憲法 第1回

甲斐 素直

 憲法の基本原理

 普通の憲法教科書で、憲法の基本原理という項目では、「わが国憲法の基本原理」と題して、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三つがあげてあるのを見ることが多い。それに対して、今日、ここで話をするのは、「わが国」という限定文言の付かない、一般的な基本原理である。すなわち、今日、多くの国々が制定している憲法に共通する基本原理の意味である。

 どこの国も憲法でも、これから説明する基本原理に等しい重み付けをしているのではなく、また、その基本原理の実現手段として同じ方法を採用しているのではない。わが国憲法の基本原理という場合には、他の国や明治憲法に比べて、わが国の現行憲法が力点を置いて制定されているところ、という意味なので、これから説明する内容に比べて、ずれたものとなるのは、当然のことといえる。

 

 一 根本原理

個人主義←→全体主義

    憲法13条「個人の尊厳の尊重」

 

二 19世紀型基本原理

1789年のフランス大革命以後、19世紀末まで、疑われることのない基本原理として機能していた、自由、民主、平等の3原理をここでは、19世紀型基本原理と総称する。

 

(一) 自由主義

  1  「国家からの自由」を問題にしている

「権力は腐敗する。絶対権力は、絶対的に腐敗する」。

したがって国家の私人間への介入を基本的に悪とする。

   自由主義を基調とする国家観→自由国家=夜警国家、消極国家

 

  2  派生原理→「権力分立制」

 

(二) 民主主義

  1 「統治者と被治者の自同性」

国家において統治するものと統治されるものとが同一という関係をもたせようとする原理

←社会契約説をベースとする民主主義が、統治が「被治者の同意」に基づくと  構成することとの相違に注意

 

  2 3つの派生原理

  (1)国民主権:

国の機関は、その権能を固有の権限として有しているのではなく、すべて国民から信託を受けることによりはじめて発生する

  (2)国民自治:

国政の権力は、すべて国民の代表者によって行使されなければいけない

  (3)国民享益:

国政によって生まれる利益は、すべての国民が等しくこれを享受できなければいけない

憲法前文

「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は係る原理に基づくものである。」

(三) 平等主義

 個人の尊厳を尊重する→人が人として、国に平等に取り扱われる

  憲法14条 「法の下の平等」

合理的な区別の許容

 

 20世紀型基本原理

20世紀を迎えるとともに、19世紀型基本原理に内在する矛盾が表面化した。そうした矛盾を解決し、真の個人主義を実現する手段として、従来の基本原理と矛盾した内容を持つ新たな基本原理が誕生してきた。

 

(一) 福祉主義

 19世紀型基本原理の導きによって確立した近代資本主義は、19世紀末に帝国主義段階を迎え、その内在的矛盾が、契約自由の原則という形を通して、

 ○資本家による労働者の搾取

 ○大企業による中小企業の搾取

という形で表面化してきた。

 他方、民主主義の確立・徹底により、国家に対する信頼が向上した。

 ⇒国家の私人間への積極介入を求める権利=憲法25

 

   福祉主義を基調とする国家観→福祉国家、社会国家、積極国家

 

  1 福祉主義に基づく国家活動

@公共財:代価を支払わなくとも、その利益を享受できる性格のサービス(非競合的性格)は市場原理によって供給することは不可能(市場の失敗=market failure)。そうしたサービスは国家が税金を原資として供給する必要がある。

○司法、警察、外交、国防等、夜警国家においても国家責務とされていたもの

A準公共財:サービスの利益が特定人に帰属するため私人による供給が可能であっても、人の健康で文化的な生活にきわめて密接な関係がある場合には、市場原理に委ねることができないので、国家の積極的な介入が必要となる。

○鉄道、道路、港湾その他の社会基盤施設・制度の整備

○病院、上下水道その他の公衆衛生施設・制度の整備

○学校、図書館、公民館、放送その他の文化施設・制度の整備

  2 福祉主義による自由主義の修正=実質的自由

 本来対等であるべき当事者間が、経済的要因その他により対等でないときは、国が私人間に介入し、一方当事者を援助することにより実質的に自由な交渉が可能とする。

→最低賃金法その他勤労の権利確保のための施策(27条)

→労働組合法その他労働者の権利確保のための施策(28条)

→独占禁止法(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)その他中小企業保護のための施策

  3 福祉主義による平等主義の修正=実質的平等

 本来平等でないものの間で、機械的に平等原則を適用するときは、弱者は一方的に阻害されることになる。そこで、国家が積極的に私人間に介入して、弱者を救済し、実質的に平等な状態が出現するように配慮する。

→生活保護法その他公費扶助による社会的・経済的弱者の救済施策

→健康保険法その他保険形式による社会的・経済的弱者の救済施策

 

(二) 平和主義

  1 二〇世紀の戦争の特徴

  近代民主主義原理⇒徴兵制

       全面戦争(総力戦)

  科学技術の発達⇒戦争遂行能力破壊の必要 ⇒戦争の惨禍が全国民に及ぶ

 

   ABC兵器の出現

  Atomic Weapon(原子兵器)
  Biological Weapon(生物兵器)
  Chemical Weapon(化学兵器)

 

   民族自決原則の承認

⇒国家にとって戦争が無意味なものとなる

  憲法前文「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意」した

  2 派生原則

  (1) 国際協調主義

  憲法前文「われらはいずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務である」

  第98条2項「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」

  (2) 非武装主義

  憲法前文「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我らの安全と生存を保持しようと決意した。」

  第9条「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する。前項の目的を達成するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。」