憲法人権論第17

甲斐 素直

財産権の保障

一 今日における財産権概念までの発展

(一) 封建所有権の重層構造

(二) 近代所有権の出現

 フランス人権宣言17

 所有権は、一の神聖で不可侵の権利であるから、公共の必要が、法律に基づき、明らかにこれを要求する場合で、かつ、あらかじめ、正当な補償を支払う条件の下においてでなければ、何人もこれを奪われることがない

 明治憲法27

 日本臣民はその所有権を侵さるることなし。公益の為必要なる処分は法律の定むる所に依る

(三) 資本主義経済の発達と二つの変化

 1 資本主義の矛盾の拡大による財産権に対する公権的な規制の増加・常態化

 ワイマール憲法153

@ 所有権は、憲法によって保障される。その内容及び限界は法律によって明らかにされる。

B 所有権は義務を伴う。その行使は同時に公共の福祉に役立つべきである。

 2 債権の優越

   物権の硬直性⇔債権の柔軟性

債権の方が、社会の変化から来るニーズにより敏速に対応しうる。

⇒物権も、債権の確保に奉仕することを目的とする担保物権の重要性が増加

 新しい内容の債権が社会的基盤を確立してくると、法が追随し、そうした新種の権利に物権と同様の強力な保障を与える

⇒無体財産権:特許権、著作権等

(四) 現行憲法29条⇒広く「財産権」一般を保障

判例:行政財産の一時使用許可による利用権もここにいう財産権に含まれ、それを奪うには293項に基づく補償が必要であるとする

(最判昭和4925日、行政法判例百選T<第4版>212頁参照)。

二 私有財産制の意義

(一) 二重の保障

 1 個人が現に有する財産権を保障すること

 2 私有財産制という制度の保障

 その意味するもの

個人の具体的権利の保障←行政及び司法にしか及ばない(二項の存在)

制度の保障  ←立法権に及ぶ

(二) 制度的保障

  その中核をなす概念は何か?⇒私有財産制

資本主義の採用まで読めるか?

 ⇒佐藤幸治は営業の自由を根拠に、資本主義を採用していると主張する

  参考:1977年ソヴィエト憲法

11条(市民の所有)

B 市民は、農業経営及び個人副業経営を行うため、並びに法律で定められているその他の目的を実現するため、終身かつ相続しうる土地を占有する権利を有する。

C 市民の財産の相続権は、法律によって認められかつ保障される。

17条(個人営業) ソ連邦では法律に従って市民本人及びその家族の構成員のみの労働に基づく手工業、農業、及び住民に対する生活サービス領域での個人的勤労活動並びにその他の種類の活動が容認される。国家は、この活動が社会の利益のために利用されることを保障するために、個人的勤労活動を規制する。

 1 人間が、人間としての価値ある生活を営む上に必要な物的手段の享有までが保障の対象となるとする説

⇒個人の能力によって獲得し、その生活利益の用に供せられるべき財産を、使用、収益、処分する権利

その根拠1:

生産手段の私有を絶対的に保障していると解するべきなんらの法的根拠も存在しないこと

その根拠2:

財産権の社会性から見た場合、個人の生存に直結する財産権の保障までで、制度としては必要にして十分であること

 2 大きな財産と小さな財産説

「社会国家の使命が、なによりも先に、社会の下積みになった多くを占める国民に、人たるに価する生活を保障することだとしたならば、そこにおいて制限されるべき財産権とは、国民がその生活を営むための日常必需財産を支配する財産権を直接の対象とするのではなくーそういう『小さな財産』の財産権を意味するのではなく、もっと『大きな財産』の財産権ー貧乏や失業の原因を作った資本主義経済発展の原動力となった財産を支配する財産権をその主要な対象とすべきはずである。なぜならば、この『小さな財産』のもつ社会性は比較的弱いのに対して、『大きな財産』のもつ社会性は極めて強いからである。」

  高原賢治「社会国家における財産権」有斐閣『日本国憲法体系』第7巻249

(三) 法律により、現に存在する権利を廃止できるか?

憲法29条は「私有財産制度を保障しているのみでなく、社会的経済的活動の基礎をなす国民の個々の財産権につきこれを基本的人権として保障するとともに、社会全体の利益を考慮して財産権に対し制約を加える必要性が増大するに至つたため、立法府は公共の福祉に適合する限り財産権について規制を加えることができる、としているのである。」最高裁判所共有林分割制限違憲判決より引用

  例えば、永小作権のような権利さえも、廃止することはできないのか?

