憲法第11回

           甲斐 素直

勤労権・労働基本権

一 勤労権の内容と法的性格

(一) 勤労=基本的に個人の自由(強い「私事性」)

 資本主義社会の特色として、勤労の場は通常私人間で形成される。

 

(二) 「勤労の義務」をどう考えたらよいか

 →積極的な法的意味はない

「働かない自由」も勤労の自由の消極的行使として当然に認められる。

   =親伝来の財産の上に無為徒食する自由は認められる

 ⇒消極的な法的意味はある

=勤労の能力を持ちながら、その意思を持たない者が国に対し健康で文化的な最低限度の生活をおくる権利を主張する場合に、それを遮断する

 

(三) 社会権 (請求権的側面)

  1 その法的意味

勤労の機会の圧倒的多数は、私企業から提供される←資本主義社会の特徴

⇒教育権のように国として勤労の機会を直接創出する必要は通常はない。

⇒例外として、特殊な経済事情や労働者の場合に、創出の義務が発生する。

○現代の高度に発達した資本主義社会においては、労働者と使用者の力の差が大きい

⇒勤労の自由を形式的に保障するに止める場合には、使用者側の提示する労働条件 を受諾する以外には勤労の機会を得ることは出来なくなる

=労働者自身の手で健康で文化的な労働条件を確保することは非常に困難

⇒社会権〜生存権的基本権として把握する必要がここにある。

  2 その行使手段

 国として、労使双方の間への介入の手段

  @ 原則=労働条件の法定  ⇒27条2項3項

  A 例外=勤労の機会の創出 ⇒27条1項

  B 労働基本権の保障     ⇒28条

 

二 原則的介入手段=労働条件の法定

 健康で文化的な労働生活を送るための条件を国が定めて、私人に強要するという意味で、きわめて生存権的性格の強い法分野である。ここで定められているのは、最低限度に過ぎず、これを上回る条件を雇用契約の当事者間で自由に定めることができるのは、勤労の自由の概念から当然のことである。実際には、労働基本権を通じて、それが実現される。

(一) 労働条件そのものに対する直接の規制

労働基準法、最低賃金法、賃金の支払いの確保に関する法律等

(二) 職場環境の整備

労働安全衛生法、じん肺法、家内労働法等

(三) 労働環境の整備

雇用保険法、労災保険法、中小企業退職金促進法等

 

三 例外的介入手段=勤労の機会の創出

勤労の意思を持ちながら、現実に勤労の場を持っていない者に対し、「その能力に応じて妥当な条件の下に適当な職業につく機会を与え、職業の安定を図」れるよう勤労の場を提供する為に必要な諸活動も、勤労の権利は要求する。

⇒例外的に積極的な権利性の認められる法分野

(一) 基本法

雇用対策法

(二) 勤労の機会の一般的な供給及び創出

職業安定法、船員職業安定法、港湾労働法

派遣業法(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整 備等に関する法律)

○ 就職の斡旋活動は、私人によって有料で行われるときは「労働者の能力、利害、妥当な労働条件の獲得、維持等を顧みることなく、労働者に不利益な契約を成立せしめた事例多く、これに起因する弊害も甚だしかったことは顕著な事実(最大昭和25年6月21日)」であるところから、私人によるそれを原則的に禁じ(職業安定法32条)、原則としてその種活動を国の手で無料で行うことは違憲ではない。

(三)雇用対策

労働市場において、その経済的価値が認められない労働者、すなわち未熟練労働者、女子、高齢者および身体障害者等に対して、雇用の機会を創造するための諸施策を講ずる

 1 雇用される能力の創出

職業能力開発促進法、地域雇用開発等促進法等

 2 特にハンディのあるものに対する雇用機会の供給ないし創出

男女雇用機会均等法、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律

障害者の雇用の促進等に関する法律等

○ 障害者における国の施策の実際

@ 障害の程度に応じた職業訓練

A 官庁や企業に対しては一定割合以上の障害者の雇用を義務づけ(民間企業1.6%、非現業2%、現業1.9%)、これを下回る事業所からは納付金を徴収し、上回った事業所に対する助成金の原資とする。

B 公的施設内の一般売店ないしタバコの売店の設置に当たり優先権を与える

C そうした労働にも耐えられないほどに障害が重い者に対しては、家庭内で実施できる程度の軽微な労働で実施可能な生産業務を委託し(そうした活動をするところを「授産所」という(生活保護法38条参照))、その製品で政令で指定するものについては国等で優先購入する

 

四 労働基本権の保障

(一) 労働三権(下線を付したもの)

