衣張山
@鎌倉 Nov/'03 鎌倉、神奈川


衣張山の頂上から晩秋の鎌倉を見下ろす


鎌倉は南を相模湾、他の3方を切り立った山に囲まれた自然の要塞である。 かつて京都の公家文化に対抗した武家文化がここ鎌倉で栄えた。 鎌倉幕府の誕生した土地である。 力強い武家文化の面影が今に残る数多い神社仏閣に連綿と伝わっている。

11月のある日、この街を取り巻く小山のひとつ衣張山、標高120mに仲間と一緒に登った。 衣張山の名は鎌倉幕府の創始頼朝が暑い夏の日、家来にこの山の頂上に絹の布を張らせ、雪に例えて涼を取った故事に由来する。  



浅間山からの眺め


10:30、鎌倉駅の八幡出口が集合地だ。 皆時間通りに集まった。 鎌倉駅に来て気が付いたのだが、祭り衣装の老若男女が駅周辺にやけに目に付く。 そんな衣装を身にまとったお兄さんに聞いてみた。 「今日は何かあるのですか?」、お兄さんは少しぶっきらぼうに、「今日は、祭りで神輿がでる。」と教えてくれた。 後でわかったのだが、今日(11月24日)は、鶴岡八幡宮の遷座祭りの日であった。 予定外の催しに出会い、なんだか得をした気分になる。 古式ゆかしき神主が先頭で神輿の通る道を清めながら、数え切れない程の数の様々な神輿が昔の生活のリズムで八幡宮にまっすぐ伸びる朱雀大路を練り歩く。 近頃は神輿を担ぐ若者に染めた頭がやや目立つ。 それも祭りの熱気にすっかり溶け込んでいる。 暫く神輿とともに朱雀大路をそぞろ歩く。 神輿と供に八幡宮の境内に入る。 特設舞台の囃子が祭り気分を盛り上げる。 境内には参道の両脇に多くの屋台が並び、これで祭りの役者は揃い時代絵巻の舞台は完璧である。



珍しい2連神輿


様々な威勢の良い神輿が朱雀大路を練り歩く


鶴岡八幡宮の大鳥居


予定外の遷座祭りを堪能した後は、いざ衣張山を目指さん。 八幡宮の流鏑馬道を東側に出る。 今にも袴姿に2本ざしのいかつい鎌倉武士が板塀の向こうから出てきそうな歴史小道を歩き、学問の神様荏柄天神を眺め、 (この後悔多き日常を解脱するには、やはり参るべきであったか。)一時現実に戻る車道に出て、鎌倉最古の古刹杉本寺を拝観する。 天平6年(734年)、公明皇后の御願で行基が建立したとされる、天台宗大蔵山。 坂東第一番の札所でもある。 3体の秘仏11面漢音が本尊であり、木造茅葺屋根の本堂の内陣奥に安置されている。 更に今や貴重な文化財になった仏像群が惜しげもなく内陣に安置されている。 本尊全立、11面観音―運慶作、(脇立)地蔵菩薩―運慶作、 (脇立)毘沙門天王―宅間法眼作等。 まぶしいばかりである。 俗人の私など、火災や心もとない輩等のいたずらに会わないかと心配をしてしまう。 仏の心は、俗人の及ばぬ広さを持っているに違いない。 山門の仁王尊も運慶の作だ。 深い森に囲まれた静かな佇まいで、俗界を忘れたひと時をすごす。



鎌倉最古の古刹杉本寺 坂東1番札所


さー、いよいよ衣張山に向かおう。 人家がだんだん少なくなり、突然木立の深い山中に入った。 もう人里を遠く流れた気がする。 しかし実は、ほんの100mも行けば、そこには人家が密集しているのである。 足元にはしだが茂り、天を仰ぐ大木が陽光を遮る。 細く急な山道を登る。 5人のパーテーは、全く異次元の世界に入っている。 ここは太古の密林か、ヨーロッパの山中か、はたまた、ボルネオの密林か。 こんな非日常体験が何とも言えず面白い。 30分もしない内に頂上に着いた。 眺望がすばらしい。 成るほど、頼朝が真夏の暑い日、涼を取るため家来に絹を山頂に張らせ雪に例えた山だけあって、鎌倉の街と由比ガ浜、材木海岸、江ノ島が一望できる。 まさに天下を取った気分になる。 ここでお弁当を頂くことにしよう。



山道の脇にあるかわいい地蔵 しあわせ地蔵


遠くに相模湾に雲間から差す陽光で光る海と眼下の鎌倉の街を借景に昼の宴を開く。 すると、ピーヒョローと鳶の鳴き声。 鎌倉には野生の鳶が増えているらしい。 突然鳶が私たちの居る頂上めがけ急降下してきた。 明らかに獲物を狙う姿である。 そうだ、私たちの弁当を狙っているのである。 これは面白くなってきた。 動物との共存もここまでくれば、本望である。 私たちは、おいしい弁当を鳶に捕られまいと必死の防衛。 頂上の平地では私たちは不利と判断、木の下に陣地を移動。 陣地の移動は効を奏した。 かくして我々は被害無く昼の宴を終えることができたのである。 この緊張感は、日常では味わえないもの。 また、ひとつ経験が増えた。 聞くところによると鳶の被害は相当あるらしい。 おにぎりを手からとられた。 りんごを手から捕られた。 ハンバーガーを手から取られた。 中には手に負傷を負う者も当然でている。 そんなことが、話でなく実際に経験できたのは特筆すべきことだ。 それにしても皆さん準備が良い。 デザートの甘いものや果物をちゃんとリュックに入れている。 この気の効きようは真似ることはできない。

後は山を下るのみ。 山道に入ると、外界からは完全に閉ざされた世界に入る。 時間と場所をワープしたようだ。 数百メートル先には賑やかな繁華街が在ると言うのに、この世界は何だ。 山に霊が存在するのは本当かも。 今でも宗教界では修業に山に入ることがある。 深い瞑想にふけるには絶好の場所であるに違いない。 そしてまた、その山道は突然民家の庭先に出るのである。 このギャップの大きさが面白い。 これは鎌倉特有の現象ではないだろうか。 他の山では、これ程鮮明に、突然に世界が変わることはない。 もっと緩やかに、ゆっくりした時間と空間をもって変わるのではないだろうか。 報国寺の庭先に降り立ち、一瞬の内に下界の現実の世界に舞い戻る。

鎌倉駅に戻り、お茶休憩にした。 もう完全に現代に戻った。 シアトルの海岸市場通りにある小さなコーヒー店から、今や世界中どこにでもあるスターバックスコーヒー店がJR鎌倉駅前にもある。 店内を覗いてみたが、多くの人で溢れ5人分の席は無い。 齢を感じるパーテーである。 歩いた後はやはり座りたい。 階上のイタリア・レストラン、サイゼリアに入った。 少し待つと5人席が空いた。 やや疲れた足をいたわりテーブルに着く。 ドリンクセットを注文した。 レストランではドリンクセットは食事をしないとサーブしてくれないのかと思いきや、そうでもないのである。 これはちょっと驚き。 これは利用する人が多いのではないだろうか。 しかも飲み放題で100円なのである。 これには2度びっくり。 程良い疲れと他愛ない会話でしばしの時間を楽しみ帰路についた。 自然と文化を堪能した大変有意義な一日であった。



シックなJR鎌倉駅




28/Nov/'03 林蔵@神奈川 (Updated on 9/Jun/'08)#160

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