憲法 第5回
甲斐素直
表現の自由
一 消極的行使
(一)
19条と21条の関係21条1項の表現の消極的な行使形態として、沈黙の自由は保障されている。
21条1項の保障する表現の自由に含まれる。○ 人がその内心に保有する思想、信条その他の情報を対社会的に表白する自由は、基本的に
21条1項の表現の自由の消極的行使として、同条により基礎づけられる。 21条の保障は相対的な保障であって、法律の定めにより侵害することも可能⇒表現の自由がある、とは、そうした情報の何を対外的に表白し、何について沈黙するかの自由もあることを意味する。
⇒およそ一切の沈黙の自由は、基本的に
19条の保障する沈黙の自由は絶対的な保障と解するのが妥当である。
(
cf.事前抑制の法理と検閲の絶対的禁止)
(二) 沈黙の自由と
19条1 思想及び良心の概念内容
(1) 思想と良心とは、異なる概念か?
絶対的な保障であるため、この概念が何を意味するかは重要な問題となる。
異なる概念であることは確かである。
ただ、同一の条文で保障されているので、両者を峻別して論ずる実益に乏しい。
⇒二つの概念を併記することによって表現される統一概念を保護の客体とみる
(2) 統一概念の内容
一般観念説
内心において独自の考えを展開する自由
216頁〜その結果形成した観念を保持する自由一般
「世界観や人生観、イデオロギー、主義・主張など個人の内面的な精神作用を広く含む」辻村みよ子『憲法』
世界観説
3版]179頁「政治的信念、思想的確信、世界観などに限定される」
長尾一紘『日本国憲法』[第
世界観説の方が、
19条による保障範囲が一般観念説より狭くなる。21条の対象 cf.38条⇒どちらの場合も、内心の「事実に関する情報」には、保障は及ばない
⇒
事実に関する情報を沈黙する自由はない
具体的な対立点:沈黙の自由と謝罪広告(最大昭和31年7月4日百選
78頁)
(三) 沈黙の自由と
21条21条の沈黙の自由は、19条の保障する思想及び良心以外のものをもっぱら対象とする。 ⇒内心にある「事実に関する情報」が対象となる。
絶対的な保障ではなく、憲法、法律、処分等により侵害することが可能である。
1 憲法上の例外=
38条1項192条〜193条、刑訴150条〜153条の2)自己に不利益な供述を強要されない⇒不利益でなければ強要されることもある。
これを受けての訴訟法上の例外
裁判における証人の出頭義務(民訴
証人の宣誓・証言義務(民訴
201条、刑訴160条〜161条)証言の例外的免除
191条、刑訴144〜145条)公務上の秘密 (民訴
自己及び近親者等の不利益(民訴
196条、刑訴146条〜148条)業務上秘密 (民訴
197条、刑訴149条)例外の例外
21条1項で問題となるもの⇒取材の自由と取材源の秘匿
2 法律上の例外=通信傍受法
二 積極的行使とその限界
(一) 表現の自由の抑制
事前抑制(
prior restraint, or previous restraint)禁止の法理「あるコミュニケーションが生ずる時点に先立って発せられる、そうしたコミュニケーションを禁止する司法的・行政的命令」の禁止
なぜ、表現の自由は、事後抑制に比べて、事前抑制に厳しい制約が加わるのか?
「 表現行為に対する事前抑制は、新聞、雑誌その他の出版物や放送等の表現物が
その自由市場に出る前に抑止してその内容を読者ないし聴視者の側に到達させる途を閉ざし又はその到達を遅らせてその意義を失わせ、公の批判の機会を減少させるものであり、また、a
b
事前抑制たることの性質上、予測に基づくものとならざるをえないこと等から事後制裁の場合よりも広汎にわたり易く、濫用の虞があるうえ、実際上の抑止的効果が事後制裁の場合より大きいと考えられるのであつて、表現行為に対する事前抑制は、表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法
21条の趣旨に照らし、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうるものといわなければならない。」61年6月11日、 参照:百選148頁)より引用。ただし、原文は一文であって番号もなく、改行もされていない。北方ジャーナル事件(最大昭和
(二) 事前抑制と検閲の異同
1 単純に、事前抑制と検閲を同義と考える立場
「公共の福祉」概念によって、検閲も許容される場合があることになる。
2 事前抑制禁止の法理は
21条1項に根拠を求め、検閲は2項に根拠を求める異なる概念と解する立場=通説事前抑制は、相対的禁止であって、場合によっては許容される。
検閲は、絶対的禁止であって、いかなる場合にも許容されない。
⇒事前抑制は、表現の自由の内容として、米国において発達した概念である。
⇒検閲は、欧州において発達した概念であって、その内容は歴史的に限定される。
この結果導かれる検閲の定義
「行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部または一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき、網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すものと解すべきである。」税関検査事件(最大昭和50年9月10日 =百選150頁)
そのポイント
判決 | 通説 | |
規制主体 | 行政権 | 同左 |
規制時期 | 発表前に限定 | 事前及び事後 |
規制対象 | 思想内容等の表現物 | 表現内容のすべて |
規制手段 | 網羅的、一般的 | 個別審査も含む |
規制内容 | 不適当と認めるときは発表の禁止 | 同左 |
⇒検閲に該当しない場合でも、事前抑制の問題は残ることに注意!
