鑑 定 書

 

 甲斐素直

 

[問題の所在] 

 出納官吏とは、現金の出納保管を掌る職員をいう(会計法39条)。また、出納員とは、出納官吏以外の職員であって現金の出納保管の事務を取り扱うものをいう(会計法40条)。以下、本鑑定書では、両者を併せて「出納官吏等」という。

 出納官吏等が、その管理する現金を亡失する事故を起こした場合に、その事故によって国に加えた損害を賠償する責任が、会計法第41条及び会計検査院法32条に定められている。これを「弁償責任」という。およそ公務員が、その職務の執行に当たり国に対して損害を加えた場合には、民法709条の定めるところにより損害賠償責任を負っているが、出納官吏等の場合には、この民事上の責任とは別に、ここに定められている特殊な賠償責任を負うものである*1

 現行財政法制度の下においては、国庫金は原則として日本銀行を通じて受け払いがなされるため、公務員が現金を取り扱う場合は、通常生じない。その結果、現行法制下では、出納官吏には、収入官吏、資金前渡官吏、歳入歳出外現金出納官吏及び繰替払等出納官吏の4種類があるに過ぎない(出納官吏事務規程1条)。

 収入官吏は歳入金の収納を行う出納官吏である。が、現在では、国家歳入のほとんどは租税収入又は収入印紙売り払い収入の形をとるため、収入官吏が取り扱う歳入金はわずかな件数にとどまる。資金前渡官吏は、国の機関が日本銀行を経由せずに直接現金の支払いを行わねば事務の取扱いに支障を生ずる例外的な場合に、それに必要な少額の現金を扱うにすぎない。この結果、これらの出納官吏等に関して、現金の亡失事故が起きることは滅多にない。

 歳入歳出外現金出納官吏は、歳入歳出外現金の出納を行う出納官吏である。歳入歳出外現金とは歳入金及び歳出金以外の現金、すなわち公金ではなく、国家が保管している私人の金銭の意味である。具体的には郵便貯金等、資金運用部預託金、保管金及び供託金等の三者である。最後の繰替払等出納官吏は、歳入金、歳出金及び歳入歳出外現金を一団として経理し、振り替え及び繰り替え計算をもって受け払いを行う出納官吏である。すなわち、歳入歳出外現金を取り扱う出納官吏に対して、併せて国庫金の取り扱いも求める場合がこれにあたる。現在、この出納官吏は郵政官署にのみ置かれている。これらの出納官吏の場合、取り扱う現金の件数そのものが膨大なものとなるので、事故が起きる可能性も高まる。この結果、現金の亡失事故を起こす出納官吏は、現実問題として、歳入歳出外現金出納官吏及び繰替払等出納官吏に限られることとなる。

 毎年、年末に会計検査院から内閣に提出されるその前年度分の決算検査報告をみても、現金亡失事故は、供託金や保釈金取扱いの関係から裁判所や法務省などで若干発生する他は、ほとんどすべてが郵政省に集中している。最近十年間に会計検査院が有責任と検定して弁償責任を課されたのは、郵政職員のみである(本鑑定書末尾添付資料参照)。その意味で、本件で問題となる弁償責任制度は、郵政職員のためだけに存在している制度といっても過言ではない。

 なにゆえ、このように極端に適用範囲の狭い特殊な責任制度が、会計法という一般法の中に存在しているのであろうか。

 簡単にそれを説明すれば、それはわが国が明治憲法下で様々な外国法を継受する過程で、わが国の他の法体系とは異質な法制度が導入され、今日までその命脈を保ってきた結果である。本来のそれは、国庫金に関する銀行制度が存在しない法体系の下で、公金管理の適正を出納官吏に無過失責任を課するという手段により確保するべく、制定された制度である。したがって、現在のわが国のように、もっぱら国の管理する私人の金員の保管に適用され、しかも民事責任と同質の注意義務を課するにすぎない制度においては、民事責任とは別個に独自の制度として存続させる意義はきわめて乏しいといわねばならない。現行法制下において、独自の制度としての意義は、会計検査院による検定という名称の事前審査制が設けられているという一点のみに存在しているといってよい。したがって、弁償責任制度の解釈・運用にあたっては、そうした歴史的経緯及び現実の機能を無視して、民事責任のみの場合に比べて、過大な負担を歳入歳出外現金出納官吏等に課することのないようにするよう、留意する要がある。

 

一 弁償責任の母法系

 わが国の現行財政法制度は、江戸時代に独自の発達を遂げた固有の制度的基礎の上に、明治維新以降に導入された外国法制度の強い影響を受けて形成されたものである。その影響は、フランス法系とドイツ法系という異質の法体系から与えられた点に大きな特徴がある。

 明治初期にわが国法制度に強い影響を与えたのは、フランス法系であり、財政法制度もまたその例外ではなかった。それは基本的にはナポレオン一世が制定した財政法体系であり、直接模範となったのは、ナポレオン三世の第二帝政時代のそれである。

 それらフランス財政法制度には、他国に例を見ないいくつかの特徴があった。その第一は、会計事務職員の権限を分割し、互の牽制により財政執行の適正を図るという点である。わが国現行法で、たとえば国費の支出に関係する行為を、支出負担行為担当官、支出負担行為認証官、支出官、出納官吏などの権限に分割して、その相互牽制で適正を期することが行われているが、それはこのフランス法から受けた影響の、今日における現れである。

 フランス財政法制度の特徴として、よく内部統制が強力であるということが言われるが、それはあくまでも、会計機関内部における相互牽制の域に留まるものであることに注意する必要がある。わが国をはじめとして、先進各国の財政法制度では、一般に強力な内部監査組織を設けて、それにより経理の不正や不当を防止する方策を採用しているが、フランス法系はそれを持たないのである。この内部監査の不存在は、今日に至るまでフランス財政法制度の大きな特徴であり続けている。

