2007年9月の日記

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9月30日(日) 名古屋帰省2日目

 シゴトはないので昼まで朝寝坊。叔父さんの家へ挨拶に行くと、“長男だから”と、実家に帰ってくるようお説教されます。“シゴトしなくてもいいから帰って来い”という。んなバカな話があるかい!

 “シゴトしろ、とは言わないから”“結婚しろ、とは言わないから”と、母と口を揃えて言うけれど、こんな約束は反古にされるのが当たり前なので無視。シゴトが軌道に乗ってきているのに、ニート逆戻りは嫌です。

 この日は、特に何かした、というわけではないですが、精神的に疲れました。親たちのほうが、自分よりも子供です。やってられません。夜はまた、昨日とは別の友人が訪ねてきてくれました。


9月29日(土) 名古屋の実家に帰省

 本日より3日間、名古屋(正しくは愛知県小牧市の実家)に帰省します。ただ、過労で朝から動ける状態ではなかったし、図書館に返却しなければならない本があって、本日中に必要な箇所をスキャンしなければならなかったのです。

 我が家のスキャナーは、もう8年くらい前の製品。普通にスキャンはできますが、DPIを上げると遅いのですね。400DPIごときで、うぃ〜〜んって30秒くらいかかりますよ。周辺機器を買い換える余裕までないもんなあ・・・。

 午後4時に家を出て、千代田図書館に立ち寄り、お茶の水駅まで歩きました。何だかんだって、実家に着いたのが夜の8時頃。さっそく友人が訪ねて来てくれて、しかも5年ぶりに会うのです。深夜3時まで世間話してました。


9月28日(金) カツカレー¥350

 リフレ(整体)行ってきました。数日前から半身浴したり、サロンパス貼ったりもしましたが、ツボ押しに勝るものはないです。秋葉原駅ホームのそば屋“田毎”では、サービスデー、“カツカレー¥350”だったので、シゴト帰りに立ち寄って、大盛り(+¥100)を食べました。

 そば屋の前では人々が口を揃え、「ねえ、カツカレー¥350だって」と喋っているし、実際、お店に入るとほぼ全員がカツカレーを食べていました。ここのカレーは普段から安くてわりと美味い。みんな知っているし、本日は満員御礼ってカンジですか。また寄らせてもらいます。


9月27日(木) 肩凝り酷い

 リフレ(整体)行かなきゃなあ・・・。首、肩、背中、石のようにガチガチです。キンと1本、スジが入っちゃって、身動きがとれません。本日は雑誌が校了でした。写真整理から参加したので、いちばん最後、本文に目を通しましたが、訂正箇所がポロポロと出てきました。間に合ってよかった。

 次の雑誌も担当させて頂くことになりました。シゴトが繋がってよかった。明日、さっそく資料のコピーをとってきます。夜は別件の事務所で2台の外付けHDDを増設。USBケーブルが足りない、と思って近所まで出たけど売っていない。ハーフピン・タイプは¥100では買えないだろうな。


9月26日(水) パスタ・リベンジ!

 一昨日はちょっと物足りなかったので、本日はパスタ・リベンジ!とまいりましょう。新たに用意したもの・・・塩(天然塩)、ミートソース、玉子、キャノーラ油、パルメザンチーズ、バター配合マーガリン。

 実は一昨日、パスタを茹でるお湯に塩がなかったので、アジシオでごまかしました。茹で上がってから水を切り、バターを絡めて少し寝かすんだよ。キャノーラ油はオリーブ油の代用品。全部¥100ショップなのだ。

 邪道かも知れないけど、私は、炒飯みたく、溶き玉子でパスタを絡ませて炒めるのが好きなのだ。ミートソース乗っけて、個包装になったパルメザンチーズをふりかけてできあがり。お、おいひい・・・。


9月25日(火) 食欲の秋

 食欲の秋ですねえ・・・。みなさん、心もちお顔が丸くなったように感じます。今日はお昼のお弁当に、味噌豚丼をいただきました。何気に名古屋チックなこのメニュー。どうして東京のお弁当屋さんにあるんだろう?

