憲法 第12回
甲斐 素直
プライバシーの権利
一 私法上の権利としてのプライバシー
一人でいさせて貰いたい権利 right to be let alone という私法上の権利
(ウォーレン及びブランダイスによる1890年の論文で誕生)
(一) 典型例=モデル小説「宴のあと」事件判決(百選138頁)
「プライバシーすなわち身体のうち通常衣服をまとつている部分、夫婦の寝室および家庭の内状、非公開の私室における男女の愛情交歓などその性質が純然たる私生活の領域に属し、しかも他人の生活に直接影響を及ぼさない事項については他人から『のぞき見を受け、その結果を公開されること』、もしくは『のぞき見』の結果であるかのような描写が公開されることから法律上保護される権利」
同旨、映画「エロス+虐殺」事件(東京高裁昭和45年4月13日=百選140頁)
ノンフィクション「逆転」事件(最高裁平成6年2月8=百選142頁)
私小説「石に泳ぐ魚」(柳美里=ユウミリ作)
東京地裁平成11年6月、東京高裁13年2月15日、最高裁判所14年9月24日
(二) 憲法学との交点
1 もともと私人間で、私法上の権利として発達した。
⇒私人間効力は当然に認められる。間接適用説などを考える余地はない。
2 人権を制約するものは憲法の問題である。
⇒プライバシーは、表現の自由を制約する概念なので、憲法論で論ずる必要がある。
3 プライバシーを侵害する表現の自由は、そもそも認められない。
⇒事後抑制の場合にだけ、この問題が発生する。
4 裁判所による事前救済
国家による公権的介入である限りで、公法上の問題としての側面を持つ。
参照:北方ジャーナル事件(百選148頁)
注:この事件自体は名誉毀損に関するもので、プライバシーの権利に関するものではないが、表現の自由に対する事前抑制という点は共通の問題である。
二 公法上の権利としてのプライバシー
(一) 初期
「この権利は、人間の実存と創造性にかかわるものとして、公法の領域でも妥当すべきものと解されるに至った。」(佐藤幸治、第3版、453頁)
この結果、プライバシーとして論じられるものが、当初の概念よりも著しく膨張した。
前科照会の禁止(最高裁昭和56年4月14日=百選44頁)
指紋押捺の拒否(最高裁平成7年12月15日=百選10頁)
(二) 後期
情報化社会の出現による決定的変質
断片的な情報そのものは公開されているか、誰もがアクセス可能なものであるが、それが電算化されることにより、相互に連結、総合することが可能となり、その結果、断片的な情報の積み上げに止まらない個人のプロフィールが当該個人の知らない間に広く伝搬する可能性が発生した。こうした形の権利侵害に対応するためには、個々の情報が私生活上の秘匿度が高いかどうかに関係なく、個人情報の蓄積〜外部への提供の段階で、その情報の主体たる個人に、積極的、予防的な権利を認める必要が発生した。これもプライバシーの名の下に理解されることになった。
(三) 人格的利益説からの定義=自己情報コントロール権
「個人が道徳的自律の存在として、自ら善であると判断する目的を追求して、他者とコミュニケートし、自己の存在にかかわる情報を開示する範囲を選択できる権利」
(佐藤幸治、第3版、453頁)
「個人にかかわる情報のうち道徳的自律の存在としての個人の実存にかかわる情報」
⇒自己情報コントロール権
(四) 一般的行為自由説ではどうなるか?
この立場では、公法上の権利としてのプライバシーは考えない。
「プライヴァシーを、自由から切り離して考えることはできない。プライヴァシーとは、個人がある確実な私的領域を持っていること、その領域には他人が進入できないことを指す。プライヴァシー権は、社会的評価から自由な活動領域を個人に与えるための法上の概念であり、自由という保護領域の典型例である。プライヴァシーは、対自的自我(意識体験としての自我)と対他的自我(他者との対立や関係交渉によって感知される自我)との間の個体内コミュニケイションを自由に解放して、人間の精神の平穏さを守るのである」 (阪本昌成『憲法理論U』成文堂250頁)
三 自己情報コントロール権の内容
情報は、すべてのものが大なり小なり、相互に関連しているから、単に自己に関係のある情報というだけでは、範囲の限定が不可能である。
⇒どう考えれば具体的権利性を確保できるか?
