見知りの人たちが寄ってくる。そして、何時ものごとく情報交換。
およそ30分の情報交換。ここでの購入品:牛乳2パック、卵1ケース、醤油1本、塩1袋。
<3件目 お肉屋さんの桜井製肉店>
「ちょっと!真治君、待って、待って。」
今日の夕飯はお魚にしようかなぁ。などと考えながら、お肉屋さんを通り過ぎようとしたところに、店のほうから声がかかった。
中から出てきたのは、明日香たちが見かけた2人の内のもう一人、髪をポニーテールにまとめて、白いエプロンをつけた桜井 麗佳である。
「あ、麗佳さん。こんにちわ。」
「もう、素通りしちゃうなんてひどいわよ。」
「あ、ごめんなさい。今日はお魚にしようかなと思っていたので、つい…。」
「そう、私の売るものは買ってくれないのね。シクシクシク…」
泣き落としである。そんな麗佳に、
「これ、麗佳!真治君を困らせるんじゃありません!」
これまた、店から出てきたスレンダーな体格の白いエプロンの女性。麗佳の後ろ頭をぺチンと叩くと真治の方を向く。
「ごめんなさいね、真治君。なんか、麗佳が変なこと言ったみたいで。」
「もう、ちょっとした冗談なのにぃ。」
そんな麗佳とその母親、美香のやり取りをながめつつ、真治は商品ケースに目を走らせると、
「それじゃ、コロッケ10個、もらえますか?」
「え、無理しなくていいのよ、真治君。」
「いえ、拓也や美穂たちのおやつにちょうどいいですし、美香さんのコロッケはおいしいですからね。」
「あら、ありがとう。」
頬に手を当てる美香に、ぷぅーっと膨れて真治に詰め寄る麗佳。
「ねぇ、真治君、私だって結構手伝ってるのよ。私には一言もないのぉ?」
「え、あの、えっと、ご苦労様です……」
「ほら、麗佳、コロッケ10こ、真治君に包んであげなさい。」
「はぁーい。待っててね、今包んでくるから。ね、お母さん、全部で600円だけど、500円におまけしてもいいでしょ。」
ケース裏に回ってコロッケを袋にいれつつ、麗佳が美香に提案する。
「そうね。いいわよ。」
「え、そんな悪いですよ、ちゃんと払います。」
「いいのいいの、いつもお世話になってるんだし。」
「そうそう。」
「すみません、ありがとうございます。」
というわけで、およそ8個分の値段でコロッケ10個購入。
<4件目 魚屋の魚辰>
「こんにちわ、鉄也さん。」
はらわたを抜いたアジを氷の上に並べていた、腰にゴム製の前掛けを巻いて、長靴をはいた短髪の青年に声をかける。
「おぅ、真治か。なんだ、今日は弥生ちゃんじゃねえのか。」
「今日は金曜だから僕が買い物担当なんですよ。」
「はぁ〜。おれんとこ来るときは弥生ちゃんをよこしてくれ!っっ痛って〜」
”ゴン!”という鈍い音と共に、その鉄也の後ろから片手にイナダ一尾をぶら下げた親父さんがこぶしを振り下ろしていた。
「馬鹿言ってんじゃねぇ!この馬鹿息子!…すまんねぇ、しん坊。おりゃ〜、しん坊と弥生ちゃんが一緒に来てくれるのが一番だよ。なんとも初々しいあの雰囲気がたまらなくてねぇ。」
「ちっ!くそ親父が…」
「ぅん、なんか言ったか?」
「なんでもねぇよ!」
毎回交わされる親子の会話に苦笑しつつ、今日の献立を頭に浮かべながら品定めしていく。
ここで今日の晩御飯用のマグロの切り身の味噌漬を10枚購入。
<5件目 豆腐屋 白絹>
水を張ったケースの中に絹ごしの真っ白な豆腐とちょっと黄色身がかった木綿豆腐が並んでいる。
脇にはおからが大きな桶のようなものに入れられておいてあった。
「おばちゃん、木綿豆腐3丁とおから500グラムください。」
「あら、まいど、しんちゃん。ちょっと待っとくれ。」
奥から白い割烹着のおばさんが出てきて豆腐を袋に詰めていく。
「あ、そうそう、しんちゃんとこの美穂ちゃん、この前弥生ちゃんと買い物に来てたときに本当の豆腐作ってるところを見てみたいって言ってたよ。」
豆腐3丁を脇に置くと、今度はおからを袋を入れてグラムを計りながら、真治に話し掛けてきた。
