さえずり!その17  私の飼っていた生き物たち
2001/9/18移動

 

私の小さな頃の町はとても田舎で、周りは田んぼばかりでした。近くに安威川もあったので、たくさんの
生き物を小学生の頃に家で飼っていました。
順不同で羅列してみると、アリジゴク、アリ、スズムシ、ホタル、コオロギ、キリギリス、ウマオイ、ヤゴ、
オケラ、トノサマバッタ、クルマバッタ、オンブバッタ、ショウリョウバッタ、マイマイカブリ、ミノムシ、カイコ
ゴマダラカミキリ、タマムシ、カブトムシ、ミヤマクワガタ、コクワガタ、ノコギリクワガタ、ヒラタクワガタ、
ゲンゴロウ、ガムシ、クワガタ、ミズスマシ、タイコウチ、ミズカマキリ、タガメ、オニヤンマ、シオカラトンボ
ジョウロウグモ、モンシロチョウの幼虫、クマゼミ・アブラゼミの幼虫、フナ、モロコ、オイカワ、タナゴ、
タイワンドジョウ、トノサマガエル、アマガエル、ウシガエル(18匹まとめて)、クサガメ、イシガメ、ヤドカリ
カマキリ、テントウムシ、ナナフシ、アメリカザリガニ、ブンチョウ、カナリヤ、ジュウシマツ、セキセイインコ
ニワトリ、ケガをしたスズメ、カタツムリ、カナヘビ、ヘビ(弟が飼育)、シマリス、ハツカネズミ、ドジョウ、
ナマズ、アカテガニ、アカハライモリ等々。(おわかりと思いますが一部は捕獲不能な為、購入しております)
覚えているだけでこんなものですが、もっといたような気もします。今のように珍しくはなく簡単に捕まえる
事ができ、また生き物が好きだったので家の庭で飼育していました。
そうした私から今の日本人を見てみると、どうも生き物を飼うということを根本から間違っている方が多す
ぎるんじゃないでしょうか。一匹いくらしたとか、これは高かった等と値段で生き物を判断したりして。
また海外の動物や昆虫を飼う人たちを見ていると、本当に生き物が好きなのかな?と思ってしまいます。
最近海外のクワガタが普通の山に放されていることが記事にのっていました。こういうことが、日本の純粋
種である他の昆虫にどういう影響を与えるかが判らないんでしょうかね。
先日、海外からイヌワシをン百万も出して購入し、庭で飼われているのをテレビで見て腹が立ったことが
あります。本来は大空を飛ぶべきイヌワシが鎖等につながれ自由を奪われている現状に、その人間の
自己満足を充たすだけの醜い蛮行に、吐き気さえ覚えてしまいます。ああした人間をまたバカなテレビが
当然のように紹介するのを見て、ああ本当に馬鹿な人間が多くなったなあと思わずにいられません。
自然の生き物から小さな私は多くのことを学ぶことができました。カマキリの卵から小さな子ども達が出て
来た時の感動、ケガをしたスズメが手当ての甲斐もなく私の手の中で死んでいった時の悲しみ。
ちぎった折り紙を剥き出しにしたミノムシに与え、衣装がカラフルになった時の妙な嬉しさ。
腹から笑って、心から泣くことができた。生と死の意味も大切さも、彼らを飼うことによって勉強しました。
そうした生き物達を捕まえ、飼育することが出来ない町の子ども達は不幸だと思います。(私の町もすでに
そうなってしまいました。)だから人間の命を何とも思わないゾッとする事件が横行してしまうのです。
今日の新聞で某テレビ番組がやらせでオケラを高知から取り寄せて、淀川でさも捕まえたように番組にて
扱っていたとのこと。無節操なテレビがやらせをやることなど珍しくもなく、興味もありません。が、子どもの
頃に家の近くを掘ればうじゃうじゃいたオケラがそんなに珍しいものになっていたなんて!それが私には
とてもショックな出来事でした。オケラが久しぶりに見たい!