 豚肉を赤味噌に漬けると柔らかくなるし、けっこう保存も効くのです。それを焼肉にしたものです。実家の方では赤味噌漬けのステーキ肉が安価で販売されていました。鮮度をごまかせるというのもあるんですが。(汗)

 実際には、しっかりスジ切りしないと硬かったりします。安いお肉ですから。子供の頃からたくさん食べましたねえ。鶏の唐揚げもたくさん食べましたけど。こうやって母は家計を上手くきりもりしていたのですな。


9月24日(月) パスタたらふく

 昨日の帰り、ふとパスタが食べたくなってローソン100で買っちゃいました。大鍋いっぱいのお湯で茹で、インスタントのたらこソースをふりかける・・・。ソースの量が足りなくて塩コショーしてしまいました。(汗)

 たくさんあるんだろうな、とは思っていたけど、1袋で4人前くらいあるんですね。たらこソースは2人前しかなかった。美味しかったには違いないけど、物足りない。名古屋名物ヨコイのあんソースがないからです。

 お腹の中はパスタでいっぱい。次回、実家に帰ったときはヨコイのあんソースをまとめ買いだ。あんかけパスタなら、お店でダブルサイズも平らげられる、ねも艦長でした。食いすぎだっちゅうの。


9月23日(日) 『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』

 ようやくの三連休。昨日は夕方(公開生放送)まで爆睡してしまったけど、今日はまず美容院で散髪。その後、新宿へ移動して映画『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』(HARRY POTTER AND THE ORDER OF THE PHOENIX)を観てきました。ダニエル・ラドクリフ、ルパート・グリント、エマ・ワトソン、イメルダ・スタウントン、レイフ・ファインズ、ヘレナ・ボナム=カーター、マイケル・ガンボン、ゲイリー・オールドマン、アラン・リックマン、イヴァナ・リンチ、ケイティ・ルング他出演、デヴィッド・イェーツ監督、ニコラス・フーパー音楽。(2007年イギリス・アメリカ/2時間18分)
公式ホームページ

 ハリー・ポッター・シリーズの中で、おそらくもっとも地味な作品でしょう。上映時間もいちばん短い。最初のチビッコ3人組も、実年齢ではハイティーンだし、魔法学校5年生とはいえど、ステージとしては日本の大学くらいの世界を扱っています。何といっても今回、主人公のハリーは政治的な泥沼に巻き込まれてしまっている。圧力をかけるため、魔法省から教師が送り込まれるし、このままでは恐ろしい敵に勝てないと、ハリーたちは秘密結社を企て、自分たちで訓練を始めるのです・・・。原作者ローリング女史のイデオロギーがはっきり現れています。

 デヴィッド・イェーツ監督はTV出身でまだ評価も固まってはいないのですが、今作品を観るかぎり、大長編の前編でしょうから、むしろ後編に期待すべきでしょう。次回作も続投といううわさです。ハリーの世界がシュールに向かっているのは確かで、“いつまでも子供ではいられない”というのも分かります。スネイプ先生がなぜ、ハリーを目の敵にするのか?その理由も見えました。これもまたハリーにとって辛い現実でした。望むのは、次回作をできるだけ早く!ということです。このままだと消化不良ですから。よろしくお願いします。


9月22日(土) 「大橋照子のテルネット・イン」

 ラジオNIKKEI「大橋照子のテルネット・イン」の公開生放送を見に行きました。というのは、先週のオンデマンド放送で、「バンダイナムコがスポンサーを降りるため、番組が9月いっぱいで終了になる・・・」という告知があったからです。溜池山王駅を出て、地図をたよりに日本自転車会館へ。6階がラジオNIKKEIのスタジオです。

