国家試験に直結する本の読み方ーー憲法を例にしてーー |
甲斐素直
目次(タイトルをクリックすると、それぞれの項にジャンプします)
憲法は、国法秩序の頂点に立つ法です。すなわち、わが国に存在するすべての法は、国の作る法律や命令にはじまって、私人の間で締結される契約などに至るまで、すべて憲法の形成している秩序に服する場合にのみ有効性を持ちます。したがって、法律学を学ぶ場合に、それがいかなる分野のものであれ、憲法を避けて通ることはできません。このため、司法試験や国家公務員試験など、法学部から受験可能な多くの国家試験や資格試験において、憲法は必須ないしは選択の受験科目とされています。
皆さんは、小学校から高校まで、長い間、様々な授業の中でわが国憲法については繰り返し聞いてきています。だから、外の法律はともかく、憲法だけはもう十分に判っていると思っているかもしれません。しかし、それは間違いです。皆さんがこれから学ぶ大学の、それも法学部の憲法学は、皆さんが高校までに学んできたものとは全く次元の違う、非常に複雑精緻な学問です。わずか1年間、週に1時間だけの講義でそれを判らせる、ということは不可能なほどに現代の憲法学は複雑になっています。したがって、私にできる最善のことは、皆さんが理解するべく懸命に努力をする時に、その努力をできるだけ助けてあげることなのです。
皆さんは、高校までなら、毎時間講義にまじめに出席して、教師の講義をきちんと聴いているだけ、期末試験でかなりの成績を取ることができたはずです。しかし大学の場合には、それだけでは期末試験で優をとるのはまず無理です。まして国家試験には通用しません。それに加えて、自分自身でもかなりの勉強をしなければなりません。普通、法律の専門科目は4単位とされています。これは1時間の講義に対して、皆さんが計3時間もの勉強をしないと、その科目を理解して、単位を取ることはできないという意味です。
この場合、高校までの授業のように、毎回の講義ごとに予習や復習を合計で3時間するという意味ではありません。確かに、講義の進展に応じて、憲法の教科書をしっかりと繰り返し読み込み、毎時間の講義をしっかりと理解する努力をして貰う必要があります。しかし、それ以上に大切なことは、自分自身で教科書を何度も最初から最後まで通して読むということなのです。なぜなら教科書に書かれている理論の体系を理解する必要があるからです。
大学で使う法律系の教科書というものは、これまで高校で慣れ親しんできた様々な科目の教科書とは全く異質のものです。高校の時と同じ読み方をしていたのでは、理解することすらできません。大学の教科書特有の読み方が、ここでは要求されてきます。そこで、教科書とはどうやって読むものなのかを、以下に説明したいと思います。
以下に紹介するのは、法律専門科目の本の読み方です。ここでは、憲法に焦点を合わせて説明していますが、特に憲法にだけ関係する本の読み方ではなく、あらゆる法律学に共通する本の読み方と考えてください。
最近では、国家試験専門の受験予備校から、これから紹介する教科書に比べるとびっくりするほど薄い受験用虎の巻が多数発売されています。予備校が、これさえ判れば国家試験に合格できる、と宣伝するものですから、そういうものを利用して勉強すれば、教科書を読むよりも能率的に勉強できるような錯覚を起こしている人も結構います。
しかし、それはむしろ非能率な勉強方法です。
なぜなら、法律というのは、建物のようなものだからです。その基本構造が理解できれば、行ったことのないフロアでも間違いなく歩けるように、一度その体系が理解できれば、知らない問題でも論理的に詰めるだけで、正しい結論にたどり着けるものです。
それに対して受験用虎の巻は、そうした論理の体系の特定の一部、建物の比喩にこだわるならば、ある特定の煉瓦だけをみているようなものです。幾らたくさんの煉瓦について勉強しても、それを集めてつくる建物の構造が理解できるようにはなりません。もちろん、いったん構造が頭に入った後ならば、試験によくでる特定の部分の勉強を能率的にするのには、そうした虎の巻が役に立ってくれましょうが・・。
