ハワイ紀行 第
2回甲斐素直
ザ・バス
[はじめに]
普通名詞であるバスに、定冠詞のザを付けただけの名称。これが固有名詞だというのだから、恐れ入ります。
日本語のガイドブックには、ホノルルの市営バスのことだ、と書いてあります。しかし、それはおかしい、と考えました。なぜなら、ザ・バスは、いわゆるホノルルだけでなく、オアフ島の島中を走り回っているからです。じっと
4時間辛抱する気があれば、このザ・バスに乗って島の海岸線に沿って、完全に一周することも可能です(52番ないし55番のバスがそれです)。実は、ザ・バスの経営主体は、ホノルル市郡(
the City and County of Honolulu)です。これは、市と郡が融合した、そういう名前の一つの地方自治体で、オアフ島全域を管轄しています。これがどのような地方自治体なのかということは、それ自体面白い話なので、改めて詳しく紹介したいと思っています。とにかく、ホノルル市などというものはなく、その代わりに、ここでは市郡と訳した、オアフ全島を支配する地方自治体があり、ザ・バスの運営もその業務の一環という訳です。だからザ・バスは島中を走っているのです。それからすれば、日本流にいえば市郡バスとでも呼ばれるのが穏当でしょう。何でこんな横着な名前で、このバスが呼ばれているのか不思議で、あちこち調べてみたのですが、今のところ、結局判りません。少なくとも、オアフ島に、このバス以外は、バスを運営しているところがないからだ、というようなことはありません。例えばロバーツ・ハワイというウサギのマークの会社は、市内の至る所で見かける観光バスのほかに、スクールバスのような公的仕事までも引き受けて行っています。先に触れた空港とのシャトルバスも民間会社です。また、たいていのホテルが送迎用などにバスを持っているのは当然のことです。たぶん早い者勝ちで、最初に、ザ・バスという名称が定着してしまったので、市郡当局としては、それ以外の特別の名称を考えようともしなかったのでしょう。
一 バス料金
ザ・バスは非常に安価な乗り物です。どこに行くにも(オアフ島を一周する場合、乗車時間は
4時間を超えますが、それでさえも)、大人2ドル25セント、少年1ドルの画一料金です。バスはすべてワンマンカーです。前から乗ります。ただ、降りる際には、後ろからで セントも前からでも構わないというところが、日本のワンマンカーと違います。もし、そのバスが、目的のところまで一本でつないでいない場合には、現金を払う際に、トランスファー・プリーズというと、ひきかえに運転手が切符をくれます。これは乗車券ではなく、乗り継ぎ券です。
1回に限り、無料で他のバスに乗り継げるのです。使えるのは運転手から受け取ってから2時間以内です。だから、翌日に使うという訳にはいきません。時間オーバーした券で乗ろうとして、めざとく気が付いた運転手に文句を言われている人を時々見かけました。渡した時間の表示を、時間に逢わせて乗り継ぎ券である細長い紙を、びりっと切ってわたすという至ってアナログなやり方ですから、手に持っている切符の長さで、慣れている運転手には一目で有効な切符かどうかが見分けられるのです。ザ・バスで言う「少年(
Youth)」というのは、6歳から17歳まで(Ages 6 through 17)というのですから、普通の概念よりもかなり幅が広い訳です。別に年齢を証明するものを見せろと言われたりしませんから、少々の違いなら(例えば18〜19歳になっていても)、たぶん大丈夫でしょう。これほど日系人が多い州なのに、それでも白人の目から見れば、我々日本人は一般に年よりも若く見られてしまいます。現に、私は、大学関係者と話していて、実年齢よりも、20歳以上若く見られて焦りました。なお、説明書には、“