 土曜日なので自転車会館の正門は閉まっていましたが、“←テルネット公開放送こちら”と、小さな手書きの看板が立てられていていました。駐車場から入りますよ。放送開始1時間前ですが、すでに多くの人たちが集まっていました。おそらく「ヤロメロ」時代から聞いている同世代ばかりだよなあ・・・。

 “赤坂の斜塔”とも呼ばれる古いスタジオ。しかし昔は、ステレオ録音のできるスタジオが都内でも少なく、FM東京もよくこのスタジオを借りていたという。(大橋さん談)そして7時から放送開始。うれしい知らせは、10月からラジオNIKKEIモバイルで、「大橋照子のドキドキラジオ」と番組名を変えて存続が決まったこと。

 ただし、モバイルは携帯電話で聴く有料放送(月額¥315)です。スポンサーなしでは、この形態でしか存続できない。ラジオNIKKEIは継続してスタジオを使わせてくれる。大橋さんやゲストアナウンサーはノーギャラです。オフィシャルサイトも有料制に変えないといけない。ある意味、たいへんなことになりました。

 私がこれを聴くためには、携帯を機種変更しないといけない。それから、パケット通信料を定額制(パケホーダイ)にしないといけません。何より辛いのは、さすがに短波ラジオで放送を聴いている人は少ないだろうけど、自分でお金を払えるオトナしか聴くことができなくなってしまったことです。

 放送終了後はお楽しみ。放送は30分だけど、その後スタジオでは、2時間にわたって、“人間神相撲大会”、“じゃんけん大会”そしてフリートークが行われました。昔はよく、学生たちがスタジオの廊下に座り込んでいたとか。昼食代をスタジオへの電車賃に使ってしまうので、彼らはいつも腹ペコ・・・。

 そんな子供たちを大橋さんはよく、食事に誘ってやったのだそうです。家出少年を諭すこともあったという。ここに来ているのはそんな子供たちが立派なオトナになっての恩返し。地上波と無料インターネット放送ががなくなってしまうのは惜しいけど、よきスポンサーを付けて、ぜひ返り咲いてほしいです。


9月21日(金) 池袋から1時間

 徹夜明けで早朝、データを受け渡しに行き、そのまま出勤。お昼はさぼてんのカツ丼を注文しました。いやはやいけません、眠い眠い。早く出勤できたのでシゴトははかどりましたが、後半戦はほとんど無意識でした。

 帰宅してから、別件のシゴトで印刷所にデータを渡しに行きます。落合を出たのが11時10分ですよ。駒込でデータをもらったのが11時40分。JRで池袋に移動して、東武東上線のホームに着くと深夜0時。

 0時5分の電車に乗って、ときわ台へ。そこから印刷所まで歩いて15分。が、ちょっと道をまちがえて5分ロス。駅へ戻ってみるとすでに電車ナシ。時刻表を確認すると、着いた時点(0時26分)で終わっていたのでした。

 JRは山手線も総武線も、0時50分台で終わってしまうのですが、とりあえず、タクシーで池袋まで移動。満喫で過ごすのは嫌なので歩いて帰ります。すでに40時間不眠不休ですやん。1時間たっぷり歩いて帰りました。


9月20日(木) 本日のお昼は

 何でしょう、唐揚げ弁当でした。大学時代は毎日のように、のり弁当食べてました。最初は¥270。後に¥290に値上がりしたのかな?当時の唐揚げ弁当は¥350で、たまに贅沢して食べてました。

 “たきたて弁当”の、のり弁当には醤油が付いてました。他の店ではソースが付いてる場合もありますね。白身魚のフライにソースをかけるのはいいが、海苔やご飯にソースが滲みると美味しくないです。

 メインが海苔。その下に醤油かつおがキチンと敷かれているのが、のり弁当の本来あるべき姿。よって、ソースは邪道です。フライに醤油かけて食べるのはけっこう美味いですよ。あくまで私見ですが。


9月19日(水) 今日も徹夜明けです

 徹夜三連勤終わったばかりだというのに、また徹夜かい。今日の日替わりハンバーグ弁当はシチュー仕様でした。いいね、クリームシチューがとろ〜り。実家から離れて、シチューなんかご無沙汰だったもん。

