第2編 法学各論

   第2章 行政法

 ここでは三権分立制の下で行政庁とされている機関に拘わる法を説明する。普通、行政法の教科書では、行政法総論と称し、対国民的な行政活動に関する抽象的な議論を専ら展開している。

しかし、一般国民が行政活動を理解することが難しいのは、むしろ行政内部に止まる法が実際には重要な役割を果たしていること、実際に国民に影響を与えるのは租税や警察など個別具体的な行政であるためである。

そこで本章では、全体の構造は行政法総論によりつつ、内容的にはむしろ講学上行政各論とされる領域に力点を置いて説明した。

なお地方公共団体に関する法は、紙幅の関係から、国と関連する限りで言及するに止めた。

第1章 行政の主体

 第1節 行政組織

〈ポイント〉行政は、様々な行政組織が複雑に絡み合って実施される。行政組織の名称を理解することが、行政活動を理解する第一歩である。

  第1 内閣

 行政権は内閣に属する(憲法65条)。内閣は、内閣総理大臣及び原則として14人以内の国務大臣で組織される。ただし特に必要ある場合には、17人以内とすることができる(内閣法2条)。内閣の事務を補助するための機関として、内閣官房(同12条)、内閣法制局及び安全保障会議がある。

 行政事務は内閣総理大臣以下の主任の国務大臣により分担管理される。内閣総理大臣を主任の国務大臣とする行政機関を府と呼び、現在は内閣府がそれである。その他の国務大臣を主任の国務大臣とする行政機関を省と呼び、現在は総務省以下の10省がある。

  第2 国の行政組織

 国家行政組織法(以下、本項において「法」という。)によれば、府及び省の所掌事務を遂行するため、内部部局、外局、行政委員会、合議制機関、施設等機関、特別の機関及び地方支分部局が置かれる。

[1] 内部部局(法7条)

 内部部局には官房、局(外局と対比する場合には内局と呼ぶ)、部、課及び室の名称を使用する。どのように局や部等の名称を使い分けるかについては特に基準は示されていないが、いわゆるラインに属する組織には局及び課の名称を使い、スタッフ的な組織には部や室を使う傾向がある。

[2] 外局(法3条)

 外局とは、府ないし省に置かれる庁ないし行政委員会をいう。

(1) 庁:

権限的には内局と同一であるが、内局の設置が政令事項なのに対して、外局の設置及び廃止は法律事項とされる(法3条2項)。また、内局の長は局長と呼ばれるに対し、庁の長は長官と呼ばれる(法6条)。

国務大臣を内閣府の外局の長官に任命する場合がある。そのような外局には、さらに外局を置ける。防衛庁に置かれている防衛施設庁がこれに当たる。

(2) 行政委員会:

数名の行政委員によって構成される合議制機関である。事務局が付設される。委員に強力な身分保障が与えられ、国会及び内閣から独立した地位を有する点に特徴があり、独立行政委員会と呼ばれることもある。

政治的独立性の必要な業務を行う場合に、独任制の行政庁にない慎重さと、国会のような超多数合議体にない迅速さを兼ね備えた行政組織として米国で発達し、第2次大戦後わが国でも多数設けられた。

しかし、徐々に整理統合され、現在、憲法90条に根拠を持つ会計検査院、国家公務員法に根拠を持つ人事院並びに府及び省の外局としての地位を持つ国家公安委員会等7委員会(法別表一参照)の計9となっている。

[3] 合議制機関(法8条)

 法8条を根拠として設置される合議制機関には、証券取引等監視委員会や原子力委員会のように委員会という名称をもつものがある。

そこで、3条に基づく委員会とこれを特に区別する場合には、前者を3条委員会、後者を8条委員会と呼ぶ。

ただし実際には、委員会のほか、調査会(例えば臨時行政調査会)、審査会等様々な名称をもつ。一般に政治的独立性の必要な業務について設立され、行政からある程度独立して権限を行使する点に特徴を持つが、組織上の独立性は3条委員会ほどは強くない。

[4] 施設等機関(法8条の2)

 施設等機関には各省庁の特殊性に応じた種々の機関が含まれる。大別すれば、試験研究機関、検査・検定機関、文教施設(国立大学の他、税務大学校、建設大学校等)、医療機関、作業所(大蔵省印刷局、造幣局等)がある。

[5] 特別の機関(法8条の3)

 以上のいずれにも属さない国の機関が特別の機関である。

(1) 検察庁:

法務省に置かれているが、その外局ではないため、特別機関と理解される。法務大臣は、検察官の職務に関する一般的な指揮監督は個々の検察官に対して行えるが、個々の事件に関する指揮監督は検事総長に対してしか行うことができない(検察庁法14条)等の特殊性がある。

(2) 警察庁:

国の警察に関する最高機関は内閣府外局の国家公安委員会である。警察庁は同委員会に置かれ、その管理下に同委員会の権限とされる警察活動に関する事務をつかさどり、また、法律で同委員会の権限に属させられた仕事について、その補佐をする。他の行政委員会の事務総局と同様の機能を果たしているが、事務総局とされておらず、特別機関と解される。

[6] 地方支分部局(法9条)

 地方支分部局とは、府、省、庁及び委員会が、その所掌事務を、一定の地域を管轄区域として分掌する組織である。全く地方支分部局を持たない官庁もあるし、幾重にも重なった複雑な組織を持つ官庁もある。

典型的には、東北、関東、近畿等、各地方ごとにブロック単位の機関が置かれ、その下に県単位の機関が置かれる。県内の地域別に出先機関が置かれる場合もある。

  第3 国営企業

 以上とは異なる観点からの分類として、国営企業の概念が存在する。

 国が社会公共の利益のためにする活動は、普通は租税を原資として無償で行われる。しかし、サービスの提供を利用するか否かは国民の側の選択である場合に、サービスの質を向上させるには、そうした活動に企業的性格を与え、利用に当たって料金を徴収し、それに基づいて独立採算で運営させることで、経営努力の余地を与えるのが妥当である。これが国営企業である。

 施設等機関に属するものとしては、大蔵省印刷局、造幣局、国立大学、国立病院、博物館、図書館等がある。特殊法人に属するものとしては、日本銀行、日本放送協会、帝都高速度交通営団、日本住宅公団等、国民金融公庫等、中小企業事業団等がある。

民間法人に属するものとしては、東京電力等、東京ガス等、JR、NTT等がある。

なお、地方公共団体でも、水道事業等を企業形態で行っている。それら企業と国営企業を併せて、公企業という。

 第2節 国家公務員

〈ポイント〉行政を担当する国家公務員は、その身分に応じ、様々な義務が課せられる反面、その代償としての権利も認められる。

  第1 国家公務員の分類

 憲法が使用する「公務員」という言葉は非常に広い概念であって、全体の奉仕者として活動する義務を負う(憲法15条)すべての者、すなわち天皇や内閣総理大臣、国会議員、最高裁判所判事等までも意味している。

 しかし、行政法上は、基本的には行政府に属する者だけを意味する。これを国家公務員法(以下、本款において「法」という。)は2種に分類する。

         [1] 特別職国家公務員(法2条5項)

 原則として法の適用のない国家公務員をいう。これは消極的概念であり、何が特別職に属するかは立法政策の問題である。

現在は、内閣総理大臣以下の内閣関係者から失業対策事業対象者に至るまで、法2条3項に17種類にわたって、法をそのまま適用するのが妥当ではないと考えられる種々雑多な職が限定的に列挙されている。その統一的説明はできないし、必要もない。

