人権論 第2

        甲斐素直

 

国際人権論(日本国憲法と国際人権規約)

 

一 国際協調主義と法段階説

(一)  憲法98条=日本国の締結した条約の誠実な遵守

  →条約に抵触する法律は、憲法98条により無効である。

   →法律以下の段階に属する法規範にとって、

    条約の内容は憲法と同様に重要である。

 

(二) 国際人権条約と憲法解釈

例 1  表現の自由

初期の判例:石井記者事件(最大昭和2786日=百選152頁参照)

例 2 人種差別の意義=人種差別撤廃条約1条参照

例 3 女性差別の意義=女性差別撤廃条約4条参照

 

二 国際人権規約小史

(一) かつての国際社会=人権問題は、基本的に国内問題である

 

(二) ナチスによるユダヤ人の虐殺に代表される第二次世界大戦の苦い経験

  →平和と人権は不可分の関係にある

   =人権を各国が国内的に保障するだけでは国際平和の維持に不十分である

 

   →国連憲章(1945626日作成)前文、1 3項、55条、56

          参考=ドイツ降伏 194558日、日本降伏 同815

 

(三)  国連人権委員会 Commission on Human Rights の設置

(経済社会理事会決議=1946621日)

            国際人権章典案の作成の付託

(四) 世界人権宣言 Universal Declaration of Human Rights

    19481210日第3回国連総会採択)

  法的拘束力を持っていなかった

     「すべての人民及び国家が達成するべき共通の基準」

 

(五) 国際人権規約

  1966年        第21回国連総会で採択

  1976年        発効

  1978530日  わが国が署名

  19798 4  わが国で公布

 

三 国際人権規約の構造

(一) 次の4つの条約から構成される

  1 経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(通称A規約)

     一般に社会権、生存権的基本権、社会国家的基本権等と呼ばれる人権

     漸進的な実現が国家の義務となっている

 

  2 市民的及び政治的権利に関する国際規約(通称B規約)

     一般に自由権〜自由権的基本権と呼ばれる人権

     批准国に規約内容の即時の実施を義務づけている

 

  3 市民的及び政治的権利に関する国際規約についての選択議定書

     B規約の実施措置の一部について独立の議定書としたもの

  4 市民的及び政治的権利に関する国際規約の第二選択議定書

     B規約6条を受けて、死刑廃止を定めている。

 

(二) AB二つの規約は次のような構造を持つ

規定の内容 A規約 B規約
前文 前  文
総則 1部 1
  2部 2条〜5条
実体的権利規定 3部  6条〜15 3部  6条〜27
実施措置 4部 16条〜25 4部 28条〜45
    5部 46条〜47
(A規約
24条〜25条と同じ)
批准その他 5部 26条〜31 6部 48条〜53
(A規約第
5部とほぼ同じ)

(三) 実施措置について

  条約の文言の解釈やその実施方法を、条約加盟各国に全面的に委ねたのでは世界人権宣言と同様に、事実上法的拘束力がないことになってしまう。

→国際的制度により、締約国による規約上の権利規定の履行状態を監視すること が必要となる=実施措置 measures of implementation

 

 1 A規約の実施措置

  報告制度(16条)

    経済社会理事会に、段階的に報告を提出する(171項)

記載内容は、

○規約に定められた権利の実現のために執った措置

○これらの権利の実現にもたらされた進歩

○義務の履行程度に影響を及ぼす要因及び障害(172項)

 それに対する最終措置

○国連人権委員会による「一般的性格を有する勧告」(21条)

○経済社会理事会による技術援助及び国際協力(22条、23条)

 

 2 B規約の実施措置

  (1)報告制度(40条)

    内容的にはA規約とほぼ同様である。

  (2)締結国による申立制度(41条、42条)

人権委員会 Human Rights Committee の設置(28条〜39条)

@ 第1段階 締約国相互による注意喚起(411a

A 第2段階 人権委員会による斡旋 411b

B 第3段階 特別調停委員会による調停(421a

  (3)個人による申立制度(選択議定書)

人権委員会がB規約に定められた権利が侵害されたとする個人からの通報を審議し、問題の解決を図る。

 なお、わが国は、委員会が問題を審議する権限を認めるとの宣言を行っておらず、将来も行う意思がないので、三つの申立制度はいずれも適用にならない。

 

四 日本国政府の留保及び解釈宣言

 日本国政府は、国際人権規約に関し、3点の留保と一つの解釈宣言を行っている。

  すなわち、それらの限りで、規約の文言は、日本に関してだけは修正されていることになる。

(一) 留保

 1 A規約7dの規定の適用に当たり、この規定にいう「公の休日についての報酬」に拘束されない権利を留保する。

 

 2 A規約81dの規定に拘束されない権利を留保する。ただし、日本国政府による同規約の批准の時に日本国の法令により前記の規定にいう権利が与えられている部門については、この限りではない。

 

 3 A規約132b及びcの規定の適用に当たり、これらの規定にいう「特に、無償教育の漸進的な導入により」に拘束されない権利を留保する。

 

(二) 解釈宣言

 A規約82項及びB規約222項にいう「警察の構成員」には日本国の消防職員が含まれるものと解釈するものであることを宣言する。

 

注1:A規約は、本来、開発途上国のことを念頭において、規約内容の漸進的実現を図っていく趣旨であるが、わが国の上記留保は、そうした開発途上国が行うであろう漸進的な改善を将来に向かって行う意思もないことを明らかにした趣旨のものである。

注2:「留保」とは「国が、条約の特定の規定の自国への適用上その法的効果を排除し又は変更することを意図して、条約への署名、条約の批准、受諾もしくは承認又は条約への加入の際に行う単独の声明(用いられる文言及び名称のいかんを問わない。)」をいう(条約法に関するウィーン条約第2条及び第一部第二節参照)。