 第二は、外部財政監督組織もまた設けられていなかったという点である。確かに、他国の会計検査院に相当するクール・ド・コントCour des Comtesという名称の組織が、ナポレオン一世によって創設され、わが国がフランス法を継受した当時において、既に存在していた。しかし、クール・ド・コントは、今日的な意味での会計検査院と認められるような権限・性格を持つ機関ではなかった。その名称を日本語に直訳すれば「会計裁判所」となることに端的に示されているとおり、ナポレオン一世が制定した当時におけるその機関の権限は、本件でまさに問題となっている弁償責任を専門に扱う司法機関であった。すなわち、官金を扱う者の弁償責任を解除し、あるいは弁償責任額を決定する権限を有する機関であった。地位的には、行政裁判所であるコンセイユ・デタConseil d'Etaの下級審に過ぎなかった*2。第二帝政及び第三共和政の時期になって、クール・ド・コントは、わが国会計検査院に類似した一般的な財政監督権限も持つようになるが、それとても他国に見られる強力な外部財政監督機関のそれではなかった*3

 このように、弱体な内部統制と無いに等しい外部財政監督という、財政監督機能の弱さをカバーするために導入されたのが、フランス法独特の制度である出納官吏の弁償責任ということができる。

 今日のクール・ド・コントは、その職員に弁償責任事件を取り扱うための判事や検事を多数擁しており、依然として司法機関の一翼としての体裁を失っていない。ただし、その活動の中心は財政監督に移っており、もはや会計裁判所ではない、とフランス行政法学者にいわれるようになって久しい。

 わが国では、明治初期においては、江戸時代の勘定吟味役制度の伝統を受けて、会計検査院は、他国に例を見ない極めて強力な外部財政監督機関として活動し、財政分野において、大蔵省と覇を競っていた。フランス流の会計法制を採用すれば、外部財政監督機関である会計検査院の権限を著しく弱め、相対的に財政分野における大蔵省の権限が強化されるところから、明治期における大蔵省は、フランス帰りの留学生を中心に積極的にフランス法系の導入を図った。その後、明治憲法の制定を頂点とするドイツ法系の導入の前に、明治初期に導入されたフランス法系の法律は総崩れになったが、その中で、先に紹介した会計事務職員の権限の分割による相互牽制制度や本件弁償責任制度は、わが国でフランス法系の制度が、今日まで生き延びた極めて数少ないものの一つである。なお、このフランス財政法の持つ二つの特徴的制度は、その植民地でも継受した例がなく、世界的にみてもわが国財政法制度におけるそれはフランス本国を除けば、唯一の例ではないかと思われる。

 こうして会計法がフランス法系に属したのに対して、財政監督法に関しては、ドイツ憲法に範をとった明治憲法に準拠する形でドイツ法が導入され、立法、司法及び行政の3権の、いずれにも属さない独立機関型の会計検査院となって今日に至ることになる*4。ドイツでは、というよりもフランス法系以外の法制度の下では、会計事務職員の分立とそれによる相互統制というものはない。したがって、出納官吏等が無条件に弁償責任を負うということもない*5

 要するに、わが国の明治期財政法制度は、フランス系の会計法制度とドイツ系の財政監督法制度の奇妙な混淆であった。そして、ここで問題となっている会計事務職員の弁償責任は、フランス法系の制度であるが、ドイツ法系の権限を持つに至った会計検査院にその運用が押しつけられたという点で、まさに二つの異質の法系の交差点であったのである。この異質の法体系の衝突が、本来無過失責任制度であった弁償責任制度を、現在の姿へ変える原動力となっていく。

 

二 わが国弁償責任制度の沿革

 明治22年に初めて会計法が制定された(以下「明治会計法」という)。その中に弁償責任の規定も置かれた。直接に関連する条文に限定して紹介すると次のとおりである(ただし、読み易くするため、カタカナをひらがなに直し、送り仮名を現代表記に直している。)。

26条 政府に属する現金若しくは物品の出納を掌る所の官吏は其の現金若しくは物品に付き一切の責任を負い、会計検査院の検査判決を受くべし

27条 前条の官吏水火盗難又はその他の事故に由り其の保管する所の現金若しくは物品を紛失毀損したる場合に於いては其の保管上避け得べからざりし事実を会計検査院に証明し責任解除の判決を受くるに非ざれば其の負担を免るるを得ず

 その特徴を述べると、第一に、母法たるフランス法と同様に、無過失責任を原則としていた。わずかに水火盗難等の場合における責任の免除が例外として定められていたに過ぎず、その場合ですらも、免責要件の挙証責任は出納官吏等に課されていた。

 第二に、現金と物品とを区別せず、「現金若ハ物品」と同列に規定していた。このように物品についても現金と同列の弁償責任を定めたのは、母法であるフランス法にも例を見ない厳しい制度である。

 さらに、この弁償責任に基づく賠償金徴収を確保するため、身元保証金を置かせることとしていた。また、会計規則84条において「出納官吏は其の責任に属する会計に付き、自身に事務を執らざるを理由として其の責任を免るるを得ず」と定めて、補助者の行為によって発生した損害についても賠償責任があることを定めていた。

 そして、これらの裁判権は特別裁判所たる会計検査院に与えられた。会計検査院は一審にして終審裁判所とされ、他に上告する道はなかったから、コンセイユ・デタの下級審として位置づけられていたフランス法よりも、この点でも厳しい法制となっていた。

 なお、大蔵省は出納官吏等ばかりでなく、これまたフランス法に例のない、命令系統に属する会計官吏に対しても弁償責任を課するとする制度を導入しようと画策したという。が、各省庁の抵抗が強かったため、その案は明治会計法においては、その草案の段階で消えてしまった*6。この点については、後述する第二次大戦後の一連の改革を待つ必要があったのである。

 しかし、このように厳しい個人責任制度は、売官制度や徴税請負人制度のように会計事務職員個人に大きな経済力があることを当然に期待できる法制を採用している場合か、あるいは事務執行のうえで官吏の裁量の幅が大きく、そこから当然役得を期待し得る法制度の下であればともかく、特別の私的経済力を期待し得ないわが国官吏に課するのは、わが国の国情を無視したものということが出来た。そこで、この制度は、主として会計検査院の手により、創設後間もない頃から、その持つ厳しさを緩和する方向に運用されていくのである。

