平成15年度秋期行政科研究室入れ替え試験 解説

甲斐素直

問 題

 昨年9月11日に起きた同時多発テロは、世界中で進んでいたグローバル化の流れや国家の役割に対しても一時的にせよ無視できない影響を与えたと言われている。たとえば、テロ発生1か月後の時点で、ある新聞の社説は、次のように論じている。

「冷戦終結後、世界はグローバル化の時代に突入した。国家の役割が後退し、個人や団体、企業がそれぞれの判断で、世界を舞台に行動するようになった。IT(情報技術)革命が、この流れに拍車をかけた。

 経済では、効率性の追求によるコスト削減を競って、ほとんどすべての国や地域が市場に参加する大競争時代が出現した。

 各国とも規制緩和や経済の自由化を進めて、ヒト、モノ、カネ、情報が高速に、低コストで流通できる体制の整備を急いだ。

 しかしテロの後、人々はショックと警戒から、可能な限り移動を控えるようになった。航空会社、旅行会社、ホテルなどは深刻な顧客の減少に苦しみ、欧州の名門航空会社が破たんした。

 ヒトやモノの移動に伴う保険料が引き上げられ、警備も厳重になって、ヒトやモノの移動の量と速度は大幅に低下せざるを得なくなった。また、安全を確保するために国家が前面に登場することになった。グローバル化の流れに急制動がかけられたのだ。」

 他方、昨年から今年にかけて、中国がWT0に加盟し、また、欧州統一通貨ユー口の現金流通が始まるなど、グローバル化の流れは一層加速したという側面もあるとも言われている。

 以上を踏まえ、次の設問に答えよ。

@ 国家は、経済、環境、外交、社会保障など様々な分野において多様な機能を果たしているが、今後、このような国家の機能はどのように変わっていくことが望ましいかについて、グローバル化の流れや様々なリスクの増大とも関連付けながら、多面的な視点からあなたの考えを述べよ。

A @であなたが述べた国家の機能の変化を踏まえ、国家公務員の果たす役割にはどのような影響があるか、また、新たな役割を呆たすに当たって求められる心構えは何かについて具体的に論ぜよ。

 毎回、問題は変わるが、私が解説に書く文章そのものは、非常に残念なことだが、基本的に変わることがない。すなわち、今年の春の入れ替え試験問題の冒頭にも、次のように記述しておいた。

 試験の手引きの(1)に、次のように記述しておいた。

『きわめて長文の問題であるだけに、何が聞かれているかを正確に分析しなければいけません。これが論点だ、と思った箇所にアンダーラインを引くなど、その正確な把握が非常に大切です。毎年、問題を精読せず、自分の先入観から、およそ設問とは関係のない答えを書いている例が目立ちます。二つの小問に分かれていますが、本文も含めて全体で1問として聞かれている、という原点を見失って答えてはいけません。』

 手引きの冒頭に書きいておいたから、当然読んでくれていると思うのだが、なぜか完全に無視している人が目立ったのは残念である。具体的には、問題文が『踏まえて』書くことを要求している冒頭の記述を無視して、いきなり小問に答えようとした人が相変わらず目立つ。これでは合格答案には本質的になり得ないことを、しっかりと心に銘記してほしいものである。

残念ながら、今回も全く同じ苦言を呈さなければならない。わざわざ手引きの冒頭に、これを精読することが合否に直結すると書いておいて、なおこうなのだから、誠に困る。初めて受験した人ならともかく、ほとんどの人は、23度とこの入れ替え試験を受けているわけで、毎回同じ間違いを犯す、というのは、およそ受験生としての要求水準に到達していない、という意味で、言語道断といわねばならない。

 問題文を読むに当たって、本問の総論は何か、ということを把握してくれないことには、話にならないのである。例によって、問題文を一節ずつ分析して、本問の総論部分が何を要求しているかを考えてみよう。