 今はレトルトで美味しいシチューもあるんですけどね。ちょっと1人前の量が少ないかな。疲れている時は美味しい食事に癒やされます。肩凝りも酷いです。はやくリフレ(整体)に行きたいな。


9月18日(火) 千代田区立図書館

 お昼はカレーライス。印刷会社のセールスOさんは、みるからにすごい巨漢なのだが、神田神保町の食べ物屋情報に明るい。そんなOさんオススメのお店は、「なるほど」と納得のいくところばかり。今日のレストランもオススメのひとつだったのですが・・・。

 安くてわりと量もある・・・という話は確かに。サラダも付いてきたし。でもカレーの味はきわめて“普通”でした。たまたまこの日はハズレだったのかもしれない。まあ、でも神田神保町はカレーの激戦地区ですからね。あえてカレーを注文するまでもないか。

 シゴトで使用する本を借りに千代田区立図書館へ。初めて入りましたが、区役所の中にあるのか。確かに本はたくさん。でも照明が薄暗いんですよ。目の悪い私は、書架に書いてあるジャンル別の表示がよく見えません。何とか目的の本は見つかりましたが・・・。

 図書カード作ってもらいました。これ1枚で、千代田区の4つの図書館共通だというから便利。目的の本は、来館する前にインターネットで調べておいた方が早く探せます。今回も、書架のナンバーを頼りに探しましたが、無きゃ無いでハッキリ諦められますもん。


9月17日(月) 徹夜三連勤終わり

 徹夜三連勤も終わりました。今日はボリュームたっぷり、“ぺいざん”で夕食を食べよう。ここのお得意は、いかにも学生向けっていうか、焼肉、ハンバーグ、コロッケ、フライといったメニューの定食です。

 カウンター脇においてあるマンガ週刊誌でも読みながら、できあがるのを待つとしましょう。ただし、ここの週刊誌は極端に古いのばっかりなんだよな。(笑)手作りのハンバーグはやはり美味。

 わりと遅くまで営業してるのがうれしい。年に数回しか行かない感じなんだけど、いつまでも変わらないでほしいです。メンチカツとハンバーグを同時注文してはダメ。中身はほとんど同じなんだから。


9月16日(日) デンマーク・ラジオ

 デンマーク・ラジオっていいねえ。パソコンでシゴトしながら聴いてます。ノルウェー、スウェーデンのラジオもいい趣味だよね。北欧のクラシック・ファンのレベルはかなり高いとみた。

 残念なのは日本のNHKFM。もちろん、クラシック音楽普及のために、「気ままにクラシック」とかも必要だ。ただ、1週間くらいラジオを聴いていると、有名曲しか流していないことに気付かされます。

 CDショップでは、「のだめ」関連のCD。クラシック100曲の詰め合わせCDが売れています。でも、その人たちは、そこで自己完結してしまい、それ以上の発展がないのです。

 有名曲でなくても、人はいい曲かどうかの判断くらいできる。極端にレベルを落としてしまうと飽きられるよ。ラジオのパーソナリティーにも知識は必要。もっともクラシックに限られたことではないけど。


9月15日(土) お気に入りのラジオがまた消える

 土曜日の日課はお洗濯です。洗濯機を回しながら、インターネットで「大橋照子のテルネット・イン」を聴きます。な、何ですと?この人気番組が今月いっぱいで終了なんですか?ナムコがスポンサーを降りることになってしまったという・・・。

 いつの時代も、お気に入りの番組が消えるのは悲しい。大橋照子さんのこの番組は、30年前のNSB(日本短波放送)「ヤロウどもメロウどもOh!」から続く後継番組なのだ。今年の5月には
メモリアル番組も放送されたというのに。

 9月22日に行なわれる公開生放送が、最後の公開録音になってしまうという。もちろん大橋さんも、ラジオNIKKEIも番組存続のために、現在、頭をひねっている最中だとか。これはぜひ公開録音に参加せねば・・・。