「明治29年に制定された民法、同じく32年に制定された商法において、賠償責任は、すべて過失原則に基づいて設定されるに及び、会計検査院内部において、会計法による弁償責任は、民法上の損害賠償と同じ性格のものであるのに、無過失原則を適用するのは、両者の間に著しく衡平を欠くものであるとの意見が有力になった。

 こうして、出納官吏の賠償責任判決制度は、その制定後十数年にして、法文の規定はそのままながら、その運用において大きく補正されるに至った。会計検査院は、実際の判決に当たって、出納官吏に故意又は過失のあった場合に限って、弁償責任があると判決するようになったのであるが、この場合、会計検査院は現金又は物品の亡失毀損の事実があったことにより当然に発生した弁償責任を、判決によって受動的に解除するのではなく、むしろ、判定機関として能動的に当該出納官吏の故意過失の有無を判定し、その判決により、出納官吏の弁償責任が決定されるとしたのである。」*7

 この引用文中で、当時の会計検査院で主張された弁償責任と民法不法行為責任の同視及び会計検査院の能動的判定機関としての地位にあるとしての立場は、明らかにフランス法系のそれではなく、ドイツ法系のそれであることは、前節に紹介したところより明らかであろう。要するに、明治憲法下における会計検査院は、フランス法系に属する弁償責任制度を、敢えてドイツ法系の立場から解釈運用しようとしたのである。

 これは、法律の文言解釈による制度の運用という行政庁の基本的使命に鑑みれば、本来は許されるべきことではない。しかし、内部監査機関及びドイツ流の外部財政監督機関である会計検査院による強力な財政監督が行われている明治憲法下の財政運営に対して、国情の差を無視してさらに重ねてフランス法系の弁償責任を実施しようとした大蔵省の方針の方に基本的な無理があった。その結果、会計検査院の運用は一般的に支持された。

 なお、本件で問題となっているのは、出納官吏ではなく、出納員であるが、この出納員制度の創設も明治会計法時代にさかのぼる。すなわち、明治会計法下ではおよそ官吏でなければ政府の現金出納の事務を執ることができないとされていたのであるが、鉄道省や逓信省のような日常の現金出納業務の非常に多いところでは、これらのすべてを官吏で取り扱うことはできなかった。そこで、明治33年及び44年の法改正により、鉄道、郵便、電信、電話の各官署においては、現金の出納を雇員でも行うことができる、とされたのが出納員制度の始まりである。その際、その事務手続き及び会計法上の責任についてもまた、出納官吏の規定が準用された。この制度が、後述する大正、昭和の抜本改正の際にもそのまま踏襲され、一般化されて今日に至っているのである(現行会計法40条及び45条参照)。しかし、弁償責任を問われる出納員は、実際問題として郵政職員に限られていることは、制度創設当時と変わらない。

 このように、本来、官吏と異なり、国家に対する責任を負っておらず、また、処遇的にも劣る雇員を出納員として、制度の適用範囲を拡大したことから、明治会計法の定める無過失責任制度は、いよいよその基本的妥当性を失うこととなった。

 大正10年に明治会計法の抜本改正が行われた(以下「大正会計法」という)。この機会に、会計検査院の制度運用が相当程度追認されて、弁償責任関連の規定は次のように改正されるに至った(ただし、読み易くするため、カタカナをひらがなに直し、送り仮名を現代表記に直していている。)。

35条 出納官吏は法令の定むる所に依り現金又は物品を出納保管すべし。出納官吏は其の出納保管に係る現金又は物品に付き一切の責任を負い、会計検査院の検査判決を受くべし

36条 出納官吏其の保管に係る現金又は物品を亡失毀損したるときは善良なる管理者としての注意を怠らざりしことを会計検査院に証明し、責任解除の判決を受くるに非ざればその亡失毀損につき弁償の責を免るることを得ず

 すなわち、「善良なる管理者としての注意を怠らざりしこと」を会計検査院に証明して責任を免れることができるとして過失責任主義が導入される形に、会計法の方が改正されることとなったのである。しかし、自分の無過失を自ら証明しない限り、責任を免れることができない、という点で、なお、民法上の責任とは一線を画したものとなっていた。すなわち、責任の発生はあくまでも現金又は物品の亡失の事実によって当然に認められるとする明治会計法の建前そのものは、維持されたのである。この点では、依然として、会計検査院の判決によって初めて責任が発生するという実際の運用とは、乖離した法制度となっていた。

 なお、補助者の行為についての責任を課した明治会計規則84条は、大正会計規則では132条に移ったが、そこでは「自身に事務を執らざる」とあるその前に「単に」の語を加え、補助者の行為に関して、出納官吏の責任が免除される余地を作っている。また、実際にはほとんど徴収されることがなかったと言われる身元保証金制度も、この時正式に廃止された。

 第二次大戦の敗戦及びそれに伴う新憲法の制定に伴い、弁償責任もまた大きな転機を迎えた。すなわち現行憲法762項は「特別裁判所はこれを設置することができない。行政機関は終審として裁判を行うことが出来ない。」と定めていたので、フランス流の特別裁判所としての位置付けを会計検査院に与えることを前提としたそれまでの制度は、明らかに違憲となったのである。

 この新憲法の制定という大きな制度改革を受けて、会計法もまた昭和22年に抜本改正された(以下「昭和会計法」という)。

 会計検査院では、この際、弁償責任制度そのものを廃止しようと主張した*8。が、大蔵省側は承知せず、結局、昭和会計法では、制度そのものは残されることになった。

 しかし、この機会に、立法的には大幅な整理が行われた。すなわち、会計検査院の権限を会計法で規定するのはおかしいとして、その部分は会計検査院法に定めることとして、会計法からは削除された。それに代わって会計検査院法に置かれた規定は、次のように定めている。

32条 会計検査院は、出納職員が現金を亡失したときは、善良なる管理者の注意を怠ったため、国に損害を与えた事実があるかどうかを審理し、その弁償責任の有無を検定する。

 すなわち、会計法は、それ単独で読んではならないのであって、会計検査院法32条と併せ読んで初めて制度の全体が見えるという複雑な立法手法が、この時に採用されたのである。

