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第1問

 甲は,Aに電話で罵倒されたため憤激し,A方に赴けば必ずけんかになるだろうと思いながら,こ の機会にAを痛めつけようと考え,こん棒を用意するとともに,友人の乙に,こん棒を持っているこ とを隠し,これからA方に話合いに行くが,けんかになったら加勢してほしいと依頼した。乙は,気 が進まなかったが,けんかの加勢くらいはしてやろうと考えてこれを承諾し,一緒にA方に行った。 甲は,Aを呼んでも出てこないので裏口に回り,乙は,玄関先で待っていたところ,出てきたAが乙 を甲と取り違え,いきなり乙に鉄棒で殴り掛かってきた。そこで,乙は,Aの攻撃を防ぐため,玄関 先にあったコンクリート片をAに向かって投げたところ,コンクリート片はAの顔に当たり,顔面擦 過傷を負わせ,さらに,Aの背後にいたBの頭にも当たり,頭部打撲傷を負わせた。なお,コンク リート片を投げたとき,乙はBがいることを認識していなかった。
 甲及び乙の罪責を論ぜよ(ただし,特別法違反の点は除く。)。

 

<1頁目>

一 乙の罪責
 1 Aに対する罪責
  (1) 乙はAに向かってコンクリート片を投げたところ、これが
   Aの顔にあたり顔面擦過傷を負わせている。
    よって、人の生理的機能を害しており傷害罪(204条)の構成
   要件に該当する。
  (2) もっとも、乙がAに向かってコンクリート片を投げたの
   は、Aが鉄棒で殴りかかってきたためである。
    そこで、正当防衛(36条1項)として違法性が阻却されない
   か。
    本問では、乙が鉄棒で殴りかかってくるという「急迫不正
   の侵害」に対して、自己の生命・身体という「権利を防衛する
   ため」、鉄棒での攻撃に対してコンクリート片で防衛したの
   であり「やむを得ずにした」ものである。
    したがって、乙には正当防衛が成立し、違法性が阻却され
   る。
  (3) 以上より、Aに対する傷害罪は成立しない。
 2 Bに対する罪責
  (1)ア 乙の投げたコンクリート片がBの頭にあたり、Bに頭部
    打撲傷を負わせていることから、人の生理的機能を害して
    おり、傷害罪の構成要件の客観面を充足する。
   イ もっとも、乙はBがいることを認識していなかったこと
    から、構成要件的故意が阻却されないか。

<2頁目>

     思うに、故意責任の本質は規範に直面し反対動機の形成
    が可能であったにもかかわらずあえて犯罪に出た点に対す
    る道義的非難にある。
     そして、規範は構成要件によって与えられることから、
    主観と客観の不一致が構成要件の範囲内であれば、同一の
    規範に直面していたといえ、故意は阻却されないと解す
    る。
     よって、本問でも「およそ人」という点では一致してい
    ることから故意は阻却されない。
   ウ したがって、傷害罪の構成要件に該当する。
  (2) もっとも、乙がコンクリート片を投げたのはAの攻撃に対
   して身を守るためである。そこで、犯罪の成立が阻却されな
   いか。
   ア この点、正当防衛が成立するとも思えるが、Bは何ら不
    正の侵害を行ってなく、正当防衛は成立し得ない。
   イ もっとも、乙がコンクリート片を投げたのは、「自己の
    生命、身体」に対する「現在の危難を避けるため」にされ
    た行為であるといえる。また、補充性も認められ、鉄棒に
    対してコンクリート片を投げているから、法益の権衡も認
    められる。
     したがって、緊急避難が成立し(37条1項本文)、違法性
    が阻却される。
  (3) よって、Bに対する傷害罪も成立しない。

<3頁目>

 3 以上より、乙は何ら罪責を負わない。

二 甲の罪責
 1 Aに対する罪責
  (1) 乙は、甲からのけんかの加勢の依頼に対し てこれを承諾
   していることから、甲と乙の間には傷害の共謀があると認定
   できる。
    そして、実際に実行行為自体を行っていない甲も共謀共同
   正犯として傷害罪の共同正犯(204条、60条)の構成要件に該当
   すると解される。
    なぜなら、共謀をした甲乙間には相互利用補充関係が認め
   られるからである。
  (2)ア もっとも、他の共同正犯者である乙には正当防衛が成立
    し違法性が阻却されていることから、甲も違法性が阻却さ
    れないか。
   イ 思うに、共同正犯も共犯の一種であるから、共犯従属性
    の理論が妥当する。そして、客観的なものは連帯的に、主
    観的なものは個別的に考えるべきであるから、違法は客観
    的に、責任は個別的に考えるべきとする制限従属性説が妥
    当と解する。
     とすれば、乙について違法性が阻却される以上、違法性
    が連帯することから甲にも正当防衛が成立するとも思え
    る。
     もっとも、制限従属性説は前述のように主観的なものを
    個別的に考えるものであるから、主観的違法要素は個別に
    考えることができると解する。

<4頁目>

   ウ この点、正当防衛には争いあるも防衛の意思が必要と解
    される。しかし、乙とは違って甲にはこの機会にAを痛め
    つけようという積極的に加害する意思があり、防衛の意思
    は認められない。
     よって、甲には正当防衛は成立せず、違法性は阻却され
    ない。
  (3) したがって、甲にはAに対する傷害罪の共同正犯が成立す
   る。
 2 Bに対する罪責
  (1) Aに対してと同様、甲はBに対する傷害罪の共同正犯の構
   成要件に該当する。
  (2) もっとも、乙には緊急避難が成立し違法性が阻却されるこ
   とから、甲にも緊急避難が成立し違法性が阻却されないか。
    前述のように、制限従属性説に立っても、主観的違法要素
   は個別的に考えることができる。
    そして、乙には避難の意思があるが、甲にはかかる意思が
   認められない。
    よって、甲には緊急避難は成立せず違法性は阻却されな
   い。
  (3) したがって、甲にはBに対する傷害罪の共同正犯が成立す
   る。
 3 以上より、甲にはAに対する傷害罪の共同正犯、Bに対する
  傷害罪の共同正犯が成立し、これらは一個の行為によるものと
  いえるので観念的競合(54条1項前段)の関係に立つ。
                          以 上