under 6 years”の幼児(Children)は無料だ、と書いてあります。この表記法では、どう見ても6歳はダブっているようなので、いったい無料なのか有料なのか、判断に迷うところです。しかし、現地の人に聞くと、無料なのは5歳以下の子供だといいます。つまり英語の“under”は、「未満」と訳すべきなのですね。私は、これまで無神経に「以下」と訳していたのですが、注意しなければいけないと痛感しました。なお、
65歳以上の人及び障害者については、子供並みに1ドルとなっています。しかし、ザ・バスが発行している老齢者カードか、メディケアカードがなければ駄目だとありますから、日本からの観光客で、その条件に当てはまる人でも、その恩恵に単純に浴するという訳にはいかないようです。今、「
65歳以上」と訳しましたが、これの原語は“65 years or older"となっています。つまり、単純に“older”では、65歳超になってしまう訳です。このあたり、以上・以下と、未満・超を使い分けられる日本語の便利さを痛感します。日本では、当然
1回限りの切符や回数券というのがあり、あらかじめそれを購入しておくことが可能です。しかし、ザ・バスには、どちらもありません。だから、乗るときには現金を用意するか、定期券を持っているかのどちらかです。お釣りはくれませんから、普通の人の場合には、1ドル札を2枚 と25セント硬貨を持っていないか、5ドル以上の札をお釣りが来ないのを承知で投入する覚悟がない限り、絶対にバスには乗れない訳です。1ヶ月定期(Monthly Bus Pass)は大人50ドル、少年25ドルです。つまり10回往復で乗れば採算がとれ、後は乗るだけ得と言うことになります。期間は1日から月末までですから、二つの月に跨る半端な滞在では駄目ですが、そうでなければ、10日以上滞在する場合には、この定期を買った方が絶対に特と言うことになります。毎月デザインが変わります。写真@に示したのは、2005年8月のもので、左が大人用、右が少年用です。この写真では判らないかもしれませんが、海のクラゲといういかにもハワイ的な図柄となっています。
写真@ バスの定期券
このほかに、観光客用定期券(Oahu Discovery Passport)があります。しかし、25ドルと1ヶ月定期の半値で、わずか4日しか乗れないというのですから、私は、これは法外に高いと思います。それというのも、このザ・バスというのは、後で、詳しくは述べますが、乗り慣れない人が安直に利用できる代物ではないからです。しかし、4日間に毎日1往復 半すれば、ほぼイーブンになり、後は、乗れば乗るほど有利になりますから、そのあたりの予定を基準に購入するかどうか、考えればよいでしょう。
さて、問題は、1ヶ月定期と観光客用定期の購入方法です。ややこしいことに、これがちがうのです。1ヶ月定期は、バスセンターほか何箇所かで購入できますが、一番普通にあるのは、日本でもおなじみのセブン=イレブンというコンビニチェーンです。これに対して、観光客用定期は、ABCストアというコンビニチェーンなのです。なぜこのように、別々のコンビニチェーンで扱って、相互互換性がないのかは、よくわかりませんが、何も知らない観光客には、不親切なやり方です。
二 ザ・バスの乗り方
ザ・バスのバス停は、ワイキキやダウンタウンでは、たいていは一目でわかります。多くの場合、熱帯の太陽を遮れるように、屋根付きの待合所が路傍に設置されているからです(写真A参照)。
A 屋根つきのバス停
もっとも、バス停の標識自体は、ちょっと見つけにくい場合もあります。日本のように、それ専用の独立の柱を持っていることない訳ではありませんが、たいていは、手近の道路標識、街灯、ひどい場合には椰子の木に打ち付けてあったりします。写真Bの場合、街灯に付けてあるのです。
B 街灯に取り付けられたバス停の標識
中心部から出外れると、頼みの屋根付きベンチがない方が普通になるので、うっかりしているとバス停の存在を見落としてしまいます。例えば、ハワイ大学ロースクールのすぐ脇のバス停なのですが、道路標識と一体化していたため、脇にちゃんとベンチがあったにもかかわらず、実際にそこにバスが止まっているのを見るまで、それがバス停だということに、私は気が付きませんでした。