 会計検査院法32条の特徴は、第一に、大正会計法等で使用されていた「判決」という語を、裁判所の活動と紛れるおそれのない「検定」という語に置き換えたことである。第二に、会計検査院が、不正行為者の行動により「その弁償責任の有無を検定する」と定めることにより、弁償責任の存在を会計検査院が能動的に立証する必要のあることを明らかにしたことである。これは、実質的には、旧憲法下の会計検査院による判決における取扱いと法文を一致させたに過ぎない。が、亡失があった場合には、出納官吏に過失の存在を推定するという、明治会計法、大正会計法と一貫して堅持されてきた法の建前を、法文上、明確に180度変更したという点で極めて重要である。

 その後、昭和25年に予算執行職員等の責任に関する法律(以下「予責法」という。)が制定され、会計検査院が弁償責任の有無を検定する対象者の範囲が拡大された。母法たるフランス法でも、出納職員に対象を限っていたのに対して命令系統に属する会計事務職員にまで弁償責任を及ぼす方向に進んだもので、明治会計法制定時に大蔵省が構想していたといわれるこの世界的にみても珍しい法制度はようやく実現したこととなる。ただし、責任の構成要件は、明確に故意又は重過失とされた。

 ついで昭和31年に物品管理法が制定された。この法律は、それまでの静的な物品管理を、現代国家にふさわしい動的な物品管理体制へと抜本的に改革したもので、取得、供用、処分という動態に対応した管理を行うこととした点で画期的であった。その際、同時に物品に関する弁償責任制度の根拠規定が会計法から同法に移されたが、そこでは責任の対象となる物品官吏職員の範囲を、それまでの出納職員に加えて、命令機関である物品管理官等にまで拡大するとともに、出納保管に限っていたものを、取得、供用、処分などの管理行為に関しても弁償責任を負わせることとして、適用範囲の大幅な拡大をしたのである。ただし、責任要件としては予責法同様に故意又は重過失とされた。

 その結果、物品の亡失等に関する規定も昭和会計法から削除されたから、会計法に残された規定は、次のように簡略なものとなっている。

411項 出納官吏が、その保管に係る現金を亡失した場合において、善良な管理者の注意義務を怠ったときは、弁償の責任を免れることができない。

 しかしながら、これら一連の弁償責任は、立法の細密化に応じて個別の法律に定められるに至ったに過ぎないのであるから、本来一体的に解釈・運用されるべきものである。そして、会計検査院による検定制度の運用は、まさにそうした立場に基づいて行われてきている。

 原審判決は、このような弁償責任に関する一体性ある法制度を、全体として理解すべきであるにもかかわらず、会計法41条の文言だけに依拠して議論を展開した点に、根本的な問題がある。

 その問題点の詳細については、項を改めて論じたい。

 

三 原判決の問題点について

(一) 会計検査院の前審としての性格について

 上記のとおり、明治憲法下においては、わが国の弁償責任制度に関しては、会計検査院は、第一審にして終審の裁判所と規定されていた。しかし、現行憲法が、行政庁が終審裁判所となることを禁じたことから、上述のとおり、制度変更されたものである。

 そこで問題となるのが、会計検査院の現在の検定制度は、司法裁判所の裁判に対してどのような関係に立つか、という点である。

 以下の理由から、前審としての性格を有するものと解する。

 現行憲法は、行政庁が終審となることは禁じているが、下級審としての法的性格を有することまで禁じているわけではない。

 現実にも、海難事故に関する海難審判庁(海難審判法53条)、特許事件に関する特許庁(特許法176条)などの裁決に対する訴訟は、東京高等裁判所に提起するものとされていて、行政庁は明確に第一審裁判所としての性格を肯定されている。

 これに対して、国税に関する国税不服審判所の裁決(国税通則法115条)、公務員に対する不利益処分に関する人事院の裁決(国家公務員法92条の2)などでは、第一審裁判所としての性格までは認められていないが、これら行政庁の審判手続きを経なければ裁判所に訴えることができないとされている点において、行政庁は前審としての性格を有しているということができる。

 会計検査院の検定の場合、これらのような明確な規定は存在していない。が、以下に述べることから、やはり前審としての法的性格を有していると解すべきである。

 すなわち、会計検査院の検定結果が出る前に、裁判所が事件の審理を行うことは、会計法43条に抵触していると考えられる。同条は次のように定める。

第1項 各省名庁の長は、出納官吏の保管に係る現金の亡失があった場合においては、会計検査院の検定前においても、その出納官吏に対して弁償を命ずることができる。

第2項 前項の場合において、会計検査院が出納官吏に対し弁償の責がないと検定したときは、その既納に係る弁償金は、直ちに還付しなければならない。

 本条は、出納官吏等に対する弁償命令について規定したものである。しかし、先に述べたとおり、弁償責任は、会計検査院の検定と一体をなした制度であるので、この規定の意味を正確に理解するには、まず会計検査院の検定手続きについて知る必要がある。

 会計検査院は、出納官吏等の保管現金の亡失事故という事実があれば、かならずその事故の内容を検討し、会計法41条で述べた要件を具備していれば、弁償責任があると検定し、具備していなければ、弁償責任がないと検定する(会計検査院法321項)。大正会計法36条においては、前述のとおり、出納官吏等が善良な管理者の注意を怠らなかったことを積極的に証明しなければ弁償責任を負うこととなっていた。これに対して、現行会計検査院法では、会計検査院の側で当該出納官吏等が善良な管理者の注意を怠ったことを立証する必要がある、として、挙証責任を逆転させた。すなわち、出納官吏等には無過失の推定が存在するのである。したがって、会計検査院によって有責任とする検定が下されるまでは、現行制度の下では、いまだ出納官吏等に弁償責任は発生していない、ということができる。

 しかし、それにも関わらず、弁償責任の場合には、先に紹介したように会計法431項は、各省名庁の長が、会計検査院の検定前においても、弁償を命ずることができるとしている。

 このような略式手続きが認められている根拠は二つあると考えられる。第一に、出納官吏等が有責任であることについて、出納官吏等本人に異存がない場合にまで、一々会計検査院に多大の負担をかけて、検定を行う必要はない。実際、別途添付した資料にみられるとおり、毎年度、現金亡失事故のほとんどは、検定以前の段階で損害額が任意に弁済され、あるいは和解が成立しているのである。第二に、そのように有責任の明らかな事態については、会計検査院の検定を待つまでもなく弁償を命ずることが、債権確保上からも適当だからである。

