憲法第8回 自由権論そのD

 甲斐素直

経済的自由権

一 職業の自由

(一) 職業選択の自由と職業遂行の自由

  1 どのような職業を選択するか、という問題には精神的自由権の側面がある。

「職業は、人が自己の生計を維持するためにする継続的活動であるとともに、分業社会においては、これを通じて社会の存続と発展に寄与する社会的機能分担の活動たる性質を有し、各人が自己のもつ個性を全うすべき場として、個人の人格的価値とも不可分の関連を有するものである。」

最判昭和50430日=薬事法違憲判決=百選202ページ

  2 職業の遂行は、社会に強い影響を与える。

     どのような職業を行うかは、社会に強い影響を与える。⇒事前抑制の必要

  (1) 消極規制 他者の自由権侵害を防ぐための規制

    @ 禁止=反社会性の極めて強い行為 例:売春、有料職業紹介事業

    A 資格制限(個人免許) 例:医師、薬剤師、弁護士、調理師、教員等の免許

    B 営業に関する免許、許可、登録、届出

厳格な合理性基準 薬事法判決参照

  (2) 積極規制 他者の社会権侵害を防ぐための規制

    @ 国家の独占事業 例:郵便

    A 特許 公益事業 例:電力会社

    B 独占禁止法に基づく規制

    C その他、社会的経済的弱者保護を目的とした規制

 

狭義の合理性基準 rationality test, rational basis standard of review

 司法消極主義⇒明白性の原則

「裁判所は議会が単に誤りを犯しただけでなく、極めて明白な、合理的な疑いの余地のないほど明白な誤りを犯したときだけ法律を無視できる」

⇒小売市場の開設制限判決参照=百選200ページ

 

(二) 営業の自由と営業活動の自由

   職業遂行の自由は営業の自由か?

  1 肯定説:芦部、戸波等

  2 否定説:今村、浦部等

「『職業選択の自由』というのは、自己の能力発揮の場たる職業を自由に選択しうることを意味するから、その中に、『営業の自由』が含まれるのは、当然のことのように思われる。しかし、実はこれは資本主義社会の仕組みであって、経済的自由が認められていなければ、『営業の自由』もあり得ない。そして、経済的自由は、財産権行使の自由に基づくことであるから、それを保障するものは、憲法29条である。」

今村成和「『営業の自由』の公権的規制」ジュリスト46041頁以下

 営業の自由(営業の自由の種類により、根拠条文が違うと考える)

自ら営業をする自由                      22条及び29

被用者として営業活動をする自由     29

 

二 居住及び移転の自由(221項)

 居住及び移転の自由には、精神的自由権としての側面がある。

「憲法における人権保障の構造が資本主義体制と癒着していた時代にあっては、居住移転の自由を職業選択の自由、営業の自由と結合させ、経済的機能の面からの見とらえることも可能であったし、適当であったともいえる。しかし、それをその本質から考えなおしてみるときに、それは、より広い機能をもつものとされねばならない」

伊藤正己有斐閣『日本国憲法体系第七巻基本的人権T』昭和40年刊、193頁以下

(一) 海外渡航の自由

  1 日本人の海外渡航の自由

居住及び移転の自由の一環として理解することができる。

  2 外国人の自由

  (1) 入国の自由 憲法の保障が及ばない

  (2) 出国の自由 完全な自由である

  (3) 再入国の自由 これを規制することは、実は出国の自由の規制になる。

 

三 財産権の保障(29条)

(一) 個人が現に有する財産の保障

(二) 私有財産制の保障

人間が、人間としての価値ある生活を営む上に必要な物的手段の享有までが保障の対象となると考える。換言すれば、個人の能力によって獲得し、その生活利益の用に供せられるべき財産を、使用、収益、処分する権利

⇒生産手段の私有を絶対的に保障していると解するべきなんらの法的根拠も存在しないこと、財産権の社会性から見た場合、個人の生存に直結する財産権の保障までで、制度としては必要にして十分であること、

(三) 国家補償

「公益上必要な事業はそれによって利益を受ける社会の全員の負担において営まれるべきであることは平等の理想の要求するところであるが、しかるに実際においては、例えば事業のために特定の土地を必要とする場合に社会の全員の負担においてその需要を充たすと言うことは事実上不可能であり、しかも事業は公益上経営を必要とするものであるために、やむを得ず、その土地の権利者に一切の負担を負わせ、その犠牲において事業の需要を充たす」ことにならざるを得ない。この結果、「平等の理想は破られるので、この破られた平等の理想を元に復し、特定の一人に帰した負担を全員の負担に転化し、一旦失われた平等の理想を再び回復することがその目的とするところである」                柳瀬良幹『公用負担法』新版、256

⇒偶発的な特別犠牲があるもののみ、損失補償が行われる。