 昨年9月11日に起きた同時多発テロは、世界中で進んでいたグローバル化の流れや国家の役割に対しても一時的にせよ無視できない影響を与えたと言われている。たとえば、テロ発生1か月後の時点で、ある新聞の社説は、次のように論じている。

 2001911日に発生した同時多発テロを、昨年と呼んでいて、違和感を持った人もいると思うが、本問は、昨年度の国T総合試験の問題を無修正で出題しているため、このような時制のずれが生じたものである。

 ここで、本問の論点が端的に示されている。一つはグローバル化の流れであり、今ひとつは国家の役割である。この段階では、この両者について、等距離の記述になっている。驚いたことに、この等距離の書き方を無視して、グローバル化だけが論点と考えて、国家の役割論を完全に無視している人が多数いることには驚かされる。冒頭の文章だけに、長文読解力云々というレベル以前といわなければならない。

 そして、この二つの論点に関連して、ある新聞の社説が引用されている、あるのだから、以下の社説を読むに当たっても、この二つの論点をどのように扱っているのかが問題意識の中心にならなければいけない。

 

 冷戦終結後、世界はグローバル化の時代に突入した。国家の役割が後退し、個人や団体、企業がそれぞれの判断で、世界を舞台に行動するようになった。IT(情報技術)革命が、この流れに拍車をかけた。

ここまで来ると、国家の役割の後退と、グローバル化の促進が対比されて論じられていることがわかる。

 ここでは、従来の国家の役割と、グローバル化時代の国家の役割に違いがあるといっているのである。すなわち、国家の役割が後退したというのだから、この文章は、当然、従来の国家の役割としてあるものを考え、それが後退した、という意味に理解しなければならない。では、従来の国家の役割とは何で、後退後の国家の役割は何か、ということを把握しなければ、本問を正答できないことが、この段階でわかるはずである。

 国家論にはいろいろなアプローチの仕方があり得る。どれをとっても誤りではないが、とにかく国家論を取り上げなければ論文にはならない。

 法学部の学生である諸君として、一番よく知っている国家論を書いておくのが一番無難であろう。すなわち、諸君は、法学上、国家の役割という概念は、大きく二つに分かれることを知っているはずである。自由国家(消極国家)と社会国家(積極国家)である。さらに、19世紀までの自由国家から、20世紀においては社会国家へと、大きなパラダイムの転換があったことも、憲法や政治学の講義で耳にたこができるほど聴いてきたはずである。

 この文章で言っている国家の役割の後退というときの国家というのが社会国家を意味していることは、こうした歴史的知識からわかるはずだし、上記の文章がそれを説明して、個人の判断に基づく活動ということを強調していることからもあきらかであろう。

 各国とも規制緩和や経済の自由化を進めて、ヒト、モノ、カネ、情報が高速に、低コストで流通できる体制の整備を急いだ。

 ここで、規制緩和および経済の自由化という言葉が出てくる。これはあきらかに自由国家的概念である。つまり、19世紀までは自由国家が国家理念であったのに対して、20世紀には社会国家への移行した。ところが、グローバル化の進展とともに、自由国家に再び立ち返る動きが激しくなった、ということをいっているわけである。あらゆることを、私人の自由にゆだね、国家としては最小限必要な活動に限定する、という理念が、「各国」の活動のベースになったことがわかるはずである。

 

 しかしテロの後、人々はショックと警戒から、可能な限り移動を控えるようになった。航空会社、旅行会社、ホテルなどは深刻な顧客の減少に苦しみ、欧州の名門航空会社が破たんした。

 ヒトやモノの移動に伴う保険料が引き上げられ、警備も厳重になって、ヒトやモノの移動の量と速度は大幅に低下せざるを得なくなった。また、安全を確保するために国家が前面に登場することになった。グローバル化の流れに急制動がかけられたのだ。

 

