平成15年度春期行政科研究室入れ替え試験問題
科学の研究は、本来、自然現象がなぜ起こるのかに関する説明を求めようとする活動から始まったものであり、人間の暮らしに役立つものを作ることを第一の目的としていたわけではない。しかし、20世紀には、飛躍的に進歩した科学がさまざまな技術を生み出し、人々の生活に画期的な変化をもたらすこととなった。そのため、初めから、ある特定の技術の開発を目的とし、それにかかわる自然現象の解明を行うという研究開発も行われるようになった。
このようにして新たに生み出された科学技術は、新しい生活様式や新しい産業を作り出すことにより、国の力の一つの源ともなるため、各国は、経済の発展のために、政策として科学技術を推進してきた。我が国でも、科学技術創造立国を目指して、科学技術基本法が制定され、また、同法に基づいて科学技術基本計画が制定されている。
しかし、科学の発展には本質的に予測不可能な部分があり、努力しさえすれば当初めざしていた目標が達成されるという保障が必ずしもあるとは言えないし、反面、目標とは別に、思いもよらなかった分野の研究から新しい可能性が開けることもある。政策として科学技術を推進するに当たっては、このような科学の予測不可能な側面も考慮せねばならないであろう。
以上を踏まえて、次の設問に答えよ。
@ 国が経済発展のために、政策として科学技術を推進するに際しては、限られた予算をどのように配分するかという問題がある。この点。一方で、現在重要と考えられている分野に重点的に配分する方法があり、他方で、研究者の自由な発想に基づいた様々な研究に対して、幅広く研究資金を行き渡らせる方法もある。この二つのそれぞれの方法が持つ利点と欠点について論ぜよ。
A 研究開発の成果の判断は、従来は、専門家どうしによって、想定された目標が達成されたかどうかという点に重点をおいてなされてきた。しかしながら、ある分野に対して巨額の研究費を投入し、重点的に研究開発を行う場合には、仮に巨額の研究費に見合うように研究目標が達せられなかったとしても、研究の成果は目標そのもの以外にも様々な現れ方をするはずである。研究を行ったことの成果は、どのようなところに現れるかを多面的に論ぜよ。また、そのような研究の評価を行うに当たっては、誰が主体となっていかなる基準でどのような仕組みに基づいて行うのがよいか、あなたの考えを述べよ。
問題解説
甲斐素直
科学技術の進歩と、公務員としてどう向き合うか、という問題は、公務員試験では頻出問題であること、科学技術白書を読んでいれば答が書いてあるような単純な問題であることなどから、私自身は、今回の問題は、少なくとも二年生以上の諸君の場合には、高得点の答案の続出という事態を予想していた。ところが、現実には、まともな問題分析をしている答案自体がほとんどない上、記述内容も問題及び近時の議論を無視した落第答案が続出する、という事態になっている。これでは、国T,国U両試験を通じて、合格者はとうてい期待できそうにない。諸君の猛省を求める。
試験の手引きの(1)に、次のように記述しておいた。
「きわめて長文の問題であるだけに、何が聞かれているかを正確に分析しなければいけません。これが論点だ、と思った箇所にアンダーラインを引くなど、その正確な把握が非常に大切です。毎年、問題を精読せず、自分の先入観から、およそ設問とは関係のない答えを書いている例が目立ちます。二つの小問に分かれていますが、本文も含めて全体で1問として聞かれている、という原点を見失って答えてはいけません。」
手引きの冒頭に書いておいたから、当然読んでくれていると思うのだが、なぜか完全に無視している人が目立ったのは残念である。具体的には、問題文が「踏まえて」書くことを要求している冒頭の記述を無視して、いきなり小問に答えようとした人が相変わらず目立つ。これでは合格答案には本質的になり得ないことを、しっかりと心に銘記してほしいものである。