 この検定前の弁償命令があったからといって、会計検査院の検定は中止されるのではなく、各省各庁の長の見解とは別に、会計検査院は弁償責任の有無を検定するのである。

 検定前の弁償命令を受けた出納官吏等は、その責を免れるべき理由があると信ずるときは、その理由を明らかにする書類および計算書を作製し、証拠書類を添え、各省名庁の長を経由して会計検査院に送付し、その検定を求めることができる(予算決算及び会計令1151項)。が、これは会計検査院の再審を求める趣旨のものではなく、会計検査院が検定を行なう場合の資料を提出する趣旨のもので、こうした書類の提出の有無にかかわらず、会計検査院は検定を行なう権限を有し義務を負うのである。したがって、出納官吏等が検定を求めた場合においても、各省各庁の長の弁償命令の効力は依然として存し、その命じた弁償を猶予することはない(予算決算及び会計令1152項)。

 上述するところから明らかなとおり、検定は、通常は、各省各庁の長が弁償命令を発した後に下される。会計検査院が弁償責任がないと検定したときは、会計法432項の定めるところに従い、既納の弁償金はただちに出納官吏等に還付しなければならない。

 そして、会計検査院が、当該出納官吏等に弁償責任があると検定したときは、これを各省各庁の長に通知し、各省各庁の長(会計検査院法においては「本属長官その他出納職員を監督する責任のある者」という表現を用いている。)は、この検定に従って弁償を命じなければならない。出納官吏等が有責任であるという会計検査院の検定があれば、各省各庁の長は、検定どおりの金額の弁償を命ずる義務があるのであって、これを軽減したり、弁償を命じなかったりすることはできない。

 各省各庁の長の弁償命令額よりも、事後に下された会計検査院の弁償責任検定額が少額の場合に、既納弁償金が検定額をこえている場合も、その差額は返納されなければならない。これに対して、各省各庁の長の弁償命令額よりも会計検査院の検定額が多い場合は、各省各庁の長は、その差額について弁償命令を発する。同額の場合は、ふたたび弁償命令を発する必要はない。

 以上を要約すると、各省各庁の長による検定前の弁償命令は、有責任が明らかであることを前提とした上で、債権の早期確保をめざした暫定的手続ということができる。事後に無責任とする検定がでた場合に、無条件でその納付金を返還するという条件付きの命令権であるにすぎない。

 本件訴訟は、この各省各庁の長による検定前の弁償命令に出納官吏等が従わない場合には、さらに進んで裁判所の判決により、弁償命令の実現が可能との前提で行われている。しかしながら、ここで争われている弁償命令の根拠は、あくまでも会計検査院による検定によって確定するべき暫定的な権利である。原審は、このような暫定的な権利に関して裁判を行い、弁償責任の存在を肯定したのである。が、会計検査院法32条に明らかなとおり、会計検査院はそれに拘束されることなく、独自に責任の有無について判定を下す権限を有している(実際にもその予定である)。

 仮に、原審判決と同様の有責任とする判決が確定したとしても、後に会計検査院が無責任とする検定を下した場合には、裁判所命令による弁償金は、会計法432項の命ずるところにしたがって還付されるべき、暫定的な性格の金員であるにすぎない。

 また、仮に原審判決と同様の有責任とする判決が確定し、かつ、判決後に会計検査院が裁判所の判決を追認する趣旨の検定を下した場合にも、出納官吏等は、この会計検査院の検定の取り消しを求めて訴訟を提起することが可能である。それは、当初の裁判とは訴訟物が異なるからである。

 司法判断は、紛争の終局的解決を行いうる点にその意義が存在するのであり、判断を下しても終局性を持たない場合には、未だ事件としては成熟していないものというべきであろう。

 現行制度では、この暫定的な弁償命令制度が存在しているため、制度上、検定が前審としての性格を有することが明確になっていない。しかし、以上のように、会計検査院の検定前の裁判は終局性を持たない点から、国税不服審判や人事院における裁決と同様に、検定の必要的前置主義を法は採用しているものと解するが妥当である。このように検定前置主義を採用するのは、財政法分野の持つ特殊性から、事実関係を財政の専門家である会計検査院が事前に整理をしない限り、裁判所として適切な法的判断を下すことが困難であるという点では、上述の人事院や特許庁の裁決の同質の問題だからに他ならないというべきである。

 

 なお、以上の手続により会計検査院が有責任であると検定して弁償責任が決定した場合に、出納官吏等が不服ならば、裁判所に出訴して争うことができるのに対して、各省各庁の長には、会計検査院の無責任とする検定を争う道は、現行法上存在していない。本件訴訟は、いわばその潜脱手段というべきであり、その意味からも許されるものではない、と解する。

 

(二) 善良なる管理者としての注意義務について

 会計法41条及び会計検査院法32条は、出納官吏等に善良なる管理者としての注意義務を課している。一般に善良なる管理者としての注意義務とは、「社会通念上一般に必要とされる程度の注意、すなわち、一定の職業人としての通常の注意能力を有するものが、その場合の事情に応じて当然なすべきだと考えられる程度の注意」を意味するものと考えられている*9。換言すれば、個々人の主観的注意能力から切り離された客観的注意義務を意味する。

 ここにいう注意義務の程度については、民事法の分野では一般に軽過失と考えられている。が、それはこの概念そのものの本質から、必然的に軽過失という結論が引き出されるのではない。民法709条などで要求される注意義務が軽過失であるところから、社会通念上要求される一般に要求される客観的過失のレベルとしてもまた、軽過失と判断するのが適切と解されているにすぎない*10

 しかし、会計法41条及び会計検査院法32条は、公務員たる出納官吏等としての身分を有するものだけに要求される注意義務であるから、社会通念上、公務員に対して、どのレベルの注意義務が課されているか、という観点から判断しなければならない。

