ドイツ連邦議会の選挙

  ドイツ連邦議会の選挙が、1998年9月27日にあり、16年もの間政権の座にあったキリスト教民主同盟CDU/キリスト教社会同盟CSUが破れ、ゲアハルト・シュレーダーが、ブラント、シュミットについで、三人目の社会民主党SPD出身の首相になったことは既にご存じと思います。

 今回、私は始めてドイツの国政レベルの選挙戦をその開始から知ることができました。ドイツの選挙は色々なユニークでした。

 ドイツは一院制ですから、この選挙で政治のすべてが決定されます。ドイツ基本法77条1項に「連邦法は、連邦議会によって定められる」とあり、一院制であることは明確です。なぜこれを強調するかというと、日本では権威あるドイツ法の教科書にさえ、「ドイツは日本と同じく二院制である」と書かれていたりするからです。

 この誤解は、日本では連邦参議院と訳される機関が存在することから生じています。参議院と訳するものですから、日本と同じで国民代表機関であるという錯覚を与えますが、これは各州政府を代表する機関で、固定的な議員を持ちません。ドイツは連邦国家で、連邦法は州法に自動的に優越しますから、州の利害に深い関係がある連邦法を制定するに当たっては、州の同意を要件としています。その同意を与えるための機関として設置されているのが連邦参議院です。だから日本の参議院と違って、立法機関でもなければ、国民代表機関でもないのです。したがって、ドイツでは国政レベルでの選挙は、連邦議会しかありません。

 ドイツ連邦議会の選挙制度は、日本の現行衆議院議員選挙と基本的に同じ制度で、有権者は2票の投票権を持っています。第一の票は、選挙区選挙の投票権で、それぞれの選挙区の候補者のうち、最多得票者が連邦議会議員に選出されます。第二の票では政党を選択します。政党は州単位で名簿を用意し、その得票率に応じて名簿の上位者から連邦議会議員となれるわけです。

 日本との違いは、第一の票数と第二の票数を集計し、各党の得票数の比率に対応するように議席配分がなされる点です。

 ただし、ある政党が、比例配分で得られるはずの議席数を超える候補者を選挙区選挙で当選させていた場合には、その「超過議席」を保有することが認められます。その結果、連邦議会の定数は656議席ですが、たいていの場合、それを上回る議員がいます。前回1994年の選挙では、この結果総議員数は672名でしたし、今回の選挙では669名となりました。SPDは、この超過議席のおかげで、本来なら287議席のところ、298議席を得ています。

 この第二の政党の選択に関しては、CDU/CSUやSPDは、これを首相の選択と読み替え、それぞれ首相候補者の顔写真を掲げて戦っていました。なお、党の総裁と首相候補者とは必ずしも一致しません。CDUでは、ヘルムート・コールは総裁であり、首相候補者ですが、SPDでは総裁はラフォンテーヌですが、首相候補者としてシュリョーダーということになります。

 このように、選挙区選挙でも、比例区選挙でも「顔の見える選挙」が行われていることが選挙における投票率を高めている、とドイツ人は自慢しています。前回1994年の選挙の投票率は、79.0%、今回はさらに高まって81.5%となっていますから自慢するのももっともです。しかし、日本の国政選挙も同じ制度で、候補者の顔は十分に見えるのに、この半分くらいの投票率にしかならないことからすると、理由は別に求めるべきでしょう。ちなみに、州議会選挙だと少々関心が低くなって、70%内外にとどまります。

 このように非常に高い選挙民の関心を背景に、選挙戦はかなり白熱したものです。日本と違って、宣伝カーは全く見かけませんが、選挙運動期間は、町の街路樹は、候補者や党を宣伝する大きな立て看板で囲まれてしまいますし、各家のポストには毎日のように選挙関連のパンフレットが投げ込まれます。街頭でのビラ配りも盛んです。

 先日、ミュンヘン市の市庁舎前のマリーエンプラッツに出かけていくと、楽隊が演奏していました。何かと思ったら、その演奏である程度観衆が集まったところで、選挙区選挙の候補者が出てきて一席ぶつという段取りでした。日本では最近は行われなくなった立会演説会的なものも盛んに行われています。もっとも、選挙管理委員会が開くのではなくて、各党がそれぞれ自分の政策を訴えるために開くのです。

 このように選挙運動では、各党は積極的に自らの政策を宣伝します。そうした政策をめぐる争いが、選挙民の関心を高めているように思われます。この点、日本の選挙では政策は当落に響かないとばかり、ひらすら自分の名を連呼する候補者ばかりです。ドイツとの比較で言えば、おそらく、この政策の戦いの有無が投票率の違いの最大の原因ではないか、という気がします。

 連邦議会議員選挙には、有名な5%条項という壁があります。比例代表制には、議会に多数の党の乱立状態が生じて、政局が非常に不安定になり易いという欠点があります。ワイマール憲法下で、そうした不安定さがナチスの進出を許した反省から、全国で5%以上の得票率を得ないと議席を認めない、ということにして弱小政党の乱立を防止したのです。

 もっとも、これをそのまま適用すると、東ドイツだけを地盤にしている政党、特に、かって東ドイツを支配していた社会主義統一党の後継組織である民主社会党PDSに不利になるので、特則を置き、旧東ドイツの州で5%を越えればよいとしました。PDSは、例えば前回は、対全国比では4.4%でしたがこの特則で、議席を得ていました。が、今回の選挙では堂々5.0%を獲得しました。旧東ドイツ地域では、20%近い失業率にあえいでおり、それから来る不満の高まりが、その独裁政党の躍進を呼んでいると思われます。

 ドイツには、この5%条項を乗り越えるため、いくつか複合政党があります。これまで政権を握っていたCDU/CSUもその一つです。CSUは、バイエルン州だけにあり、CDUは、バイエルン州以外の州にある政党ですが、協定を結び、連邦議会では統一会派を作っているのです。CSUはバイエルン州では絶対的な強さを誇り、今回の選挙での得票率は実に47.7%に達しています。しかし、同党の結党以来得票率が50%を割り込んだのは始めてのため、党首が辞職する騒ぎになっています。

 また、環境保護運動の人たちから生まれた緑の党と、東ドイツに転機をもたらしたそのきっかけを作った市民運動の人たちから生まれた同盟90も、統一会派を作っています。彼らが連立与党となったのですから、ドイツの環境政策は今後一層厳しいものとなるでしょう。

 選挙が終わると早速テレビではその晩のうちに選挙速報が始まるのは日本と一緒です。が、ドイツでは個々の選挙区における候補者の当落には全く触れず、全国合計での各党の得票率だけを予想しています。

 選挙速報が終わると、引き続いて議席を得た全政党の党首座談会が放映されます。これは1976年以来の慣行だそうです。今回の座談会では、敗軍の将、コールが沈鬱な面もちでCDU総裁も辞任することを明らかにしたこと、他方、勝者SPDのラフォンテーヌは慎重な言葉遣いで言質を与えないようにしていることが印象的でした。