 

 

さえずり!その16  えりも岬に・・・・・・
2001/6/13移動

 

今、NHKのプロジェクトXを見終わったばかりである。興奮さめやらない毒鳥である。
人間の本当の素晴らしさとそして森を半世紀かけて作り上げた不屈の闘志をここに見た思いである。
北海道の襟裳岬という厳しい状況のなかで、昆布が根付かないのは森から流れ出る筈の自然の
栄養を供給出来ないからと考えた漁師の方々は自らの力で実践して自分達の仕事のかたわら、森
を見事に復活させたのであった。飯田御夫妻及び息子さんの努力には本当の人間の美しさ、強さを
見せてもらった気がする。(最近、醜い永田町の三文芝居を見ていただけに余計に素晴らしい!)
特に感動したのは飯田氏が海は山が森があってこそ生きると仰った言葉である。
そう、昔から自然は生かし生かされる見事なバランスを取っていた。それをゆがめるのは欲にから
れた人間だけである。
以前、広島のカキの養殖業者がカキの為にと一生懸命に森を育てる努力されている場面を見たこと
がある。この方も本当の自然の調和というものを理解されている。実際に山に樹を植え出してからは
格段に味が向上し、水質も良くなってきたとのことである。
そういう点で見事に森を復活させ、海を生き返らせた襟裳岬の全ての方々に最敬礼である。
以前も治水という観点から森の保水能力についてさえずったが、森によってどれほど日本人が恩恵
に浴しているかを日本人は改めて勉強する必要があるのではないだろうか。
我々野鳥が自然がなければ生きていけないのと同じで、人は自然がなくなることの恐怖を想像して
それを防ぐ努力をしなければならない。(大変鈍感なので、見ていてくちばがゆいのだ)
ちなみに襟裳岬の昆布は森からのエキスを受けて見事に復活して、我々の食卓を賑わしている。
また再放送もあると思うので見ていない方は必見です!
襟裳岬は何もない春ではない。素晴らしい春をみなさんの力で勝ち取られたのである。
 

 

  さえずり!その15  突然とレンジャクと私
2001・5.27移動

 

昨年の冬、いつものように山田池公園に行くと桃井氏が「今日はレンジャクが入っているよ」と教えて
くれました。(本日、毒鳥は強制謹慎中)
20羽ほどのヒレンジャクでした。撮影しながらもちょっと寂しくかつ変な気持ちがあった。
私とレンジャクのこんな普通の会い方が初めてだった為である。
彼らとの最初の出会いは仕事で京都の団地に行った際、線路脇の樹に多くの鳥がチリリと鳴きながら
群がっていた。その時は野鳥に全く関心がなくて、興味をもつようになって初めてこの時見た鳥がレン
ジャクであることを知った。
次に会ったのも仕事中で、京都市内の細い住宅地を歩いていると黒いかたまりが樹にくっついていた。
何だろうと見てみると、それは柿の実に群がる100以上のキレンジャクであった。私の上空をチリリと
鳴きながら飛び回る。カメラを始めた時だけにとてもくやしかったことを思い出す。
次に会ったのはそれから3年後の冬。神戸の森林植物園に歩いて向う途中の高校前。チリリの大合唱
が頭上より降ってきた。見上げるとそこには250羽のキレンジャクがいた、(数えました)
彼らは学校前に植えてあるネズミモチを狙っていました。近くには前から餌場にしていたのでしょうが、
ヒヨドリ1羽が餌場を死守しようと一生懸命数羽ずつ降りてくるレンジャクを必死に追いかけていました。
私はというと学校に通学する学生の冷たい目をものともせず、レンジャクを写真に収めようと飛び回っ
ていました。と、こちらが撮影の手を休めた瞬間、何と全て250羽全てが一斉にネズミモチめがけて
飛び降りました。その凄まじさといったら。これがあの可愛らしいレンジャクかと一瞬目を疑う光景でし
た。遠巻きにあのヒヨドリが呆然と見つめていました。5分後レンジャクが飛び去った後には1つの実も
残っていませんでした。(これ、ホント。調べましたから)
野鳥に初めて恐怖を覚えた瞬間です。(映画の「鳥」を思い出してしまいました。)
次は2年後の冬。いつものように出勤の為、駅までの道をボーッとしながら歩いていると、突然あの声
が頭上から。電線の30羽ほどのキレンジャクです。彼らの狙いはたわわに実ったピラカンサです。
ここのピラカンサは実のつき方がハンパじゃない多さで有名でした。そして私は密かに彼らがここへと
やって来るのを期待していました。それは実現し、実が多かった為にそれから一週間毎朝キレンジャク
を楽しむことができました。(あの時ほど通勤が楽しかった日々はありませんでしたね−管理人談)
そして次がまたも通勤時。会社に向って烏丸通りを歩いていると、何とキレンジャクの死体が。
私は慌てて拾い上げました。死んだばかりのようで暖かい体感が伝わってきました。こんなに間近に
見ることがなかったので、帰宅してからじっくりと観察しました。あの風切部分に黄色がどれだけ鮮明で
美しかったことか。未だに忘れることはできません。
そして冒頭の昨冬での出会い。そう、私とレンジャクには突然の出会いしか存在していなかったのです。
上記のそれぞれの出会いの際の感動は他の野鳥にないものがあります。
レンジャクは私の大好きな鳥であって、かつ恐れる鳥でもあります。あの食欲を目の前で見せられますと
結構怖いものがあります。でかいレンジャク250羽が一斉に舞い降りた音がどれだけのものかは皆さん
想像できますか?今年はまだ見ていませんが、次に彼らが突然にどんな現れ方で私に会いに来てくれ
るかをワクワクしながら待ちたいと思います。

