憲法 第6回

甲斐素直

知る権利

一 問題の所在

 表現の自由は、本来、受け手を抜きにしては考えることのできない権利である。

  ⇒知る権利は、我が国憲法制定時には権利として明確に認識されていなかった。

 初期判例=石井記者事件

「憲法の保障は、公共の福祉に反しない限り、いいたいことはいわせねばならないということである。未だいいたいことの内容も定まらず、これからその内容を作り出すための取材に関し、〈中略〉証言拒否の権利までも保障したものとはとうてい認められない。」(最判昭和27年8月6日)百選T 152頁

 

 基本的問題の所在=20世紀における「思想の自由市場」の崩壊現象

  二つの発生原因

第一の発生原因=社会国家の出現    ⇒国家による大量の情報の独占・秘匿

第二の発生原因=巨大マスメディアの出現⇒情報の発信者と受け手の分離

 

二 情報受領権としての知る権利と取材の自由

(一) 知る権利は、報道の自由⇒取材の自由の根拠として主張されるようになった。

  1 米国新聞週間におけるキャンペーン(1950年代)

 

  2 法制における承認

  (1) ドイツ連邦基本法(1949年)5条1項

「各人は、言語、文書、図画によって自己の意見を自由に表明し流布する権利、及び一般に近づくことのできる情報源から妨げられることなく知る権利を有する。出版の自由ならびに放送及びフィルムによる報道の自由は保障される。検閲は行われない」

 

  (2) 国際人権B規約第19条

 

  (3) わが国における具体的権利化

   本会議における傍聴(憲法57条)⇒国会法52条(委員会の傍聴)

裁判所における傍聴(憲法82条) 参照→レペタ事件百選T 156頁

 

  3 判例における承認

  (1) 博多駅事件取材フィルム提出命令(昭和44年11月26日)百選 158頁

 

  (2) 西山記者事件(最判昭和53年5月31日) 百選 162頁

 

  (3) TBSビデオテープ押収事件(平成2年7月9日最高裁決定)百選 160頁

 

  (4) 北海タイムス事件(最大昭和33年2月17日)百選 154頁

 

三 情報収集権としての知る権利とその制約

 取材の自由の背景に存在する権利として出発した「知る権利」は、次第に、それ自体が独立の自由権として認められるようになる。

⇒ワイセツ著作の制限やプライバシーの権利も、知る権利を制約する存在として考えることができる。しかし、それらは、従来から、情報発信権との関係で問題とされてきているため、特に知る権利と関連して論ずる必要はなかった。

(一) 被拘禁者の権利

 1 ラジオ聴取・新聞閲読の制限

 大阪地裁昭和33年8月20日判決 百選 34頁(特別権力関係論否定)

 

 2 被拘禁者の喫煙の自由 最大昭和45年9月16日 百選36頁

 

 3 被拘禁者の知る権利と新聞閲読の自由の制限 最大昭和58年6月22日 百選38頁

 

(二) 児童の知る権利と青少年保護育成条例

     最高裁平成元年9月19日 百選 116頁

 

四 自由権の社会権化=国に対する権利

 

五 個人の具体的権利としての国の情報を知る権利(情報収集権)

 具体化する法律や条例がない場合に、国や地方公共団体に対する情報公開を憲法21条から直ちに具体的権利として導くことができるか、については、争いがある。

⇒否定するのが通説である。

 

(一) 法律や条例によって、公的情報に対するアクセス権が認められている場合

   1 刑事訴訟法53条1項(訴訟記録の閲覧)⇒刑事確定訴訟記録法

参照 最決平成2年2月16日 百選U 412頁

 

   2 地方公共団体における情報公開条例(すべての情報の原則的公開)

都道府県ではすべてに情報公開条例が存在している。

市町村レベルでは、まだあまり進捗していない。

 

(二) 情報公開法(正式には「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」)の制定

(三) 個人情報保護法(プライバシー保護法)の制定

 

六 マスメディアの報道の自由における特権的地位

(一) 取材の自由とその特権

   1 わが国における具体的権利化

本会議における傍聴(憲法57条)⇒国会法52条(委員会の傍聴)

