標準ドイツ語と方言
標準ドイツ語のことを、ドイツ語で「ホホドイッチュHochdeutsch」といいます。「ホホHoch」という言葉は「高い」ということを意味しますから、日本では昔から「高地ドイツ語」と訳されたりしています。しかし、これは間違った訳語です。というのは、ドイツは平野の国で、山らしい山といえば、国土の南の端にそびえるアルプスくらいしかありません。だから、高地ドイツ語という言葉を使うのであれば、アルプスを持つバイエルン州などの方言を呼ぶのがふさわしいのです。実際、南ドイツの方言のことをOberdeutsch(すなわち高地ドイツ語)と、ドイツの専門家は呼んでいます。
一番標準ドイツ語に近い言葉を日常的に使っているのは、私の知る限り、ハノーファー市を首都とするニーダーザクセン州です。同州は国の北の端にあって北海に臨んでいますから、その土地の標高はドイツで一番低いといって良いでしょう。だから、標高と結びつけて呼ぶなら、その地域の言葉は、低地ドイツ語Niederdeutschというべきです。実際に、ドイツの方言専門家は、まさにその通りに呼んでいます。
標準ドイツ語は、宗教改革の際、マルチン・ルッターがラテン語の聖書をドイツ語に翻訳したことに始まります。彼はザクセンの出身で、ザクセン候の庇護を受けて、その地域の言葉に聖書を翻訳したのです。そして、宗教心に厚いドイツ人達は、宗派を超えて、皆熱心にこのドイツ語聖書を読んだところから、これが標準語化したわけです。この起源から考えて、ホホというのは宗教を意味しているのだと、私は考えています。つまり「崇高な」とか「尊敬すべき」とかいう抽象的な意味でもホホという言葉が使われますが、標準ドイツ語という時のホホもその意味だと思います。
標準ドイツ語は、日本の標準語と同じで、人工的に作られた言葉ですから、完全に日常語として標準ドイツ語をそのまま話す地域というのはありません。日本の標準語と東京方言は、似てはいるけれども違うものであるのと同じです。
一番標準語に近いといわれるハノーファーに旅をして、土地の人の話す言葉に耳を澄ませていると、わずかに標準語からずれているのを感じます。例えば、たいていの人のchの発音に微かにsが混じっているのが判ります。「私ich」という言葉を「イヒ」と発音せず、ちょっとオーバーに表記すれば「イシュ」と聞こえるのです。
このように日常語ではないため、標準ドイツ語のことを、舞台ドイツ語とか、3分間のドイツ語と言ったりします。前者は、芝居はどこの地方の人にでも判る言葉で行われる必要がありますから、舞台の上でだけ、標準ドイツ語が使われているということを意味します。後者は、テレビやラジオのニュースのときだけ話される言葉という意味だそうです。3分というのは、ニュースの一区切りの時間なのでしょう。
実際問題として、ドイツにおいては方言は日本における方言よりもはるかに強い地位を持っています。例えばヘッセン州は、ドイツの中央にあり、空の玄関フランクフルトを抱える州ですが、ヘッセン人と結婚したある日本人女性は、ヘッセン方言は世界一美しい言葉なのだから、とご主人にいわれて、特訓を受けたそうです。この話は、ドイツ人と結婚するくらい標準ドイツ語に堪能な日本人でもヘッセン方言が難しいものであることを示すと同時に、ドイツの各地方に住む人々が、自分たちの方言に対してどれほどの誇りを持っているかということをよく示しています。その誇りを前にしては、いくらテレビでふんだんに標準語を使っていても、おいそれとそれが普及するわけがありません。
方言では、まず第一に違う言葉が使われます。例えば標準ドイツ語、すなわち北ドイツの方言では、土曜日をゾーンアーベント、場所をオルトと言うのに対して、南ドイツでは前者をサムスターク、後者をボイエルと言います。このような言葉の違いは数限りなくあり、ミュンヘンの本屋をのぞくと、バイエルン語辞典と題する5cmくらいの厚さの本が売られているほどです。
ドイツ語方言を母国語としていても標準ドイツ語を知らない人と話すのは大変です。例えばフランスのアルザス州は、元はドイツの一部でした。が、ナポレオンが奪い取り、普仏戦争でドイツが一時取り返しましたが、第一次大戦後フランスが再び奪って今日に至っています。したがって土地の方言はドイツ語系なので、ドイツ人はフランス語を知らなくともアルザスを旅するのにまったく困らない、という話です。しかし、アルザスの人々は標準ドイツ語を知らないため、私程度のドイツ語力では互いにまったく意思の疎通ができません。だから私がアルザスを歩くときには、下手なフランス語を頼りにする外はありません。
しかし言葉の違いは、ドイツの中では実際にはそう問題ではありません。南ドイツの人々、特にバイエルン人は、ドイツの中でも外国人に親切という定評のある人々ですから、我々日本人に対しては標準ドイツ語で話そうと努力してくれるからです。
ドイツ国内にいる限り、言葉の差よりも手強いのが、発音の違いです。なぜなら発音は本人が意識してコントロールできるものではないからです。そして発音の相違もまた、地方ごとに数限りなくあるのです。まったく同じ言葉でも違う発音をされると、慣れないと何を言っているのか判らないものです。会話に現れるすべての言葉にそうした違いがあるとなると、これが一番大きな壁になるのも当然でしょう。
発音の違いで非常に目立つのが、SやWの発音が、標準ドイツ語では濁るのに対して、南部ドイツ語では澄んでいる点です。例えばドイツの伝説の英雄ジークフリートは、南ドイツではシークフリートと発音されます。また、オーストリアの首都は、土地の発音ではヴィーンではなく、ウィーンで正しいのです。指揮者として世界的に有名なウォルフガンク・サバリッシュ氏は、もし北ドイツの出身なら、ヴォルフガンク・ザバリッシュと呼ばれていたはずです。
先ほど、ハノーファーの発音の特徴としてchを例示しましたが、この綴りは非常に地域差の目立つものの代表格です。例えば中国のことをドイツ語では英語と同じく、Chinaと書きます。これを標準ドイツ語では、ヒーナと発音するはずです。
それに対してハノーファーやボンも含めて、比較的フランスやベルギーの国境に近い地方では、一般にフランス語と同じようにsの音が混じって発音されますから、シーナと聞こえます。日本語で昔の中国を呼ぶときと同じような発音であるわけです。これを初めて聞いたときには、英語の綴りの意味が判った、と膝を叩いたものです。
南ドイツになると、chはイタリア語と同じようにkと発音されます。だから中国はキーナと発音されるわけです。バイエルン王のルートウィヒ二世と言えば、おとぎ話から抜け出したようなノイシュワンシュタイン城を作ったので有名ですが、彼がフランスのベルサイユ宮殿を模して作った城が、ミュンヘンとサルツブルクの中間にあるキームセーという湖の中のヘレン島にあります。この湖も、標準ドイツ語ならヒームゼーと呼ばれるはずのところです。
地域による発音の違いは、ドイツ人自身にとっても相互理解を妨げる大きな壁のようです。特にスイスドイツ語となると、綴りはまったく同じでも、発音は標準ドイツ語とはかなり違ってきますから、ドイツ人にも簡単には理解できないのです。そこで、ドイツのテレビでスイスのドラマが放映される時には字幕が付いています。