 そして、公務員に課される注意義務は、一般に重過失とされていると解するのが妥当であろう。

 すなわち、第一に、現行国家賠償法は、公務員に対する求償義務を、故意・重過失がある場合に限定している。それとの対比から、判例通説は一般に、公務員の個人責任の追及を否定しており、許容する場合にも、故意・重過失に限定して認める、とする*11

 例えば、田中二郎博士は次のように述べる。

不法行為責任は「特定の者の国庫に対する弁償責任について故意又は重大な過失を要件としていることとの均衡、及び軽過失についてまで責任を負わせることは行政を停廃させる恐れがあること等を考慮すると、解釈上、故意又は重大な過失のある場合に限定すべきである。」*12

 第二に、出納官吏等と並んで、国の公金を管理するものである予算執行職員の責任は、前述のとおり、明確に故意・重過失に限定されている。

 第三に、現金と並んで物品管理法が制定されるまで同一法条で弁償責任を規定されてきた物品の亡失等に関して、物品管理法は明確に故意・重過失がある場合に限って、公務員の弁償責任を肯定している。

 すなわち、現行法制は、公務員に対して個人責任を追及する場合はすべて、故意・重過失に限定しているのである。したがって、公務員としての職業にある者が社会通念上担うべき注意義務は、重過失と考えられることとなる。

 弁償責任は、冒頭に述べたとおり、基本的に民事責任と同質の責任である。したがって、仮にここにいう善良なる管理者としての注意義務が、一般民事法と同じく、単なる軽過失を意味するものとした場合には、公務員が民事責任を追及される場合等に比べて、著しく均衡を失することとなる。したがって、本条の解釈にあたり、軽過失と解する以外に解釈の余地がないとすれば、会計法41条及び会計検査院法32条は、憲法14条に違反し、違憲と判断されるべきである。しかしながら、憲法学において一般に承認されている合憲限定解釈の原則(東京都教組事件最高裁判所昭和4442日大法廷判決参照)からしてもそのような解釈は排除すべきであり、したがって重過失を意味するものと理解するのが妥当である。

 

 ここで、公務員における客観的注意義務としての重過失とはどのような概念なのかを問題としなければならない。

 公務員における重過失概念の内容を問題とした判決として、例えば、最高裁判所昭和53717日判決(最高裁判所民事判例集3251000頁)が地方公共団体の場合に失火責任法の適用を認めたことを受けた差し戻し審判決(名古屋高等裁判所昭和55717日判決=昭和53年(ネ)第427号=判例時報98757頁)がある。同判決は、重過失の概念について次のように説明している。

「重大な過失とは、通常要求される程度の注意すらしないでも、極めて容易に結果を予見できたにもかかわらず、これを漫然と見すごしたような場合を指すのであるから、結局ほとんど故意に等しいと評価されるべき、著しい注意欠如の状態をいうものと解される。そして本件では、消防職員らの過失が問われているのであるから、火災の予防・鎮火などを職務としこれに関する知識と技能を習得している者に求められる高度の注意義務を基準として、注意の著しい欠如があるのか否かが論定されなければならないわけである。」

 ここにいわれていることを出納官吏等にあてはめるならば、現金の管理を職務とする職業人に一般に求められる高度の注意義務を基準として、注意の著しい欠如があるか否かが論定されなければならないのであるから、結果的には、一般民事法で求められる通常の軽過失と、それほど大きく異なる注意義務の水準とはならないであろう。

 会計検査院の過去における検定例を見ると、明らかにそのような判断基準で、出納官吏等の弁償責任の有無を判定していると認められる。すなわち、本鑑定書末尾に添付した会計検査院による最近十年間の検定結果に見られるとおり、この10年間に会計検査院が出納官吏等に弁償責任があると検定した34件のうち、12件は、出納官吏等自身が、故意に自ら管理する現金を領得した場合である。残り22件が出納官吏等の過失によって発生したものであるが、うち21件までは、部内職員からの保険貸付金等の支払請求に対し、当該請求が正当権利者からのものであるか否かの確認を怠って払い渡したり、補助者に郵便貯金自動預払機の現金カセットヘの現金の格納等を行わせるに際して、自ら立ち会うか又は他の職員を立ち会わせる措置を執らなかったなど、部内職員の故意による不正領得行為を適切に注意を払って防止しなかった責任を追及されたもので、明らかに職業人として著しい注意の欠如があった場合に該当すると認められる。

 本件にわずかに類似するのが、平成6年度に有責任と検定された次の事例である。

「関東郵政局管内戸塚郵便局出納員栗原某が、平成518日、窓口において現金の受払事務に従事中、窓口カウンター内側の事務机の上に現金2,000,000円を置いたまま無監視の状態で離席したため、当該現金を亡失したもの」

 この場合においても、多額の現金を机の上に放置するのは職業人として重大な過失に該当するものということができ、また、当該出納員の不注意と現金の亡失との間の因果関係は明確である。本件事例のように、そもそも現金の亡失が担当者の注意義務違反に基づくものか否か自体が不明である場合にまで、有責任とした検定例は皆無である。

 したがって、原判決は、過去の会計検査院の検定例に照らしても著しく注意義務を加重しており、適切とは認められない。

 前述のとおり、会計検査院が検定を下した後であれば、行政庁側がその検定の取消を求めて訴えを提起する余地はないから、訴訟としては、この重過失とする認定の不当を争う出納官吏等の提起するものに限られることになる。その場合、裁判所として会計検査院の認定を不当として、出納官吏等を免責することはありえても、会計検査院の検定を覆して、出納官吏等により厳しい判決を下すことはあり得ない。そのこととの比較からも、検定前の弁償命令に基づく訴えに基づいて、裁判所が独自の判断を下すことは、法の下の平等に反し、適切とは認められない。

 

(三) 原判決における挙証責任の転換について

 原判決は、簡単に要約すれば、不足金があればそれは会計法41条にいう現金の亡失と推定され、亡失があれば、特段の反証がない限り、出納官吏等に過失が推定されるという論理で、弁償を命じている。しかしながら、このように、原則的に過失の存在を推定して、それと反する事実の挙証責任を出納官吏等に課するという論理は、明治会計法以降において法の建前とされてきた論理であり、明治憲法下において、既に会計検査院によって排除され、現行会計検査院法32条で明確に否定された論理以外の何ものでもなく、過去100年の会計検査院の判決の積み重ねを否定し、歴史を逆行するものであって、明らかに違法、不当と評されるべきである。