ザ・バスは、一般の観光客にとっては、はっきり言ってかなり恐怖に駆られる乗り物といって良いでしょう。恐怖の最大の原因は、バス停に名前がないことです。これまでに示したどのバス停標識にも、停留所名が書いてないのがおわかりになるでしょうか。ついでにいうと、バス停にはごくわずかの例外を除き、その停留所に、どのルートのバスが来るのかも書いてありません。始めての場所では、実は自分が乗ろうとしているルートのバスは、そこには来ないのだ、という可能性が常にある訳で、これは少し怖いことです。実際に、待っているバス停の前を、乗るつもりのバスが通り過ぎていくのを見て、飛び上がっている人を時々見かけます。
そこに来るバスのルート名が書いてある例外的なバス停(例えばアラモアナ・ショッピングセンター前)でも、どちら方面行きかは書いてないので、その点でも怖いところがあります。乗った後で、ひょっとして自分は反対方向に進んでいるのではないかという恐怖に襲われるのです。町の中心部は日本と同じで一方通行のジャングルとなっており、その関係で、バスが時としてとんでもない方向に走ったりするのが、この恐怖を助長します。
また、エクスプレス・バスというのもあります。同じような路線を走るのですが、限られた停留所にしか停まらないので、その分速く走るというものです。このバスが止まる停留所の場合には、その旨の看板が追加されています。だから、エクスプレス・バスが止まるかどうかは判りますが、どのルートのバスかは判らないという点では一緒です。
無事に目的のバスに乗ったとしましょう。それでも、恐怖は続きます。当然のことながら、バスの中で、次に泊まるバス停の案内などというものが、ないからです。ロンドンのバスも、車内案内をやってくれないので、あれに乗ると、死にものぐるいに通り過ぎていくバス停の名前を読んで、どこまで走ったかをチェックしなければなりませんでした。しかし、このザ・バスの場合には、バス停に名前がないのですから、そういうチェック手段すらありません。もちろん、バスが混んでいないときには、運転手に、自分が降りる予定のところを話して、近づいたら教えてくれるように頼む、という手があります。しかし、どんどん人が乗ってくるようなときに、そんなことをのんびり頼む余裕はないでしょうし、また、頼んでおいても、癖の強い現地人の発音が、自分の降りるべき場所のアナウンスだと判るには、それだけの英語の実力が必要です。
降りるときには、事前に、バスの窓際に張られている紐を引いて、運転手に知らせる必要があります。つまり、ザ・バスには、降車を知らせるセンサーが、車内各所に無数に押しボタンの形である代わりに、普通のバスでは
3個しかない訳です。紐を引くためには、車窓からの眺めで次が自分が降りるバス停だと言うことを知っていなければなりません。つまり、ザ・バスを利用するには、降りるべき場所の周りの風景を知っている必要がある訳です。理想的には、一つ手前の停留所あたりから判っていなければなりません。もっとも少しだけ、新しい風が吹き始めていることに触れないのは、不公平というものでしょう。今回の滞在で、数十回、ザ・バスに乗ったうち、たった
3回だけですが、ちゃんと次の停留所名が、ザ・バス内の電光表示にでるのを見ました。それは、そばの通りの名前であったり、その停留所近所の著名な建築であったりします。しかし、何しろ停留所そのものに名前がないのですから、表示されても、それが自分の降りるべき場所かどうかを知るには、そのあたりの地理にそれなりに詳しいか、表示される都度、持参の地図と突き合わせない限り、どうにもならないことに変わりはありません。C ガイド