 

 


 

さえずり!その14  浜甲子園の復活を期待するが・・・

 

甲子園浜か浜甲子園が正しいのかはどちらでもいいことである。
今回、環境省が何を思ったか浜甲子園鳥獣保護区の干潟を回復させる検討に入ったことが新聞に
掲載されていた。恐らく野鳥の会兵庫支部や浜甲子園を愛する方々の訴えが奇跡的に通ったのだ
ろう。
ただ、遅すぎる!という感がないでもない。
今は干潟のメイン種であるシギ・チドリ類もめっきり減り、彼らがやって来る時期には人間特に釣人
が入り放題の状態である。これは公園化を目指した為に人を入りやすくした改悪工事の結果である。
(一度味をしめた人間は立入禁止にしたところで聞くものではない。特に関西人は・・である。)
私が初めて訪問した11年前は広大に広がる干潟(三番瀬や和白干潟と比較するべからず)と野鳥
の数の多さに驚いたものである。
新聞にも書いてあった通り、阪神淡路大震災の影響により干潮時の干潟面積が極めて少なくなった
ことは事実であるが、それだけが野鳥が減った原因とは言い難い。
毒鳥は干潟前に無粋にも作ってしまった湾岸道路も大きな自然破壊に結びついていると考えている。
(実際、あの道路が出来てから野鳥の数は減ったように感じる。)
その明らかな変化が冬の鳥相である。道路が出来る前はクロガモも飛べないボスだけではなく、メス
が十数羽来ていたし、シノリガモやビロードキンクロも入っていたのである。また野鳥の数も今よりも
確実に多かった。(今さら道路を潰せとは言えないが)
何でもかんでも大震災のせいにするのはおかしいのである。鳥獣保護区であるにもかかわらず、今
まで何も出来なかった環境省の責任は重大である。(それを償う為にも頑張れ!)
しかし毒鳥は浜甲子園の干潟を復活させねばならないと関西に棲息して強く感じる。東京湾のように
豊富な干潟があるわけではなく、開発第一に埋立てを繰返してきた大阪湾はほとんど死滅状態と
いえよう。シギ・チドリ君たちにとって日本で一番困るのは関西圏なのである。瀬戸内海や自然の残る
伊勢湾は休息地に今のところこと欠かないが、ここだけは休息地が皆無に等しい。そこで危険を冒し
てまで通過し、長距離を飛ばざるを得ないのである。
幸いに大阪南港野鳥園が多くの方の努力により、ほんの一時の休息には利用出来るようになったが、
あの場所はゆっくりと休めない。理由は最近増えた野良犬と犬以下の釣人の侵入によって長期滞在が
出来にくい為である。だからこそ唯一の関西圏の休息地とすべく浜甲子園の復活を強く望むのだ!
しかし、正直新聞に書かれているような砂や石の投入による干潟面積の拡張で問題が解決するなど
とはとても思えないのだが。(ものすごい安直で何も考えていない案に思えるのはこの毒鳥だけ?)
ただ試行錯誤を繰返して人工的に干潟を復活させていこうという悠長な考えをしてもらっては困るのだ。
何十年もかかってしまいそうでとても怖い。
多くの浜甲子園を愛するファンの為にも、そしてシギ・チドリ君たちの為にも早急なる実施を図ってもらい
たい。(役所的に打ち合わせばっかりで時間を潰すことなかれ)

 


 