 繰り返し強調したとおり、出納官吏等が自ら責任を肯定している場合はともかく、そうでない限り、善良なる管理者としての注意義務に違反する行為の存在は、会計検査院側が証明しなければならないのである。出納官吏等が無過失の挙証責任を負うという建前を採用することは、現行会計検査院法の解釈にあたってとることは不可能である。

 

*1 弁償責任と民事上の不法行為責任の関係については、ここに述べた請求権競合説の他にも様々な考え方があるが、請求権競合説が通説と考えられる。この点については、拙著『予算・財政監督の法構造』信山社、225頁以下参照。

*2 神谷 昭著『フランス行政法の研究』有斐閣、22頁は次のように述べている。

「公会計の管理の使命を有し、公会計についての訴訟事件を審理する権限を有する会計裁判所( Cour des Comtes)がある。この裁判所は、その決定についてコンセイユ・デタに破毀の請求を提起することが法律上認められている関係上、行政裁判所としての地位を有する機関である。」

*3 小峰保栄著『財政監督の諸展開』(大村書店、昭和49年)372頁は第3共和政の時期におけるクール・ド・コント(会計検査院と訳している)の権限を次のように紹介している。

「会計検査院の機能は、事後検査を通じて行われる計算書の審査に限られる。会計検査院は各省大臣又はその下僚に対して監督を行うものではなく、その活動に干渉することは出来ない。提出された計算書に判断を下し、議会に報告をするに止まっている。」

*4 ドイツ国家財政会計法 Reichshaushaltsordnungは、1987年に現行ドイツ連邦会計検査院法が制定されるまで、66年の長きにわたり有効であった法律であるが、その内容はわが国明治憲法下における旧会計検査院法の定める組織及びその権限とほとんど異ならない。

*5 プロイセンにおいても、弁償責任類似の制度がまったくなかった訳ではない。フランスを除く欧米諸国では、支出官はわが国の資金前渡官吏の場合のように、一定額の資金の交付を受け、授権された範囲内においてそれを支出し、会計期間経過後に残額があれば、これを国に返納するという事務手続きを取る。会計検査院は決算額の会計検査の一環として、支出が妥当か否かを検査するから、仮に支出行為に問題が認められれば、当然、返納額の当否が自動的に問題になることになる。そこで「会計官吏においてその責めに任ずべき金額があり、補填した証明がない場合において、会計検査院が必要と認めるときは、その金額を収入調定額中に記入し、当該官庁に取り立てを命じる(プロイセン会計検査組織権限法17条)」(小峰前掲書332頁)こととなっていた。要するに、フランス法のように、会計検査とは関係の無い絶対的な無過失責任で、会計検査院にはその有無を決定する権限しかなかったものと違って、プロイセン法においては会計検査院の検査の一環としての行為であった。しかし、徴収するか否かについても会計検査院に全面的な裁量権を認めており、事実、小額なものや、徴収するについて大きな手間のかかるものについては宥恕するなどの処置が取られていたという。また、その弁償責任の法的性格も民事上の責任である点、争いはなかったという。

*6 現行予責法に相当する構想が、明治会計法制定時に存在していたという記述については、小峰前掲書79頁参照

*7 弁償責任が、法文上無過失責任であるにもかかわらず、過失責任原則に従って運用されるようになるという文章は、会計検査院刊『会計検査院百年史』377頁より引用。

*8 昭和会計法制定当時に、会計検査院に弁償責任制度廃止論があったことについては、小峰前掲書208頁参照。

*9 善良なる管理者としての注意義務に関する定義は、日本評論社『新法学辞典』661頁より引用したが、同書に限らず、この語の定義はほとんどの書において同一である。

*10 通説といって良いであろう。例えば、鈴木禄弥は次のように説明する。

「一般に過失は、抽象的過失と具体的過失に分けて説明されている。抽象的過失とは、いわゆる『善良な管理者の注意』すなわち一般人としてするべき注意を怠ったことをいい、具体的過失とは、いわゆる『自己のためにすると同一の注意』すなわち具体的なその人の平常の注意を怠ったことである、とされている。もし具体的な加害者が一般人と同じ注意力を有していれば、彼の具体的過失は、抽象的過失と完全に一致する。しかし、注意力が一般人より劣っている者については、抽象的過失はあっても具体的過失はない、という状態が生じうる。」

鈴木『債権法講義』三訂版12頁より引用。

 これを換言すれば、本文に述べた意味となる。

*11 国家賠償法の下における公務員の個人責任に関する判例及び学説については、例えば、西埜章『国家賠償法』注解法律学全集7、青林書院1997年刊、241頁以下参照。

*12 不法行為責任に関する田中二郎博士の見解は、田中『行政法(中)』弘文堂、281頁より引用

 

資料

最近10年間の検定状況

検査報告年度

有責検定

無責検定

任意弁償

平成2年度

0

11

682

693

平成3年度

0

13

438

451

平成4年度

0

31

948

979

平成5年度

0

23

1911

1934

平成6年度

15

23

1,197

1,235

平成7年度

5

34

564

603

平成8年度

5

28

127

160

平成9年度

4

13

667

684

平成10年度

2

4

1,235

1,241

平成11年度

3

30

582

615

34

210

8,351

8,595

 

1:会計検査院刊の各年度決算検査報告より作成した。本表の数字は、各年度に検定が終了した件数であって、現金の亡失事故の件数ではない。

2:任意弁償としたものは、損害の全額が填補済みのもの及び和解が成立しているものの合計である。

3:平成2年度については、この他に、「昭和天皇の崩御に伴う予算執行職員等の弁償責任に基づく債務の免除に関する政令」(平成元年政令第30号)の施行に伴い、弁償責任の有無を問わないとしたものが、624件ある。

 

有責検定の内容

一 この10年間で有責と検定された34件を類型的に分けると次のとおりである。

(一) 出納官吏等の故意による亡失                   12

(二) 出納官吏等の過失による亡失                    22

     部内職員の故意の領得行為を看過したことによる亡失    21

     外部者の故意による行為を招いたための亡失          1

 