    [2] 一般職国家公務員(法2条4項)

 法の適用のある国家公務員を一般職公務員という。

一般職公務員であっても、特別法が定められている者もある。教育公務員、外務公務員、現業職員(国営企業に勤務する一般職国家公務員)及び検察官がその代表的な者である。

また、法が、他の一般職公務員と異なる取扱いをしている職員として、公安職、すなわち警察職員、海上保安庁又は刑務所に勤務する職員がある。

  第2 国家公務員の勤務関係

 紙幅の関係から、以下においては一般職国家公務員についてのみ述べる。

 明治憲法の下においては、国家公務員は官吏と呼ばれ、その任免や俸給その他一切の事項が天皇の大権に属するとされていた(明治憲法10条参照)。

これに対して現行憲法15条1項は、公務員の選定罷免は国民固有の権利であることを宣言し、この天皇の官吏から国民の奉仕者への転換を図った。

 国家公務員は全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない(憲法15条2項)。すなわち、国家公務員は政治的に中立でなければならず、一部党派の奉仕者であってはならない。

しかし、国会の多数派の上に成立している内閣に、公務員の選定罷免権を認めた場合には、政治的な偏向が発生するおそれがある。そこで行政の政治的中立性を確保するために、法は、一方で公務員に様々な法的義務や責任を課するとともに、他方、人事院という独立行政委員会を設け、政治的中立性を確保しうる任用制度を運用させることとした。

注:このように、行政の政治的中立性を重視して、能力本意に公務員の任用を行う方式を能力制(メリットシステム)という。これに対して民主的統制を重視して、公務員の任用に政治的判断を導入する方式を猟官制(スポイルズシステム)という。

わが国では大正デモクラシーの時代に、またアメリカでは今日でも一部高級官職に猟官制が採用されている。近時、能力制の行き過ぎにより公務員制度に問題が生じてきたため、事務次官や本章の局長等の任免には内閣が関与することが、わが国でも検討されるようになっている。

         [1] 国家公務員の義務

 国家公務員は、直接公共の福祉に奉仕するという勤務関係の特色から、法により、憲法が国民に保障する基本的人権を制限されている。

(1) 政治的基本権の制限:

国家公務員は、政治的活動をすることが禁じられている(法102条)。国家公務員法の委任による人事院規則は、公務員の地位や権限に関わりなく、一律に、非常に広範に政治的基本権を制限している。

(2) 労働基本権の制限:

 普通の一般職国家公務員の場合、団結権及び団体交渉権は認められているが、労働協約締結権及び労働争議権は否定されている(法108条の2以下)。また、公安職の場合には、団結権も含めてすべての労働基本権が否定されている(法108条の2第5項参照)。

(3) 私企業からの隔離:

国家公務員は営利目的の私企業を自ら行ったり、役員になることが禁じられる。更に、離職後2年間は、その離職前5年間に在職した地位と密接な関係のある職に就くことが禁じられる(法103条)。

(4) 守秘義務:

国家公務員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。これは離職した後においても課せられる義務である(同法100条)。

    [2] 人事院

 人事院は、国家公務員法に基づいて内閣の下に設置された行政委員会で、3人の人事官により構成される。人事官は内閣総理大臣が両議院の同意を得て任命し、うち一人に人事院総裁を命ずる。人事行政を政治的中立性を保って運営するため、人事官に裁判官類似の身分保障が与えられている。

 人事院は、中央人事管理機関としての性格と、国家公務員の労働基本権制限の代償活動を行う機関という性格を持ち、規則制定権が認められる。

(1) 中央人事管理機関:

中央人事管理機関としての人事院は、科学的人事管理の実現のため、試験及び任免、職階制、給与、研修及び分限等に関する立案・分類・整理等の事務を行う。

人事管理目的で制定される人事院規則は国と公務員の権利義務の関係を定めているため、国会が立法権を独占している法規範(法規命令)に属する(憲法41条)。このため、その制定には、法律執行目的又は法律による個別委任が必要である(憲法73条6号参照)。

現行法の委任規定は漠然としている場合が多く、人事院規則による公務員の人権制限の合憲性が、裁判上問題となることが多い。

@ 職階制:

公務員の地位を決定する制度である。戦前の官吏制度は、職務と無関係の「官」と称する身分制度で構成され、職務は、官とは別に「職」という形で任命されていた。このため、官吏は、より責任ある仕事をすることよりも、より高い官に到達するよう努力するため、適材適所になりにくいという弊害を示した。

そこで、職階制では、まず職務そのものが、その種類、複雑性及び責任という要素を基準として職階に分類され、同等の職務に対しては、どの分野で働こうとも、同等の資格が要求され、同等の給与が保障されるという構造を持つ。

この職階制の中でも、官職という語が使用されているが、戦前とは異なり、一人の職員に割り当てられる職務と責任を意味する。

実際には現在までのところ、すべての官職を格付けするという作業は完了していない。

法では、職階制に併せて給与準則を作成することになっているが、当然未だ作成されていない。そこで、それができるまでの間、「一般職の職員の給与等に関する法律」が、行政職、専門行政職、税務職、公安職、海事職、教育職、研究職、医療職、指定職という分類を行って処遇している。

A 職員の任用:

職員の任用は、上記職階制によりそれぞれの職務の内容が客観的に明らかになっていることを前提としているので、それにふさわしい能力を持っているかどうかを実証した上で行う(法33条)。

採用に当たっては原則として一般公開競争試験で行い、昇任は、その官職より下位の官職の在職者間の競争試験で行うのが原則であるが、人事院の承認があれば選考(競争試験以外の能力の実証を基礎とした試験)で行うこともできる。

(2) 労働基本権制限代償機関:

人事院は、憲法の保障する労働基本権を剥奪することで国家公務員が被る損失を保障する代償機関としての性格を有する。すなわち、通常の労働者であれば、労働組合が行う活動を人事院が行う。

具体的には、給与その他の勤務条件や人事行政の改善に関する勧告、個々の労働者の給与、分限等勤務条件に関する苦情の処理その他職員に関する人事行政の公正の確保及び職員の利益の保護に関する事務を行う。これらの措置には遵守義務を伴わない。

しかし、労働組合が存在していれば、要求貫徹まで争議行為を行うなどの強制力が伴うのであり、そうした労働基本権の代償として認められたものであるから、国は可能な限り尊重する義務がある。

第2章 行政を支配する法

〈ポイント〉

対国民的な法ばかりでなく、行政内部法も間接的に国民の権利義務に影響を与えるので、軽視できない。そのため、概念の正確さを期して、細かい説明となっている。しかし初めのうちは、個々の言葉の意味よりも全体としての構造を理解するように努めて欲しい。

 第1節 国家機関内部の法

〈ポイント〉

行政組織はヒエラルキー構造を有し、上級官庁は下級官庁を指揮監督することにより組織を動かす。指揮監督の手段には命令と示達がある。

  第1 命令

 命令とは、行政庁がその一体性を保持し国家意思の分裂を防ぐために発するものをいい、これを、さらに訓令と職務命令に分けることができる。

[1] 訓令

 一般に、上級官庁が下級官庁に対して、その所掌事務に関して発する命令をいう。訓令は、下級官庁の機関としての意思を拘束する。従ってその機関を構成する個人としての公務員に変更があっても、訓令の効果は失われない。また、所掌事務に関して発されるものなので、その事務に携わる公務員個人の生活行動などを規制することは出来ない。