「あ、そうですか。いや、この前おばさんに教えてもらった豆乳とにがりで豆腐を作ってみたんですけど、そのとき、本当は大豆から作るんだよって話をしたんですよ。」
「そうかい。うまく出来たかい?」
「はい。でも、やっぱりおばさんの作るものとはぜんぜん味が違いますよね。」
「はは、ま、そりゃあね。それじゃ、今度美穂ちゃんや弥生ちゃんを連れて見学にいらっしゃい。最初っから作るところを見せてあげるよ。…はい、お待ちどうさま。」
「あ、ありがとうございます。えっと、お代はこれで足りますか?……それじゃ、今度お邪魔させていただきます。」
「あぁ。来るときは前もって連絡しておくれ。」
というわけで、豆腐3丁とおから500グラムを購入。
大体の買い物を終えた真治は、両手に荷物を抱えて道ならびのお店を覗きつつ駅のほうへと戻り始めた。
そして、駅前……、
「あれ?明日香に委員長?」
そう、やっとこちら側に戻ってきた光を引っ張ってやってきた明日香と合流したのであった。
「ちょっと、真治のやつ、もう買い物終えちゃってるじゃない!光がぐずぐずしてるから!」
「あ、明日香があんな真似するからでしょ。危うくお母さんとご対面するところだったんだから!」
「委員長は駅、もう二つ手前じゃなかったっけ?ん?どうしたの?」
真治の前でお互い肘を突きあいながら、小声で文句を言い合う2人に声をかける真治。
「えっとね、私も今日はここで買い物しようかなぁ〜と思って。」
「そうそう、真治は買い物終わったんだ。」
「ふ〜ん、そうなんだ。あ、僕のほうはもう終わったからこれから帰るところだよ。」
両手の荷物を持ち上げて見せながら答える真治。もちろん、光や明日香が冷や汗をかいているのにも気付いてはいない。
「ん〜、どれどれ。あ、コロッケがある!あたしの分は?」
「もちろん、ちゃんと人数分買ってあるよ。」
実にさりげなく数量を見てみると、碇家8人(下から、美穂、香、拓也、瑞希、弥生、真治、麻耶、冬月)にプラス2名の惣流家(明日香、京香)の分も仕入れていることがわかる。
「昼どころか、夜までお世話になってるのね……。それにしても…、碇君、それ、重くないの?」
野菜類に牛乳パック、塩の袋に醤油が一本。コロッケに魚の切り身、豆腐におから。じっくり見ると尋常な量ではない、というか、普通一人では持ちきれない。特に、外見それほどガッチリした体格には見えない真治には。
「え、あ、まぁちょっと重いけどね。慣れてるから。」
「そ、そう…」
ひゅるる〜と沈黙が舞い降りる。
「あぁ〜、もう。かたっぽ貸しなさい!持ってあげるわよ!」
沈黙に耐え切れなかった明日香が真治に手を差し出して言った。
「え、いいよ、別に。大丈夫だから。」
「ぐちゃぐちゃ言わない!この明日香様が手伝ってやるって言ってのよ!まぁ、私たちの分も入ってるみたいだし。」
多少、自覚はあるようである。
「えっと、じゃあこれ、お願い。」
「う、おっもーい!あんた、よく平気な顔でこんなのもってるわね。……あ、光、あたし、真治と一緒に帰るから。」
「え、えぇ、わかったわ。それじゃ、碇君、明日香、また来週ね。」
「うん、それじゃ、委員長も。じゃあね。」
「ばいばい、光。」
こうして、別れをつげると真治と明日香の2人はバス停の方へと歩いていった。
そんな2人の後姿を見送りつつ、
「わたしは一体何をしに来たのかしら……?」
とんだとばっちりをくった光嬢であった。
後書きのようなもの
どうも〜、jr-sari です。
今ごろになって、やっと5000Hitの記念SSです。すでに6000超えてますが。
訪れていただいた皆様には感謝しております。本当にありがとうございます。
更新ペースがますます遅くなってしまいましたが、今後ともごひいきによろしくお願いします。
感想などありましたら、ぜひともメールください。はげみになりますので。
それでは、次も頑張ります。
written by 2001.05.05 Ver.1
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