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一 甲の罪責について
1 まず、甲は、一連の暴行の後に、Aの頭部をバットで強打し
Aを死亡させている。そして、甲は死んでも構わないと思って
いたことから、右行為は殺人罪(199条)の構成要件に該当
する。
また、右行為が茶碗を割ったことに対する懲戒権の行使であ
るとしても、社会的相当性を欠くので違法性は阻却されない。
さらに、甲は心神喪失状態にあったわけではない。
よって、甲には殺人罪が成立する。
2(1)もっとも、甲は右行為の時点で是非善悪の判断力が著しく
減退しており、心神耗弱状態にあったことから、39条2項
により、刑が減軽されるとも思える。
しかし、かかる状態にある場合に常に刑の減軽を認めたの
では、法益保護が図れない。そこで、一定の場合に完全な責
任を問いえないか。
(2) 思うに、そもそも責任能力が要求された趣旨は、完全な責
任能力ある状態での意思決定に基づいて犯罪を実現した場合
に、はじめて非難可能だからである。とすれば、結果行為の
時点で限定責任能力状態であっても、それが完全な責任能力
ある状態での意思決定の実現過程にすぎないと評価できる場
合には、完全な責任を問いうるものと考える。
具体的には、@原因行為と結果行為との間に相当因果関係
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があり、A原因行為から結果行為にかけて故意が連続してる
場合に、完全な責任を問いうると考える。
(3) これを本問についてみるに、@甲は酒癖が悪く、酔うと是
非善悪の判断能力を失い妻乙や子Aに暴行を加えることを繰
り返していたというのであるから、飲酒行為とバットでの強
打行為には相当因果関係があるといえる。
しかし、A甲は飲酒行為の時点では傷害の故意しか有して
おらず、その後心神耗弱状態に陥った後に殺人の故意を有す
るに至っている。とすれば、原因行為から結果行為にかけて
殺人の故意が連続しているとはいえない。
よって、甲に完全な責任を問うことはできない。
3 以上より、甲には殺人罪(199条)が成立するが、その刑
が減軽される(39条2項)。
二 乙の罪責について
1 次に、乙は、甲の行為の一部始終を見ていながら、これを止
めようとしていない。そこで、乙には、不作為による殺人罪の
正犯(199条)ないし従犯(199条・62条1項)が成立
しないか。不作為による正犯と従犯の区別と関連して問題とな
る。
2 思うに、そもそも不作為犯が処罰されるのは、作為犯との等
価値性が認められるからであり、その等価値性の判断は作為義
務を中心に行われる。とすれば、不作為による正犯と従犯の区
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別も、作為義務によってなすべきである。
そして、その作為義務の判断は、作為による正犯または従犯
と同視しうるだけのものが認められるかどうかを吟味すべきで
ある。具体的には、@行為者の主観面や、A共犯としての類型
性、B誰を正犯として問疑するのが妥当かという政策的判断を
考慮して決すべきと考える。
3(1)これを本問についてみるに、たしかに、親である乙には、
子Aを保護する義務がある(民法820条)。
しかし、@乙はAの反抗的態度を良く思っていなかったも
のの、Aの死亡を積極的に意欲していたとまでは考え難い。
また、本問では、B甲を正犯として問疑すれば足りる。
よって、乙には、作為による正犯と同視しうるだけの作為
義務までは認められない。
(2) では、乙に、作為による従犯と同視しうるだけの作為義務
は認められるか。
この点、前述の通り、乙にはAを保護する義務がある。
そして、@乙は、Aの反抗的態度を良く思っておらず、A
が死亡してもやむをえないという程度の消極的な認容はあっ
たものと考えられる。
たしかに、甲は乙にも日頃暴行を繰り返してはいるが、本
問では、乙が特にこれをおそれて阻止しなかったという事情
は認められない。
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また、A共犯としての類型性からしても、本問の現場は家
の中であり、他の者による救助が期待できない状況にあるか
ら、そのような状況でAを放置する行為には、幇助というに
足りるだけの類型性を認めうる。
よって、乙には、作為による従犯と同視しうるだけの作為
義務は認められる。
4 以上より、乙には不作為による殺人罪の従犯(199条・6
2条1項)が成立する。
なお、責任は個別的な非難であるから、甲の限定責任能力は
乙の罪責になんら影響を及ぼさない。
以上
※ 事案の分析と答案構成に、かなりの時間がかかりました。最初
は、答練でよく出る「行為の途中で心神耗弱に陥った」やつと同
じだと思って、条件説+結果的加重犯の故意犯説から可罰性を導
く見解を批判したり、二重の故意の要否を書こうとしていたので
すが、問題文を読んでるうちになんか変だと思いました。そもそ
も本問は結果的加重犯じゃないんだから、条件説・故意犯説から
導く見解を叩く必要はないし、また故意の連続性がそもそも欠け
る以上、二重の故意の話に入るまでもないんじゃないかと判断し
構成を大きく変更しました。それで、実際に答案を書き出したの
は、30分すぎた頃だったと思います。
※ 後段の論点は、自分は前田説でいくと腹を決めていたので、用
意していたその論証を吐き出して、正犯・従犯をそれぞれ検討し
ました。もっとも、この前田説の要件、いまひとつあてはめがや
りにくいんですよね・・・。作為の容易性・可能性とかはどこで
検討するのかもよくわかんないですし。まぁ、けどここはもうい
くら考えてもわからないので、割り切ってあてはめました。 |