訓令は行政命令であって、法規命令ではないので、下級官庁が訓令に違反しても職務上の義務違反に止まり、行政行為等の法的効力に影響を及ぼすことはない。

実定法上は、府、省もしくは外局の長が、その所掌事務について、所管の諸機関に対して発する命令を訓令という。又はそれを伝える行為そのものも訓令という(法14条2項)。

[2] 職務命令

 行政庁において、上司がその部下である公務員個人に対し、その職務に関して発する命令をいう。特定の業務の処理を命じ、あるいは行わないことを命ずるのが典型である。職務命令の特徴は、個人としての公務員を拘束するに過ぎない点にある。

したがって当該個人がその職から外れれば当然失効する。また、職務遂行に必要な限度で公務員個人の生活行動にも規制を加えられる。例えば有給休暇の申請を却下したり、出張を命ずることができる。

  第2 示達

 示達とは、法令の解釈その他事務処理の基準や方針など、行政事務を行うに当たっての注意や指示等である。拘束力がない点で、命令と異なる。したがって示達に違反しても、懲罰の原因とはならない。示達を伝える行為を一般に通達と呼ぶ。

なお、行政指導を行う手段として民間に対して発する文書も通達と称されるが、内部法ではないので示達には該当しない。これも拘束力がない。しかし、このいずれも実際には行政庁や民間の行動を強く拘束している。このためにわが国行政には「通達行政」の異名がある。

 第2節 対国民的行政活動の種類

〈ポイント〉

福祉国家では、様々な対国民的な行政が行われる。それを国民の権利を基準に分類すれば、侵害行政、給付行政及び社会経済活動となる。

  第1 侵害行政

〈ポイント〉

国家としての必要から、国民の自由や権利を侵害する形態をとる行政がある。最も基本的な行政形態であり、かっての夜警国家における行政では、その中心であった。その典型は、租税行政や警察行政である。

[1] 租税行政

 国家が活動していくためには、その活動の原資が必要である。それを国家は、今日の国民主権国家にあっては、主権者たる国民自身が、自らそれを負担する必要がある。それが租税である。

すなわち租税とは、国がその経費に充てる目的で強制的に徴収する金銭をいう。

国に徴収する金銭であっても、そこに国から対価的給付が行われている場合には、私経済作用に過ぎない。

これに対して、対価なくして強制的に徴収される場合、それは個々人から見れば、それは国家による財産的自由権の侵害である。

(1) 租税行政を支配する原則:これには次のものがある。

@ 租税法律主義:

租税は、国が特定の国民の活動に担税力の存在を認めた場合に一方的に課徴する。何が租税の対象となる活動であり、どの程度の税額が課徴されることになるかを客観的に認定する方法はない。

そこで、通常の法治主義の要求である課税根拠の法定では国民の財産権を十分に守ることができない。そこで、更に進んで、課税条件(納税義務者、課税物件、その貴族、課税標準、税率等)すべての法定が要求される(憲法84条)。

A 永久税主義:

一度定めたものは、新たに法律の改廃手続きを採らない限り、永久に同一条件で賦課徴収する主義をいう。これに対し租税法を毎年度新たに定めるのを一年税主義という。

永久税主義は、国民として一定の租税の賦課があることを前提として生活設計が可能となるので、静的安定性に優れている。また、国としても安定した租税収入の確保が容易になる。このため、わが国では永久税主義が採用されている。

B 申告納税主義:

納税者が、納付すべき税額を自ら計算し、その結果を国に申告して納税する主義をいう。これは、民主主義国において、国の活動の基盤となる租税の納付は、国民の基本的な義務である(憲法30条)から、受動的に課税されるのは適切とはいえない為である。

国がその調査したところにより課税する方式に比べて、国の徴税費用を節減する効果もある。

(2) 租税行政の強制力:

納税者が租税を納期限までに完納しないときは、国又は地方公共団体は、まず督促を行う(国税通則法371条、地方税法661条等)。

それでも任意の履行がない場合には、国税徴収法の定めるところに従い、納税者の財産から強制的に租税債権の満足を得ることができる。その強制手続を滞納処分という。

滞納処分の方法としては狭義の滞納処分と交付要求がある。

前者は国又は地方公共団体が自ら納税者の財産を差し押さえて、そこから租税債権の満足を得る方法である。

後者は、民事債権等を根拠とした強制換価手続が進行中の場合に、その換価代金の交付を請求する方法である。

これらの手続において、租税は、国の活動の原資であるから、その確保が容易なように、租税債権は原則として他の債権に優先して満足を得られる(国税徴収法8条)。

例えば抵当権等担保権付きの債権に対しても、納期限後に設定されたものに対しては優先する(国税徴収法15条〜22条)。この手続は他の行政上の強制徴収手続の多くに準用されている。

[2] 警察行政

 講学上、警察とは「公共の安全と秩序を維持するために、一般統治権に基づき、人民に命令し、強制し、その自然の自由を制限する作用」とされる。

すなわち、特別権力関係ではなく、一般統治権に基づく活動である点に警察の大きな特徴がある。

交通警察、警備警察(社会、公共の安全、特に要人の警備等を中心とする警察作用)、保安警察(上記以外の一般的な警察作用、例えば風俗、少年、暴力団、公害、麻薬、地域活動等に関する警察作用)に分類可能である。

警察行政は、決して国家公安委員会指揮下の警察が独占するものではない。厚生、労働、通産、農水、建設等、ほとんどの省庁は、保安警察活動を行う。

また、社会通念的には警察の典型である犯罪の捜査、被疑者の逮捕等の司法警察(刑事警察)は、刑事訴訟法189条1項等の規定により特に警察職員の権限とされるのであって、本来の警察概念には該当しない。

(1) 警察作用を支配する原則:

警察は、侵害行政の典型であるので、我が憲法の採用する法治主義の下においては、警察権は、常に法律の根拠なくして行使することができない。そればかりでなく、法律の根拠がある場合にも、次のような諸原則に基づく制約に服して活動する必要がある。

@ 警察消極の原則:

警察権は自由主義の下、法の定める目的に限って行使可能である。例えば、食品衛生法上の警察権はあくまでも食品衛生確保目的でのみ行使が認められ、食品店相互間の過当競争防止等には使用できない。

A 警察責任の原則:

警察権は、警察違反Polizeiwidrigkeitの状態にあるときに、その状態発生に警察責任Polizeihaftungある者に対してのみ発動しうる。この原則から、重要な3つの派生原則が導かれる。すなわち、私生活不可侵の原則、私住所不可侵の原則、民事不介入の原則である。

B 警察比例の原則:

警察権は、除去されるべき障害に対比して、普通の社会人を標準として是認できる程度にとどまらなければならない。その発動は、通常の社会人が耐え難いとみなすほどの障害が発生して初めて是認され、警察強制の強度も侵害の程度に応じて最低必要限度にとどまらねばならない。

(2) 警察行政の強制力:

警察行政も租税行政と同じように対国民的強制力を伴う点に大きな特徴がある。その典型として、警察官職務執行法が認める職務質問の権限を紹介すると、警察官は、

(A)異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯した(又は犯そうとしている)と疑うに足りる相当の理由のある者、