二 これら34件の、各年度における事案の概要を個別に示せば次のとおりである。

(一)平成6年度検定分 計15

@ 近畿郵政局管内泉北郵便局出納員津秦某が、平成363日から109日までの間に、契約者から受領した簡易生命保険保険料7,628,520円を受入手続をしないで領得したり、契約者から預かった保険証書を使用して交付を受けた還付金1,276,652円を領得したりしたもの

A 北海道郵政局管内札幌澄川郵便局出納員山本某が、平成5726日及び6125日、契約者から受領した簡易生命保険保険料611,256円を受入手続をしないで領得したもの

B 近畿郵政局管内寝屋川郵便局出納員田村某ほか3郵便局の出納員11名が、部内職員からの保険貸付金等の支払請求に対し、当該請求が正当権利者からのものであるか否かの確認を怠って払い渡した現金29,278,041円をほしいままに領得されたもの

C 関東郵政局管内戸塚郵便局出納員栗原某が、平成518日、窓口において現金の受払事務に従事中、窓口カウンター内側の事務机の上に現金2,000,000円を置いたまま無監視の状態で離席したため、当該現金を亡失したもの

 

(二)平成7年度検定分 計5

@ 関東郵政局管内相模原郵便局出納員齋藤某が、平成3813日から41217日までの間に、契約者から受領した簡易生命保険保険料9,476,529円を受入手続をしないで横領したもの

A 関東郵政局管内一ノ宮郵便局分任繰替払等出納官吏金井某が、平成4317日から729日までの間に、保管中の現金の中から52,000,000円を横領したもの

B 近畿郵政局管内天理郵便局出納員谷口某ほか1名が、平成4619日及び87日、部内職員からの定額郵便貯金の払戻請求に対し、当該諸求が正当権利者からのものであるか否かの確認を怠って払い渡した現金2,803,242円をほしいままに領得されたもの

C 東京郵政局管内霞が関ビル内郵便局分任繰替払等出納官吏渡辺某が、平成614日から19日までの間に、補助者に郵便貯金自動預払機の現金カセットの取出し及び格納等を行わせるに際して、自ら立ち会ったり、他の職員を立ち会わせたりするなどの措置を執らなかったため、当該補助者に現金3,000,000円をほしいままに領得されたもの

 

(三)平成8年度検定分 計5

@ 関東郵政局管内横浜南郵便局出納員大岩某が、平成3522日から6817日までの間に、貯金外務事務に従事中、預金者から窃取した定額郵便貯金証書を使用して交付を受けた定額郵便貯金払戻金61,356,301円を領得したもの

A 関東郵政局管内川崎中央郵便局出納員石井某が、平成5101日から6922日までの間に、預金者から預かった定額郵便貯金証書を使用するなどして交付を受けた定額郵便貯金払戻金等1,019,906円を領得したもの

B 関東郵政局管内伊勢崎東本町郵便局分任繰替払等出納官吏中川某が、平成5726日から638日までの間に、預金者から便宜預かった定額郵便貯金証書を使用するなどして、定額郵便貯金払戻金等21,450,849円を領得したもの

C 関東郵政局管内横浜南郵便局出納員澤山某が、平成6719日から7929日までの間に、契約者から受領した簡易生命保険保険料25,241,893円を受入手続をしないで領得したもの

D 東海郵政局管内伊勢郵便局出納員中村某が、平成684日及び111日、部内職員からの簡易生命保険に係る還付金の支払請求に対し、当該請求が正当権利者からのものであるか否かの確認を怠って払い渡した解約還付金等19,332,625円を領得されたもの

 

(四) 平成9年度検定分 計4

@ 関東郵政局管内野呂郵便局出納員初芝某が、平成5813日から6425日までの間に、部内職員からの簡易生命保険に係る貸付金の支払諸求に対し、当該請求が正当権利者からのものであるか否かの確認を怠って払い渡した保険貸付金5,500,000円を領得されたもの

A 近畿郵政局管内高砂郵便局出納員地神某が、平成7125日から8419日まで間に、部内職員からの定額郵便貯金の支払い請求に対し、当該請求が正当権利者からのものであるか否かの確認を怠って払い渡した定額郵便貯金払戻金22,480,401円を領得されたもの

B 東北郵政局管内日詰駅前郵便局分任繰替払等出納官吏箱崎某が、補助者の不正な領得による自己の保管する現金の亡失を知ったにもかかわらず、事実の解明を怠り、特段の対策を執ることなく引き続き当該補助者に窓口において現金受払事務を行わせていたため、その後平成51210日から6721日までの間に、定額郵便貯金払戻金等3,943,976円を領得されたもの

C 東海郵政局管内浜松東郵便局分任繰替払等出納官吏代理堀井某が、平成81014日、補助者に郵便貯金自動預払機の現金カセットヘの現金の格納等を行わせるに際して、自ら立ち会うか又は他の職員を立ち会わせる措置を執らなかったため、当該補助者に現金3,000,000円を領得されたもの

 

(五) 平成10年度検定分 計2

@ 関東郵政局管内神栖郵便局出納員田村某が、平成4415日から788日までの間に、契約者から受領した保険料の受入手続をしないなどして、簡易生命保険保険料等55,488,841円を領得したもの

A  関東郵政局管内柏郵便局出納員野口某が、平成7125日、部内職員からの簡易生命保険に係る貸付金の支払請求に対し、当該請求が正当権利者からのものであるか否かの確認を怠って払い渡した保険貸付金817,817,719円を領得されたもの

 

(六) 平成11年度検定分 計3

@ 北海道郵政局管内社台郵便局分任繰替払等出納官吏下山某が、平成7825日及び929日、保管中の現金の中から2,700,000円を領得したもの

A 東北郵政局管内常盤郵便局分任繰替払等出納官吏代理、出納員石山某が、平成6919日から101023日までの間に、金庫に保管中の現金、契約者から受領した定額貯金預入金等計71,772,900円を領得したもの

B 東海郵政局管内由比郵便局出納員小林某が、平成51129日から91022日までの間に、契約者から受領した簡易生命保険保険料18,756,490円を領得したもの