オクトーバーフェストの憂鬱

 ミュンヘンといえばビール、ということはこの欄で前にも触れました。そのミュンヘンで開かれる世界最大のビール祭りが、有名なオクトーバーフェストです。

 オクトーバーという名称にも関わらず、この祭りが開かれるのは実はもっぱら9月です。現在のルールでは、2週間に及ぶその会期の最終日が10月の第1日曜とされています。1998年の場合だと4日が日曜でしたから、それでも会期の4分の1は10月でした。2000年の祭りでは、1日だけしか10月に入らないことになります。

 9月に開かれるのに、なぜオクトーバーフェストというのでしょうか。日本の旅行ガイドブックには、最終日が10月だからオクトーバーフェストの名がある、と書いてあるのもあります。これは、間違いではないにしても、正確ではありません。

 このお祭りは、1810年10月17日に、当時のバイエルン国皇太子(後のルートヴィヒ一世)の結婚を祝って、ミュンヘン市の城門の一つで、今も残るセントリンガー門の外の牧場(ドイツ語でヴィーセ)で競馬を行ったのが始まりです。ですから、本来は、17日を中心に、完全に10月に行われていました。だから、オクトーバーフェストの俗称が生まれたわけです。

 なお、このルートヴィヒ一世はノイシュヴァンシュタイン城を作ったので有名なルートヴィヒ二世の祖父に当たります。ミュンヘン大学や美術館アルテ・ピナコテークを創設するなど、ミュンヘン市の発展に尽くした人です。が、踊り子ローラ・モンテスに狂って退位を余儀なくされました。だから、この祭りで祝われている結婚は、あまり幸福な最後を迎えてはいないのです。

 しかし、ビールの好きなバイエルン人は、そんなことにはお構いなしに、毎年その日を祝い続け、いつの間にか競馬は消えてしまって、ビール祭りに変身させてしまったわけです。ちなみに、これはドイツで最初に誕生した宗教色のない祭りです。

 これが9月に行われるようになったのは主として気温のためです。実のところ、10月のミュンヘンというのはかなり寒いのです。下手をすると吹雪に見舞われることだってあります。いくらバイエルン人がビール好きで、寒さに強い分厚い皮膚をしているからといって、テント張りのビアホールで冷たいビールを痛飲したい、と思うシーズンではありません。そこで、オクトーバーの名におかしくない程度に会期をぎりぎりまで繰り上げた、というのが、9月下旬に行われるようになった本当の理由です。

 場所だけは、最初の時からほとんど動いていません。ミュンヘン市が膨張して行くに連れて、城壁の外にも家が増え、後には城壁は取り壊されて、環状道路となりました。が、その牧場だけは大事に残しました。今、そこは、その結婚でルートヴィヒの皇后となったテレーセの名を取ってテレシーエン・ヴィーセと呼ばれています。こういう変わった会場名なので、近頃では、オクトーバーフェストと長い名で呼ぶ代わりに、この祭り自体をヴィースン(牧場の)とだけいうのが普通になっています。

 このヴィーセは、もっぱらオクトーバーフェストが開かれる2週間(土曜日から始まり、日曜日に終わるので、日数としては16日間)だけ使われる場所で、1年の残りの349日は、一部が駐車場や小さな催事に使われたりする程度で、ほとんどは単なる空き地です。それが9月にはいると、にわかに続々と巨大な建物が建ち並び始めます。ホーフブロイやレーヴェンブロイなどミュンヘン七大メーカーを中心に、大小各ビール会社が、それぞれ数千人収容の巨大ビアホールを建て始めるのです。

 さらに、仮設建築物とは思えない巨大な遊具が続々と組み立てられます。1998年の場合、最大の売り物のジェットコースターには、何と床がありませんでした。椅子に座って、足をぶらぶらさせた状態で、二回も宙返りし、その間に三回も捻るという、まさに究極の絶叫マシンでした。

 祭りの当日ともなると、興奮は最高潮。会場には、ドイツはもちろん、世界中から押し掛けたビール飲み達があふれます。

 この会期となる2週間の間に会場に入る人の数は、1998年の場合、前年より10万人増えて650万人に達したと報じられています。この間に会場で飲まれた飲まれたビールは、5百万リットルです。

 私が20年前に住んでいた頃には入場者数は400万人といわれていました。つまり、20年の間に入場者が5割以上も増加しているのです。しかし、ビールの消費量はそれほど延びていません。昔は、会期中に会場で飲まれるビールの量は400万リットルといわれていたからです。つまり入場者が5割以上も増えたのに、ビール消費量はわずか25%しか延びていないのです。

 理由はいくつかあります。訪れる人々のトレンドの変化というものも軽視できません。例えば、家族連れの入場者が増えています。彼らは、もっぱら遊具で子供達を遊ばせることを目的に日中にやってきて、夕方早々には引き上げてしまいます。彼らが飲むのはもっぱらコーラやレモネードで、ビールではありません。

 しかし、ビールを飲みにきた人々が飲む量自体が減っているのも確かです。その原因は、入場者が増えすぎて、ヴィーゼの収容力の限界にぶつかっているからです。

 昔は、ヴィーゼの会場では、飲みたい人はいつでもビールが飲めました。どんなに混んでいる時でも、なにしろ5000人以上も入れる大きなビアホールですから、バイエルン人達は、持ち前の親切心を発揮して席を詰め合い、数人分くらいの席はたちどころに作り出してくれたものでした。後は、見も知らぬ隣りの席の人々と楽しくビールを飲み交わすという段取りだったのです。

 それが最近では、夕方の五時に行ったのでは、どんなに幸運に恵まれてもビアホールに入ることは不可能です。土曜、日曜などでは状況はさらにひどく、三時になれば、どのビアホールの入り口にも、「満員につき閉鎖中」の札が出てしまいます。そうなったら、後は、外のセルフサービスの店で買って、歩きながら飲むほかはありません。硝子でできた1リットル入りの大ジョッキとつまみのパンを抱えて、殺人的な雑踏の中を歩くというのは楽なものではありません。少なくとも、おいしいビールの飲み方ではないことは確かです。

 こうした大変な混雑の中でビールのがぶ飲みをするものですから、急性アルコール中毒患者のため救急車がひっきりなしに出動します。そのため、会場の内外にはいつもそのサイレンの音が響いて、喧噪をいよいよかき立てています。5リットルも一気に飲んだ若者や心臓発作を起こした老人など、数人の死者が今年も出ました。

 会場からあふれ出た人々は、当然ミュンヘン市内の繁華街に流れ込んできます。このため、普段は静かに飲めるビアホールでも、この時期ばかりははち切れそうになります。だから、オクトーバーフェストの時期は、ミュンヘンに住んでいる者にとってはむしろ憂鬱な時期です。終わるとほっとする、というのが正直な感想となります。

 もし読者の皆さんで、オクトーバーフェストにあこがれて一度は行ってみたい、と考えている方はこの際、考えを改めて頂きたいと思います。もし、ミュンヘンのビールを本当に楽しみたかったら、是非、オクトーバーフェストの時期をはずして来られるようお勧めします。