9月14日(金) シーフードフライ弁当

 お昼は“さぼてん”の弁当でしたが、ひさしぶりに“えびふりゃ〜”が食べたかったので、シーフードフライ弁当を注文しました。エビフライが大きい!白身フライと、カニクリームコロッケの組み合わせ。タルタルソースもあるよ。

 夜は茗荷谷までゲラを届けるシゴトがあったので、駅近くにある“牛丼太郎”のカレーを食べて帰りました。大久保の“牛丼太郎”の閉店は痛かった。調べてみたらこれでもう、東京23区に6店舗しかないんだって。

 ちなみに6店舗は、代々木店、西新宿店、野方店、茗荷谷店、中野店、蓮沼店だそうです。中野に出た時は必ず立ち寄ってますけど、キャベツシャキシャキ、ドレッシングが酸っぱいサラダも好きなんです。


9月13日(木) 肉団子水煮

 今日は中華にしましょう、てんで、お昼は決定。日替わりランチの“肉団子水煮”をいただきました。たまにはこういう、サッパリした味の中華もいいね。温野菜もたっぷりで、とてもヘルシーでした。

 疲れが溜まっていて、お腹の調子もよくありません。が、気候はいいですねえ。とても気持ちがいいです。まだ半袖ですが、もう少したったら長袖ポロシャツを引っ張り出しますか。ではでは。


9月12日(水) ひとくちカツ弁当

 今日は事務所でのシゴトだったので、お昼は“さぼてん”のひとくちカツ弁当でした。買いに行ったら、ランチセットの味噌汁が残ってしまったらしく、オマケに1人1カップずつ味噌汁を付けてくれました。ラッキー。

 食べ物の話題ばかりですが、この日も2箇所でシゴトして、12時過ぎに戻ってきてます。食べたもののメモだけ残して、後日に日記を清書するとこんな感じになります。食べている間だけは、誰しも幸せです。


9月11日(火) アボガド丼

 今日も会社の人たちとお昼は外食。昨日の“まんてんツアー”の途中で見つけた“アボガド丼”の看板。そこへ行ってみようということになりました。アボガドに塩味の効いたハム。しょっぱいタレがかかっていて、コレはいい。

 美味しく食べてごちそうさま〜!で会社に戻ろうとしたら、どしゃぶりの雨。傘を持って来なかった。雨が弱まるのを待って、全速力で走って戻りました。寒くなかったからよかった。2時間くらいシゴトしてたら乾いちゃったし。


9月10日(月) まんてんカレー

 今日は早朝から配達があったので、届け先に寄る前にタリーズコーヒーで一服。ドトールにもあるけど、あのでっかいクッキーをほおばりながら、コーヒーを飲むのが好きなんです。しばし幸福感に浸ります。

 お昼は会社の人たちと一緒に“まんてんカレー”を食べに行きました。“大盛り”とか、“ジャンボ”の量もすごいけど、“普通”でもけっこうな量(ご飯!)があります。ふだんよく食べる女性がギブアップでした。

 “まんてん”だけだと落ち着かない、てんで、食後の“コナコーヒー”へ。ハワイ風のコーヒーなんだって。店の作りもなかなかトロピカル。開けっ放しの窓から吹いてくる風が気持ちいい。


9月9日(日) 自分の時間がない

 なーんか、今日も忙しかったです。ものすごいスピードで、雑誌一冊仕上げないといけません。原稿はほとんど整っているので、挿入する写真を手配しないといけません。

 今回、レアな人物ばかりなんです。で、事務所を出てまた別の事務所へ出向。夜12まで作業です。もう何ヶ月もテレビのスイッチ点けていない。日記を書く暇もない。


9月8日(土) 外廻りいろいろ

 駒込でゲラを受け取って、江戸川橋まで持っていくことに。いつもは地下鉄の改札で受け渡しするんだけど、今日はJRのフリーきっぷを使ってくれという要望。結局、ニアミスが起こって、受け渡しが遅くなってしまった。江戸川橋までは地下鉄で移動ですが、初めて降りたよこの駅は。

