書きやすい学説・書きにくい学説
よく、学説で合否は決まらないと言われます。確かに、A説を採ったから受かるとか、B説を採ったから落ちるとかいうことはないでしょう。しかし、実際に論文を書くにあたって、「書きやすい学説・書きにくい学説」というのはあるものです。
ここで「書きやすい学説」というのは、分量的な短さ(反対説紹介が必要か不要か)、問題の所在の示しやすさ(問題提起や論証の中でスムーズに問題の所在を見せられるか)、定立する規範の明確さ(後のあてはめがやりやすいかどうか)といった点から判断することになると思います。また、特に実務家の試験委員が採点することも考えれば、それなりに知名度のある説かどうかも考慮すべきでしょう。多くの論点では、判例・通説をとればこれらの条件を充たすと思います。
基本は予備校の説で
通常、予備校も上のような観点から学説を選択しているので、あまり悩まずにそれにのっかればいいと思います。なぜなら、予備校と異なる説を採ると、時間とエネルギーをかなりロスしてしまうからです(理解は独学でしないといけないし、論証も新たに作る必要があります。さらに、ある論点で改説することが、別の論点に思わぬ影響を及ぼすこともあり、そのチェックも自分でしないといけなくなります。) 従って、説の変更は、「どうしてもコッチがいいんだ!」という場合だけにした方がいいと思います。
ここでは、参考までに、自分が予備校(LEC)と異なる学説を選択した論点を挙げてみます。矢印の左側がLECの説、右側が自説です。
<憲法>
・生活再建措置(25条説→29条3項説)
→25条論を持ち出すと、後の処理が難解になってしまう。29条3項なら、「本来は具体的権利として直接請求できるが、生活再建措置は政策的要素が大きいので抽象的権利であり直接請求できない」とすればいいだけなので、処理がラク。
<民法>
・虚偽表示と二重譲渡(四宮説→判例)
・詐欺取消後の第三者(94条2項説→復帰的物権変動説=判例)
・代理人と相手方の通謀虚偽表示(信義則説→93条説=判例)
・代理人の権限濫用(信義則説→93条但書類推説=判例)
・事実行為の代行権限(肯定説→否定説=判例)
・公法上の行為の代理権(肯定説→否定説=判例)
→判例なら、他説紹介が不要。コンパクトに書ける。
・拡大損害と債務不履行責任(相当因果関係説と保護義務違反説の両方)
→相当因果関係の問題とする説によると、特定物の場合にそもそも拡大損害の話に入ることができない。(瑕疵ある物を給付しても債務の本旨に従った履行といえるため、415条を適用できない。また、瑕疵担保責任は信頼利益に限られる) そこで、特定物から拡大損害が生じた場合には、保護義務違反説に立つようにした。
・履行補助者の安全配慮義務違反(肯定説→限定肯定説=判例)
・法律的瑕疵と担保責任(566条説→570条説=判例)
→判例なら、他説紹介が不要。コンパクトに書ける。
・完成目的物の帰属(注文者説→請負人説=判例)
→判例に立たないと、その後、所有権の帰属をめぐる諸論点に入りにくい。
・債権の劣後譲受人に対する弁済と478条(否定説→肯定説=判例)
・代位債権者による錯誤無効主張(四宮説→判例)
・物上代位の差押の趣旨(特定性維持説→第三債務者保護説=判例)
・質権と占有喪失(消滅説→対抗力喪失説=判例)
・連帯債務の共同相続(不分割説→分割説=判例)
・取得時効と登記(占有尊重説→判例)
・714条と失火責任法(振り分け説→単純適用説=判例)
・717条と失火責任法(振り分け説→単純適用説=判例)
・共同不法行為(類型化説→客観的関連共同性説=判例)
→判例なら、他説紹介が不要。コンパクトに書ける。
<刑法>−行為無価値論
・身分なき故意ある道具(間接正犯説→類型化説)
→「真正身分犯の法規範の命令・禁止は、身分者にのみ向けられている」という発想をとると、65条1項の論点で大塚説に結びついてしまう。65条で判例・通説をとりたいなら、ここでも類型化説をとった方が整合的。
・事実の錯誤と法律の錯誤の区別(実質説→形式説)
→この方が、形式的故意論と整合的。
・予備罪と共犯(否定説→肯定説=判例)
・住居侵入罪の保護法益(平穏説→新住居権説=判例)
→判例なら、他説紹介が不要。コンパクトに書ける。
・窃盗罪の保護法益(合理的占有説→平穏な占有説)