(一) プライバシー固有情報⇒その種情報収集の原則的禁止
センシティブ情報=個人の生き方・生活・生存の基本的内容(全体像)を示す個人情報
@ 正当な理由又は本人の同意なしに他者に非公知の個人情報を収集されない権利
A 他者により正当に収集された自己情報であっても、その収集目的を越えて利用・開示されない権利
B 他者がいかなる自己情報を保有しているかについて本人が確認・閲覧できる権利
C 正当な理由なく保有されている自己情報の削除・訂正請求権
(二) プライバシー外延情報⇒他への提供の原則的禁止(注釈日本国憲法294頁)
四 国際的な発展
プライバシー保護と個人データの国際流通についてのガイドラインに関するOECD理事会勧告(1980年)
(1)(収集制限の原則):個人データの収集には制限を設けるべきであり、いかなる個人データも、適法かつ公正な手段によって、かつ適当な場合には、データ主体に知らしめ又は同意を得た上で、収集されるべきである。
(2)(データ内容の原則):個人データは、その利用目的に沿ったものであるべきであり、かつ利用目的に必要な範囲内で正確、完全であり最新なものに保たれなければならない。
(3)(目的明確化の原則):個人データの収集目的は、収集時よりも遅くない時点において明確化されなければならず、その後のデータの利用は、当該収集目的の達成又は当該収集目的に矛盾しないでかつ、目的の変更毎に明確化された他の目的の達成に限定されるべきである。
(4)(利用制限の原則):個人データは、上記原則により明確化された目的以外の目的のために開示利用その他の使用に供されるべきではないが、次の場合はこの限りではない。
(a) データ主体の同意がある場合、又は、
(b) 法律の規定による場合
(5)(安全保護の原則):個人データは、その紛失又は不正なアクセス、破壊、使用、修正、開示等の危険に対し、合理的な安全保護措置により保護されなければならない。
(6)(公開の原則):個人データに係わる開発、運用及び政策については、一般的な公開の政策が取られなければならない。個人データの存在、性質及びその主要な利用目的とともにデータ管理者の識別、通常の住所をはっきりさせるための手段が容易に利用できなければならない。
(7)(個人参加の原則): 個人は次の権利を有する。
(a) データ管理者が自己に関するデータを有しているか否かについて、データ管理者又はその他の者から確認を得ること
(b) 自己に関するデータを、
(i)合理的な期間内に、
(ii)もし必要なら、過度にならない費用で、
(iii)合理的な方法で、かつ、
(iv)自己に分かりやすい形で、
自己に知らしめられること。
(c) 自己に関するデータに対して異議を申し立てること、及びその異議が認められた場合には、そのデータを消去、修正、完全化、補正させること。
(8)(責任の原則):データ管理者は、上記の諸原則を実施するための措置に従う責任を有する。
五 自己情報コントロール権に関連する立法 (OECD勧告を受けてわが国で行われた立法)
(一) 行政機関の保有する電気計算機処理にかかる個人情報の保護に関する法律(昭和63年法95号、以前は、これを「個人情報保護法」と略称していた)
第一条 この法律は、行政機関における個人情報の電子計算機による処理の進展にかんがみ、行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の取扱いに関する基本的事項を定めることにより、行政の適正かつ円滑な運営を図りつつ、個人の権利利益を保護することを目的とする。
(二) 個人情報の保護に関する法律
第一条 この法律は、高度情報通信社会の進展に伴い個人情報の利用が著しく拡大していることにかんがみ、個人情報の適正な取扱いに関し、基本理念及び政府による基本方針の作成その他の個人情報の保護に関する施策の基本となる事項を定め、国及び地方公共団体の責務等を明らかにするとともに、個人情報を取り扱う事業者の遵守すべき義務等を定めることにより、個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とする。
第二条 この法律において「個人情報」とは、生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)をいう。
(三) 国民総背番号制
住民基本台帳ネットワークシステムは、市区町村が行う各種行政の基礎である住民基本台帳のネットワーク化を図り、4情報(氏名・住所・性別・生年月日)、住民票コードとこれらの変更情報により、全国共通の本人確認を行うための仕組み
六 プライバシー類似の権利
(一) 欲せざる意見や刺激によって心をかき乱されない自由
⇒静穏のプライバシー=囚われの聴衆
例:サブリミナル効果
電車内の広告放送(最高裁昭和63年12月20日=百選50頁)
同じプライバシーの権利と呼ばれるが、自己情報コントロール権に比べると遙かに弱い権利である。
(二) 自己決定権=人格的自律のプライバシー
一定種類の重要な決定を独自に行う自由
(広義のプライバシーの権利=芦部憲法学U355頁)
1 人格権に属する権利は本来、権利者自身による決定が認められない。
例:自殺の権利はない⇒自殺関与罪・同意殺人罪(刑法202条)
売春の権利はない⇒売春防止法
2 科学の進歩により、こうした領域でも例外的に自己決定を承認するべき必要が発生してきた。
⇒どの限度で、どのような理論で認めるべきかは今日、大きな問題となっている。
例:尊厳死
エホバの証人と輸血の拒否
女性の妊娠中絶権(リプロダクションの自由)