 慌ててサンダル履きで出てきてしまい、その後、五反田へ寄って、またまたその後でPCパーツを仕入れに行かなければならない。サンダル履きで移動できるのは徒歩10分圏内です。足の皮が剥けそうに痛いので、フリーきっぷを使って一度家に戻ります。靴に履き替え。

 時間が遅くなってしまったので、秋葉原へは行かず。いつもながらの高田馬場ツクモで外付けHDDを物色。今回は私物でなく、シゴトの買物なので自作はしません。2台のHDDに、それぞれ¥525の5年保証を付けてもらいました。(私物の場合はメーカー保証のみですな。)

 お腹が空いてきたので、久しぶりに“グレート・インディア”のカレーが食べたくなりました。本場のインドカレーじゃないとか、ジャンキーだとか、そういうのはさておいて。美味しいです!この値段で、この味が出せればいうことないでしょう。がんばってくれ!グレート・インディア!


9月7日(金) 川路聖謨の墓

 台風が通り過ぎたすぐ後なので、ビュービューと風が吹いています。駒込へ原稿を届けに行ったついでに、根津まで足を延ばし、大正寺へ川路聖謨(かわじとしあきら)の墓の写真を撮影しに行きます。お寺の入り口には金属の説明板が立っていますが、いったん墓地に足を踏み入れると、どれがどれやら分からない・・・。

 20分ほどかかって、ようやく探し当てました。墓石そのものは、昭和39年に再建されたもののようです。以下は説明板のデジカメ写真から、Smart OCRで文字を起こしたものです。興味のある方はご覧くださいませ。お台場(砲台場)もこの人がいなければ、存在しなかったわけです。フジテレビの恩人かもよ。(笑)

    

 川路聖謨墓  台東区池之端2丁目1番21号 大正寺

 享和元年(1801)4月25日、豊後国日田(現、大分県日田市)領代官の部下、内藤吉兵衛の子として生まれ、幕臣川路光房の養子となる。幼名は弥吉または万福。通称を三左衛門・左衛門尉といい、敬斎と号す。文政元年(1818)支配勘定出役に就任し、評定所留役・寺社奉行調役・勘定吟味役等を歴任。ついで佐渡・奈良・大坂町奉行等を経て、嘉永5年(1852)勘定奉行兼海防掛に任じられた。
 翌嘉永6年、米使ペリーの浦賀、露使プチャーチンの長崎来航により、国防の急務を痛感し、江戸湾品川沖に台場を築く。特に露使とは、応接全権となって交渉に当たり、樺太の北緯50度以南、千島列島エトロフ島のわが国領有を主張した。井伊直弼の大老就任により左遷されるが、文久3年(1863)、外国奉行に起用された。のち病のため退官し、江戸開城直前の明治元年(1868)3月15日に自害した。『長崎日記』『下田日記』『京都日記』など、彼の日記類は貴重な史料である。

 平成7年3月  台東区教育委員会


9月6日(木) 台風だあ

 台風だあ!折りたたみの傘、ぶっ壊れました。私の地元では、“こうもり傘”と言いますが、この言葉が通用しないことも多い。実家だと大袈裟な父が、家中の雨戸を立てたり、忙しそうに動き回りますが、現代の建物はそれほど神経質になることもないだろうに・・・。

 外出する用事がなければ、ごうごうと風の音に耳を澄まし、案外、シゴトや作業がはかどったりします。大きな災害にならなければ、私は台風好きです。それにしても、今じゃ停電って、あまりないですよね。昔は停電になると、水槽で飼っていた金魚が大打撃を受けました。


