法学 第一部
甲斐 素直
第2章 法の社会的基盤
「『いわゆる部分社会における法律上の係争は、その自主的、自律的解決にゆだねるのが適当であり、裁判所の司法審査の対象にはならない。』という見解について、事例を挙げて論ぜよ。」
(1992年度司法試験憲法論文式試験問題)
一 社会規範における「社会」の意義
人の集団→最小の人間の集団=人が二人だけの場合
相互にコミュニケーションが成立し、共通の価値観が形成できれば、それも社会といえる。
極限の社会
⇒ロビンソン・クルーソーとフライデーの二人しかいない絶海の孤島
通常の社会
⇒売買契約によって成立する、売り手と買い手の二人で構成される社会
二 社会の分類
(一)「全体社会」=共通の価値観を有する人の全体集合
「全体社会は何らかの広さの地域の上に、何らかの大きさの人口を包容しつつ成立するのであり、その地域の上に成り立つ一切の社会的形象を内含するとともに、その地域の上に形成される一切の客観的文化を保持しつつ存立するのである。」
(恒藤恭『法の基本問題』二六七頁)
○「国家」と「全体社会」は違う概念である。
1 わが国は、ほとんど単一民族国家に近く、また、国内の少数民族も、基本的に最大民族である大和民族と価値観を共有しているので、日本=全体社会と考えても、ほとんど違わない。しかし、限界的な場合には違いが出てくる。
⇒法の基盤の国家説の問題点2及び3参照2 一つの国の中でも、複数の全体社会を有している国は多い。
そうした国家は、全体社会ごとに分裂する危険を常にはらんでいる。
例:旧ソ連邦、ユーゴスラヴィア
3 全体社会が、国境をまたがって存在している場合もある。その場合には、関連諸国の国境が常に緊張をはらむことになる。
例1:スペインとフランスの国境地域に居住するバスク民族
例2:トルコ、イラン、イラクの国境地域に居住するクルド民族
(二)「部分社会」=その部分集合
分類の基準
○全体社会の価値観と合致するか否か
○ある程度永続的か、一時的か
価値観の合致する部分社会 | 価値観の反する部分社会 | |
永続的 |
○日本大学、法科大学院、 ○・・一族、・・家、 ○・・会社 |
○やくざ組織・・組、 ○テロリスト集団、 ○強盗団 |
一時的 |
○売買等の契約当事者、 ○遊びに行く仲間 ○交通事故の加害者と被害者 |
○麻雀賭博、 ○暴動行為への飛び入り |
三 法の基盤
(一) 国家説 :国家だけが法を形成することができる
問題点1
ここで考えている国家は、近代市民国家だから、近代より前には、法そのものが存在しないことになってしまう。
問題点2
一つの国の中に、基本的価値観を異にする人の集団=全体社会が複数存在することがあり、それに応じて、異なる法規範が成立しうる。
問題点3
いくら国が法を押しつけようとしても、社会の人々がそれを法的確信によって支持しない限り、実際の効力は持ち得ない。
例1:堕胎罪(刑法212条以下)と妊娠中絶行為
法律により、人々が確信する法の存在を否定しても、法は効力を持ち続ける。
例2:物権法定主義(民法175条)と根抵当権(民法398条の2以下)
(二) 部分社会説:部分社会内部の法も立派に法足り得る
問題点
部分社会相互の法をどのように理解するか?
上位の部分社会の法に抵触する限りで、会の部分社会の法が制限される、と考える場合、会の部分社会が、全体の価値観に反する場合でも、その部分社会の個々の法規範であって、上位の部分社会の法に抵触しないものについては、国家はその遵守を強要しなければならなくなる。
(三) 全体社会説:法の存在基盤足り得る社会は全体社会だけである
問題点
これを採用する場合にも、部分社会が社会である以上、法規範を作ることができることは事実なので、それをどのように扱うかが問題となる。
四 全体社会説の下における部分社会の法の取り扱い
(一)部分社会の基本的価値観が全体社会の価値観と一致しない場合
裁判所は部分社会法を排除して全体社会の法で判断する
例1:やくざ社会の法
例2:自然債務=民法90条に違反する契約
(二)部分社会の基本的価値観が全体社会の価値観と一致する場合
1 通常の部分社会
(1) 規範的統一性のある場合の原則
裁判所は部分社会の法を探求し、それに基づいて判断する。
私的自治の原則→契約違反等の裁判
(2) 規範的統一性のない場合
裁判所は部分社会の法を排除し、全体社会の法に基づいて判断する。
その根拠=実質的自由の確保の観点から、私的自治の原則が制限される
→第2部第2章で詳しく説明する予定
2 憲法上の権利の享有主体たる部分社会(判例が作り出した類型)
裁判所は特殊な部分社会はそれを尊重し、判断を行わない
@「村議会議員懲罰事件」(最高裁昭和35年10月19日大法廷判決)
自律的な法規範を持つ社会ないしは団体に在っては、当該規範の実現を内部規律の問題として自治的措置に任せ、裁判にまつを適当としない→地方自治
A「富山大学単位認定事件」(最高裁判決昭和52年3月15日)
一般市民社会の中にあつてこれとは別個に自律的な法規範を有する特殊な部分社会における法律上の係争のごときは、それが一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、その自主的、自律的な解決に委ねるのを適当とし、裁判所の司法審査の対象にはならないものと解するのが、相当である。→大学の自治
B その他、政党、宗教団体、自治会等がこれに該当するという判例がある。
全 体 社 会 | |||
価値観の異なる部分社会 | 価値観の共通する部分社会 | ||
全体社会の法を適用 | 普通の部分社会 | 憲法上の価値を有する部分社会 | |
全体社会の法と統一的規範のある部分社会 | 全体社会の法と統一的規範のない部分社会 | 裁判の対象外 | |
部分社会の法を適用 | 全体社会の法を適用 |