 ここでは、同時多発テロのもたらした影響としての、移動の自由化部分の破綻ということが述べられている。

 最初のところで、グローバル化に伴う国家の役割の後退が、規制緩和ということと結びつけて語られていた。しかし、この同時多発テロに伴って、国家が前面に登場した、というとき、ここでいう国家の役割は、社会国家のそれではない。自由国家のことを、別名、夜警国家ということはご存じのはずである。あらゆることを国民の自由にゆだねるといっても、どうしてもゆだねきれないのが安全の確保である。そこで、それ(典型的には夜警活動)だけを国家の役割と考えるのが、自由国家であった。したがって、この社説では、国家の役割が再度変化を示したような論調を示しているが、それにもかかわらず、グローバル化に伴う、社会国家から自由国家へのパラダイムシフトという基調は、実は全く変化を示していないことがわかる。

 ただ、国家の役割に関するパラダイムシフトに変化はないにしても、国家が前面に出ることに伴って、グローバル化に急制動がかかったことは事実である。すなわち、安全の確保に限った形であっても、国家が前面に出る、ということと、グローバル化は相容れない流れである、ということはここで与件として、把握しておかねばならない。

 今ひとつ認識しておかねばならないことは、グローバル化に伴うパラダイムシフトとして再登場した自由国家は、19世紀における自由国家と本質的な部分で差異を示している、ということである。19世紀型自由国家が、自由の侵害者として想定したのは、他の国家であった。そこで、国家を抑止するにふさわしい防衛というものが、自由国家における役割の中心であった。そのために必要とあれば、他国との貿易その他の交流を断ち切るということは、そうした国家の当然の権限であった。

 それに対して、21世紀型自由国家で要求されている安全問題は、同時多発テロに代表されるテロリストとの戦いである。そこでは、冷戦時に典型的に示された大量破壊兵器は、テロの抑止には全く有効性を持たない。むしろ、それがテロリストに逆用される危険だけが存在しているという意味で、無用の長物というより悪い危険物と化しているのである。

 また、そこで確保されるべき安全とは、国内的な安全の意味ではなく、グローバル化の中での安全、すなわち、国際的に「ヒト、モノ、カネ、情報が高速に、低コストで流通できる」状態を確保することである。したがって、他国との交流を断ち切ることは、もはや国家の役割の中には入ってこない。さらにいえば、そうしたグローバル化における安全の確保手段は、他国との緊密な連絡以外にはあり得ない、ということがわかる。

 他方、昨年から今年にかけて、中国がWT0に加盟し、また、欧州統一通貨ユー口の現金流通が始まるなど、グローバル化の流れは一層加速したという側面もあるとも言われている。

 本文最後のこの文章では、直前にいわれた急制動に対する反論である。グローバル化はむしろ加速している、ということがいわれている。この、わざわざ社説の後に付け加えられた文章を完全に無視して、急制動までの記述を踏まえての記述を行っていた人があるが、もちろん、完全な誤りである。本文の最後に位置し、本文が述べているグローバル化問題の総まとめ的なこの重要な情報にまったく触れなければ、直ちに不合格と判断されることになるのは当然といえる。

 そこで、その論証として引かれた二つの現象が、どういう意味を持っているのか、ということをしっかりと分析することが、本問における最後のポイントである。

 第一にあげられているのは、中国のWTOへの加盟である。第二にあげられているのが、ユーロの誕生である。

 この部分には、それがグローバル化の一層の加速として評価されるという以外、補足的な情報が全く付されていない。したがって、これを具体的にどう評価するかは、諸君の裁量に任されているわけである。

 どう評価するかは、諸君が、以下に説明する小問でどういう議論を展開するかにかかっているから、一義的にどうしなければいけない、ということはない。

 いくつか例示すると、

 単に、上述した他国との緊密な連絡・協力体制の確立の必要性という枠組みの中で取り上げる、という手法が一つは予想できる。

 また、巨大市場の出現というアプローチもあり得る。すなわち、中国のWTOへの加盟は、10億人以上の単一通貨市場が世界の前に現れたことを意味する。EUの単一通貨化とあいまって、世界の通貨統合の流れとして評価することも可能であろう。