幸いにも、ザ・バスでは「ザ・バス徹底活用ガイド(以下、『ザ・バス徹底ガイド』と略称します)」という小冊子を刊行しています(写真C参照)。英語版と日本語版があり、当然ながら日本語版の方が高く、7ドル50セントとなっています(英語版は4ドル99セント)。これは、ホノルル市内であれば、ABCストアなど、たいていのコンビニチェーンで売っています。当然、ザ・バスでは、上記の問題を承知しており、したがって、このザ・バス徹底ガイドには、バスの降り方の指南が詳しく書いてあります。
例えば、日本軍の真珠湾奇襲で轟沈し、そのまま戦争記念品とされた戦艦アリゾナを中心とするアリゾナ・メモリアルに、ワイキキ方面から行くとします。ザ・バス徹底ガイドは、降車のタイミングとして次のように記述しています。
「ホノルル空港を過ぎ、H1フリーウェイのガード下から抜けてしばらく行くと、広い直線道路に出る。左手に大きな石油タンクのような施設を過ぎ、続いて川に架かる橋を渡る。その次の信号を渡ったところがバス停だ。」
この小冊子に載っている数十の目的地について、こういう調子で詳しい説明が書いてあります。確かに頼りになります。しかし、例えばこの記述の冒頭にあるホノルル空港から、アリゾナ・メモリアルまでは約10分かかります。だから、これだけでは結構緊張を強いられることが判るでしょう。
さらに困るのが、これに書いてある所要時間というのがおよそ信用ならないことです。例えば、厳しい自然保護で有名なハナウマ湾に行ったときのことですが、ザ・バス徹底ガイドだと、所要時間45分とあるのに、わずか20分ほどで着いてしまいました。あまりに所要時間と違うので、満員だった乗客がぞろぞろ降りた後でも、どこか違う場所ではないかという疑いを捨てきれず、運転手に念を押したほどです。だから、初めてのところにザ・バスで行く場合には、膝の上にオアフ島の地図を置いて、どこまで走ったかをチェックするというやり方が、一番間違いがありません。
オアフ島の地図といいましたが、一番良いのは、バスのルートマップを手に入れておくこと出です。最初に、セブン=イレブンで定期券を買ったとき、ルートマップもくれ、といったら、私の耳には最初「それはドナウにある」と返事されているように聞こえました。そこで「ドナウという言葉を知らない」と言ったら、書いてくれたのは、マクドナルドでした。頭の子音だけのマクが消え、語尾の子音部分も聞こえないほどに弱く発音される結果、ドナウに化けていたのです。行ってみると、入り口のすぐ脇に各ルート別に地図があり、自由に只で持って行けるようになっています。もっとも、皆さんが、ワイキキの一流ホテルに泊まれば、フロントの脇にやはり同じ地図がおいてあるのに気が付かれると思います。困るのは、どこでも完全にそろっている訳ではないというのも困ったところです。バスセンターか、ハワイ大学のキャンパスセンターだと、全ルートを網羅した本を5ドルで売っているのですが、それほどの手間をかける必要のある方は滅多にないでしょう。
そのルートマップには、かなり大きくバスの走るコースが書かれた地図が載っていますから、それを膝におき、ザ・バス徹底ガイドを片手に持っていれば、たいていのところに行くことができるでしょう。
ついでにいうと、このルートマップには非常に詳しい時刻表が載っています。しかし、これは、せいぜいバスが何分間隔で走っているかを知る情報源くらいに思った方が良さそうです。始発の場合には、それに従っているようですが、あとは日本のように時間調整というような発想はなく、どんどん走っていってしまうからです。何しろ、先に触れたように、45分かかると時刻表に書いてある距離を20分で走られてしまっては、途中のバス停で待つ人にとって、通貨予定時刻というのは、何ら意味のない代物となるからです。
実をいうと、苦い経験をさせられました。ハナウマ湾に行くバスの場合、普通1時間、短い間隔でも30分は運転間が開いています。私は、ハナウマ湾からの帰りに、時刻表を見て、バスの発車時刻の10分くらい前には遅くともバス停に行っていなければ、と思って道を急いだのですが、まだバス停まで100m以上もある段階で、バスがさっさと発車していってしまうのが見えたのです。幸い、30分待てば次のバスが来る時間帯だったので、それほど大きなダメージではなかったのですが。