さえずり!その13  山の保水能力と長野県田中知事

 

本日(2001・2・20)、長野県の田中知事がダム決別宣言をした。その見解にはこの毒鳥が以前から
くちばしをすっぱくしてさえずっている事が述べられている。
それは日本の山の保水能力がないことである。
これには日本の害悪である「役人」の一種である農水省と外局の林野庁が深くかかわっているのだ。
彼らはスペシャリストであるべきなのに、山の植林を短期で成長してカネになる筈だった杉にこだわ
った為に多くの弊害を日本にもたらしたのである。
まずは山が大雨からふもとに住む人間を守る役割を放棄させたことである。杉は成長が早いが根
の張りがおそまつな為に、広葉樹林のような樹木に比べて極めて保水的役割ができない。
台風等における多くの鉄砲水は「役人」が原因なのである。
第二に林業の衰退である。これは農水省らがもくろんだように杉の価値観が上がらなかったことと、
木材自体の需要が衰退していることから著しく林業に従事する人が減った。これは森を管理する人
を減らすことに繋がる為、森の力を衰弱させる要因となってしまった。(森にはメンテナンスが必須)
第三は無駄なダムを作らせる口実を作らせてしまったことである。治水という名目で建設省という
役人でも飛びきりあこぎな奴らに仕事をさせたのである。(今は国土交通省という間抜けな名前)
これにより農水省、林野庁は多くの川の美しさを奪い、自然破壊に大いに寄与したのである。
しかし彼らは本来の仕事とは対極の仕事をしながら、誰からも責められることなく今ものうのうとしている。
政治家の無能化が叫ばれて久しい。(事実!)しかし有能な官僚がいるから大丈夫などというたわ言を
今でも信じているのだ、日本人は。(毒鳥はアンビリーバブル!である)
この点で田中知事の英断を私は賞賛したい。ただそれが公約どおりに行えるかは難しいと言わざるを
得ない。事業者の手先である県会議員がてぐすねを引いているだろう。国からの圧力もあるだろうから。
しかし田中知事の味方には長野県民と良識ある日本国民と毒鳥がいる。頑張って欲しい。
森が本来の力を戻すことは多くの生き物を養う力を復活させることになる。最近数を激減させている
サンショウクイやチゴモズがまた繁殖数を増加させてくれるのではないかと期待したい。
 最後に忘れていたがその患者が急速に増加している花粉症も無作為に杉を植林をし続けた農水省と
林野庁の責任なのである。
であるのに花粉症の責任を取れとの役所への抗議を一度も聞いたことがない。
日本人って一体・・・・・・・・・毒鳥は理解不能である。
 

 


 

  さえずり!その12  ツグミとハイタカ・不埒な考え

 

最近、野鳥園の鳥の内容が非常に貧しい。まず、猛禽類が一時増えたためにカモが入らなくなって
しまった。いまでは遠く海上を通過するだけで、近寄ってもくれないのである。
次に冬の初めに姿を現してくれたハイイロチュウヒ♀やチュウヒ♀が全く来なくなってしまった。
オオタカにしてもあの雨以来御無沙汰である。今辛うじて観察できるのはハイタカだけである。
昨年は多かったシロチドリやハマシギも数が増えない。
その一方展望塔近くに最近よく出現するのがツグミ達である。彼らの目当ては展望塔のすぐ前に
あるマルバシャリンバイの大きな実である。だが我々が見ているとなかなか近づこうとはしない。
遠くの木からこちらを伺い、こちらの気が外れたのを見はらかって飛んでくる。だが、写真に撮ろう
と体を動かすや必ず逃げていくのである。そして遠くの木からこちら側を見ている。こちらとツグミの
神経戦はここ数週間続いているのだ。そしてすべて敗北している。
その時私が不埒な考えをしていることをツグミに見透かされているようで、恥かしくなることがある。
不埒な考えとはツグミをハイタカが襲ってくれないかという考えである。もちろんツグミは私が好きな
野鳥なので、襲撃は見事に失敗してやむなくハイタカはツグミのとまっていた木にやむなくとまり、
そこを私がシメタとパチリ!という理想的なシチュエーションである。
だがツグミにとっては死活的な問題であり、逃げ遅れた場合には死が待っているのだ。
それでもハイタカが出るかもしれない場所に彼らが来るのは生きる為に食事を取らなければならな
いのである。
そうした純粋な動機で、必死な思いで来ている彼らを私はとても不埒な思いで観察しているのである。
しかし同じカットでツグミばかり撮っているのも何ですから、色々な想像をしてしまう。つまり自分勝手
な撮影イメージである。
ハイタカが来てくれたらと木にとまっているツグミを見て思う一方、時々自分の不純な思いにツグミの
姿を正視できない私がいるのである。
そろそろシギ・チドリ達が渡って来てくれないだろうか。ツグミに負けてしまって立ち直れそうにない
自分が最近想像出来て怖い。