(三) 事前抑制の許容条件
1 必要最小限度の規制<裁判所による事前抑制の条件>
必要最小限度の規制として事前抑制が行われていることを合理的に証明する手段
a
事前に公表されれば害悪が生ずることが異例なほど明白(unusual clarity)な場合、あるいは
b
事前抑制によって阻止しようとする損害が回復不可能(irreparable)な場合、
この点に関する判例の見解
cf
:北方ジャーナル事件・エロス+虐殺事件(百選T140頁)
2 規制規定の明確性<行政庁による事前抑制の条件>
明確性の法理=曖昧性ゆえに無効の法理
明確性の基準は何に求めるか?
税関検査に関する判決は、「通常の判断能力を有する一般人が、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうか」(徳島市公安条例判決)という基準をこの場合にも使用する。
反対:税関検査事件に対する伊藤正己ほかの反対意見
「表現の自由を規制する法律の規定は、それ自体明確な基準を示すものでなければならない。殊に、表現の自由の規制が事前のものである場合には、その規定は、立法上可能な限り明確な基準を示すものであることが必要である。それ故、表現の自由を規制する法律の規定が、国民に対し何が規制の対象となるのかについて適正な告知をする機能を果たし得ず、また、規制機関の恣意的な適用を許す余地がある程に不明確な場合には、その規定は、憲法21条1項に違反し、無効であると判断されなければならない。〈中略〉憲法上保護されるべき表現までをも包摂する可能性があるというべきであつて、右規定は不明確であり、かつ広汎に過ぎるものといわなければならない。」
3 手続き的保障<行政庁・裁判所いずれの場合にも要求される要件>
事前抑制が有する基本的な危険の一つは、適正な手続き的保障を欠いたまま、恣意的な行政裁量の下に表現の自由の保護範囲が決定されると言う点にある。そこで、そうした恣意的な取り扱いがなされないような保障の存在が必要である。
cf:北方ジャーナル事件
cf:行政手続法13条以下
(四) 集団示威運動
「行列行進又は公衆の集団示威運動は、公共の福祉に反するような不当な目的又は方法によらないかぎり、本来国民の自由とするところであるから、条例においてこれらの行動につき単なる届出制を定めることは格別、そうでなく一般的な許可制を定めてこれを事前に抑制することは、憲法の趣旨に反し許されないと解するを相当とする。しかしこれらの行動といえども公共の秩序を保持し、又は公共の福祉が著しく侵されることを防止するため、特定の場所又は方法につき、合理的かつ明確な基準の下に、予じめ許可を受けしめ、又は届出をなさしめて、このような場合にはこれを禁止することができる旨の規定を条例に設けても、これをもつて直ちに憲法の保障する国民の自由を不当に制限するものと解することはできない。けだしかかる条例の規定は、なんらこれらの行動を一般に制限するのでなく、前示の観点から単に特定の場所又は方法について制限する場合があることを認めるに過ぎないからである。さらにまた、これらの行動について公共の安全に対し明らかな差迫つた危険を及ぼすことが予見されるときは、これを許可せず又は禁止することができる旨の規定を設けることも、これをもつて直ちに憲法の保障する国民の自由を不当に制限することにはならないと解すべきである。」しかし、「本件条例一条の立言は一般的な部分があり、特に四条一項の前段はきわめて抽象的な基準を掲げ、公安委員会の裁量の範囲がいちじるしく広く解されるおそれがあつて、いずれも明らかな具体的な表示に改めることが望ましいけれども、条例の趣旨全体を綜合して考察すれば、本件条例は許可の語を用いてはいるが、これらの行動そのものを一般的に許可制によつて抑制する趣旨ではなく、上述のように別の観点から特定の場所又は方法についてのみ制限する場合があることを定めたものに過ぎないと解するを相当とする」から違憲ではない
(新潟県公安条例事件=最判29.11.24)
○ 東京都公安条例事件(最判35.7.20)=百選T176頁
○ 徳島市公安条例事件(最判50.9.20)=百選T178頁
○ 道路交通法による制限=佐世保事件=最判57.11.16=百選T 180頁