ついでのことに、総合試験問題の意味を説明しておこう。これは公務員試験なのであるから、試験の目的は、よい公務員になりうるものを選び出すことである。よい公務員は、上司から指示された場合、その趣旨を踏まえつつ、自らの創意工夫で、内容を充実させることができる者である。したがって、公務員として、行うべき第一の責務は、上司の指示内容を正確に把握することである。自らの創意工夫という問題はその後に来る。特に慎重に扱わなければならないのが設問であることはいうまでもない。すなわち、設問は、その文章だけが無条件で出されているのではないから、全体の流れの中で、その聞かれている内容を限定して考える必要がある。その限定をせずに、一般的に答えてしまえば、落第答案になる。また、二つの設問は、ちょっと注意して読めば判ると思うが、内容が連続していない。したがって、二つの設問が内容的に連続し、論理的に整合性を持つものとなるためには、諸君が、その欠落部分を補う文章を、二つの設問に対して答える文章の中間に入れるという作業がどうしても必要となることも判ると思う。単に、それぞれの設問に答えるだけでは、落第答案とされる理由はここにもある。
以下、何が論点となるのかを、パラグラフ単位で分析することで明らかにしてみよう。問題の書き出しの第1パラグラフは次のように述べている。
科学の研究は、本来、自然現象がなぜ起こるのかに関する説明を求めようとする活動から始まったものであり、人間の暮らしに役立つものを作ることを第一の目的としていたわけではない。しかし、20世紀には、飛躍的に進歩した科学がさまざまな技術を生み出し、人々の生活に画期的な変化をもたらすこととなった。そのため、初めから、ある特定の技術の開発を目的とし、それにかかわる自然現象の解明を行うという研究開発も行われるようになった。
ここでは、科学技術という言葉に、実は2種類の意味があると述べていることが判ると思う。第一は、「自然現象がなぜ起こるのかに関する説明を求め」る活動である。第二は、「人間の暮らしに役立つものを作る」という活動である。普通にいわれる用語では、前者を基礎研究、後者を応用研究という。そして、この第二の種類の研究を実現する目的で行われる基礎研究という第三の類型が出現した、というところまでが、この段でいわれていることである。これが本問の設問に対する第一の前提として機能する。
これを受けて第二パラグラフは、次のように述べる。
このようにして新たに生み出された科学技術は、新しい生活様式や新しい産業を作り出すことにより、国の力の一つの源ともなるため、各国は、経済の発展のために、政策として科学技術を推進してきた。我が国でも、科学技術創造立国を目指して、科学技術基本法が制定され、また、同法に基づいて科学技術基本計画が制定されている。
ここでは、新たに生み出された科学技術、すなわち、上記第二と第三のものだけが議論の対象になっていることが判る。古典的な、真理探究だけを目的とし、実用性を度外視したものは、これ以下の文章では科学技術の開発とは関係がないのである。
ここで科学技術基本法という言葉が出てくる。一般にはあまり知られていない法律家もしれないが、冒頭に述べたとおり、公務員と科学技術の関係は頻出問題であることを考えると、公務員志願者としては是非知っていたい法律の一つである。同法第二条は次のようにいう。
科学技術の振興は、科学技術が我が国及び人類社会の将来の発展のための基盤であり、科学技術に係る知識の集積が人類にとっての知的資産であることにかんがみ、研究者及び技術者(以下「研究者等」という。)の創造性が十分に発揮されることを旨として、人間の生活、社会及び自然との調和を図りつつ、積極的に行われなければならない。
同法が目指しているのが、上記第二,第三の科学技術に限ったものであることがよく判ると思う。これを受けて、問題文に書いてあるとおり、科学技術基本計画が立案されている。同法は平成七年に制定されたが、基本計画は第一期が平成八年からの5年間を対象とし、現在は、平成13年から始まった第二期計画に基づいて施策が展開されている。
最初に述べたとおり、本問は諸君が上司の指示(ここでは出題者の意図)をどれだけ正確に理解できるかがポイントである。問題文のこの段階で、「科学技術基本法」及び「科学技術基本計画」という言葉が出てきた、ということは、実務の場面で諸君が実際にこのような指示を与えられた場合には、実際にこの法律と計画を調べて、それを踏まえて以後の文章を書くべきである、という指示が上司から与えられている、と理解しなければならない。すなわち、本問の二つの設問で聞いていることに対する最終的な答は、この基本計画に盛り込まれるべき内容ということになる。その意味で、本問は少なくとも公務員というレベルにおいては正解の存在している問題である。