したがって、能率的な勉強をするためには、一見迂遠なようですが、やはり基本となる教科書をじっくりと読むところから始めなければいけません。
国家試験の出題者としては、予備校型の秀才に合格してほしいとは思いません。そこで最近では、国家試験では予備校対策ということで、特定の論点についての知識ではなく、体系的理解が身に付いているか否かを尋ねる問題が集中的に出題されています。当分は予備校にとって冬の時代が続くことは間違いありません。
教科書に何を選択するかは重要な問題です。
なぜなら、最初、右も左もわからないときは、その基本書に書いてあることを、キリスト教徒にとっての聖書のように、イスラム教徒にとってのコーランのように、絶対に無条件で信じる必要があるからです。
高校までの教科書が極力中立的に書かれ、説の対立するところは無難に避けて書かれていたのと違い、大学の教科書は、その著者の世界観、価値観が濃厚に反映され、説の相違点においては、著者の意見というものが強く押し出されています。
したがって、大学の基本書では、著者と読者の相性が非常に大事です。
相性が悪い場合には、書いてあることを信じる以前によく理解できなくなり、途中で基本書を変える羽目になったりします。
そうした非能率を防ぐためにも、最初に基本書を決める際には、慎重に選ぶ必要があります。選ぶには、まず候補になる本をすべてざっと読む以外に方法はありません。
以下に示したのは、今日における代表的な憲法教科書のうち、国家試験の受験生に良く読まれているものです。
@ | 芦部 信喜 著 | 『憲法』 第5版 | 岩波書店 | 420頁 |
A | 佐藤 幸治 著 | 『日本国憲法論』 | 成文堂 | 691頁 |
B | 長谷部 恭男 著 | 『憲法』[第5版] | 新世社 | 457頁 |
C | 松井 茂記 著 | 『日本国憲法』第3版 | ぎょうせい | 516頁 |
D | 渋谷 秀樹 著 | 『憲法』[第2版] | 有斐閣 | 826頁 |
E | 辻村 みよ子著 | 『憲法』第4版 | 日本評論社 | 585頁 |
参考までに、本文のページ数を上げておきました。基本書の選択に当たっては、読むスピードに自信のある限り、厚い本が有利です。なぜなら、厚い本にはそれだけたくさんのことが書いてありますから、基本書を読むだけで、大体勉強が済みます。薄い本を基本書にした場合には、基本書で不足する情報を補うために、いろいろな本を併読しなければなりません。したがって短期的には薄い本の方が有利なようでも、全体としては読む量に変わりはありません。
@の著者は、1999年6月12日に亡くなりましたから、この本に書かれている情報は、オーバーにいえば日に日に時代遅れになりつつあります。しかし、高橋和之先生が補訂を続けており、先生は現代憲法学の骨格を作り上げた方ですから、賞味期限が切れるのはまだまだ先のことです。
この本は、国家試験の基本書として使えるレベルにある本の中では、参考頁に示したとおり一番薄いものです。当然、これだけでは、情報量が不足しています。ですから、この本を基本書に使う場合には、 同じ著者の『憲法判例を読む』(岩波セミナーブックス)、『演習憲法』(有斐閣)及び『憲法学』T、U、V(有斐閣)を基本書に準ずるものとして併せて精読する必要が絶対にあります。その編集に係る憲法判例百選(ジュリスト別冊)を利用するのはもちろん当然のことです。憲法訴訟に関しては、それでも少々不足があるので、別に工夫する必要があります。そんなハンディがあるのに、今でも多くの人がこれを基本書として利用しており、私が推薦するのはなぜかといえば、薄いおかげで全体を短い時間で通読することが可能だからです。これがなぜ大きな長所なのかは、後で本の具体的な読み方を説明すれば判ると思います。
Aの著者は現代憲法学界を代表する大先生ですから、基本書としないまでも、誰もが確実に読んでおくべき本です。それ自体で十分に厚く、特に必読の補完書はありません。たくさん学説が紹介されていて、少々難解です。