9月5日(水) 『ロード・オブ・ウォー』

 GyaOで映画『ロード・オブ・ウォー』(LORD OF WAR)を観ました。正確にいうと、じっくり観る時間が持てなかったので、何日かかけてコマ切れで観たわけです。ニコラス・ケイジ、ジャレッド・レトー、ブリジット・モイナハン、イーサン・ホーク、イアン・ホルム、サミ・ロティビ出演、アンドリュー・ニコル監督。(2005年アメリカ/2時間2分)

 武器商人が主人公という、ブラックなストーリー。「今世界には5億5千丁の銃がある。ざっと12人に1丁の計算だ。残る課題は・・・“1人1丁の世界”」・・・こんなフザけた言い回しは誰もが嫌悪感を覚えるでしょう。オープニングはCGによって、1発の銃弾がこの世に生まれ、少年の額に食い込むまでを描いています。ヒドイなあ・・・。

 主人公は、武器売買を完全なビジネスと割り切っていて、自分から人を殺めるようなことはしない。でも、分かるんですよ。貧しさから脱出するためには、どんなことでもしなきゃならないという気持ち。人を傷つけてノシ上がってきた人なんて、いくらでもいるじゃないですか。人から嫌われようが、彼には彼なりの信念があります。

 実をいうと主人公は、情けない弟を支えている優しい兄貴でもあるし、嘘で固めた人生ではあるけれど、妻子を心から愛する純粋さも持ち合わせているのです。ラストがいいですね!インターポールに捕らえられるけれど、彼は自ら、「自分はすぐに釈放されるだろう」と宣言するのです。事実、その通りになりました。

 武器商人の売買する銃器なんて、全体の一握りにしかすぎない。実際には国家間で、もっともっと大きなビジネスが行なわれているのだ。(そりゃそうだ!)国家は隠れ蓑をこしらえるため、インターポールに武器商人を追っかけさせている。すべて茶番なのです。人間がいるかぎり、この世から戦争はなくならない。哀しいかな。


9月4日(火) 肩がガッチガチ

 肩がガッチガチです。整体行かなきゃです。パソコンの仕事の中でも、いちばん辛いのは画像処理。モニターをじっくり見ながら、マウスで画像修正していきますが、ドット単位の作業になってくると、相当肩にも力が入っているようです。

 意外と、文字入力(正確だけど、超遅い)では肩凝らないものなのです。これも私の場合のみかもしれませんが。まずはスケジュール調整して時間を作らねばなあ・・・。今日は忙しかろうと思って、早朝出勤すると、案外暇なときもありますが。


9月3日(月) 『ルパンV世 霧のエリューシヴ』

 友人に録画してもらったテレビスペシャル『ルパンV世 霧のエリューシヴ』を観ました。栗田貫一、小林清志、増山江威子、井上真樹夫、納谷悟朗、桑島法子、世古陽丸、渡部 猛、石田 彰、大久保祥太郎、関根麻里、中村獅童 声の出演、増田敏彦 監督。(2007年トムス・エンタテインメント/1時間32分)

 製作はテレコム・アニメーションフィルム。なので、作画は非常に美しく、動きも滑らか。ルパンにはもっと粗さも欲しかったような気もしますが、安心して観ることができました。宮崎さんも、高畑さんも参加してないけど、CM時のアイキャッチのみ大塚康生さんが描いてる。本っ当にオマケ程度だけども。

 でもまあ、“赤い背広のルパン”から観始めた人たちにとって、わりと良い出来だったと思います。“青い背広”のルパンは時代を背負っていますから。ストーリーは旧(ファースト)シリーズ第13話『タイムマシンに気をつけろ』を現代風に。しかもロマンティックにアレンジしています。

 冒頭だけ不二子が登場しますが、増山さんの声がしわがれてしまっていてびっくり。もうお婆ちゃんだもんなあ・・・と思っていたら、不二子を残してルパン、次元、五ヱ門の3人が太古の日本へタイムスリップ。そこで登場するのは、不二子のご先祖様である女忍者の“お不三”。

 声は関根勉の娘さん、関根麻里が当てていました。増山さんではもう辛いということでしょうね。小林清志、井上真樹夫、納谷悟朗ももうけっこうなお爺ちゃんのハズです。クリカンだけが元気だ。カタキ役の魔毛狂介は中村獅童が声を担当。彼は声優に徹したほうがいいんじゃない?