(B)犯罪について知っていると認められる者(犯行の前後を問わない)、

のいずれかに該当する場合に限り、一般私人を停止させてこれに質問を発することが出来る。

質問はその場で行わなければならないが、本人に不利になる場合又は交通の妨げになる場合には付近の警察署等に同行を求めることが出来る。

ただし、当該私人は、刑事訴訟法の定める手続きに依らない限り、警察署等への連行、身柄の拘束、もしくは答弁を強要されない。

又、警察官は刑事訴訟法に従って逮捕した場合に限り、凶器所持の有無について身体検査ができる。

  第2 給付行政

〈ポイント〉

給付行政は福祉国家における活動の中心である。租税は、国民が負担するものである以上、国は、生活配慮 Daseinsvorsorge、すなわち国民生活に不可欠な事業を国として配慮することを通じて、国民福祉を積極的に向上、増進する義務を負う。給付行政とは、このための行政活動である。

[1] 給付行政の分類

(1) 供給行政:

一般に社会基盤事業とも言われる。健康な生活の基盤としての電気、ガス、上下水道、塵芥処理等の施設整備、文化的生活の基盤としての学校、公民館、図書館、公会堂、電話、郵便、テレビ、ラジオ等の施設整備、経済活動の基盤としての道路、鉄道、港湾等の施設整備や登記、登録、手形・小切手等取引の安全保護制度整備、安全な生活の基盤としての治山、治水事業、職場の安全確保のための保安監督制度整備等である。

(2) 社会福祉行政:

これは、大きく2つに分けることができる。一つは、生活保護、社会福祉等のように、特定の人だけを対象として国が保護の手を伸ばす必要のある分野あるいは社会全体の公衆衛生の水準を高める活動で、これらの場合には、国は税金を原資として実施する。

これに対し社会保険(健康保険、年金保険、労働保険)は、誰でも等しく給付を受ける可能性を有するから、民間の保険事業(商法629条以下参照)のために開発された保険技術を応用し、国民の相互扶助のため国が事業を行う点に特徴がある。

(3) 資金助成行政:

弱者保護のために国が直接、間接に国民に資金を供給するもので、補助金の交付、資金の貸付、出資、債務保障等の形態で行われる活動である。国民が住宅を建設したいと考えた場合の住宅金融公庫、抽象起業者のための中小企業金融公庫等からの融資はその1例である。

[2] 福祉国家における給付行政の重要性

 給付行政は上述の各分野にまたがる形で行われることが多い。例えば健康で文化的な生活を送る場としての住宅を供給する行政は、建築基準法や土地基本法などによる理念指導的行政や全体枠を決定する行政に始まり、地方公共団体による区画整理事業や住宅公団や地方公共団体による住宅建設のような供給行政や、住宅金融公庫や地方公共団体による低利資金の供給というような資金助成行政に及ぶ。

さらに、その中には生活困窮者等のための特別の住宅の建設や優先枠の運用等、社会福祉行政も含まれている。また、そうした行政を促進するために、国では地方公共団体等に補助金を給付する。

 これらは何れも大変な費用を要する事業である。国の一般会計を見ると社会保障関係費、公共事業関係費、文教関係費はいずれの年度でも、防衛関係費を大幅に上回っている。

実は、防衛関係費のかなりの部分も、例えば基地周辺対策事業のように給付行政的な機能を持っており、これら以外の細かな支出の中にも給付行政は隠れている。

また、特別会計や公庫、公団、事業団の活動の多くもこれに該当し、さらにNTTやJR、NHK、電力会社、ガス会社等の公企業の活動はすべてがこれに該当し、最後に地方公共団体の負担分が上乗せになるのであるから、全体としての支出は非常に巨大なものであることが理解できよう。

国ないし地方公共団体が徴収した税金のほとんどは、この分野で使用されている。さらに、民間で行う公益事業に対する特許や許認可等も給付行政の一環として理解できる。

  第3 社会経済活動

 国は社会の一員として、一般の企業と同様の社会経済活動を行う。その活動に必要な人的資源を確保すべく公務員を雇用し、物的資源を確保すべく用地を購入し、庁舎を建設し、机、図書その他必要な物品等を購入する。また、国有林野事業における材木の販売、大蔵省印刷局による図書の出版或いは不要物品の売却はその一例である。

なお、社会経済活動の形式を採りつつ、実質的は給付行政であることが多い。中小企業の保護育成のため、物品の調達に関する入札を中小企業者に限って実施したり(官公需についての中小企業者の受注の確保に関する法律)、災害被災者だけに国の物品を売り渡したり(予算決算及び会計令99条13号等)する等がそれである。

 第3節 行政の行為形式

〈ポイント〉

今日では、行政は単にお上の命令という形で実施されるのではなく、その活動内容に応じて、行政計画、行政行為(行政処分)、行政指導、契約など、多彩な方法が駆使されるようになっている。

  第1 行政計画

〈ポイント〉

行政庁は、単に法律の規定を機械的に実施するのではなく、実施に先立ち、その実施手順等を計画の形で詳細に決定し、それに基づいて行うのが通常である。単純な場合には、それは行政庁内部にのみ効力を有する内部法の性格を有するに過ぎないが、大規模なものになると、対国民的な影響力を持つものとして理解する必要が出てくる。行政計画には、法律より上位に立つものと、法律の下位に立つものの2類型が存在する。

[1] 法律の上位に立つ行政計画

 内閣ないし各省庁は、特定の事業に関する長期計画や複数の省庁にまたがる総合計画を立案する。例えば前者には道路整備計画や住宅整備計画等があり、後者には全国的な規模のものとしては国土総合開発計画等があり、地方的な規模のものとしては横浜港再開発計画(みなと未来21)等がある。

 これらの計画では、その計画実行の母胎となる団体を設立したり、省庁の権限を変更したり、対国民的な規制を行ったりする必要がある部分については法律を制定する必要が生ずる。しかし、行政庁内部の調整や政策実施に当たって、内部的に意思を統一する目的で作られる要綱等まで法律化する必要はない。したがって、法律は、計画の一部機能のみを計画実現のために定められる。

こうした法律は、単にそうした行政活動の一翼を担うものに過ぎない。そうした法律の解釈は、その上位の行政計画によって決定される。こうして、今日においては、法治主義の逆転というべき現象が発生する。

[2] 法律の下位に立つ行政計画

 大規模な公共事業等の実施に当たっては、長期的に安定した事業活動を行う必要がある。そこで、法律で、行政庁に事業実施の地域、事業の内容、実施手順等について考慮した計画を立案し、それに従って事業を実施するように命じている場合がある。

都市計画や土地区画整理事業計画等がある。計画が公告されると、計画対象地域内では住宅の新築や増改築などが原則的に禁じられる(都市計画法65条等)など、地域住民に対する影響が大きいので、法は、行政庁が一方的に決定してはならず、事前に公聴会の開催(都市計画法16条等)や、計画内容の縦覧を行うと定めている(都市計画法17条等)。

 従来、最高裁は、行政計画は単なる青写真であって、直接国民を拘束するものではないから、その段階では行政訴訟により争うことはできないとしていた(最高裁大法廷昭41・2・23民集20・2・271)。

しかし、上記のとおり拘束力のあるものを単なる青写真と解するのは疑問である。近時は小法廷判決ではあるが、計画の国民に対する拘束力を肯定するものも出ている(例えば、土地区画整理組合設立許可に関し第3小法廷昭和60・12・17民集39・8・1821、都市計画事業許可に関し第1小法廷平成4・11・26民集46・8・2658)。

  第2 行政行為(行政処分)