Bは、憲法学界の中核となって活躍されている先生なので、現代的憲法意識というものは、これが一番知りやすいでしょう。遥か後から刊行されたにもかかわらず、芦部信喜先生の版数と同じになっていることにそれが現れています。また、参考頁に示したとおり、芦部信喜先生の本に次いで薄い点も長所です。本格的に勉強し始めたら、個別の論文で手薄のところを補う必要がありますが、最初に取りかかる本としては非常に優れています。
Cの著者は、もと阪大教授で、司法試験委員としても活躍されていた方です。ところが、2006年からカナダのブリティッシュコロンビア法科大学院の教授になられてしまったと言う大変異色の方です。ところが、それにも関わらず、その著書は依然として人気があります。学説的には、かなり異端に属しますが、それだけに、通説との対比が容易です。アメリカ憲法と日本の学説との関係が詳細に書かれている点が、その最大の長所でしょう。例えば、違憲審査基準における「やむにやまれぬ利益」という、日本語には翻訳困難な概念など、アメリカ憲法から借用した概念を調べるのに便利なのです。また,日本の判例の紹介も本書は充実しています。
Dは、芦部信喜先生の最後の弟子であり、その意味では、ここに紹介した中では、その理論の継承者といえます。800頁を超える頁数は少々たじろぐと思いますが、それだけあれば、個別の論文などで補完しなくとも、国家試験に通用するだけの内容があることになります。速読力に自信のある方にお勧め。
Eはこの中では、唯一の女性筆者で、その女性的フィーリングは、女性の読者に向いているかと思います。学説が上手に要約されて紹介されていて読みやすく、内容においても、最近行われた行政改革や地方自治法改革に対応しているなど、新しい状況に対応しようという姿勢がよく見えて、使いやすい本と思われます。
欠点は、統治機構部分が200頁程度と全体の3分の1程度に過ぎず、人権部分の手厚さに比べて、少々手薄である点、及びその統治部分で、自説を明確に述べず、単に学説や判例を紹介するだけにとどめる書き方をしていることが多い点です。諸君の論文では、間違っても、そのように何が通説かだけを書いて、自分の意見は書かない、というようなやり方をまねしてはいけません。
なお、以上のような単独の著者による体系書とは別に、複数の著者の共著による教科書が相当数あります。例えば次の本です。
F | 野中俊彦、中村睦男、高橋和之、高見勝利著 | 『憲法』T〜U 第5版 | 有斐閣 |
しかし、短答式だけの試験を受験する者はともかく、論文式もある試験を受ける者は、こうした共著書を基本書にしてはいけないと、私は考えています。いけない理由は、本の書かれ方によって違ってきます。
例えば、このFは、本としての流れを重視しているので読みやすいのですが、そのために説の対立点についてはあまりつっこまない書き方をしているので、論文をそれに基づいて書くことは不可能という欠陥を示すことになります。
憲法は短答式ででるだけで、それに備えて、できるだけ多くの知識を得たい、と思うような受験者向けに、この種の本は、利用するのが正しいと考えています。
法律は、人類が作り出したもっとも論理的な学問領域です。したがって、法律の教科書は、全体が一つの論理によって貫かれています。逆から言うと、高校までの教科書のように、第1頁が判れば、第2頁が判り、第2頁が判れば第3頁が判る、というようなステップ・バイ・ステップの構造はもっていないのです。全体を理解しない限り、個々の部分も判りません。例えば、第1頁目をきちんと理解するには、その本の最後までが判っていなければならない、ということを意味します。
こういうやっかいな本を読むには、高校までの勉強方法とは全く違う、それなりの方法が必要になるのは当然です。
本はいつでも同じように読めばいいものではありません。皆さんの理解の進捗程度に応じて、当然に読み方が変わります。皆さんの個性に応じて工夫する必要がありますが、次の4段階方式の読み方を一応念頭に置いて下さい。
[第一段階]
