キリスト教と日曜・祝祭日
ドイツで暮らしていると、日曜日というのはちょっとした憂鬱の種です。官公庁はもとより、一般商店に至るまで、すべて閉まってしまうからです。したがって、日本だとうれしく感じる連休が来ると、逆に震えあがってしまいます。しかも、割に連休が多いのです。なぜなら、ドイツの祝祭日には、移動祝祭日といって、日ではなく、曜日で決まっているものが多く、しかも、その多くは月曜日とされているからです。
ですから、日本のように、日曜日にまとめて買い物をする、等と言うことはできません。土曜日に、せっせと月曜の朝必要になる分くらいまでしっかりと買い込まなければなりません。しかも、その土曜日が普段よりも営業時間がぐっと短いと来ているものですから、商店の前には長蛇の列ができることになります。ウィークディは忙しい共稼ぎの夫婦などは、本当に大変だろうと同情しています。
そもそも、ドイツでは生鮮食料品は、日本と違って日保ちしないものが多いので、普段からこまめに買いに行かねばなりません。例えば、日本ではパンは、買って数日間はトーストすればおいしく食べられます。ところがドイツのパンは、焼きたてを生で食べるのがおいしいものですから、毎朝買いに行かねばなりません。ハムなども、日本ではあまりみかけない生ハム類が多く、非常においしいのですが、保ちは良くないのです。
しかし、なぜ、商店は、日曜・祝祭日に営業しないのでしょうか。それは法律で禁じられているからです。ドイツでは、このような決まりは、州の管轄です。私が現在住んでいるバイエルン州の場合、それは「日曜及び祝祭日の遵守に関する法律」といういかめしい名の法律で、その7条は、その法律違反行為に対して、なんと最高一万マルク(70万〜80万円程度)という高額の罰金を科せられることになっています。
このように日曜や祝祭日の営業を州が法律で厳しく取り締まるのは、ドイツが、日本と違って、きわめて宗教的な性格の強い国家であるためです。日本では、ご存じのとおり、政教分離の原則により、国や地方自治体は、たとえ国葬や地鎮祭といえども、宗教儀式を行うことはできません。
これに対して、ドイツでは、例えば基本法(憲法)7条3項で「宗教教育は、公立学校においては正規の授業科目である」と宣言され、毎週必ず、その子の属する宗派の僧侶による教育を、学校の教室で受けさせられるのです。私の子供のように、無宗教の子供はどうするのかと思っていたら、その時間は倫理の時間とされていました。
我々日本人の意識では、日曜日はただの休日です。が、ドイツでは、今もれっきとしたキリスト教の安息日と認識されています。そのために休日にしてあるのです。したがって、商店の営業など、一切の公的活動が禁じられるのは当然というわけです。
祝祭日も同じことです。日本の祝祭日は、春や秋のお彼岸のように、若干宗教色の残っているものもあります。が、そのほとんどは徹底して非宗教的なものです。
これに対して、ドイツの祝祭日は基本的には宗教的な性格なのです。バイエルン州は、ドイツでも宗教熱心な州ですから、ドイツ各州の中でも一番祝祭日が多く、全部で12日あります。そのうち、元旦、メィディ及びドイツ統一の日(10月3日)は、宗教色のない祝日です。しかし、それ以外のものは完全なキリスト教の祭日です。
例えば3月にキリストの復活を祝う復活祭があります。キリストの復活は、春分後の最初の満月後の最初の日曜日とされています。その二日前の金曜日にキリストは十字架に掛けられ、日曜日に復活したわけです。そこで、「受難の金曜日」と復活の翌日の「復活の月曜日」が祭日となります。
つまり、土曜日をはさんで、祭日と日曜が断続的に3日続くわけです。だから、その谷間の土曜日は、特に大変な買い物ラッシュに見舞われます。この土曜日も祭日にしてしまうと、住民が飢え死にしかねないという配慮で、法律上の祭日扱いにしていないのではないか、と私は勘ぐっています。というのも、この土曜日も、「受難の土曜日」と呼ばれる、れっきとした宗教上の祭日であることは確かだからです。
このような祭日とは別に、ズバリ「安息日」というものも、バイエルンの法律では年に9日定められています。祭日の例に上げた復活祭の時期では、「洗足の木曜日」、「受難の金曜日」、「受難の土曜日」と3日続けてそれにあたります。安息日というのは、原則として日曜・祝祭日ほど規制は厳しくなく、商店などは平常通り営業できます。ただ、娯楽施設は、「この日のまじめな性格を保てる限りで」営業を許されることになります。
別格として、祭日でもある受難の金曜日だけは、音楽演奏のある酒場及びスポーツ施設までが営業禁止とされています。これらは普段の祝祭日には営業できるのです。これに加えて祭日として一般商店の営業が禁止されますから、この日は本当に街は灯が消えたようになります。
こうした法的規制とは別に、民衆の信仰による規制というのもあります。復活祭の始まりは、2月中旬にある「灰の水曜日」という安息日で、本来なら、その日から復活祭までの40日間は断食をするのです。最近では、断食までする人は滅多にいませんが、カトリック信者は、少なくともこの日一日はお酒を飲みません。つまり断酒の日であるわけです。そして、バイエルンでは、このカトリック信仰が非常に盛んです。
酒好きの人にとり、丸一日お酒を飲めない、ということになると、その前に十分に飲んでおきたいと考えるのは人情というものです。このため、この灰の水曜日の前日の火曜日というのは、何の祭りでもないのに、皆が浴びるほどお酒を飲む日ということになります。なお、有名なカーニバルというのは、そのさらに前日の月曜日です。ドイツでは「バラの月曜日」といわれ、やはり祝祭日でも安息日でもありませんが、民衆は盛大に祝います。だから、バイエルン人はたいてい、二日続けて、お酒を大量に飲み続けることになります。
バイエルン警察では、この火曜日には、いつも夕方の4時くらいからアウト・バーンにねずみ取りを仕掛けますが、その時点で、既にドライバーの8割くらいが飲酒運転で引っかかるというのです。したがって、リミットの12時近くになれば、もう町行く人の全員がへべれけといって良い状態になります。交通事故に巻き込まれたくなかったら、この日は間違っても車で外出したりしてはいけません。
以前、この日にオペラを見に行ったことがあります。この日はオーケストラもお祭り気分で、楽団員もかなりくだけた服装でででてきました。逆に、楽器のコントラバスはワイシャツを着せられ、ネクタイまで締めていました。あれでまともに音がでるのか、と心配したものです。そして、指揮者が入ってこようとしたその瞬間に、オーケストラが勝手に演奏を始めたのが、その日のおふざけのクライマックスでした。可哀想に指揮者は、序曲の終わるまで舞台の端で棒立ちになっていました。しかし、それだけふざけていたにも関わらず、一糸乱れぬ見事な演奏でした。そういうところは、さすがにミュンヘンで活躍する一流のプロと感心したものです。