 憲法の認める権利

    団結権

 団体交渉権 その他の団体行動権

⇒労働関係法の認める権利=争議権

 注:争議権の定義= 労働関係調整法7条

 ⇒ただし、これに該当することで、即、正当な争議行為となるわけではない。

 

(二) 労働三権が労働者の基本的権利だということの意味

@ 使用者が、労働者が労働3権を享受するのを妨害する行為は、不当労働行為として禁止される(労働組合法7条、国家公務員法108条の7等参照)。

A 争議行為は、民事上の労働契約違反となる。⇒労働行為では債務不履行による損害賠償の対象とならない(民事免責)。

B 争議行為はすべて、威力業務妨害罪が成立し、又、争議行為は一般に現住建造物侵入罪が成立する。刑罰の対象となる。⇒労働行為では、憲法の保障によりそれを禁圧することが国に禁止される(刑事免責)。

 

(三) 労働基本権の限界

  1 労働組合が組合員の政治活動を統制することは許されるか

○ 最大昭和43年12月 4日 三井美唄炭坑事件(百選U 318頁)

○ 最判昭和50年11月28日 国労広島地本事件(百選U 320頁)

  2 団体行動権とその限界

  (1) 政治ストは許されるか

 最高裁昭和48年4月25日=全農林警職法改正反対事件大法廷判決(百選U 312頁)

「勤労者なるがゆえに、本来経済的地位向上のための手段として認められた争議行為をその政治的主張貫徹のための手段として使用しうる特権をもつものとはいえないから、かかる争議行為が表現の自由として特別に保障されるということは、本来ありえないものというべきである」

  (2) 公共の福祉と争議権の制限=労働関係調整

 労働条件をめぐる紛争は、法律的問題に関する紛争ではないから、その決着を裁判で付けるということができない。しかし、使用者と労働者を対等な地位に置いて力と力の衝突に任せておいたのでは、労働争議が泥沼化することは必至である。

⇒当事者にとって不利益であるのはもちろん、社会全体としても大きな不利益

労働委員会(労働組合法第4章)が労働争議の解決に当たる(労働関係調整法)

使用者、労働者及び公益の代表の3者が委員となる

  ○ 労働委員会の有する解決方法

斡旋=斡旋員が労使双方の主張の要点を確かめ、紛争解決を努力する

調停=調停委員会が調停案を作成し、それを土台に解決を図る

仲裁=仲裁委員会が、労働協約と同一の効力をもつ裁定を下す

原則=どの方法を使用するかは、紛争当事者の選択

例外=公益事業については労働委員会もしくは労働大臣・都道府県知事も調停申請をすることができる。また、国営企業等については、国は仲裁の申請をすることもできる。

○ 公益目的のための争議権の制限

 

五 公務員の労働基本権

(一) 労働者の定義=労働組合法3条

公務員は「自己の労務を提供することにより生活の資を得ている点においては、一般の勤労者と異なるところがないのであるから、憲法28条にいう勤労者にあたるものと解される。」昭和52年5月4日=名古屋中郵事件最高裁判所大法廷判決=百選314頁

 

(二) 公務員の争議権の制限は合憲か?

 この分野における現在のリーディングケースは、全逓名古屋中郵判決(最高裁昭和52年5月4日大法廷判決)であるので、それを軸に議論を行うべきである。

 1 公務員の労働内容の公共性

これについては、かつては強く主張されたが、今日もはや理由とされない。

 

 2 公務員は憲法83条に示される財政民主主義にのっとり、法律と予算の形でその勤務条件を決定される地位にある

⇒現業公務員における団体交渉権

 

 3 国営企業や地方公営企業の場合、労使関係に市場の抑制力が欠如しており、そのため争議権の保障が勤務条件の適正化に働かない

⇒公益事業では、市場の抑制力は存在しているか?

 

 4 法が争議行為の禁止に見合う代償措置を規定している

⇒適正に機能しているといえるか?

 

(三) 公務員の労働基本権が制限されることが肯定される場合にも、それを刑事罰をもって強制するのは妥当といえるか。

⇒学説は一般に刑事罰を否定する。

判例

○ 否定(昭和41年10月26日 全逓東京中郵 最高裁大法廷判決=百選308頁) 

○ 肯定(昭和52年 5月 4日 全逓名古屋中郵最高裁大法廷判決=百選314頁)

 公労法17条1項による争議行為の禁止が憲法28条に違反しておらず、その禁止違反の争議行為はもはや同法条による権利として保障されるものではない

⇒民事法又は刑事法が、正当性を有しない争議行為であると評価して、これに一定の不利益を課することとしても、その不利益が不合理なものでない限り同法条に牴触することはない