〈ポイント〉

侵害行政における典型的な活動形式であるが、給付行政や社会経済活動でも使用される。例えば国が補助金を支給する行為は、その実態は負担付き贈与契約であろうが、行政処分として行われ(補助金等適正化法参照)、また、公務員採用行為もその実態は労働者の雇用契約と考えるべきであるが、やはり行政処分として行われる(国家公務員法参照)。

 行政行為 Verwaltungsakt とは、講学上の概念であって「行政庁が、行政目的を実現するために、法律によって認められた権能に基づいて、その1方的な判断で国民の権利義務その他の法的地位を具体的に決定する行為」とされる。民法上の法律行為ないしは国会の立法行為、裁判所の司法行為に対比させて、行政活動の特徴を示す概念である。

実定法上は、行政処分という語が使われることが多い(例えば行政手続法2条、行政事件訴訟法3条等)。

[1] 行政行為の種類

 行政行為には様々の種類がある。それを分類すると次表のとおりである。

行政行為の分類

下命及び禁止
  命令的行為 許可
  法律行為的行政行為   免除
    特許(及びその変更・剥権)
行政行為     形成的行為 認可
  代理
  確認
  準法律行為的行政行為   公証
通知
受理


(1) 法律行為的行政行為:

私法上の法律行為と同様、行政庁が一定の法律効果の発生を意欲し、その意思を対外的に表示すると、それに応じて意欲した法律効果が発生するという行政行為である。行政庁が、一定の裁量を行うとそれに応じた法律効果が発生するのである。これを行政裁量という。

@ 命令的行為:

人は生まれながらにして自由である。しかし、その活動の自由を国民の代表者である国会の定めた法律や地方公共団体の定めた条例で制限することができる。制限の形態としては、次の3種類がある。

 第1に、特定の場合に、国民に一定の作為・不作為を命ずるという方法がある。作為を命ずることを「下命」という。租税の賦課処分、警察官の職務質問などがその典型である。

不作為を命ずることを「禁止」という。保健所による飲食店の営業禁止、道路管理者による通行禁止等がその典型となる。

 第2に、原則として法律等ですべての国民にその自由を禁ずる(一般的禁止)こととした上で、特定の場合に行政庁が解除するという方法がある。これを「許可」といい、風俗営業の許可や小売市場の許可がこれである。

 第3に、原則として法律等ですべての国民に一定の作為義務を課した上で、特定の場合に、行政庁がこの作為義務を解除するという方法がある。これを「免除」といい、児童の就学の免除や、納税の猶予などがこれに当たる。

A 形成的行為:

人が本来有していない新たな権利を法が作り出し、これを行政庁が与えたり奪ったりすることをいう。次の3種類がある。

 第1に、「特許」がある。これにはいくつかの異質の概念が含まれている。電気、水道、鉄道など、公益性が高く、市場における自由競争に委ねたのでは、国民の生活が脅かされる性質を持つ事業は、営業の自由には本来属さない。こうした事業を行うための許可を公企業に与えることを特許という。公企業が、施設を設けるための土地を収用する許可もまた特許である。

 土地所有権は、地面の下の使用収益権も含んでいる。しかし、鉱物資源はわが国にとって貴重であるので、その採掘の権利を土地所有権から切り離し、国が独占的に保有した(鉱業法2条)上で、特定の私人に採掘権を与えることにしている。この鉱業権設定の許可も、特許の一種と考えられている。

 公務員の採用も、一般国民に当然に公務員になる権利があるわけではないので、やはり特許の一種と考えられる。同様に、公有地を利用する権利も一般国民に本来あるわけではないので、その利用許可も特許の一種である。河川の占用許可、公用水面の埋め立て許可等がこれに属する。

 特許の内容を変更し、あるいは一度与えた特許を取り消す(剥権)行為も、特許を与える行為と同様、形成的行為に該当する。

 第2に、「認可」がある。第三者の行為を補充して、その法律上の行為を完成させる行為である。例えば、農地売買の自由は、大規模な不在地主を発生させ、小作人搾取という問題が発生するという過去の経験から、農地の所有者を、土地を自ら耕作する者に限定する(農地法1条)。その確認のため、農地の売買は当事者の合意のみでは完成せず、農業委員会等の許可を必要とする(農業法3条)。この許可も、当事者の売買を補完して完成させるという意味で、認可の一種となる。また、商品やサービスの提供価格は、その事業者が自由に決定するのが原則であるが、公企業の場合には、その公共性から、料金決定の妥当性確保のため、行政庁の認可の対象とされている。

 第3に、「代理」がある。当事者がすべき行為を国が代わって行った場合に、その効果が直接当事者に帰属する場合をいう。公企業が土地を購入しようとするが当事者間で話し合いがまとまらない場合に行われる、土地収用法に基づく土地収容委員会による裁決がその典型とされる。

(2) 準法律行為的行政行為:

行政庁が一定の結果を意欲したのではなく、それ以外の判断や認識を示したに過ぎないが、これに法律が一定の法的効果を結びつけた結果、全体として行政行為とされるものを、私法上の準法律行為に準じて、準法律行為的行政行為と呼ぶ。これには次の4種類がある。

 第1に、「確認」がある。特定の事実の存在を行政庁が確認すると、法が一定の効果を与えることをいう。例えば建築確認申請に対して建築確認を与えると建築工事を開始できるという効果が発生する(建築基準法6条)。特許庁が発明の新規性を確認すると、特許権という財産権が発生する。

 第2に、「公証」がある。特定の事実又は法律関係の存在を行政庁が公に証明すると、法が一定の効果を与えることをいう。例えば土地所有権その他の物権の存在を、登記することで証明すると、第三者に対する対抗力が発生する(民法177条)。旅券の発行により日本国民であることを国が証明すると、それにより海外渡航が可能になることなどがこれである。

 第3に、「通知」がある。特定ないし不特定の人に対して、特定の事実を知らしめる行為をした場合に、法が一定の効果を与えることをいう。特定人に対する通知として、租税の滞納者に対する納税の督促がある。これにより滞納処分に移行することが可能になる。不特定人に対する通知は通常、公告の形で行われる。例えば契約担当官等は入札により一般競争を行おうとするときは、官報等に所定の事実を公告しなければならない(予算決算及び会計令74条)。それにより、入札を行うことが可能になる。

 第4に、「受理」がある。国民からの行為を有効なものとして受理すると、法がこれに一定の効果を与えることをいう。例えば婚姻届を受理すると、これにより婚姻の効果が発生する(民法739条)。

[2] 行政行為の効力

(1) 公定力と不可争力:ある行政活動を、行政行為とするとき、生ずる最大の効果は、それに関する紛争が行政事件訴訟法の対象となるという点である。それに伴い、様々な特殊性が行政行為には認められることになる。

 一般に、違法な行為は無効である。その結果、民事事件では、違法行為があった場合、訴訟は、それが無効であることを前提として提起される。たとえば、民間企業に勤務する者が労働法の定めに反して解雇されたとする。その場合、解雇された者は、その解雇が無効であることを前提として賃金の支払請求訴訟を提起することになる。

しかし、公務員が違法に免職処分をされた場合には、当該公務員はまず、その免職行為の取消訴訟を提起しなければならない。いきなり賃金支払請求を提起しても、不適法として却下される。

 行政行為の持つこのような効力を「公定力」という(行訴8条以下参照)。また、取消訴訟は、行政行為があったことを知ったときから3ヶ月以内で、原則として行政行為後1年以内に提起しなければならない(行訴14条参照)。この期間が経過してしまえば、その無効を争えなくなる。これを「不可争力」という。