公務員志願者として、日頃国の活動に関心を持っていれば、この計画の内容は知っていなければならない。なぜなら、それは新聞にも報道されているし、なにより毎年度の科学技術白書に目を通していれば、詳しく書かれていることだからである。おおよその内容を知っていれば、もちろん本問は、楽勝で答えうることになる。このように、白書レベルの知識は、公務員試験では当然持っていることが要求されるからこそ、行政科研究室や本学部の図書館には白書類が備え付けてあるのである。だから、特に2年生の諸君は、本問を読むまで、そういう計画があること自体を知らなかった、というのは弁解にはならない。そういう人は、自分自身の公務員に対する熱意度というものを、改めて自己批判してみる要があろう。
もちろん、これらの計画を知らなくとも、公務員として十分な感受性を持っていれば、本問に対する答を自力で導くことは当然可能なはずである。なぜなら、後述するとおり、問題文自身の中に答を導き出すのに必要な十分な情報が入っているからである。そのために、このような長文の出題となっているのだ、と理解してほしい。したがって、仮に諸君がこの法律及び計画を知らなかったならば、なおのこと、問題文の正確な分析を実施し、計画等の内容を問題文の中から推定するという作業が必要となるのである。
一部の大学で、入試に小論文というものを課するところがある。総合試験に答えるに際して、それと同じように、自分の意見や感想をただ書けばよいと錯覚している人が目立つ。しかし、問題文が課している制限を無視したそれは、本質的に公務員試験における合格答案たり得ない。
第3パラグラフは次のようにいう。
しかし、科学の発展には本質的に予測不可能な部分があり、努力しさえすれば当初めざしていた目標が達成されるという保障が必ずしもあるとは言えないし、反面、目標とは別に、思いもよらなかった分野の研究から新しい可能性が開けることもある。政策として科学技術を推進するに当たっては、このような科学の予測不可能な側面も考慮せねばならないであろう。
ここでは、科学技術の開発というものが、通常の行政施策とは異質のものであることが述べられている。普通の行政活動は、例えば道路や下水道の建設というようなものは、計画が適切に立案されており、行政官が努力しさえすれば目標を達成することが可能なものである。ところが、科学技術の開発というものは、いくら適切にテーマを選び、どれほどの努力をつぎ込もうとも、失敗に終わる可能性がある。同様に、失敗に終わった実験結果を分析することにより、白川英樹の場合のように、ノーベル賞級の成果が出てくることもある。だから、当然、そうした自体に対応できるような特殊な政策が要求されるということを述べているのである。
以上を踏まえて、次の設問に答えよ。
ここでは、以上の記述と切り離して、下記の設問に答えたのでは、正しい答にはなり得ない、というきわめて当たり前のことを述べている。この1行を無視した人が多いのは本当に悲しいことである。
ここで大事なことは、以上を踏まえていなければならないから、当然二つの設問が、以上の記述とどういう関係に立っているのか、さらには二つの設問は、相互にどういう関係に立っているか、ということが問題になるということである。その点が文章上に現れていなければ、それは本問に対する答ではない。
@ 国が経済発展のために、政策として科学技術を推進するに際しては、限られた予算をどのように配分するかという問題がある。この点。一方で、現在重要と考えられている分野に重点的に配分する方法があり、他方で、研究者の自由な発想に基づいた様々な研究に対して、幅広く研究資金を行き渡らせる方法もある。この二つのそれぞれの方法が持つ利点と欠点について論ぜよ。