 


 

  さえずり!その11  自然破壊の救世主 オオタカ君
2001・3・6追加

 

今、自然保護を尊ぶ方に喜びを与え、無駄な公共事業を推し進める自治体とその蜜に群がる者たち
に最も恐れられているのが私の友人であるオオタカ君である。
その実力は今さら万博でもあるまいにと世間から冷たい目で見られている愛知万博開催予定地で
証明済みである。
海上の森という自然の宝庫である森をどう見ても見に来る人があるのかな?と思われる万博の為に
破壊しようとの企みがあった。そこで颯爽と登場したのがオオタカ君である。彼の肩書きには人間達
によって勝手につけられた絶滅危惧種というものがある。
この肩書きによってオオタカ君の繁殖が確認された地域は著しく開発が規制されるのである。
いわゆる江戸時代の葵の紋所的効果である。(エエ〜イ、控えい!控えいである)
但し、海上の森の規制には海外からの批判が大いに働いた。日本の政府ほど国民の声を無視して
ごり押しする癖に、海外の声には手のひらを返す国は世界的にも珍しい。(これこそ天然記念物!)
とにかくオオタカ君がいわゆる愛の園を築くとそこの自然が守られるのである。そう彼らは愛の使者で
ある。しかし、田舎に行くと事業のアセスメント前にその種の人間が入ってオオタカの巣を見つけるや
ただちに始末されてしまうのである。そこで彼らは繁殖を守る為にそうされない、つまり観察者がいる
場所つまりは人間が多い場所にて営巣するように最近は考えているそうである。
彼らの作戦は自然を守ろうという方々のニーズと見事にマッチし、成果をあげている。おまけに彼らの
生活範囲を守ろうとする時、極めて広範囲な自然が守られることになるのだ。
私の住む町でもオオタカの営巣地が見つかり、極めてくだらないダム(無駄)工事の見直しが検討され
ている。
オオタカ君はだからといって自分がエライなどとは毛ほども思っていないのである。彼らは種を残そうと
する本能に赴いただけのこと。一部でその肩書きを外そうとの策謀があるやに聞く。そんなことを実施
するほど日本人は馬鹿じゃないと信じたい。(不安・・・・・)
毒鳥としては全国のオオタカ君の有志を吉野川河口堰に集めてピケをはりたいと考えている。堰の間
に杭をたて、そこに全てオオタカ君がとまる。考えただけでも笑ってしまう。
頑張れ!我らのオオタカ君
 

 


 

  さえずり!その10  諫早湾をダメにした奴らの責任
2001・2・28追加

 

有明のりが壊滅的な不漁とのことで、地元で漁業に従事している方々が抗議デモを行い水門を
開けて調査するというお馬鹿な話がでている。専門家によると水門を一部だけ開けてしまうと、
干拓の場所から土砂が流れ込み諫早湾に壊滅的な打撃を与えるとのこと。
こういう事態に毒鳥の仲間で、諫早湾から追い立てられ関西に流れて来ているツクシガモ君が
南港野鳥園でアオサをちびちびやりながら愚痴っていた。
「こうなることは判っていたことなのに、日本人は何てバカなんだ。おかげでこっちはえらい迷惑
だ。わざわざ自然の少ない大阪湾まで越冬のために来なくちゃならないんだから。」
諫早湾を元に戻すにはギロチンと呼ばれた世界一愚かな水門を完全撤廃するしかないとの事。
それでも元の豊かな湾に100%戻すことは不可能とのことである。
諫早湾の水門を完全撤廃することは当然の推移ではあるが、その際は調査という逃げの理由
ではなく明確な態度表明が必要だと毒鳥は思う。
まず今回の元凶である、農水省の役人全部に頭を丸めさせ、死んでいったムツゴロウやカニ等
の多くの生き物たちの為に慰霊碑をたて、それに向って役人全てを土下座させ、「私達が悪う
ございました。皆さんにはあやまってもあやまりきれるものではありませんが、どうぞお許し下さ
い。」と言わせるのである。(こうしてもらっても我々生き物は許さない!)
それが人間に向って文句を言えない生き物たちへの誠意ではないか。
自然には循環があり、生かし生かされているという流れがある。その全てを自己中心的に破壊
していく動物は愚かな一部人間だけである。(人間世界では「役人」と呼称される)
ツクシガモ君も早く諫早湾に帰りたいと言っている。役人の愚かな面子を保つだけに進められた
、とても先進国がやることではない醜悪な干拓事業は即刻中止すべきである。
その際、職を失われる人が出ると思うので、その費用は外務省役人のお小遣いである機密費を
その費用に回すというのはどうだろう。いくらでも使い放題のようだし、チェックもないようだから。
聡明な日本人なら大賛成してくれると思うのだが。