 これらの効力が行政行為に認められるのは、国の行政行為を、各個人が自らの判断で違法=無効と考え、それに服従することを拒否する権限を認めるときは、行政行為によって実現しようとする社会的危険の除去その他の公益の円滑な実現が妨げられたり、人々の行政行為に対する信頼が傷つけられて社会生活の安定が損なわれるおそれがあるからである。

そこで、実定法は、行政行為が例え無効のものであっても、正式に取り消されるまでは一律に有効なものとして扱うことにしたと考えられる。すなわち、公定力や不可争力は、実定法によって行政行為に与えられた仮の効力であって、単なる推定力ではない。

 ただし、これらの効力は、社会の人々が、有効な行政行為が存在すると認識できない程に不完全な場合には認められない。その場合にも公定力等を強制すると、却って行政行為に対する信頼を失墜すると考えられるからである。したがってそうした行政行為は当初から無効と扱われる(行訴法3条4項参照)。

(2) 自力執行力:

租税の滞納処分のように、行政行為には、その処分内容の実現を、裁判所の判決その他の債務名義を得ることなく、行政行為そのものを債務名義として強制執行する力のことをいう。しかし、行政行為であれば必ず自力執行力があるわけではなく、それには法律の根拠が必要である。

  第3 行政指導

 夜警国家では、行政庁は国民の活動に対してできるだけ干渉しないことがよいとされた。自由=国の干渉のない状態の下では、神の見えざる手に導かれて、自ずと最善の状態になると考えられたからである。そこで、法が行政庁に行動を要求していない場合には、活動すべきではないと考えられていた。

 これに対し、福祉国家においては、国は国民の福祉の向上に向けて積極的に努力する義務を負う。しかも、わが国のように社会状況の変遷の激しい国においては、新たに発生した事態に対して、従来の法律では有効適切に対応できないことが多い。

そうした場合でも、行政庁は法律がなければ何もしないでよいわけではなく、可能な限りの手段を使って国民の福祉の向上に向けて努力しなければならない。また、法律により行政処分を行いうる場合であっても、国民の側が自主的に実施する方が、行政庁の強制で行う場合よりもより迅速で良好な結果を期待できる。

こういうことから、行政庁は、助言、勧告、指導というような表現で行政側の意思を説明し、行政目的の実現のために行政庁が望んでいる方向に、国民に自主的に活動するよう促すことがある。こうした国の行為を総称して「行政指導」と呼ぶ(行政手続法2条6号)。

 行政指導はしばしば濫用されることがあるが、行政処分ではないため、それにより権利を侵害されても、裁判による救済を得ることができない。これに法治主義の網を被せることが、行政手続法の立法趣旨の一つである。

そこで、行政指導は、その組織法上の権限に属さなければ行えず、相手の任意の協力を求める行為であるから、相手が指導に従う意思がないことを明らかにしているのに執拗に繰り返したり、指導に従わないことを理由に不利益な取扱いをしたり、当該行政指導と直接関係のない許認可権などを背景に遵守を強要したりしてはならない(同法32条以下参照)。

許認可権を背景とした行政指導の強要に関しては、マンション建築に当たって建築確認を行わなかったことが違法とされた例(最判昭和60・7・16民集39巻5号989頁参照)、指導強要の手段として水道を接続させなかったことが違法として刑事罰を課された例(最高裁判所決定平成元年11月8日判時1328号16頁参照)等がある。

  第4 行政契約

 近時、契約は、様々な形で行政活動の有用な一手段となってきている。

 第1に、私経済活動は契約の形態で行うのが普通である。庁舎の建築請負契約や机その他の備品や紙その他の消耗品の購入契約等がある。そうした契約が実質的には給付行政の機能を果たすことがあり、また、公共契約の全面的な前倒し実施のように、景気対策として機能することもある。

 第2に、給付行政に属する活動には、契約の形式で行うものが多い。水道水の供給は、給水契約によるとされている(水道法15条)が、そうした明文がない場合にも、供給行政や資金助成行政は一般に契約と理解されている。

 第3に、最近増えてきたものとして、行政活動そのものを民間に委託して行うための手段としての契約がある。住民の利便のため、公民館や図書館を日曜解放する手段として公務員ではない者に業務を委託するものから始まって、廃棄物の処理や庁舎の管理など、幅広い分野で契約が利用されている。

 第4に、行政指導の結果、成立した合意を法的効力あるものとするために締結される契約が近時出現してきた。いくつかの例を挙げてみよう。

@ 大都市近郊の市町村で、民間の開発業者による住宅建設に当たり、市町村からの行政指導で、新住民のための公園、学校等建設費用の一部として、業者から市町村に一定の金員を寄付するとの行政契約を締結する場合がある。

A 地方公共団体が公害を発生するおそれのある事業活動を営む事業者と公害防止に関する措置について折衝し、成立した合意を契約の形にしたものもある(いわゆる公害防止協定)。原子力発電所とその周辺地方公共団体が締結する安全協定などもこの一種と理解できるであろう。

 第5に、こうした契約が行われることに着目して、法がそうした契約に一定の法的効力を与えるようになっている。市町村が、その住宅地等の環境改善のために、土地所有者等との間で締結する建築協定(建築基準法69条以下参照)や、同様に良好な土地の環境の確保のため、土地所有者等の全員の合意で締結される緑化協定(都市緑地保全法14条以下参照)がその例である。

 行政契約は、行政活動の1手段であるから、私人間の契約と異なり、契約自由の原則が制限される。法に許容された場合を除き、差別的取扱いは許されない。特に給付行政の実現手段として行われる契約については、契約の締結が義務づけられる。例えば、ある団体に公会堂の使用を認めると、その反対勢力によって混乱が予想される場合にも、その団体自体が混乱を起こすのではない以上、拒否することは許されない。

第3章 行政救済法

〈ポイント〉

国民が不当又は違法な行政活動によって被害を受けた場合には、迅速かつ的確な救済を行う必要がある。それは同時に行政の適正な運営を保障する手段でもある。その手段は大別して、行政庁自身による救済と、裁判所による救済に分けることができる。

 第1節 行政不服審査

〈ポイント〉

国民が行政活動に対して不服を申し立てる場合、法は、審査請求と異議申立ての2種類の方法を用意している。審査請求が原則である。

 行政に対する不服に関する基本法は、行政不服審査法という(以下、本款では単に「法」という。)。行政に対する不服は大別すれば2通りある。

 第1は作為による場合、すなわち、行政庁が行政処分をした場合に、それに不服がある場合である。処分に対する不服は、国会の議決その他法4条に定める例外又は個別の法律で定める例外の場合を除き、常に不服申立てをすることができる。法は、この場合の担当行政庁を「処分庁」と呼ぶ。

 第2は、不作為、すなわち行政庁が行政処分を行う義務があるのに、国民が申請をして相当期間が過ぎても行政処分を行わない場合である。法は、この場合の担当行政庁を「不作為庁」と呼ぶ。以下、本款では処分庁と不作為庁の双方をいうときは「処分庁等」と呼ぶこととする。

  第1 審査請求

 処分庁等以外の行政庁に対して行う不服申立てをいう。これが不服申立ての原則的方法である。審査請求は、次の場合にできる。

 第1に、処分庁等に上級行政庁があるときである。上級行政庁とは行政組織ないし行政手続きにおいて処分庁等の上位にあり、その行政目的達成のため、当該行政事務に関して一般的、直接的に処分庁等を指揮監督する権限を有するものをいう(大阪高判昭57・7・15行裁33・7・1532)。