初めて読むときには細かい部分に拘らず、可能な限り速く、一気に読み上げて、全体の体系を理解するように努めます。1〜2日で本を1冊完全に読み終わることを目標にしたいものです。1時間に30頁くらいの速さで読むことを目安にすればいいでしょう。この段階で目指しているのは、本の目次を開いて、各項に書かれている内容をおおよそ言えるようになることです。
そうなるためには、普通の人で3回は少なくとも繰り返して読む必要があります。3回でダメなら4回、4回でダメなら5回と、何度でもチャレンジして、目次だけで内容が言えるようになるまで頑張ってください。できれば、集中的に1週間くらい投入して、一気にこの段階をクリアするようにほしいと思います。
[第二段階]
本全体の内容がだいたい判ったら、次の段階は、ある程度じっくりと(1時間に10頁くらいが標準でしょうか。)読みます。今度は各頁ごとの内容を理解していくことが目標になります。この段階では、本に出てくるすべての言葉が理解でき、友人との議論などでも自分の語彙として利用できるようになる必要があります。
どうしても判らない言葉については、法学用語辞典をひくなり、本の索引から、その言葉について説明しているところを探してじっくりと読むなりして、自分の基本書に書いてある言葉なら判らないものはない、という状態に持っていかねばなりません。
大体2〜3回もじっくり読めば、そうなれると思います。
[第三段階]
この段階に達したら、参考書に目を通さなければいけません。
参考書とは、自分が基本書に選んだ以外の基本的な教科書です。例えば@を基本書にしている人にはA以下の本が手頃な参考書です。その逆も真です。
参考書は、自分の基本書との違いに力点を置いて読むようにします。自分の基本書がくどくど述べている箇所が、他説からの批判に答えているのだ、ということが一瞬にして判りますから、この段階に達すると、一気に実力の伸びるのが自分でもはっきり感じられます。
基本書で体系が頭に入っているものですから、かなりのスピードで読むことが誰にでも可能です。参考書を読むスピードとしては1時間100頁が一つの目安でしょう。
[第四段階]
いよいよ本格的な論文試験対策の開始です。
再び基本書の目次を開いて、はじから順に、その目次そのままに国家試験で論文の問題がでたら、どんなことを書くべきかを考えてみます。うまく書けそうもない目次がでてきたら、そのページを開いて答案構成をやってみます。そのときには、基本書や参考書だけでなく、後から述べる判例集や演習書など、動員可能なすべての本を引っぱり出してじっくりと勉強するようにしましょう。
論文の書き方については、来週のこの時間に改めて詳しくお話しする予定ですが、掻い摘んで要点だけをお話しすると、長さは1000字を目安にします。しかし、最初から1000字のものを書こうとすると、ひどく中身の薄いものができてしまいます。そこで、2〜3000字の長さのものをまず書き、それを縮めることで、この長さになるようにします。
こういう調子で基本書を繰り返し読んで、最終的にはすべての項目で答案構成を行うようにします。
この段階で欲しくなるのが、演習書です。私の書いた「憲法演習ゼミナール読本」信山社などがお勧めです。
このような読み方を繰り返していくことで、最初の速読の時から通算すれば、大体10回も繰り返して読めば、間違いなく合格すると言っていいでしょう。
今後、皆さんは、勉強が壁にぶつかり、思うように進まなくなって誰かに相談に行くことがあると思います。その時、おそらく、基本書を何回読んだか、と聞かれることでしょう。何も知らなければ、なぜ読んだ回数が大事なのだ、と面食らうかもしれません。しかし、ここまで読んでくれば、読んだ回数だけである程度、皆さんの理解の程度が判るということが理解できたと思います。
「読んだ回数を誇るなんて子供っぽいことはできない、一度でしっかり理解しよう」等と思うかもしれません。しかし、それは間違いです。少なくとも最初のうちは、ひたすら読む回数を増やすだけでよいのです。それが結局全体を良く理解する早道です。