→合理的の意味がよくわからない。平穏という方が、あてはめがやりやすい。
・事後強盗罪の未遂・既遂の区別(取得説→窃盗基準説=判例)
・不燃性建造物の焼損(一部損壊説→独立燃焼説=判例)
・過去の職務と収賄罪(否定説→肯定説=判例)
→判例なら、他説紹介が不要。コンパクトに書ける。
<商法>−交付契約説
・周知性慣用性の要否(不要説→必要説)
・法人の機関方式の可否(肯定説→否定説=判例)
→署名の客観的意義から一貫して論じやすい。
・無権代理(権利外観説→表見代理説)
→表見代理を使う点は判例と同じ。転得者を含める点だけ変えるので、やはりコンパクトに書ける。
・偽造(権利外観説→表見代理類推と権利外観を併用する説)
→偽造のケースでは、表見代理類推の要件をみたすことはまれであり、権利外観で補完しないと実質的には取引の安全が図れないため。
・補充権の発生要件(折衷説→主観説)
・従業員持株制度と退会時譲渡特約(区別説→有効説=判例)
→判例なら、他説紹介が不要。コンパクトに書ける。
・取締役の一部への通知欠缺(有効説と無効説の両方)
→株主の一部への通知欠缺の場合には、取消事由となる上に裁量棄却も認められない。とすれば、より個性が重視される取締役においても、有効説ではなく無効説をとった方が自然である。ただ、あてはめは有効説の方が充実させられるので、一応、両方用意しておいた。
<民事訴訟法>−旧訴訟物理論
・基準時後の訴訟要件具備(上田説→鈴木説)
・自白の成立範囲(敗訴可能性説→証明責任説)
・和解の瑕疵を争う方法(期日指定説→競合説)
→あてはめがやりやすい。判例の結論とも整合的。
・脱退の効力(合理的効果説→条件付放棄認諾説)
→コンパクトに論じられる。空白部分が生じるという批判に対しては、「だからこそ、法は『相手方の承諾』という要件を要求したのであり(47)、不都合はない」と逃げればOK。合理的効果説は新堂教授自身も改説されており、あえて受験生が採るメリットはない。
<刑事訴訟法>
・強制処分の意義(法益侵害説→重要な法益侵害説)
・新しい強制処分(肯定説→否定説)
・写真撮影(新しい強制処分説→類型化説)
→後述する被疑者取調べの論点との整合性。
・強制採尿の令状(捜索差押令状→鑑定+身体検査令状説)
→強制採血の場合との整合性。
・取調受忍義務の有無(田宮否定説→平野否定説)
・被疑者取調べの法的性格(強制処分説→任意処分説)
・余罪取調べの可否(令状主義潜脱説→事件単位説)
・被告人取調べの可否(田宮否定説→福井否定説)
→田宮説だと、別件逮捕と余罪取調べの論点が非常に書きにくい。すなわち、別件逮捕の適法性を論じる中で余罪取調べの話に入っていくため、
一 本問逮捕の適法性について
二 本問取調べの適法性について
という答案構成をすることができない(両者が混じってしまう)。また、逮捕が適法で取調べが違法というケースの処理ができない。そこで、余罪取調べについて事件単位説を採用した。そして、事件単位説は、取調べの法的性格について任意処分説を前提とするので、その関連論点も説を変えることになった。
・接見指定の要件(厳格な限定説→緩やかな限定説=判例)
・公訴事実の同一性(訴因共通説→基本的事実同一説=判例)
→判例なら、他説紹介が不要。コンパクトに書ける。
・結果的加重犯の公訴時効(加重結果時説→基本結果時説)
→新訴訟法説・事実状態の尊重という視点から一貫して論じやすい。
・訴訟条件の証明方法(厳格な証明説→自由な証明説)
→訴訟法的事実は自由な証明、という原則論から素直に導けるため、コンパクトに論じられる。「ただし、争う権利を十分に保障すべき」と最後に付け加えればよいだけ。
・自白法則(違法排除説→任意性説)
→規範が具体的で、あてはめがやりやすい。
・違法収集証拠排除法則(総合判断説→判例)
→判例なら、他説紹介が不要。コンパクトに書ける。
・違法収集証拠排除の申立適格(非限定説→限定説)
→同意による証拠能力付与の可否の論点との整合性。
* 上に述べたものは、「自分はこうしてみた」というだけであって、「こうしなければ受からない」というものではありません。みなさんが、どうしても納得いかないという場面に遭遇したときの一つの参考にしていただければと思います。 |