三 ザ・バスと身体障害者
アメリカ憲法は、日本憲法とは違って、社会権(あるいは生存権的基本権)という概念を知りません。つまり、日本だと、我々国民は、国家に対して、「健康で文化的な最低限度の生活」(日本国憲法
25条)を送る権利があると主張し、その権利に基づいてサービスを提供しろと請求する権利があります。しかし、アメリカ合衆国憲法には、そのような概念は書かれておらず、学説・判例も認めていません。アメリカは連邦国家です。つまり、個々の州は、それぞれが日本と同じような主権国家です。そこで、ハワイ州憲法というものがあります。ハワイは、合衆国でもっとも遅れて州に昇格したところです。憲法が作られたのは、当然もっとも新しく、
1950年のことになります。しかし、その後何度か大幅大改正が行われ、特に1978年の改正は大きなものでした。当然、社会権の思想が世界的に認められている状態の下での立法です。各州憲法の大枠を決定する合衆国憲法が社会権を認めていない中で、どうやって社会権を導入するか。この問題に対し、ハワイ州憲法は巧妙な解決を与えています。日本であれば、社会権と呼ばれる社会保障、社会福祉、教育権、労働基本権といった一連の内容を、国民の権利という方向ではなく、憲法の定める国家の権限という方向から規定しているのです。内容的にも、我が国憲法とは、制定時期の違いを反映して、比較にならないほど詳しいものになっています。
イントロが長くなりました。書きたかったのは、身体障害者の権利のことです。ハワイ州憲法第
9章は、「公衆衛生及び福祉(PUBLIC HEALTH AND WELFARE)」と題し、その第2節は「身障者の介護(CARE OF HANDICAPPED PERSONS)と題して、次のように宣言しています。「州は、身体障害者の治療及び社会復帰のため援助する権限を有する(
ここでは、
rehabilitationという言葉を、社会復帰と訳しました。これは決して、日本語のリハビリ、つまり身障者に対して身体を動かせるようにする訓練というだけの意味ではなく、もっと幅広い意味を持っているからです。身障者が、町の中を自由に歩けるようにすることも、当然、その一環です。その結果、公的機関であるザ・バスでは、この憲法上の使命にしたがい、当然に車椅子用の設備を備えたバスを運行しなければならない訳です。ザ・バス徹底ガイドには「バスの中には、車椅子を
2台まで載せられるタイプのものがある」と、ちょっと遠慮した書き方になっています。しかし、ほかの資料を見ると、80%までが車椅子対応型だ、というのですから大したものです。普通に町で見かけるザ・バスは、まず間違いなく車椅子対応型と考えて良いでしょう。対応型のバスには、私が見た限りでは
2種類あります。旧型は、非障害者は階段を登って乗車する、高い床のバスの場合に見られます。身障者が、バスの運転手に合図すると、バスの入り口のところから一種のエレベータが降りていって、歩道に接します。身障者は、それに乗り込むとエレベータが身障者を車内に運ぶという仕掛けです。これの場合、障害者は、後ろ向きにエレベータに乗り込まないと、バス内の所定の場所に動けませんから、障害者側に、車椅子操縦についてある程度の熟練が要求されます(写真D参照)。降りるときも、その逆で、やはりエレベータで下りていくことになります。
写真D バスに乗ろうとしている身障者
それに対して、新型の方は簡単です。日本でいうところの低床式バスなのです。そのバスの入り口の床が、モーター音とともに、外に跳ね橋のように開き、歩道との間に橋を架けますから、車椅子は、その橋の上を自分で走って車内に乗り込みます。
すべてのザ・バスは、車内の前方片側