皆さんがやっている法律学は、要は法解釈学ですから、法律の条文はすべての基礎です。したがって、法律をきちんと理解するには、教科書や判例を読んでいて条文が引用されていたら、内容が判っている場合でもなお必ず参照してみるという姿勢が欠かせません。常に六法を持ち歩いて、暇さえあれば開くようにしていてほしいと思います。そのように努力していれば、半年もたてば、六法を開く前に、自分の読みたい条文が、左右いずれの頁のどの段にあるかが判るくらいになるのが普通です。そうなっていない人は引き方が不足していると自己批判してください。
国家試験に必ずある多枝選択式(短答式)試験対策としては、条文の暗記は絶対に必要です。主要法律のそれは条文の最初の語が出たら、後は付いて出てくるくらいまでに覚えましょう。特に憲法は、本体そのものはわずか百条しかないのですから、全部完全に暗記することもできるはずです。そのためにも常に六法を持ち歩くことが大切なのです。
有った方がよいけれども学生にはあまり用がない大六法は別格として、学生向けの普通の六法は次の三種類に分類できます。
携帯用六法
@ | 『ポケット六法』 | 有斐閣 |
A | 『コンパクト六法』 | 岩波書店 |
B | 『デイリー六法』 | 三省堂 |
小型で軽く、どこにでも気楽に持ち運べますが、法令の収録件数は少ないので、幅広い勉強の時をするときには、載っていない法令が出てきて不満を覚えるはずです。しかし持ち運びの便利さから、私も普段はこの種の六法を使っています。
このうち、@は本学が入学時に全員に配布しているので、諸君にもなじみが深いでしょう。しかし、これが必ずしも、誰にでも最善の本、というわけではありません。それぞれの本がそれぞれの特徴を出した編集をしていますので、一度それぞれを手にとってじっくりと見比べて、自分として一番使いやすい本を選んで下さい。
なお、ここに挙げたもの以外に、三省堂で「新六法」というものを出しています。これは法律に詳しくない一般市民及び法学部以外の大学生をねらったもので、独特の編集をしています。国家試験をねらう諸君にはあまり用のない本ですが、他学部の友人などから聞かれたら、推薦すると良いかもしれません。
ウ 判例付き六法
C | 『判例六法』 | 有斐閣 |
D | 『判例基本六法』 | 岩波書店 |
E | 『コンサイス判例六法』 | 三省堂 |
F | 『模範六法』 | 三省堂 |
G | 『公務員試験六法』 | 三省堂 |
主要法令に判例の要約が付されている六法です。
判例付き六法は、条文を引きながら同時に判例を覚えることができるので、短答(多枝選択)式試験の対策として有効ですから、日頃からこれに親しむようにしてください。ただし、判例付き六法は、本学では期末試験での試験会場への持ち込みは認めていません。したがって、別に持ち込み用の六法が必要です。
CDEは、いずれも携帯型六法に判例が付されたものと考えればよいでしょう。持ち運びに便利で、しかも判例付きという点で、日頃の学習には最適です。
EFGと、三省堂だけで3種類も出されていますが、その特徴を簡単に説明すると、次のようになります。Eは上述のとおり、CDに対応するものです。コンサイスの名で知られる辞書がありますが、その一翼に属すると考えての名称でしょう。その名の通りコンパクトです。Fは、これに対して、本格六法に判例がついたものと考えればよいでしょう。したがってかなり重量があり、持ち運びには向きません。しかし、机の上には是非置いておきたい六法です。私も普段、愛用しています。Gは、その名の通り、公務員試験の受験専用に編集された六法で、公務員試験の受験科目に含まれるすべての法律に判例が付されている、という点で、また、一つ一つの条文に、その条文に関する試験問題がどこでいつ出されたかが表示されているという点で、このジャンルのどの六法よりも手厚いものです。また、横書きです。
エ 司法試験受験六法
司法試験の論文式や外務公務員試験などでは、試験会場で、条文だけで参照条文すら載っていない特殊な六法を貸与してくれます。そこで、これらの試験を受ける人は、普段からそのような六法に馴染んでおく必要があります。小型ですから持ち運びにも便利です。