「憲法上保障される財産権とは、現時点で法律で定められる財産権と解した上で、その法律の定めが不必要・不合理である場合には違憲となると解する」

(戸波江二新版292頁)

三 損失補償制度

(一) 293項の意義

 293項はプログラム規定ではなく、具体的権利規定⇒河川附近地制限令判決参照

 今日の学説

@ 平等負担説(柳瀬『公用負担法』新版、256頁)、

「公益上必要な事業はそれによって利益を受ける社会の全員の負担において営まれるべきであることは平等の理想の要求するところであるが、しかるに実際においては、例えば事業のために特定の土地を必要とする場合に社会の全員の負担においてその需要を充たすと言うことは事実上不可能であり、しかも事業は公益上経営を必要とするものであるために、やむを得ず、その土地の権利者に一切の負担を負わせ、その犠牲において事業の需要を充たす」ことにならざるを得ない。この結果、「平等の理想は破られるので、この破られた平等の理想を元に復し、特定の一人に帰した負担を全員の負担に転化し、一旦失われた平等の理想を再び回復することがその目的とするところである」。

A 平等負担・財産権保障説(今村『国家保障法』32頁)、

 @説の論理の適用範囲を財産権の保障に限定する形で理解するのが通説

「適法な公権力の行使によって加えられた財産上の特別犠牲に対し、全体的な公平負担の見地からこれを調整するためにする財産的補償をいう」

(田中二郎『新版行政法』全訂第二版、上211頁より引用)

(二) 発生する損害の種類

 1 財産権補償:基本的に財産権の客観的価値を補償する。これに加えるに付随的損失、すなわち建物等の移転料補償、農業等の作業が阻害されることに伴う補償、仮住居費補償などがこれに含まれることに異論はない。

 ○ 完全補償とは、市場価格を補償するのではないことに注意!

あくまでも「全体的な公平負担の見地からこれを調整するためにする財産的補償」

   通常は、一般取引価格(市場価格ないし再取得価格)の補償である。

例:山奥の過疎の村がダムで水没する場合、その村の田畑に市場価格は存在しない。

⇒再取得価格(移転先で同等の面積の田畑を取得するのに必要な額)

 ○ 算定の基準時点としては事業認定の告示の時とされている(土地収用法71条)。

これについては、最判平成14611日(平成14年度重判17頁)参照

B 平等負担・財産権保障及び生活権保障(遠藤博也、不動産法大系第7174頁)

 2 生活権補償:個人の生活基盤が侵害されたことに対して行われる補償。

 3 精神的損失補償:上記諸問題から被る精神上の損失に対する補償。典型的には文化財的価値その他が失われることによる損失などがある。

○ 判例は、このような補償は一般に認めない。最判昭和63121日判決参照。

(三) 損失補償要否の基準

 何を以て、特別犠牲があったといえるか。

 1 個別的行為説:形式的に見て特定の者だけが受忍を強いられるのか、それとも一般の者が受忍するのか、という形式的基準によって識別する。

 2 警察制限説

 公共の安全秩序という消極目的のために課される財産権の制限(警察制限)⇒補償不要 公共の福祉の増進のためという積極目的のための財産権の制限(公用制限)⇒要補償

 3 内在的制約(社会的制約)説

 内在的制約に属するには、補償は無用⇒当初は基本的には上記警察制限と同趣旨

 近時は積極目的の場合でもこの語に含ませる⇒補償不要のいい換えに過ぎない

 4 受忍限度論+偶発的損失説(現時点での通説)

(1) 財産権の剥奪または当該財産権の本来の効用の発揮を妨げることとなるような侵害については、権利者の側にこれを受忍すべき理由がある場合でない限り、当然に補償を要する。

○ 財産権が剥奪される場合

 これは、普通は特別犠牲に入る。ただし、受忍するべき理由のある場合、すなわち

 ア 国家刑罰権の行使による没収・罰金等、

 イ 違法・有害・危険な物の除却廃棄(例えば建築基準法違反建築物の除却)、

 ウ 社会的に有害な行為の制限(例えば麻薬取締り)の場合

(2) この程度に至らない財産権行使の制限については、

  ア 当該財産権の存在が、社会的共同生活との調和を保っていくために必要とされるものである場合には、財産権に内在する社会的拘束の表れとして補償を要しないものと言うべく(例えば建築基準法)、

  イ 他の特定の公益目的のために、当該財産権の本来の社会的効用とは無関係に、偶然に課せられた制限であるときは補償を要する(例えば文化財保護等)

今村「財産権の補償」有斐閣『憲法講座』第2巻199頁より抜粋)

(四) 相対保障・完全補償の限界

 1 社会評価変化説

 農地改革に比すべき既存の財産権に対する社会評価の根本的な変化を反映していると解することができる場合、相当補償で足りると解する説(今村成和、戸波江二等)

 2 大きな財産・小さな財産説

 大きな財産は相当補償で十分だが、小さな財産は完全補償とする(佐藤幸治等)。

 3 生存財産・独占財産説

 生存財産の場合は完全補償、独占財産の場合は相当補償とする(浦部法穂)