 


 

  さえずり!その9  アクセス5000を間近に
2001・2・24追加

 

お蔭様をもちまして、近々アクセス数が5000を越えようとしています。
まさかこんなに早くに達成出来るとは思ってもおりませんでした。5000を越えるのは開始から
1年半くらいはかかるかな、それ以上かもと思っておりました。それが1年もたたずに達成され
ようとは、感無量の管理人であります。(ページ立ち上げは2000年3月25日だった気が)
 ホームページ作成に助言を頂いた和田剛一氏には改めてここに感謝を表したいと思います。
 
最初立ち上げた時のページはお粗末なものでした。その為に昨年の八月位のアクセス数は
ようやく1100を越えたばかりで、全く伸びる気配がありませんでした。
このままではダメだ、どうにかしなければと考えましたが、私の周りにホームページを開いて
いる者が一人もいません。(今もなし・・・勧めてはいるのですが、関西人は定期的に更新したり
質問に答えるのが面倒だという人間が多いもので)
とにかく自分で何とかしなければと全て独学でページの内容充実に取り組んできました。
HTMLの使用方法を理解してからはページを見やすくすること、楽しんでもらえることを第一に
考え、毎日が本当に苦悩と失敗の日々でした。
最近、無駄な努力にようやく結果がついてきまして、固定客の入園も増えて参りました。
また掲示板でも多くの方に書き込みを頂き、コミュニケーションをとることができたのも大きな
喜びです。(最初は2週間ほど1件も書き込みがなく正直沈んでおりました。)
さらにリンクを通して松浦氏、福井氏や川本氏、けんぞう氏などとも意見の交換ができて本当に
ホームページをやって来て良かったと、しみじみ思う管理人です。(毒鳥も横でもらい鳴き・・・)
今後とも楽しい関西のノリを忘れずにやって行きます。みなさん、ヨロシク!!

 


 

  さえずり!その8 金子みすずさんが目標!
2001・2・20追加

 

皆さんは金子みすずさんという詩人をご存知でしょうか。(今回は毒鳥は休養中)
一時TV番組なんかでも取り上げられていましたが、私は以前から大ファンでした。
もうこの世にはおられませんが、その詩は素晴らしい輝きを帯びて私たちの心の中で生き続けて
います。
その素晴らしさを一言でいうと自然そのものから生まれでた、一種の奇跡といっても過言ではない
と思います。彼女の詩はすべてが周辺にあるものを究極的といっていいほど深く静かに捉えたもの
で、一種の作為的なものが全くありません。
石ころや梨のしんなどといった普通は観察の対象外になるものまで深く見つめて詩を湧きだたせる
のです。しかし、彼女の素晴らしい詩は自然を見つめたものにあると私は思います。
私が好きな詩に「木」というものがあります。
                           お花がちって 実がうれて
         木                 その実が落ちて 葉がおちて、
                           それから芽が出て 花が咲く。
                            そうして何べんまわったら、
                           この木はご用がすむかしら。
 
とても短い詩ですが、彼女の自然に対する率直な思いを綴っています。繰返して読むほどにその詩
の深さを感じてしまいます。
私は長年野鳥を中心とした自然相手の写真を撮らせて頂いておりますが、その目指すものは尊敬
する野鳥写真家の和田剛一氏やネイチャーフォト作家の故木原和人氏ではなく、この金子みすず
さんの詩だったのです。もちろん万分の一にも届いてはおりませんが、永遠の夢として金子氏の詩
のひとかけらにでも追いつくことが出来たらと常に想っております。あの深く自然をとらえる心を写真
で現わすことが出来たら。
自然大好きな皆さんにも、是非みすずさんの詩を読んで欲しいと願っています。