この設問@は、二つの資金配分方法のそれぞれにどういう利害得失があるかを述べよ、という比較検討を要求しているだけのように見える。そう読めば、比較的易しい。そのためと思うが、こちらの方にひどく力点を書けた答案が続出した。しかし、それではもちろん合格答案にはならない。本文及び設問Aとの相互関係の中で、本設問がどういう意味を持っているかを分析しなければならないのである。
ここでのキーワードは第1行目の「限られた予算をどのように配分するか」である。予算がいくらでも潤沢にあれば、第二の方法が優れているのに決まっているのである。しかし、限られた予算ということになると、第1の方法以外に正しい方法があるわけがない。少ない予算を総花式にばらまいてしまったら、どの研究も満足に実施することができなくなり、結局予算の無駄遣い以外の何ものでもなくなってしまうからである。
すなわち、諸君がよい公務員であることをアッピールするためには、問題文が表面上要求している、二つの方法の単純な利害得失を述べたのでは駄目で、第一の方法が基本的に正しい、ということまでは最低限断言しておかねばならない。
また、そうでないと、設問Aの議論につながらない。後述するとおり、設問Aの前段は、明確に重点配分することを前提に、その重点配分した施策が目標達成に失敗した場合に関する質問が行われている。したがって、単なる公平な?比較では、回答文としての一体性を確保した文脈の流れというものが現れるわけがないのである。
しかし、それだけを書いたのでは、やはり合格答案ではない。本文の第3パラグラフに述べたように、予想外の分野から予想外の優れた成果が現れる可能性があり、その場合だけを念頭に置けば、総花式にもある程度の意味がある。だから、制度としては、予想外の事態に対応できるような方策を導入する工夫が必要になる。
これを設問@を受けた記述の中で書くか、あるいは二つの設問をつなぐ文章の中で書くかは、諸君の答案構成に依存することになり、一概にどちらが正しいとは言えない。しかし、必ず、その辺りまで議論を展開しておく必要がある。そうでないと、設問Aの回答が、まったく設問@と関係なく書かれることになって、統一的な論文としては完全に破綻してしまうからである。
A 研究開発の成果の判断は、従来は、専門家どうしによって、想定された目標が達成されたかどうかという点に重点をおいてなされてきた。しかしながら、ある分野に対して巨額の研究費を投入し、重点的に研究開発を行う場合には、仮に巨額の研究費に見合うように研究目標が達せられなかったとしても、研究の成果は目標そのもの以外にも様々な現れ方をするはずである。研究を行ったことの成果は、どのようなところに現れるかを多面的に論ぜよ。また、そのような研究の評価を行うに当たっては、誰が主体となっていかなる基準でどのような仕組みに基づいて行うのがよいか、あなたの考えを述べよ。
この設問Aは、設問@が事前における予算配分の方法を述べているのに対して、事後の評価方法を問題にしていることが判ると思う。判ったら、回答にちゃんと、事前、事後の対比であるということを、文章上明確に記述しておかなければいけない。そうでないと、設問@との関係がはっきりせず、設問@での議論の成果を受けての議論展開自体ができないから、統一的な論文にならない、ということも注意する必要がある。
この設問Aは単一の問ではない。いくつもの問が連続して書かれている。それを一つ一つ把握して、それぞれに対応する答が書かれない限り、大幅減点は免れない。きちんと質問を押さえていなかった人が目立ったが、今後注意してほしい。
ここでの前段の問は、先にも言及したが、特定の問題に対して重点配分して、しかもそれが失敗した場合に、それをどう評価するか、という問題である。これは、設問@で論点をきちんと把握できずに、二つの方法のどちらにも長所・短所がある、式の答を書いた人を救済するために挿入された問であろう。しかし、せっかくの助け船も、それに気がつかない人にとっては、狸の泥舟にしかならない。
このような問題は、実は科学技術開発だけに起きるわけではない。先に例に挙げた道路建設などでも起きる。たとえば、東京湾アクアラインは、工事としては見事に成功したが、通行する車は非常に少なく、問題になっている。そこで担当者は、首都圏の交通渋滞が緩和されるとか、房総地区でとれた野菜や魚介類の輸送時間が短くなることで暮らしがより便利に快適になるとか、レジャーエリアが大きく広がる、というような様々な波及効果を指摘して、事業そのものの正当性を主張することになる。