裁判所における傍聴(憲法82条) 参照→レペタ事件百選T 156頁

   2 博多駅事件取材フィルム提出命令(昭和44年11月26日)百選T 158頁

   3 西山記者事件(最判昭和53年5月31日) 百選T 162頁参照

 

(二) 発表の自由とその特権

   1 月刊ペン事件(最判昭和56年4月16日=百選146頁参照)

 公共の利害に関する事実を緩やかに認定する。

   2 夕刊和歌山時事事件(最判昭和44年6月25日=百選144頁参照)

 真実性の証明ができなかった場合の救済策

   3 北方ジャーナル事件(最大昭和61年6月11日=百選148頁)

 事前抑制禁止の法理

 

七 巨大マス・メディアにおける表現の自由の制限

 情報の発信者が極端に特定のマスメディアに限定されている社会にあって、当該マスメディアに意見表明の自由や編集の自由を認めるときは、その社会の構成員の「知る権利」が大きく侵害されることになる。

(一) 電波メディアにおける基本的独占性と表現の自由の制限

 電波はきわめて限られた周波数しか使用可能ではない、という意味で、貴重な公共の財産であり、そのような貴重な公共材の私物化はとうてい許容できない。その結果、表現の自由は大幅に制限されることになる。

 

1 電波メディアは、放送法の定めるところにより、政治的問題等に関して、特定の党派の主張を支持するような社説を表明することは許されない。

 報道内容が、特定の党派に有利になったり不利になったりすることは許されない。

  ⇒テレビ朝日報道部長放言事件と国会喚問

2 視聴者に特定の印象を与えるような編集権の行使は許されない。

  ⇒TBS報道特集におけるサブリミナル手法使用事件

3 誤った放送と、その訂正義務

 これらの原則に反する報道がなされた場合、どのようにして是正したらよいか?

テレビ朝日事件における国会の喚問のように、国家権力の介入による不偏不党の確保は、形を変えた検閲という事態に過ぎず、角を矯めて牛を殺すものとなる。

 考えられる対策

@ 中立機関による介入・・かっては電波監理委員会という独立行政委員会が設け  られ、これが放送の監視に当たっていたが、廃止になった。

A 国民自身の手により実質的に不偏不党性を確保する、情報管理の手法が何か考えられる必要がある。真実に反する報道により被害を受けた者自身がマスメディアへ直接アクセスし、正しい放送を行わせる権利を認めればよい。

⇒放送内容の訂正請求権(放送法4条)

 

(二) 印刷を利用した巨大マスメディア(=新聞)に、どこまで、この法理は類推適用 されるか?

  1 不偏不党性

  新聞協会倫理綱領によって貫かれる必要があるとされている。

 

  2 真実に反する報道が行われた際に、被害者からのアクセス権は認められるか。

  名誉毀損と謝罪広告の強制(判例T 78頁)

 

  3 サンケイ新聞事件(判例T 166頁)

 自由民主党が産経新聞に、共産党を狙い打った意見広告を掲載したのに対して、共産党が産経新聞に、同じ位置に同じ大きさの広告を無料で乗せるように請求した事件

 

  4 投書欄、投稿欄等による読者の意見の紙面への反映

 

 

参照=放送法

第一条(目的)  この法律は、左に掲げる原則に従つて、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的とする。

一  放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること。

二  放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること。

三  放送に携わる者の職責を明らかにすることによつて、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること。

 

第三条の二(国内放送の放送番組の編集等)  放送事業者は、国内放送の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。

一  公安及び善良な風俗を害しないこと。

二  政治的に公平であること。

三  報道は事実をまげないですること。

四  意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

第四条(訂正放送  放送事業者が真実でない事項の放送をしたという理由によつて、その放送により権利の侵害を受けた本人又はその直接関係人から、放送のあつた日から三箇月以内に請求があつたときは、放送事業者は、遅滞なくその放送をした事項が真実でないかどうかを調査して、その真実でないことが判明したときは、判明した日から二日以内に、その放送をした放送設備と同等の放送設備により、相当の方法で、訂正又は取消しの放送をしなければならない。