貴重な体験

 はくしょん!う〜、寒くなってきました。木枯らしとともにふと思い出した昔話。

 今から2年ほど前、やはりこんな季節だったかな。私は本社勤務のため、東京で独り暮らしをしていまして、2、3ヶ月に1度、休暇を利用して名古屋へ帰省していました。

 事件は、名古屋から東京へ戻る新幹線での出来事です。20時05分発の”ひかり”に乗るため、JRの改札を抜けると、「只今、入場者規制中」の看板が・・・。何だろうと思いながらも、ホームに上がっていくと、ワイワイ、キャーキャー、女の子たちの喧騒に包まれていました。

 スタッフ・ジャンパーを着た3、4人の男性が、「列車が入りまーす!危ない!白線の後ろに下がってください!」と必死の声で叫んでいます。目が尋常ではありません。何かよほど、重大なことが起きているに違いありません。

 列車がホームに着くと、乗降口の周り、またたく間に女の子たちの人だかりができてしまいました。列車に乗るわけでもなく、ただただ群れているのです。停車時間はわずか2、3分。「乗りまーす、開けてくださーい!」人ごみをかき分け、ようやくのことで列車に乗り込みました。外の女の子たちは、携帯で連絡をとりあっています。雰囲気としては、どうやら有名な芸能人が乗り込んでくるようなのです。でも、そんな有名人なら、こんな一般の車両を使って移動するかな?などと考えながら指定席に向かうと、すでに女の子がちょこんと座りこんでいました。切符を見せて席を立たせたものの、自分の隣りに座っている女の子も、飛び込みで乗り込んだ口のようです。

 列車が動き始めました。この時間帯、車両に乗っている男性客は、ほとんどがサラリーマン風です。一般客を除くと、残りは荷物を何も持たない若い女の子ばかり。飛び込み客です。しかし、芸能人はグリーン車を利用するだろうし、まさかお目にかかることもないだろうと思っていました。すると5メートルほど前、通路の自動ドアがすっと開いて、髪を真っ白にブリーチした、ガラの悪い顔黒の男が入ってきました。そして、それに続く10人くらいの男たち。周りがシーンと静まりました。

 何とそれはSMAPだったのです。白髪顔黒はシンゴ。スタッフを一人挟んで、特徴ある顔立ちのツヨシ。目隠し帽をかぶった茶髪のナカイ。サーファーっぽく、真っ黒に日焼けしたキムタクもいます。その後に続く4、5人のスタッフたち。テレビでは元気いっぱいの彼らも、ここではまるで護送される囚人のように、何もしゃべらず、うつむきかげんで私の前を通り過ぎていきました。一般乗客に迷惑をかけてしまって、申し訳ないといった顔です。こんなVIPでも、一般車両で移動することがあるし、大げさにしないためにも、最小限のスタッフしか付けていません。もちろん移動スケジュールは、シークレットのはずですが、ファンたちは携帯で連絡をとりあい、あっという間に知れわたってしまいます。

 東京駅に着くと、やはりすでに人だかりができていました。構内は大パニックです。

 次の日、会社で友達に貴重な体験を話しました。盛り上がったところで、友達の1人が聞き返しました。「ゴローは?」

 あれっ、そういえば、目の前を通り過ぎていくとき、スタッフ・ジャンパーの1人と目を合わせましたけど・・・(0.5秒くらい)それが稲垣吾郎だったのです。いちばん普通で目立たなく、テレビで見るほど面長でもなかった。気付かなくてゴメンナサイ。

(1999年11月18日「お楽しみメール劇場」にて)


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