それと同じように、重点配分した事業の主要目標の達成に失敗しても、様々な効果があった、ということを主張しろ、というのがこの問での要求である。この点について、十分な記述をした人がなかったが、設問は「多面的に論ぜよ」と要求しているのだから、かなり様々な面を数えたてねば答にならないことは明らかである。
ここで大事なことは、本問が当初から強調しているように、政府の施策として展開されている事業なのだから、その波及効果は対社会的に把握するべきであって、単に科学技術の分野に限定しては間違いだ、ということを把握しているかどうかである。それこそが、公務員としてこの問題に関与できる理由だから、当然書かれるものと予想していた。きちんと書いた人が少なかったのは非常に残念である。
さらに難しかったらしいのが、後段の「誰が主体となっていかなる基準でどのような仕組みに基づいて行うのがよいか」という問である。こちらの方が本設問の中心となる問であることは、問題文全体の流れに照らせば明らかと思う。後段の問は、さらに三つの小問に分かれる。それぞれについてきちんと答えねばならないのだが、最初の一つはともかく、二つ目、三つ目については見落としたのか、答えていない人が多かった。
まず、「誰が主体となって」という点について考えてみよう。前に述べたとおり、本問は正解がある。科学技術基本法が、この問に与えた答は、「総合科学技術会議」が主体となって決めるというものである。
では総合科学技術会議とはどのような構成員で組織されているのだろうか。内閣府設置法は次のように定めている。
第二七条 会議は、議長及び議員十四人以内をもって組織する。
第二八条 議長は、内閣総理大臣をもって充てる。
2 議長は、会務を総理する。
3 議長に事故があるときは、内閣官房長官が、その職務を代理する。
4
科学技術政策担当大臣が置かれている場合において議長に事故があるときは、前項の規定にかかわらず、科学技術政策担当大臣が、内閣官房長官に代わって、議長の職務を代理する。
第二九条 議員は、次に掲げる者をもって充てる。
一 内閣官房長官
二 科学技術政策担当大臣
三 各省大臣のうちから、内閣総理大臣が指定する者
四 法律で国務大臣をもってその長に充てることとされている委員会の長及び庁の長のうちから、内閣総理大臣が指定する者
五 前二号に定めるもののほか、関係する国の行政機関の長のうちから、内閣総理大臣が指定する者
六 科学又は技術に関して優れた識見を有する者のうちから、内閣総理大臣が任命する者
これをまとめると、内閣総理大臣が議長になり、議員には主要閣僚及び関係機関の長というのだから、要するに、「政府が主体となって」ということと考えればよい。「内閣」と答えていた人がいた。これは厳密には正解ではないが、間違いとは言えない。内閣府設置法は、内閣法及び国家行政組織法と並んで、憲法に準ずるものとして、1次試験を受験する際には基本的に頭に入れておくように指導している法律の一つだから、2年生以上の諸君なら、まさかこれをみるのは始めて、というようなことはいわないと思う(信じたい)。もちろん、内閣総理大臣以下の閣僚だけで十分な判断能力はない。そこで、会議は、議員に二九条六号で、有識者を加えているのである。
1年生の諸君なら、まだ内閣府設置法まで読み込んではいないだろうから、この点は判らなくとも弁解の余地はあるだろうか? やはり、ない。なぜなら、答は問題文の中に明確に書いてあるからである。すなわち、本文第二パラグラフは、各国が、「政策として科学技術を推進してきた」と述べている。権力分立制の下においては、政策推進の責任者はどこの国でも政府である。したがって、政府が決定権を持つべきだ、という以外の答は、問題文そのものが明確に排除しているのである。問題文の解析が、合否の鍵を握る、と強調する所以はここにある。
法学部の学生諸君としては、ここでできれば憲法23条に関する議論を少し展開すれば、他学部学生に対して差を示せるところであろう。すなわち、このように、政府がどの学問分野を振興するかを決定できるとすることは、学問の自由に対する侵害にはならないのだろうか? この答えも問題文をきちんと解析すれば出てくるので、ここには書かない。考えてみてほしい。