 


 

  さえずり!その7  川をダメにする日本人

2001・2・15追加

 

私の住む近くには安威川という川がある。淀川に流れ込む関係で一級河川になっている。
そんなことはどうでもいいことだ。
毒鳥が言いたいのはその川がコンクリート製のドブ川に化しているということだ。毒鳥が小さい
頃はたくさんの魚や水生昆虫、野鳥もどれだけいたことか。そして多くの人達の遊び場だった
のである。多くの大人が釣りを楽しみ、子供達が川に入って魚と戯れていた。
今はどうか。治水という名の元に無機質でどうしようもないドブ川に成り果ててしまった。川に
出るのはジョギングと犬の散歩の人間位である。川を楽しむといった風情とはとてもいえない。
我々野鳥にとっても迷惑な話である。多くの仲間が住んでいた草むらを邪魔だからと強引に
刈り取り、大して意味のない芝生に変えていっている。(下手なアマチュアゴルファーが喜ぶ位
が関の山である)仲間のクサシギ君も安威川にたくさんおったのだが、毒鳥の生活している
安威川近くは住めないとこぼしていた。それと反比例して増えてきたのが川に捨てられるゴミで
ある。これは川を愛せなくしてしまった、行政側の責任である。ヨーロッパなどでは、逆に治水を
十分意識しながら自然との共生をはかっている。日本人に出来ないはずはないのだ。それが
出来ないのは何故か。それはこの毒鳥が言わなくてもみんながわかっているはずである。
わかっていて何も言わない、何もしない。本当に情けない。
毒鳥も観察していて、川を愛せなくなった変わり果てた日本人を見るのが一番つらい。
もちろん名古屋で起こった大洪水を見るように治水は大事な事業であることはわかっている。
(名古屋の人に言わせるとあれは天災ではなく、人災とのことだが)
毒鳥はもう一度川を楽しむ人々に会いたい。水しぶきをあげて追いかけっこをする子供達を
見たい。未来に何を残せるかを真剣に考えてもらいたい。我々野鳥とそして子供達の為に。

 


 

さえずり! その6 スズメが人間に懐かないワケ

2001.2.10追加

 

この毒鳥がいつも感心し、関心があり、歓心をもってみているのがスズメたちである。
 確かにお米屋さんの軒先で物欲しそうにしておったが、お米屋さん自体が減りつつあ
 現在、人間に依存しているスズメはどう対策をたてているのだろうか。
 人間の落とした食べ物や人の庭の実などもよく頂戴しているようだが、彼らは決して
 人に懐こうとしない。バードウオッチャ−も「何だ、スズメか」で素通りしてしまう。しかし
 それこそが彼らの恐るべき戦略であることを人間は気付いていない。
 いま人間界ではすき間産業というものが注目されているが、スズメはそれを人間生活
 の中で行おうとしているのだ。
 懐かれないことで、人間は注目しない。そこでエサを拝借してもお目こぼしされる。
 またヒヨドリのようにあからさまな量と声で庭の木の実を取って、憎まれることはないの
 である。(ヒヨドリ達はまだまだスズメに比べて、都会生活というものがわかっていない)
 1羽が食べる量が少なくても総量はバカにならないが、スズメに無関心にさせられた人
 はそのことに全く気付いていないのである。
 気のいい人の撒いたエサを可愛らしくつついたスズメたちが、その人がいなくなる時、
 「フッ」と不適な笑みをもらしたのを私は見たのである。恐るべし、スズメたち!
 他の野鳥達が人間によって滅ぼされても、スズメたちは生き残るであろう。素晴らしき戦略。

 


 

