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一 乙の罪責
1 Aに対する罪責
(1) 乙はAに向かってコンクリート片を投げたところ、これが
Aの顔にあたり顔面擦過傷を負わせている。
よって、人の生理的機能を害しており傷害罪(204条)の構成
要件に該当する。
(2) もっとも、乙がAに向かってコンクリート片を投げたの
は、Aが鉄棒で殴りかかってきたためである。
そこで、正当防衛(36条1項)として違法性が阻却されない
か。
本問では、乙が鉄棒で殴りかかってくるという「急迫不正
の侵害」に対して、自己の生命・身体という「権利を防衛する
ため」、鉄棒での攻撃に対してコンクリート片で防衛したの
であり「やむを得ずにした」ものである。
したがって、乙には正当防衛が成立し、違法性が阻却され
る。
(3) 以上より、Aに対する傷害罪は成立しない。
2 Bに対する罪責
(1)ア 乙の投げたコンクリート片がBの頭にあたり、Bに頭部
打撲傷を負わせていることから、人の生理的機能を害して
おり、傷害罪の構成要件の客観面を充足する。
イ もっとも、乙はBがいることを認識していなかったこと
から、構成要件的故意が阻却されないか。
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思うに、故意責任の本質は規範に直面し反対動機の形成
が可能であったにもかかわらずあえて犯罪に出た点に対す
る道義的非難にある。
そして、規範は構成要件によって与えられることから、
主観と客観の不一致が構成要件の範囲内であれば、同一の
規範に直面していたといえ、故意は阻却されないと解す
る。
よって、本問でも「およそ人」という点では一致してい
ることから故意は阻却されない。
ウ したがって、傷害罪の構成要件に該当する。
(2) もっとも、乙がコンクリート片を投げたのはAの攻撃に対
して身を守るためである。そこで、犯罪の成立が阻却されな
いか。
ア この点、正当防衛が成立するとも思えるが、Bは何ら不
正の侵害を行ってなく、正当防衛は成立し得ない。
イ もっとも、乙がコンクリート片を投げたのは、「自己の
生命、身体」に対する「現在の危難を避けるため」にされ
た行為であるといえる。また、補充性も認められ、鉄棒に
対してコンクリート片を投げているから、法益の権衡も認
められる。
したがって、緊急避難が成立し(37条1項本文)、違法性
が阻却される。
(3) よって、Bに対する傷害罪も成立しない。
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3 以上より、乙は何ら罪責を負わない。
二 甲の罪責
1 Aに対する罪責
(1) 乙は、甲からのけんかの加勢の依頼に対し てこれを承諾
していることから、甲と乙の間には傷害の共謀があると認定
できる。
そして、実際に実行行為自体を行っていない甲も共謀共同
正犯として傷害罪の共同正犯(204条、60条)の構成要件に該当
すると解される。
なぜなら、共謀をした甲乙間には相互利用補充関係が認め
られるからである。
(2)ア もっとも、他の共同正犯者である乙には正当防衛が成立
し違法性が阻却されていることから、甲も違法性が阻却さ
れないか。
イ 思うに、共同正犯も共犯の一種であるから、共犯従属性
の理論が妥当する。そして、客観的なものは連帯的に、主
観的なものは個別的に考えるべきであるから、違法は客観
的に、責任は個別的に考えるべきとする制限従属性説が妥
当と解する。
とすれば、乙について違法性が阻却される以上、違法性
が連帯することから甲にも正当防衛が成立するとも思え
る。
もっとも、制限従属性説は前述のように主観的なものを
個別的に考えるものであるから、主観的違法要素は個別に
考えることができると解する。
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ウ この点、正当防衛には争いあるも防衛の意思が必要と解
される。しかし、乙とは違って甲にはこの機会にAを痛め
つけようという積極的に加害する意思があり、防衛の意思
は認められない。
よって、甲には正当防衛は成立せず、違法性は阻却され
ない。
(3) したがって、甲にはAに対する傷害罪の共同正犯が成立す
る。
2 Bに対する罪責
(1) Aに対してと同様、甲はBに対する傷害罪の共同正犯の構
成要件に該当する。
(2) もっとも、乙には緊急避難が成立し違法性が阻却されるこ
とから、甲にも緊急避難が成立し違法性が阻却されないか。
前述のように、制限従属性説に立っても、主観的違法要素
は個別的に考えることができる。
そして、乙には避難の意思があるが、甲にはかかる意思が
認められない。
よって、甲には緊急避難は成立せず違法性は阻却されな
い。
(3) したがって、甲にはBに対する傷害罪の共同正犯が成立す
る。
3 以上より、甲にはAに対する傷害罪の共同正犯、Bに対する
傷害罪の共同正犯が成立し、これらは一個の行為によるものと
いえるので観念的競合(54条1項前段)の関係に立つ。
以 上 |