なお、国民と答えていた人が案外多かった。これは間違っても答にならない。国民とは、「老若男女の区別や選挙権の有無を問わず、『いっさいの自然人たる国民の総体』を言う」(芦部信喜『憲法学T』240頁)をいうのだから、このような存在が現実の評価活動を行うことは不可能だからである。もちろん、人民主権説をとれば、有権者集団は評価活動を行うことが可能であるが、まさか膨大な量の評価活動を一々人民投票に掛けると主張しない限り、ナンセンスな主張であることに代わりはない。
国会と答えていた人も何人かいた。これは上記回答に比べると若干増したが、権力分立制との関係をどう考えるか、という点についてかなり書き込まない限り、答として評価できない。すなわち、常識的には、評価活動は、行政に属する作用であって、立法に属する作用ではない。それなのに、なぜこの問題に関しては国会が担当するのが妥当か、という点に関する答が必要になるのである。
次に「いかなる基準で」という問がある。
即物的かつ現実的な答としては「総合科学技術会議」の定める基準で、ということになり、具体的には「科学技術基本計画」が定めているということになる。しかし、ここで必要なのは、会議ではどのような基準で定めるべきなのだろうか、という問題である。本文の第二パラグラフにあったとおり、国家的利益の追求が、政府として国民の血税を科学技術の開発に投入する理由なのだから、答は、現時点における国家利益は何か、ということに帰着する。
この点について、現行の第2期計画では、それを
「我が国の科学技術政策の基本的な方向として目指すべき国の姿を、次に述べるように、『知の創造と活用により世界に貢献できる国』、『国際競争力があり持続的発展ができる国』、『安心・安全で質の高い生活のできる国』の3つとする」
と述べている。すなわち、国際貢献、国際競争力、そして国民生活の質の向上というわけである。計画は事前評価の際の基準であるが、事後評価の際にも同じ基準が妥当するのは当然であろう。
別にこれでなければならないというわけではない。諸君が、現時点における国家利益はこれだ、と説得力のある基準を工夫できれば、計画の受け売りをしただけの他受験者に差別化した高得点が期待できる答案になる。しかし、何の基準も書かなければもちろん落第答案になる。
最後の問が、「どのような仕組みに基づいて」である。本設問では、この点に関して、「研究開発の成果の判断は、従来は、専門家どうしによって、想定された目標が達成されたかどうかという点に重点をおいてなされてきた。」という記述が特になされていて、それでは駄目だ、という形でヒントが与えられている。さすがにこの点を読み落とした人はいなかったが、この文章の意味まで正確に捉えた人は少なかった。
計画は、「評価システムの改革」と題して、その仕組みについて、次のように述べている。
「 研究開発課題の評価は、その課題の性格に応じて行う。評価は一律の基準で行うのではなく、研究課題、分野によって柔軟に対応する。とりわけ、政策目的に応じたプロジェクトや研究開発制度による課題については、第三者を評価者とした外部評価により、事前評価においては社会的・経済的な意義・効果や目標の明確性等の評価を、中間及び事後評価においては実施に当たって設定した具体的目標に対する達成度の評価を徹底する。また、競争的資金による課題については、原則として、独創性・先導性等の科学的・技術的視点については長期的視点を持つなど高い資質を有した専門家によるピア・レビューを行い、国際的水準に照らした質の評価を徹底する。その際、その時点までに競争的資金の申請者が関与した研究開発課題の事後評価が制度を越えて次の申請の際の事前評価に反映されるよう運用の改善を行う。
各府省は、研究開発課題の事前評価、中間・事後評価に加えて、研究開発の終了後における研究開発成果の波及効果に関する追跡評価を実施し、そのインパクトを評価するとともに、過去の評価の妥当性について検証する。また、研究開発制度及びその運用についても、その目的に照らして効果的・効率的なものになっているか等の評価を行う。