 あるいは、世界全体が単一市場化していく流れにおける重要なステップと位置づけることもできるであろう。

 世界政府を実現すべきだ、と論じている人がいた。公務員としての責任ある地位にある者の論文として、このようなSF的な話を短絡的に書くことは許されない。しかし、たとえばそうした理想型に近づけるための里程標としてWTOEUをとらえるというアプローチは当然可能である。

 以上を踏まえ、次の設問に答えよ。

冒頭にも触れたが、改めて強調する。問題が要求しているのは、あくまでも、以上に述べたことを踏まえての議論であって、以上の文章に出てきている情報を無視し、自分の勝手な思いつきを並べての議論は、評価の対象外である。このような長文読解問題では、問題文の分析が、命であることを肝に銘じておいてほしい。

@ 国家は、経済、環境、外交、社会保障など様々な分野において多様な機能を果たしているが、今後、このような国家の機能はどのように変わっていくことが望ましいかについて、グローバル化の流れや様々なリスクの増大とも関連付けながら、多面的な視点からあなたの考えを述べよ。

さて、いよいよ解答の中心となるべき小問の分析に取りかかろう。本問の中心となる言葉は、もちろん「国家の機能はどのように変わっていく」のか、ということである。先に、本文の分析の中で国家に関するパラダイムシフトが論じられていると指摘したが、それが、この小問の中心課題であることはあきらかであろう。このことすら把握できないで解答をしている例が非常に多かったことは残念である。

 また、国家の機能を何でもいいから論じればいい、というわけではない。「経済、環境、外交、社会保障など様々な分野」という言葉があるからである。それを「このような国家の機能」と呼んでいるのだから、諸君は、最低限、経済に関する国家の機能はどう変わるべきか、環境に関する機能は・・、外交に関する機能は・・、社会保障に関する機能は・・、ということは個別に論じなければならないわけである。経済および社会保障が、従来の社会国家における中心機能であったこと、環境および外交がグローバル化ともっとも密接に結びついていることを考えれば、この4つについて明示的に要求されている理由は、明白といえるであろう。

 最後に「など様々な分野」とあるのだから、その他の分野も少なくとも一つは取り上げるべきであろう。本文の分析ででてきた安全確保という観点からすれば、警察とか防衛というのがそこで要求されていると把握するべきであろうが、十分な論理的必要性があれば、その他のものでもかまわない。

 さらに、そうした個別の問題で論ずるべき論点も明確に指定されている。「グローバル化の流れや様々なリスクの増大とも関連付け」なければならないのである。

 ここでも残念なことは、これらのきわめて明白な要求を無視し、個別分野ごとの解答をした人がほとんどおらず、またグローバル化の流れとの相関関係についての記述もきわめて不徹底な人が多いことである。繰り返し強調するが、問題を読んで、そこで要求されていることを答えない限り、合格答案となることはないのである。

A @であなたが述べた国家の機能の変化を踏まえ、国家公務員の果たす役割にはどのような影響があるか、また、新たな役割を果たすに当たって求められる心構えは何かについて具体的に論ぜよ。

ここでも、公務員の役割に対する影響というようなところは無視して、単純に公務員の心構え一般論のような書き方をしている人が目立った。しかし、ここで要求されているのは、@の記述を受けての公務員の役割変化が第一の論点であるから、当然、経済や環境など、@で論点として諸君が論じた変化それぞれに対応した議論が要求されている。その上で、その変化した役割に対応した心構えのあり方が最後の結論になるわけである。どこが役割として変化したのかが把握されていなければ、心構えがどのように変化すべきかを論ずることもできないのは当然である。

 本当にくどいようであるが、試験で合格答案を書きたかったら、とにかく問題文を一語、一語、しっかりと読んでほしい。問題文を斜め読みして、目に飛び込んできた片言隻句から、思いつきを書いている限り、絶対に合格することは不可能である。