したがって、処分庁等が主任の大臣であるとき、又は外局(その外局を含む。)の長であるときは、これが最上級庁であるから、審査請求の対象とはならず、次に述べる異議申立ての対象となる(法5条1項、同7条)。

 第2に、これ以外でも法律に審査請求ができると定められているときである(法5条2項)。例えば国の会計経理について利害関係に人に不服があれば、会計検査院に審査請求することができる(会計検査院法35条)。

 上級行政庁が複数あるときは、原則として直近上級行政庁に対して審査請求を行う。ただし、法律に特別の定めにより、特定の行政庁に対してしか審査請求できない場合がある(法5条3項)。

例えば国家公務員に対して意に反する降給等の処分があった場合には、人事院に対してしか審査請求をすることができない(国公法90条)。審査請求は、行政処分があったことを知ったときから原則として60日以内にしなければならない(法14条)。

  第2 異議申立て

 処分庁等そのものに対して行う不服申立てをいう。既に行われた行政処分に対する不服の場合には、処分庁自身に、自らの行為の客観的な再評価を行うことは一般に困難であるから、例外的な場合に認められる。

すなわち、処分庁に上級行政庁がないとき、または主任の国務大臣もしくは外局の長であるとき、もしくは法律で特別に異議申立てができるとされている場合である(法6条)。

例えば、市町村の公務員が、市町村長のした給与に関する処分に不服がある場合には、都道府県知事に審査請求することもできるが、市町村長に対して異議申立てをすることもできる(地自法206条1項)。

 これに対して、不作為の場合には、申立てをする者の選択により、異議申立てと審査請求のいずれも選択できる(法7条)。

  第3 行政庁の教示義務

 不服申立てをどの官庁がどのように行うかは、法制度によって異なり、相当複雑な問題なので、行政庁は、処分を行う場合には、必ず、処分の相手方に、当該処分に対する不服申立てをすべき行政庁及び期間を教示しなければならない(法57条)。

教示をしなかった場合には、そのこと自体に対して不服申立てをすることができる(法58条)。また、行政庁が、審査庁でない行政庁を審査庁として教示したり、誤った申立期間を教示したりしたときは、申立ては行政庁側の責任で是正されることになる(法18条、19条)。

 第2節 行政事件訴訟

〈ポイント〉

行政事件は、現行憲法の制定当初は特別の法律は設けられず、通常の民事訴訟の一環として行われていた。が、通常の民事訴訟と異なり、行政権の行使をめぐる紛争であるため、公共の利益にかかわる点が大きいというその特殊性が徐々に認識されるようになり、行政事件訴訟法(以下、本項では「法」という)が定められた。しかし、基本的手続においては民事訴訟と同一であり、若干の点だけ異なる手続が定められているという点では今日でも変わらない(法7条参照)。

  第1 行政事件訴訟の種類

 法は、行政事件訴訟として抗告訴訟、当事者訴訟、民集訴訟及び機関訴訟の4種を予定している。前2者は個々の国民の権利利益を保護するための主観訴訟であり、後2者は、それ以外の利益のための客観訴訟に属する。

[1] 抗告訴訟(法3条)

 抗告訴訟とは行政庁の公権力の行使に対する不服の訴訟をいう(1項)。

(1) 処分の取消の訴え(2項):行政庁の処分その他、公権力の行使に当たる行為により不利益を受けた者が、その取消を求める訴えをいう。

 行政処分ないしそれに類するものによって不利益を受けたものでなければ訴えを提起できない。その場合、不服申立てと訴訟のいずれで争うかは原則として国民の選択による(法8条)。ただし、審査請求の前置が法律上必要とされる場合も存在する。例えば、公務員の降給処分等については人事院への審査請求が訴訟に前置される(国公法92条の2)。

 訴えは処分があったときから3ヶ月を経過したときには提起することができない(法14条)。その結果、行政行為は確定し争うことができなくなる。

(2) 裁決の取消の訴え(3項):

行政不服審査、すなわち審査請求ないし異議申立ての結果出された裁決、決定等の取消を求める訴えをいう。処分庁の行為(原処分)そのものではなく、不服審査の結果に対する訴えである。行政処分に対して不服申立てをした場合には、原則として処分取消の訴えしか提起できない(法10条2項)。

したがって、裁決取消の訴えが提起できるのは、裁決権限、手続、形式の瑕疵など、裁決に固有の瑕疵を問題とする場合に限られることになる(最判昭62・4・21民集41・3・309)

。ただし、例外的に、法律の定めるところにより、原処分ではなく、裁決に対してしか訴えが提起できない場合がある。例えば、選挙関係の争訟は、選挙管理委員会を相手方として訴訟を起こさなければならない(公選法204条)。不服申立ての審査の方が、原処分よりも厳格な審査を行っているためである。

(3) 無効等確認の訴え(4項):

行政行為が無効ないし不存在であって、公定力、不可争力などを欠く場合に、その確認を求めて提起される訴えである。行政行為の無効等の場合には、通常は民事訴訟あるいは次に述べる当事者訴訟を提起し、その争点の一つとして無効等を主張すれば十分なので、無効等の確認の訴えを提起できない。そこで、この訴えが提起できるのは、当該処分又は裁決に続き処分により損害を受けるおそれのある場合か、普通の現在の法律関係の訴えでは目的を達することができない場合かに限られる(法36条)。例としては、前者では、滞納処分を受けるおそれのある場合(最判昭和51・4・27民集30・3・384)、後者では高速増殖炉もんじゅの事故等がもたらす災害により生命・身体等に直接的かつ重大な被害を受けるおそれのある場合(最判平成4・9・22民集46・6・1090)がある。

(4) 不作為の違法確認の訴え(5項):行政庁が法令等に基づく申請に対し、相当の期間内に何らかの処分又は裁決をすべきにもかかわらず、これをしないことについての違法の確認を求める訴えをいう。

しかし、不作為の違法を確認しても、それにより裁判所が行政庁に代わって直接行政処分ができるわけではない。

したがって、不作為の違法が確認されてもなお行政庁が不作為を続けている場合には、それを法的に強制することはできない。遅延に対して間接強制をすることはできるが、行政庁には国民の租税を背景とした無限の資力があるので、それが実効性を有するとは限らない。

(5) 無名抗告訴訟:

法の予定する類型のいずれにも当てはまらない場合でも、行政庁の公権力行使に不服があれば訴えることができる。これを「無名抗告訴訟」という。何がこの範疇で許されるかについては、学説は必ずしも一致していないが、代表的なものとして義務づけ訴訟と差止訴訟がある。

@ 義務づけ訴訟:

不作為の違法確認の訴えの有効性に欠ける点を補うべく、裁判所に行政庁に一定の作為を直接義務づけるという訴訟である。こうした訴訟が認められるか否かは、三権分立制と関連する。

判例は原則的にこの訴訟は認められないとしつつ、「例外的に、先行処分の取消判決の違法とした理由以外の理由をもつて再び同一の拒否処分をなす余地がなく、申請に応じた処分をなすべき行政庁の作為義務の存在が一義的に明白であり、且つ事前の司法審査によらなければ、当事者の権利救済が得られず、回復しがたい損害を及ぼすというような緊急の必要性があると認められる場合」には、許されるとした(大阪高裁昭50・11・10民集36・7・1452)。

A 差止訴訟:

行政庁が将来処分を行うおそれがあるという場合に、処分の実施を事前に差し止めることを目的とする訴訟である。これも、義務づけ訴訟と同様に、三権分立との関係が問題となる。

最高裁は、原則的に否定しつつ、「処分を受けてからこれに関する訴訟のなかで事後的に義務の存否を争つたのでは回復しがたい重大な損害を被るおそれがある等、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がある場合」には、差止訴訟を提起することもできるとした(最判昭47・11・30民集26・9・1746)。

[2] 当事者訴訟(法4条)

 当事者間の公法上の訴訟をいう。通常の民事訴訟とは、争いの対象が公法上の問題という点でのみ相違する。公法私法二元論によるときは、こうした訴訟類型を認めないと公法上の争いを提起することができない場合がでるので、特に法定されたのである。

しかし、今日のように公法と私法が相対的に理解される場合には、この類型を利用する必要は低い。実際の運用を見ても、公務員の地位の確認とか、俸給支払い請求などが取り扱われているに止まる。

ただし、こうした実質的当事者訴訟以外に、法令で当事者訴訟の形式を利用するように定めているものがある。土地収用に際して収用委員会の定めた補償金の額に付き不服のある者は、本来ならば当該収用委員会の採決の取消の訴えを提起すべきであろうが、土地収用法は、直接相手方に対して(例えば、土地所有者が起業者に対して)当事者訴訟を提起するものと定めている(土地収用法133条)。これを形式的当事者訴訟という。

[3] 民衆訴訟(法5条)

 国等の機関の法規に適合しない行為の是正を求めて、自己の法律上の利益とは関係なく提起する訴訟をいう。これは本来的な意味での「法律上の争訟」(裁判所法3条)には該当しない、いわゆる客観訴訟なので、特に法律で定められている場合の外は提起することができない(法42条)。

選挙訴訟(選挙区の住民が、その選挙区における選挙の効力に異議がある場合に、選挙管理委員会を相手取って提起する=公選法202条以下)及び

住民訴訟(地方公共団体の住民が、当該地方公共団体において違法若しくは不当な公金の支出、財産の取得等があった場合に提起する=地自法242の2)が代表的である。

[4] 機関訴訟(法6条)

 国又は地方公共団体の機関相互における権限の存否又はその行使に関する訴えをいう。これも客観訴訟の一種であり、法定の場合に法定の者しか訴えを提起することができない。

例えば、沖縄県知事が土地収用における代理署名を拒否した場合に国が署名するように求めて提起する訴えなどがこれに当たる(地自法151条の2第4項)。

  第2 行政事件訴訟の特殊性

[1] 内閣総理大臣の異議(法27条)

 処分取消の訴えがあった場合、それにより行政処分の効力は直ちに停止されない。したがって、行政庁は処分等を続行できる。しかし、例えば特定の日にデモ行進する許可を求めて地方公安委員会に許可を申請したにもかかわらず、不許可になった場合には、その日を過ぎてしまえば、そもそも訴訟を継続する意味そのものが失われてしまう。

このように、処分等の続行による回復の困難な損害を避けるために緊急の必要がある場合には、裁判所は、申立てにより、その処分の執行の停止を命じることができる(法25条2項)。

 この場合に、内閣総理大臣は異議を申し立てることができる。この申立てがあった場合には裁判所は処分の執行停止をすることができず、既に執行停止の決定をしているときは、これを取り消さなければならない。

[2] 事情判決(法31条)

 取消訴訟において、処分又は裁決が違法であるが、これを取り消すことが公の利益に著しい障害を与え、処分又は裁決を取り消すことが公共の福祉に適合しないと認めるときは、原告の受ける損害の程度やその損害に対する賠償その他一切の事情を考慮した上で、請求を棄却する判決を下すことができる。

例えば、土地改良事業は多くの人の権利関係に影響し、巨額の費用を必要とするものなので、その完成後は、その施行の認可の取消は、事情判決の対象になる(例えば最判平成4・1・24民集46・1・54)。

 第3節 国家補償

〈ポイント〉

 国または地方公共団体(以下、単に「国」という)の活動により、国民に損害が生じた場合には、正義と公平という観点から、被害者を救済し、負担を国民一般に分散するため、国としてこれを補填する必要がある。このための制度を国家保障法と総称する。わが国の国家保障法は、大別して損害賠償制度と損失補償制度の二つから成り立っている。

[1] 国家賠償

 かっては、国王は悪を為さずKing can do no wrongといわれ、国の活動により私人が損害を被っても一切の賠償がなされなかった。しかし、今日の個人主義憲法の下では、国が賠償責任を負うのは当然である(憲法17条)。国家賠償法1条は公務員が公務を行うに当たって国民に損害を加えた場合に限定していたが、判例は、同条を柔軟に解して、およそ国の違法な行為により国民が損害を負った場合に、ひろく賠償責任を認めている。

 その場合、公務員は、公務の執行の結果に対して個人的責任を負う場合には、消極的に行動する傾向がもたらされるおそれがあり、積極行政を求める福祉国家の理念に合致しなくなるおそれがある。したがって、公務員個人に対して責任を追及することはできない(最判昭和30・4・19民集9・5・534)。そして、公務員が故意又は重大な過失があった場合に限って、国は公務員に対して求償できる(国家賠償法1条2項)。

 公の営造物の場合には、国家賠償法は、その設置又は管理に瑕疵があった場合に国が賠償責任を負うとする無過失責任の原則を採用した(同法2項)。すなわち、この設置又は管理の瑕疵とは営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいう(最判昭和45・8・20民集24・9・1268)から、その安全性の欠如について国の過失は必要としない。

営造物という言葉は、行政法学の通常の用法では公共の用に供するための人的・物的施設よりなる事業体をいうが、同法の場合には、道路、河川という例示から、公物、すなわち国が公用又は公共の用に供している有体物をいうと解されている。

[2]損失補償

 損失補償制度は、現行憲法上明確に根拠があるものは、二つある。

 第一は、適法な国の活動によって国民の財産に損害が生じた場合に、国に損失を補償する責任を認めるものである(憲法29条3項)。この場合、国家賠償法のような統一的な法律はなく、様々な特別の法律において、個別に保障規定をおいている。かっては、法律にそうした規定がない場合には救済が不可能と考えられていたが、最高裁判決(昭43・11・27刑集22巻12号1402頁)により、29条3項そのものに基づいて直接損失補償請求が認められた。すなわち統一法典がないことにより発生する問題を、憲法そのものによって補完している。

 第二は、刑事事件に関して無罪の裁判を受けたときに、それによって受けた損失の補償を行うものである(憲法40条)。具体的には刑事補償法の定めるところにより、国にその補償を求めることができる。

 しかし、これ以外の場合にも、国がその正当な活動により個人の非財産的権利を侵害する必要が生じた場合が多々あり、その場合にも損失補償が認められている。例えば、予防接種の結果、疾病にかかり、傷害が残ったり、死亡した場合には、国が損失補償を行う(予防接種法16条)。

 

第4節 情報公開請求

 現代社会国家においては、行政庁は膨大な情報を保有して、それに基づいて行政活動を行っている。主権者たる国民は、そうした情報なくして国政の運営の当否を適切に判断することはできない。そこで、1998年に法律が制定され、あらゆる人に、行政情報の公開請求権が認められるようになった(行政機関の保有する情報の公開に関する法律)。ただし、そうした情報は国家秘密やプライバシーなどに関連していることが多いので、そのような場合には、情報公開を拒絶することも認められている。