6名分、合わせて12名分が、日本でいうシルバーシートになっています。その後ろの方、3人分の椅子が、簡単に引き起こせるようになっています。そこに車椅子を固定する訳です。左右それぞれに同じことができますから、1台のバスに載せられる車椅子は2台という、先に紹介したザ・バス徹底ガイドの表現が出てくる訳です。なれている身障者なら、乗ってしまえば、何の介助も受けずに、さっさと定位置に行って、椅子をひっくり返し、前向きに固定しています。しかし、なれない人の場合には、狭い車内であちらにぶつけ、こちらにぶつけ、非常に苦労して方向転換をすることになります。一度など、
5分も悪戦苦闘したのになんとしても自力で方向転換できない人に出会ったことがあります。運転手は最初はおとなしく眺めていたのですが、そのうち、いろいろと助言を初め、最後には、その人を車椅子から立たせて(つまり、老人が外出の補助として電動車椅子を使っていただけで、歩けない人ではなかったので)、腕力で車椅子の向きを変えて、車内に固定していました。降りるときも、その人は、あちらにぶつけ、こちらにぶつけ、非常に苦労して降りていました。日本でも、鉄道の各駅にホームまで降りられるエレベータが付いたり、車椅子対応型のエスカレータが付いたりして、身障者の社会復帰体制はかなり進んできてはいます。しかし、すべての路線バスの
80%に、このような設備が付くのはいつのことでしょうか。やはり憲法で身障者の権利が宣言されている国にはかなわないな、と痛感しました。ハワイの町で、日本人障害者の姿を結構見かけました。おそらく、町全体が、日本より遙かに障害者に親切にできているのを知っている家族が、観光旅行に連れてきているのだろうと思います。
四 ザ・バスと自転車
ハワイは、決して自転車に親切な国ではありません。
最初、ハワイに長期滞在をしようと考えたとき、大学に通う足として自転車を使うことを考えました。一番機動的であるに決まっているからです。レンタ・サイクルもある程度長期に借りれば、かなり値切れるというのも計算のうちでした。ドイツなら、これは絶対に妥当なアイデアです。自転車のための専用路が、町中でも縦横に走っていて、非常に便利だからです。
E 自転車レーンの表示
しかし、いろいろ調べた結果、自転車走行の危険性を考えてこのアイデアは断念し、ザ・バスの定期を買おうという方向に転換した訳です。ハワイでは、自転車は歩道を走る訳にはいきません。車道を走る場合でも、自転車の走行が許可されているところでなければいけません(写真E参照)。熱帯の太陽の下、なれない道を、車と一緒に、車道を走ったのでは、命がいくつあっても足りないと考えたからです。
F 道路の中央に設定されている自転車レーン
来た後で見た限りでも、出発前のこの判断は正しかったと思います。何しろ、許可されているレーンというのは、車道の真ん中などという恐ろしい場所のことも多いからです(写真F参照)。道を自転車で走る若者たちは、この規則に忠実に、車道中央の幅
しかし、一つ予想していなかったのが、ザ・バスが自転車に親切なことです。只で自転車を運んでくれるのです。例によってザ・バス徹底ガイドは「バスには車体正面に自転車をかけることのできる金属製の“バイク・ラック”が装備されているものがある」と控えめな表現をとっていますが、私の見た限りでは、例外なく装備がありました。
見ていると、学生などは、運転手に合図すると、普段はたたまれているバスラックをさっさと引き下ろし、自分で自転車をその上に載せます(写真G参照)。そうすると、バスは写真Hのような感じで町を走ることになります。目的の場所に着くと、また前の乗降口から降りて、自転車をはずし、ラックを元に戻せばよいのです。
G バスラックに自転車を載せた状態
H 自転車を載せて町を走るバス
これなら、バスを利用してかなり広い範囲を自転車で走り回ることが可能です。これもまた、バイコロジーの一つの可能性です。日本でも、是非考えてほしいアイデアと思い、紹介しました。
ザ・バスは、アメリカ最高の輸送システムという賞を二度も勝ち得ています。それは、こうした身障者や自転車などに対する優しさが評価されたものと思います。