9月2日(日) 奥多摩取材(4)

 ナンバリングは(4)ですが、初日の様子を(1)(2)と分けているので、正確には3日目。遠い奥多摩の方から先に取材を進めたので、これも正確には青梅線取材です。今日は新宿発の始発に乗ったため、朝帰りの客いっぱいで座れず。しかも酒臭い・・・。鼻のいい私にはキツイです。

 まずは立川駅ですが、時間が早すぎるため、駅舎だけを撮影。まだどこもお店が開いていないのです。続いて西立川駅。国営昭和記念公園はフェンスが閉まっていて入れず、隙間から正門だけを撮影。東中神駅では駅前商店街“くじらロード”を撮影。ここも早すぎて、商店は1軒も開いてない。

 昭島駅では構内の清流そばを食べて撮影。“具も麺も1.5倍”だけど、ビニール袋を破いて蕎麦をゆがいてる。手打ちじゃないので、何だかモサモサした食感。その後、日枝神社とモリタウンを撮影。拝島駅ではバスに乗って、拝島大師まで行きました。バス乗車は、時間ロスが大きいよ。

 牛浜駅では福生市郷土資料室と多摩川中央公園を取材。福生駅では長徳寺と田村酒造を。川辺駅“はちのこ食堂”では、“スタミナ丼どか盛”を食べましたが、量が多くて苦しかった〜。体調のいい時に再挑戦したいぞ。チキンカツ、キャベツ、肉野菜炒め、目玉焼き、味噌汁、お漬物。

   

 その後歩いて、和菓子の道味で土産を買い、旧吉野家住宅を訪ねます。安政2年(1855)の建物ですよ。私の実家も建て直す前は、さすがに瓦屋根ではありましたが、広い土間。囲炉裏はなかったけど、かまどがありました。この煤けた雰囲気に癒されます。天井裏にいるかな?ススワタリ(まっくろくろすけ)。

   

   

   

 中神駅では諏訪神社と多摩川ふれあい水族館を撮影予定でした。しかし、もう日も暮れかかり、場所も駅から遠すぎます。足は棒のようにコチコチ、やっとの思いで辿り着きましたが、タイムオーバー。水族館へは入れず、外観のみを撮影。シャッターもスロースピードの限界です。

 立川駅へ戻った頃にはもう真っ暗。ラーメンスクエアのみ屋内ですが、カメラを壁に固定してスローシャッター撮影。人が動くと幽霊みたいにボケるんですけど。長く苦しかった奥多摩・青梅線取材は本日で終了です。自分自身に「おつかれさま」。早く風呂に入って休みたいのでありました。


9月1日(土) 本郷クラブ9月例会

 本郷クラブ9月例会は、玉井五一先生による『小熊秀雄の池袋モンパルナスと画家靉光たち』。昭和の初め、アヴァンギャルド詩人小熊秀雄は北海道旭川から東京池袋へ漂着。周辺に広がる無名の若く貧しい画家たちのアトリエ村を、芸術の解放区〈池袋モンパルナス〉と呼んだのです。

 私が〈池袋モンパルナス〉という言葉を初めて知ったのは、『怪獣のあけぼの』という映像作品。円谷プロで怪獣の着ぐるみを造形した高山良策のドキュメントです。実は高山さん、池袋モンパルナスの住人でもあり、収録に際して実相寺昭雄監督がインタビューに訪れています。

 栄光と悲惨の画家・靉光や長谷川利行、松本竣介らの作品をスライド上映しながら解説。私はノートパソコン持参でプロジェクターに接続して操作。会場録音、写真撮影との3役をこなさなければならなかったので、たいへんでした。前衛的な絵画は確かに怪獣を想起させるものがあります。(私見です。)


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