しかし、初学者のうちは、こうした六法は使ってはいけません。普通の六法についている参照条文を縦横に駆使して、法律の立体構造を頭に入れる必要があるからです。
また、勉強が進んだ後でも、判例に馴染んでおく必要は、こうした特殊六法に馴染む必要よりはるかに大きなものがありますから、普段はそちらを利用して判例を頭に入れることにつとめるべきです。こうした特殊六法は、答案練習会などの時に、本番と同じ条件にするために利用しましょう。
六法は消耗品です。毎年、最新版を購入しましょう。
ただし、古い六法は捨ててはいけません。書架の隅にでもしまっておいてください。みなさんは将来法律の専門家として生きていく訳ですが、その場合、改正前の法令の内容を知る必要というのは、意外と起こるものだからです。
社会の中で現実に生きている法律を知るということは非常に大切です。そのためには、随時、判例に親しむということが大事です。判例付き六法の簡略な説明では判らない、各事件のもつ問題の複雑な奥行きを理解すると共に、それに即した専門の学者による解説を読むことで、皆さんの憲法理解そのものが大きく促進されます。
普通に使用される憲法関係の判例集としては次のものがあります。
@ | 『憲法判例百選』T及びU | 有斐閣 |
A | 『重要判例解説』 | 有斐閣 |
B | 『行政判例百選』T及びU | 有斐閣 |
@は、司法試験及び国家公務員試験の受験者は必ず買って日頃親しむようにしなければいけません。ここに紹介したのは憲法だけですが、全法律分野に関して出版されています。
Aは、全法律分野に関する百選の補足版のようなもので、毎年6月くらいになると、その前年度にでた重要な判例に専門の学者による解説のついたものが新たなものが出ます。したがって@に掲載されていない最新の重要判例を押さえ、それに対する学者の意見を知るためには欠かせません。司法試験や公務員試験に合格して、一生法曹として生きていくつもりなら、各年度のものを揃えて持っていることは、実務に携わるようになったときに、皆さんの大事な財産になるはずです。
Bは、憲法を理解するだけの目的では常に必要という訳ではありません。しかし、行政法は事実上憲法各論とでもいうべき存在ですから、論文を書いたりする際には読む必要がある場合が案外でてきます。特に、現在では司法試験の選択科目から行政法がはずれましたから、司法試験の憲法では、逆に、従来以上に行政法的知識を問うものがでてくる可能性が生じました。いままでは、行政法の知識を要する問題は、行政法選択者に有利になるので出せなかったのですが、これからはそうした制限がなくなるからです。したがって司法試験受験者でも持っているべき本に変わりました。公務員試験受験者の場合には、行政法の論文の必要がありますから、当然必携の書ということになります。
@ | 解説世界憲法集 | 三省堂 |
A | 解説条約集 | 三省堂 |
少なくとも、@は是非買ってください。Aは、重要な条約には簡単な解説が付いていますから、六法の後ろについている条約よりはるかに理解しやすい、という点で便利です。
法律の個々の条文について、条文の順に、詳しく記述してある形式の本を、コンメンタールと呼びます。
これは第1段階の間は必要ありませんが、論文を書こうとする場合には欠かせない参考書です。次の書が代表的なものです。
@ | 宮沢俊義著・芦部信喜補 | 『日本国憲法』 | 日本評論社 |
A | 芹沢 斉, 市川 正人, 阪口 正二郎 編 | 『新基本法コンメンタール憲法』 | 日本評論社 |
B | 樋口・佐藤幸・中村睦・浦部著 | 『憲法』注解法律学全集T、U、V | 青林書院 |
@は、宮沢俊義師の古典的な名著を芦部信喜師が補訂したものです。
ただし、補訂の内容はアップ・ツー・デートなものにした、ということで、学説の内容は元の宮沢俊義説のままです。したがって、芦部説とは違う内容であることに注意する必要があります。
Aは日本評論社の法学セミナーの別冊として出ているもので、憲法だけではなく、すべての法律分野に関してのコンメンタールがでています。
いずれも、ハンディで使いやすく、しかも信頼性が高い本です。