 さえずり!その5 毒鳥の自己紹介

 2001・2.6追加   

 すいません。今まで猫かぶってました。
 (そうかな、結構アクの強い文章が多いで・・・・・との風評をまともに受けながら)
 コラムという事であたりさわりのない文章が続き、自分で読んでいてつまらなくてしょうがなく
 なりました。
 (このコラムの改修でお客さん減るやろうな−管理人談)
 こら!俺が自己紹介しとるんやぞ。とにかく大きな声でさえずりたいことがたくさんあるんで
 これからは率直に我を押し通していくつもりです。
 (人にくちばしでつついたり、暴れた場合は当園から永久追放に致します−管理人談)
 やかましい!
 悪いことは悪いとはっきりとさえずらん今の世の中、ちょっとおかしいんじゃないかなあ。
 仲良しごっこもいいが、それだけじゃ何も変わりませんよ。
 まあこのホームページでコラム読む人は減るでしょうが、私は元気にはばたけます。
 とにかく毒づく野鳥を以後よろしくお願い致します。(ドクちゃんて呼んでね)
 (どうしよう・・・・・・・・−管理人談)

 


 

  さえずり! その4 釣り人を何とかしてくれ!

2001・2・3追加

 

我々野鳥たちの仲間が釣り人の捨てた釣り糸や針・オモリでどれだけ殺され、
傷つけられているかを奴らはわかっているのだろうか。
無理だろうな。釣り禁止や立入禁止の漢字さえ読めない輩ばかりだから。
とにかく俺たち野鳥にとってハンターと釣り人ほど始末の悪いものはないのだ。
ただハンターはまだいい加減な抜け穴だらけの規制だが法的に拘束されている。
なのに釣り人は全くの野放しである。
多くの良識あるバードウオッチャ−や自然愛好家の方々がマナーの改善を呼び
かけているが、現実はますます悪くなるばかりである。
馬耳東風というのは彼らの為の四字熟語ではないだろうかと、真剣に考えること
がある。注意しても彼らはまともに話は聞かない(最近は無視する)、まともに反論
できない、マナーを守って行動できない。
我々野鳥は、釣りをやめろなどとはさらさら言うつもりはないのだ。ちゃんとマナー
を守って楽しんでほしいといっているのである。
我々を観察してくれる愛鳥家にとって、足に釣り糸をつけて飛ぶキアシシギ、釣り針
をくちばしの横につけたアオサギなど見たくないそうだ。
何とかしてくれと友人のイソシギ君が釣り糸のくい込み始めた足の痛みに耐えながら
私に叫んでいた。釣り人を何とかしてくれ!
 

 


 

  さえずり! その3 1995・1・17を忘れるな
2001・1・16追加

     

あの大震災からちょうど6年が経過する。
6000人を超える尊い命を奪った阪神淡路大震災である。当方の身近にも
影響があった。私自身はちょうど目がさめたばかりで、地震と共に飛び起きて
タンスを一生懸命押さえていた。かつてない揺れの中で死ぬかもという気持ち
がよぎった。隣の家は大黒柱が折れて立て替えを余儀なくされました。
近くの古い文化住宅も大きな亀裂が入り、多くの人が転居せざるをえなくなり
知り合いの方もいなくなりました。大阪でも場所により結構ひどかったのです。
親戚が芦屋に住んでおりましたが、家は全壊して着の身着のままで避難した
とのこと。(全てを失いました。)
今でも地震には非常に敏感になってしまい、あの日を思い出すことがあります。
大阪の私がこうですから、神戸の方々の心境は推して知るべしでしょう。
私は震災後の犠牲者の数が増えるごとに我が事のようにつらく思ったものでした。
その一方、神戸を中心とした被災者の方々の助け合う素晴らしさとボランティアの
精力的な活動を見て、「人間も捨てたもんじゃないな」と人間嫌いの私を感動させ
てくれました。神戸の方々は大人ですね。大阪であのような天災が起こったら、
とてもああしたりっぱな姿は多分見れなかったのではないでしょうか。
私はあれ以降、神戸の方々を潜在的ではありますが尊敬しつづけております。
あれから6年。あの尊い犠牲が教訓として生かされているのでしょうか。答えは
残念ながらノーです。命の尊さをあれほど我々に見せてくれた、あの瞬間に虫
でも殺すように人を殺したりする若者達は何を見ていたんでしょうか。教育は何
を教えていたんでしょうか。
人を助け合う心は廃れ、自分さえ良ければが顕著な今の世の中。
私は年に何度か当時のテレビ番組を見ては、反省することにしています。
しかし、6年という歳月はなんとあの震災を遠くに追いやってしまったことか。
みんな!1995・1・17を忘れないでほしい。
6000を超える方々の犠牲を無駄にしない為にも私たちは生きなければならないと考えます。

                      

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