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第1問

 甲は、酒癖が悪く、酔うと是非善悪の判断力を失い妻乙や二人の間の子供Aに暴行を加えることを繰り返しており、そのことを自覚していた。
 甲は、ある日、酒を飲み始めたところ、3歳になるAが台所で茶碗を過って割ってしまったことをみとがめ、Aの顔を平手でたたくなどのせっかんを始めた。甲は、しばらく酒を飲みながら同様のせっかんを続けていたところ、それまで泣くだけであったAが反抗的なことを言ったことに逆上し、バットを持ち出してAの足を殴打し重傷を負わせた。甲は、Aが更に反抗したため、死んでも構わないと思いつつAの頭部をバットで強打し死亡させた。乙は、その間の一部始終を見ていたが、日頃Aが乙にも反抗的態度をとることもあって、甲の暴行を止めようとはしなかった。甲については、逆上しバットを持ち出す時点以降は是非善悪の判断力が著しく減退していたとして、甲及び乙の罪責を論ぜよ。

 

<1頁目>

一 甲の罪責について
 1 まず、甲は、一連の暴行の後に、Aの頭部をバットで強打し
  Aを死亡させている。そして、甲は死んでも構わないと思って
  いたことから、右行為は殺人罪(199条)の構成要件に該当
  する。
   また、右行為が茶碗を割ったことに対する懲戒権の行使であ
  るとしても、社会的相当性を欠くので違法性は阻却されない。
   さらに、甲は心神喪失状態にあったわけではない。
   よって、甲には殺人罪が成立する。
 2(1)もっとも、甲は右行為の時点で是非善悪の判断力が著しく
   減退しており、心神耗弱状態にあったことから、39条2項
   により、刑が減軽されるとも思える。
    しかし、かかる状態にある場合に常に刑の減軽を認めたの
   では、法益保護が図れない。そこで、一定の場合に完全な責
   任を問いえないか。
  (2) 思うに、そもそも責任能力が要求された趣旨は、完全な責
   任能力ある状態での意思決定に基づいて犯罪を実現した場合
   に、はじめて非難可能だからである。とすれば、結果行為の
   時点で限定責任能力状態であっても、それが完全な責任能力
   ある状態での意思決定の実現過程にすぎないと評価できる場
   合には、完全な責任を問いうるものと考える。
    具体的には、@原因行為と結果行為との間に相当因果関係

<2頁目>

   があり、A原因行為から結果行為にかけて故意が連続してる
   場合に、完全な責任を問いうると考える。
  (3) これを本問についてみるに、@甲は酒癖が悪く、酔うと是
   非善悪の判断能力を失い妻乙や子Aに暴行を加えることを繰
   り返していたというのであるから、飲酒行為とバットでの強
   打行為には相当因果関係があるといえる。
    しかし、A甲は飲酒行為の時点では傷害の故意しか有して
   おらず、その後心神耗弱状態に陥った後に殺人の故意を有す
   るに至っている。とすれば、原因行為から結果行為にかけて
   殺人の故意が連続しているとはいえない。
    よって、甲に完全な責任を問うことはできない。
 3 以上より、甲には殺人罪(199条)が成立するが、その刑
  が減軽される(39条2項)。

二 乙の罪責について
 1 次に、乙は、甲の行為の一部始終を見ていながら、これを止
  めようとしていない。そこで、乙には、不作為による殺人罪の
  正犯(199条)ないし従犯(199条・62条1項)が成立
  しないか。不作為による正犯と従犯の区別と関連して問題とな
  る。
 2 思うに、そもそも不作為犯が処罰されるのは、作為犯との等
  価値性が認められるからであり、その等価値性の判断は作為義
  務を中心に行われる。とすれば、不作為による正犯と従犯の区

<3頁目>

  別も、作為義務によってなすべきである。
   そして、その作為義務の判断は、作為による正犯または従犯
  と同視しうるだけのものが認められるかどうかを吟味すべきで
  ある。具体的には、@行為者の主観面や、A共犯としての類型
  性、B誰を正犯として問疑するのが妥当かという政策的判断を
  考慮して決すべきと考える。
 3(1)これを本問についてみるに、たしかに、親である乙には、
   子Aを保護する義務がある(民法820条)。
    しかし、@乙はAの反抗的態度を良く思っていなかったも
   のの、Aの死亡を積極的に意欲していたとまでは考え難い。
    また、本問では、B甲を正犯として問疑すれば足りる。
    よって、乙には、作為による正犯と同視しうるだけの作為
   義務までは認められない。
  (2) では、乙に、作為による従犯と同視しうるだけの作為義務
   は認められるか。
    この点、前述の通り、乙にはAを保護する義務がある。
    そして、@乙は、Aの反抗的態度を良く思っておらず、A
   が死亡してもやむをえないという程度の消極的な認容はあっ
   たものと考えられる。
    たしかに、甲は乙にも日頃暴行を繰り返してはいるが、本
   問では、乙が特にこれをおそれて阻止しなかったという事情
   は認められない。

<4頁目>

    また、A共犯としての類型性からしても、本問の現場は家
   の中であり、他の者による救助が期待できない状況にあるか
   ら、そのような状況でAを放置する行為には、幇助というに
   足りるだけの類型性を認めうる。
    よって、乙には、作為による従犯と同視しうるだけの作為
   義務は認められる。
 4 以上より、乙には不作為による殺人罪の従犯(199条・6
  2条1項)が成立する。
   なお、責任は個別的な非難であるから、甲の限定責任能力は
  乙の罪責になんら影響を及ぼさない。
                           以上

 

※ 事案の分析と答案構成に、かなりの時間がかかりました。最初
 は、答練でよく出る「行為の途中で心神耗弱に陥った」やつと同
 じだと思って、条件説+結果的加重犯の故意犯説から可罰性を導
 く見解を批判したり、二重の故意の要否を書こうとしていたので
 すが、問題文を読んでるうちになんか変だと思いました。そもそ
 も本問は結果的加重犯じゃないんだから、条件説・故意犯説から
 導く見解を叩く必要はないし、また故意の連続性がそもそも欠け
 る以上、二重の故意の話に入るまでもないんじゃないかと判断し
 構成を大きく変更しました。それで、実際に答案を書き出したの
 は、30分すぎた頃だったと思います。

※ 後段の論点は、自分は前田説でいくと腹を決めていたので、用
 意していたその論証を吐き出して、正犯・従犯をそれぞれ検討し
 ました。もっとも、この前田説の要件、いまひとつあてはめがや
 りにくいんですよね・・・。作為の容易性・可能性とかはどこで
 検討するのかもよくわかんないですし。まぁ、けどここはもうい
 くら考えてもわからないので、割り切ってあてはめました。