憲法人権論第16

                           甲斐素直

営業の自由と審査基準

 営業の概念

「利益を得る目的で同種の行為を継続的反復的になすことである。営利目的がある限り現実に利益を得たことは必要ではなく、また継続・反復の意思がある限り実際に反復することを要しない。しかし営利を目的とするすべての職業が営業となるわけではなく、医師・弁護士・画家などの職業は営利を目的としても一般に営業とは見られない。」(日本評論社=新法学辞典53頁より引用)

一 職業の自由と営業の自由の関係

(一) 職業=営業説

「職業選択の自由は、人がその生活を維持するため欲するところにしたがっていかなる職業をも選びうる自由、即ち私経済活動の自由を意味する」(註解日本国憲法434頁)

22条の保障する『職業活動の自由』は、営利追求を目的として主体的に職業を継続する『営業の自由』を含むと解すべきである」(阪本昌成『憲法理論V』225頁)

(二) 職業遂行=営業説

 「自己の選択した職業を遂行する自由、すなわち営業の自由」

(芦部信喜『憲法』新版201頁、戸波江二『憲法』新版285頁)

 「営業とは、職業遂行上の諸活動のうち、営利を目指す継続的で、自主的な活動をいう」                 (伊藤正己『憲法』第三版、360頁)

   ○ 中村睦男は、これが通説とする(『注釈憲法』青林書院、513頁)。

なぜ職業遂行の自由が直ちに営業の自由を意味するのかは、これらの論者は述べていない。一つの参考になる主張として、次のようなものがある。

「職業選択・遂行に関して経済性を帯びない職業についてはやや問題が残ろう。〈中略〉それらは、精神的ー身体的活動として、当該活動の実質面に従い、あるいは信教の自由、あるいは政治的活動の自由として処理されるべきもので、本条は経済的基本権としての側面を規律するに過ぎないと解すべきであろう。」

(佐藤幸治編著『憲法U』316頁=高橋正俊執筆部分)

(三) 営業=公序説

 営業の自由は、イギリスにおいて、公序public policyとして追求されてきたものであり、歴史的に見て人権に属するものではない(岡田予好「『営業の自由』と『独占』および『団結』」東京大学社会科学研究所編『基本的人権5』129頁以下)。

(四) 営業=2229条説

 営業の自由を営業する自由と営業活動の自由に分けることができ、前者の自由は22条の自由であるが、営業活動の自由は29条の財産権の保障の中で読むべきである

(今村成和「『営業の自由』の公権的規制」ジュリスト46041頁以下)

「職業決定の自由は本条項(22条)を根拠とするが、職業活動の自由は、ー自営業にあっては、ー本条項のほか291項を根拠とする。」

(長尾一紘「日本国憲法」第3260頁)

   自ら営業の主体となって活動する⇒営業の自由=職業遂行の自由

   被用者として営業活動をする  ⇒営業の自由=財産権の自由(29条)

    ○ 浦部法穂によれば、今やこれが通説という(『全訂憲法学教室』216頁。)。

 この説の理由付けの例

「この見解は、職業選択の自由が、人間がその能力発揮の場の選択を保障するものとして、いかなる社会体制にも通用する普遍的原理であるのに対して、営業の自由は資本主義社会に固有の原理であるという基本的認識が根底にあり、また、権利の制約の範囲について、前者は、それが、人間の能力の発揮の場であるのに鑑み、その自由は、十分に尊重されなくてはならないのであるが、精神的自由とは異なり、他人の生活に密接な関連を有するものであるのに対して、後者については、資本財としての財産権行使の自由には、自由主義経済の法的市中としての役割があるために、高度の統制を必要とするというのである。このような見解は、同じく経済的自由といっても、憲法22条と29条の管に性質上の際があることに着目し、職業選択の自由と営業の自由との関係を明確にしたものとして支持できるのである。」

(『憲法U』青林書院91頁、中村睦男執筆分)

(五) 営業=29条説

「営業活動・企業活動をおこなうのは、とりもなおさず、みずからの所有権(財産権)を行使することにほかならない」

(奥平康弘『憲法V 憲法が保障する権利』有斐閣法学叢書221頁)。

*       *       *

 どの説によって論じてもよいが、このように説が錯綜していることを念頭に、しっかりした理由付けを考えなければならない。

 

二 営業の自由における規制と審査基準

 営業の自由と小売市場判決(最大昭和471122日=百選200頁)

(一) 規制の類型

「憲法は、全体として、福祉国家的理想のもとに、社会経済の均衡のとれた調和的発展を企図しており、その見地から、すべての国民にいわゆる生存権を保障し、その一環として、国民の勤労権を保障する等、経済的劣位に立つ者に対する適切な保護政策を要請していることは明らかである。このような点を総合的に考察すると、憲法は、国の責務として積極的な社会経済政策の実施を予定しているものということができ、個人の経済活動の自由に関する限り、個人の精神的自由等に関する場合と異なつて、右社会経済政策の実施の一手段として、これに一定の合理的規制措置を講ずることは、もともと、憲法が予定し、かつ、許容するところと解するのが相当であり、国は、積極的に国民経済の健全な発達と国民生活の安定を期し、もつて社会経済全体の均衡のとれた調和的発展を図るために、立法により、個人の経済活動に対し、一定の規制措置を講ずることも、それが右目的達成のために必要かつ合理的な範囲にとどまる限り、許されるべきであつて、決して、憲法の禁ずるところではないと解すべきである。もつとも、個人の経済活動に対する法的規制は、決して無制限に許されるべきものではなく、その規制の対象、手段、態様等においても、自ら一定の限界が存するものと解するのが相当である。」

(二) 審査基準

「 社会経済の分野において、法的規制措置を講ずる必要があるかどうか、その必要があるとしても、どのような対象について、どのような手段・態様の規制措置が適切妥当であるかは、主として立法政策の問題として、立法府の裁量的判断にまつほかない。というのは、法的規制措置の必要の有無や法的規制措置の対象・手段・態様などを判断するにあたつては、その対象となる社会経済の実態についての正確な基礎資料が必要であり、具体的な法的規制措置が現実の社会経済にどのような影響を及ぼすか、その利害得失を洞察するとともに、広く社会経済政策全体との調和を考慮する等、相互に関連する諸条件についての適正な評価と判断が必要であつて、このような評価と判断の機能は、まさに立法府の使命とするところであり、立法府こそがその機能を果たす適格を具えた国家機関であるというべきであるからである。したがつて、右に述べたような個人の経済活動に対する法的規制措置については、立法府の政策的技術的な裁量に委ねるほかはなく、裁判所は、立法府の右裁量的判断を尊重するのを建前とし、ただ、立法府がその裁量権を逸脱し、当該法的規制措置が著しく不合理であることの明白である場合に限つて、これを違憲としてその効力を否定することができるものと解するのが相当である。」

明白性基準(狭義の合理性基準)

参考

小売商業調整特別措置法 

第三条  政令で指定する市の区域内の建物については、都道府県知事の許可を受けた者でなければ、小売市場(一の建物であつて、その建物内の店舗面積の大部分が50平方メートル未満の店舗面積に区分され、かつ、十以上の小売商(その全部又は一部が政令で定める物品を販売する場合に限る。)の店舗の用に供されるものをいう。以下同じ。)とするため、その建物の全部又は一部をその店舗の用に供する小売商に貸し付け、又は譲り渡してはならない。

政令で指定されている市

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政令で指定する物品

  一 野菜

  二 生鮮魚介類