研究機関の評価は、機関の設置目的や研究目的・目標に即して、機関運営と研究開発の実施の面から行う。機関運営評価は、機関長に与えられた裁量と資源の下で、目標の達成のためや研究環境の改善等のためにどのような運営を行ったかについて、効率性の観点も踏まえつつ評価を行う。研究開発の実施の評価は、機関が実施した研究開発課題の評価と所属する研究者の業績等の評価の総体で評価を行う。研究機関の運営は機関長の裁量の下で行われるものであるので、研究機関評価の結果は、運営責任者たる機関長の評価につなげる。
研究者の業績評価は、研究機関が行うべきものとして、機関長が評価のためのルールを整備し、責任を持って実施する。その際、研究開発、社会への貢献等関連する活動を評価できる多様な基準によって行い、基準の一つにおいて特段優れている場合にはこれを高く評価する。
以上の評価を進めるに当たって、評価の公正さ、透明性を確保するため、客観性の高い評価指標や外部評価を積極的に活用するとともに、評価を行う者は、被評価者に対し、評価手法・基準等の周知、評価内容の開示等を徹底する。
また、評価結果については、課題の継続、拡大・縮小、中止等の資源配分、研究者の処遇に適切に反映する。
なお、大学については自主性の尊重、教育と研究の一体的な推進などその研究の特性に留意する必要がある。また、大学評価・学位授与機構等による教育、研究、社会貢献、組織運営などの第三者評価の推進を図る。」
要するに、仲間内での甘い評価を排除して、官庁の主導の下に、第3者の評価等も活用しつつ、波及効果まで含めた対社会的インパクトを調査して、それを本に評価する、ということである。設問Aにおける第一の問いかけが、多角的検討であった理由が、ここに来るとわかるであろう。あの問いかけは、一方においては設問@に対する助け船であったのと同様に、この設問Aの第二の問いかけに対する助け船でもあったのである。
しかし、これで答を終わりにしてはいけない。本文の第3パラグラフで指摘されていた問題に対する対策が、これでは欠け落ちてしまうからである。この点に対する対策として、計画は次のように述べている。
「機動性、スピードの要求される時代にあって、重点化の対象・内容については、総合科学技術会議が継続的に精査し、適時の見直しを行っていく。近年、急速な知識の蓄積や新しい考え方、技術の発展によって、異分野間の融合や、新たな科学技術の領域が現れることが多くなっている。最近の例では、ナノメートルオーダーでの観察や制御技術が可能となったことから、材料、情報通信、ライフサイエンス、環境等にまたがる分野として登場したナノテクノロジー、ゲノムを始め、様々な情報の蓄積と情報通信技術の発展によって両分野が融合して生まれたバイオインフォマティクス、芽を出し始めたシステム生物学、ナノバイオロジーなどの領域が誕生してきた。今後とも新たな領域が現れてくるものと予想される。その時点における取組は小規模ながらも将来著しい成長が予想される領域が先見的に抽出された場合は、機動性を持って的確に対応する。」
要するに、たえず重点領域を見直す柔軟性を持つようにする、ということである。確かに、総花的予算配分が不可能である以上、これ以外の答はあり得ないであろう。
以上で明らかなように、本問は、第一に、きちんと白書類に目を通して記憶にとどめている人には非常に易しい問題である。公務員に対する熱意というものをそういう形で計ろうとしているのであろう。白書というものは、毎年出るが、実際問題として、その内容が大きく変わるものではない。例えば本問の中心となっている科学技術基本計画であれば、5ヶ年計画だから、一度きちんと理解しておけば5年間はほぼ同じ記述が続くことになる。したがって、これはそれほど大変な作業ではない。
次に、白書を読んでいない人も、問題文の意味を正確に分析する、という作業をすれば、必ず一定の答を導くことができる。問題文を斜め読みして、あとは問題とは関係なく考えていたと思えるようなやり方をしない限り、論点を外すことはないのである。これも、普通の論文試験に比べて、倍の時間を与えられていることを考えれば、決して無理な要求をしているものではない。
改めて、問題文精読の意味を理解してほしい。