Bは、値段は少々高いですが、非常に内容の充実したコンメンタールで、将来ともに法曹として生きていくつもりなら、この際、是非買っておきたい本です。
代表的なものを示すと次のとおりです。
@ | 『新法学辞典』 | 日本評論社 |
A | 『新法律学辞典』[第3版] | 有斐閣 |
B | 『法律学小事典』[新版] | 有斐閣 |
C | 『法律用語辞典』 | 有斐閣 |
D | 『法律用語を学ぶ人のために〈法律用語事典〉』 | 世界思想社 |
E | 『法令用語小辞典』[第6次改訂版] | 学陽書房 |
@及びAは大型の辞典です。
B以降は、これに対して、携帯型の小型辞典です。
B及びDは広く法律の講義に現れる言葉を対象としています。これに対して、
C及びEは、その名の通り、法律にでてくる用語の解説です。
初学者のうちは、あまり法学辞典は使わない方が良いでしょう。
なぜなら基本書は、新しく出てくる言葉について、常にその場で説明しているわけではありませんが、最初に述べたような速読をしていれば、遅かれ早かれ基本書が詳しい説明をしているところにたどり着けるはずなので、わからない言葉をいちいち辞書に当たるよりも、それに構わず読み進んでいくことで、言葉の辞書的な意味に止まらない総合的な把握が可能になるという効果があるからです。
しかし、どうしても意味を把握しなければ本が読めない、という人もいると思います。
そういう人に一冊だけ勧めるとすれば、Dです。日頃、持ち歩いて利用するに便利なコンパクトなサイズで、価格もここに紹介した中で一番安いのです。内容が充実していることは、私も著者の一人ですので、自信を持って保障できます。
これに対して、勉強が進んで、第2段階あるいは第3段階に到達すると、特殊な言葉、あるいは詳しい解説を求めることになるでしょう。そのときには@やAの大型辞典を買う方がよいでしょう。
繰り返し強調しますが、基本書で一番大事なのは、皆さん一人一人の持っている固有の価値観と、その本の価値観との合致です。
たまたま受講した授業で教科書として使用されたからといって、性に合わないものを基本書としていたのでは、通る試験も落ちてしまいます。
買った本はすべて、少なくとも参考書として利用できるので、絶対に無駄にはなりません。
買った本が自分にあわないと思ったら、ためらわずに、納得行くまで自分にあった基本書を探すことが大事です。
時々、自分の受験している国家試験の試験委員が替わったから、という理由で、基本書を変えてしまう人がありますが、これは正気の沙汰ではありません。
試験委員を務めるほどの能力を持つ学者なら、誰の説でもよく知っているものです。
また、試験委員はたいていの場合、複数の人が一つの答案を採点します。したがって、どの説を採っても、それだけが理由で点が甘くなったり辛くなったりすることはないのです。
ですから、これだと納得できる本に巡り会えたら、人がなんといおうと変える必要はありません。
ここでは、憲法に引きつけて説明を書きましたが、同じだけの勉強が、自分の受ける国家試験の全科目について必要なことはいうまでもありません。
憲法以外の科目でどんな教科書があるかについて、知りたい人は、それぞれの科目を担当する先生に相談してみてください。
また、法学セミナーが毎年、新学期の始めに「法学入門」と題する本を発行しているので、そこで紹介されているものを参考にするのも良い方法です。
このように説明してくると、国家試験に合格するためには膨大な量の本を読まなければならないことが判ったと思います。
闇雲に読んでいても、時間の無駄です。合格するためには、自分の個性に合致したきちんとした年間学習計画を立てて、それに沿って効率的な読書をすることが必要になります。
1日10時間程度は本を読むようにしませんと、司法試験であろうと公務員試験であろうと、4年の春までに合格ラインに届くことは難しいでしょう。
また、ここに紹介した本の読み方に加えて、国家試験の短答(多枝選択)式試験や論文(記述)式試験に向けての勉強の仕方についても知りたい人は、元のページに戻って他のファイルをクリックしてください。
健闘を祈っています。